麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第九話「ウソップVS百計のクロ」

 

 三日月の夜だった。

 寝静まった夜更けの中、ウタとウソップは村全体を一望できる高い木の上にいた。

 そして、その下にはウソップ海賊団の子ども三人が眠たい目を擦って控えている。

 

「こんな夜更けにすまねえな、みんな。悪いけど、お前たちの力が必要なんだ」

「なんでも言ってください、キャプテン・ウソップ!」

 

 ぱちんと顔をたたき、三人の子どもたちは気合を入れる。

 それを微笑ましく見ながらも、ウタとウソップは警戒を怠らない。

 

「ウタ、作戦は大丈夫だろうな」

「うん。私とウソップで、船が来るであろう北と南を警戒して、海賊船が見えたらウソップ海賊団の子たちに伝令をお願いして、港で海賊たちを止めてもらう」

「そうだ。おそらく船は一隻だろうから、どっちかでもいいんだろうが、万が一どちらもから来た場合、カヤも村もおしまいだ」

 

 北にはゾロとナミ。

 南にはルフィが港で待機している。そこらの海賊ならば、どちらか一人だけでも時間稼ぎは容易なはずだ。

 

「北か南の片方だけなら、たまねぎたちに道を誘導してもらって、即座に援護に行かせる。そしたら……」

「あとはあの執事を一人のままにして、やっつける! そうすれば、村のみんなはこの件を知ることなく海賊を追い払える!」

「我ながら、完璧な計画だぜ。でも、あいつら一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫! ルフィが負けるわけないし!」

「すさまじい信頼だな……」

 

 ウソップはため息交じりに言いながら、視線をカヤの屋敷へと向ける。

 まだ、特別な異常は起きていない。夜明けまで時間があるからか、クロにも動きはないはずだ。

 

「クロが動くとしたら、海賊たちが屋敷にやってきてからだ。それまではさすがに屋敷にいても何かをするなんてことは……」

 

 と、ウソップが言っている最中に、動きがあった。

 ウソップは持っていた望遠鏡で屋敷の中をのぞく。

 

「お、おい、ウタ! クロのやつ、指先に刃物をつけてるぞ!」

「え、もう動いたっていうの!?」

「ちくしょう、あいつ、もう一人の執事のメリーは先に片づけちまう気だ! カヤには遺書を書かせるから殺さないとはいえ、ほかに手を出さない理由なんてなかった!」

 

 ウソップは木から飛び降りて、屋敷へと走り出した。

 

「すまねえ、ウタ! 偵察と伝達はお前に任せる!」

「ウソップ!? 一人で行くつもり!?」

「行かなきゃ、カヤに血を見せることになる!」

 

 カヤの病気は、精神的な影響が大きい。両親を失ってから、もともと体が弱かったカヤの体調はさらに繊細になり、ほんの少しのストレスなどでも熱を出すようになった。

 そんなカヤに、普段使えている執事の死体なんて見せようものならどうなってしまうか。

 

「おれが、ぶったおしてやる。クロ……!」

 

 ウソップは一人、夜の村を駆けていく。

 

 

 

 

 

「ウソップ、行っちゃった」

 

 ぽかんと走っていくウソップの背中を見つめるウタ。

 しかし、すぐにブンブンと首を振って現状を見つめなおす。

 

「一人じゃ、勝てないでしょ! どうしよう、ウソップが殺されちゃう!」

 

 ウタはすぐにウソップの元へ向かうため、海賊の位置を確かめる。北か南か、はたまたどちらもか。それを確かめるまではこの場を動けないのだ。

 

「……集中」

 

 静寂の中で、神経を研ぎ澄ます。

 まずは南。ウソップがクロの話を聞いた方向だ。可能性としては、こちらの方が高そうだが。

 

『ウタの歌、最近聴けてねーなー』

「あらやだ!?!?!?」

 

 ウタは木の上でひっくり返りそうになった体をどうにか起こして顔を叩く。

 

「顔が緩んでるぞ、ウタ! あとでたっぷり歌ってあげればいいでしょ! 今は敵を見つけるの!」

 

 南から聞こえたのはルフィの声だけ。

 となれば北か。

 ウタは再び耳を澄まして、北の音を辿る。

 

『出航だァ!!!』

「――ビンゴ」

 

 ウタは視線を向け、北の気配を感じ取る。

 十……二十……。

 間違いない。クロの手下たちは、まとめて北に攻めてくる。

 

「ルフィのところへ行かなきゃ!」

 

 ウタも飛び降りて、南の港へたまねぎに誘導してもらう。

 

「一人はゾロとナミのところへ、これから敵が全員来るって伝えて! もう一人はここに残って、その他の伝令用に待機!」

「ら、らじゃー!」

 

 そして、全力で走るウタは、最短経路でルフィの元へと辿り着く。

 

「ルフィ! 敵はこっちには来ない! ゾロたちのところへ行くよ!」

「お、そうか! じゃあ行こう!」

「うん! 一緒に……って、ええ!?」

 

 なんと、お姫様だっこであった。

 軽くウタを抱えたルフィは、そのまま北へと走っていく。

 

「わ、私、自分で走れるから大丈夫だよ!」

「なんでだ? こっちの方が早いだろ?」

「そーゆー問題じゃないんだってばぁ!」

 

 バタバタと暴れるが、全くの無意味。

 今度からはいつ抱っこされてもいいように、食事の量を制限しようと決意するウタと、そんな数キロの違いなど気づくことすらないルフィは、素早く北へと向かっていった。

 そして。

 

「おれはまた走って反対側まで行かなきゃいけないのかよ、ちくしょー!!」

 

 二人に置いて行かれたたまねぎが、涙を浮かべながら走り出した。

 

 

 

 

 

 

 一方、カヤの屋敷では。

 

「な、なにをするのです、クラハドールさん!」

「プレゼントなら、もっと良いものを貰いますよ……」

 

 カヤが屋敷にきて三年の区切りを祝うために用意した新品の眼鏡を踏みつぶしたクロは、指先につけた刃を執事メリーへ向けていた。

 

「ど、どういう……!?」

「もう芝居を続ける必要もない。夜明けが来れば、事故は起きるのだからな」

「お、お嬢様! 逃げ――」

 

 パリンッ!! と、クロが向けた刃がメリーを切り刻む直前にそんな音が鳴った。

 窓ガラスが割れる音だった。

 それはまるで、子どもがパチンコ遊びで窓を割ってしまったかのような音。

 

「出てこい、キャプテン・クロ! この大海賊、キャプテン・ウソップ様と戦い、どちらが本物のキャプテンかを決めようではないか!」

「……そんなに死にたかったのか。言ってくれれば、もっと前に殺してやったのに」

 

 窓から飛び降りてきたクロ。

 それを見て、メリーはすぐにカヤの元へ走ろうとするが、

 

「カヤを起こすんじゃねえぞ、執事!」

「な、なぜですか! 危険極まりない!」

「こんな夜中に起こしたら、体を冷やしてカヤが風邪をひいちまう」

「……は?」

 

 メリーは茫然としていた。

 まさかとは思うが、ウソップの顔は本気だ。

 彼は本気で()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「今までのウソの中で、一番面白かったよ、ウソップ君。夜明けまではまだ少し時間がある。少し、君の冗談に付き合ってあげよう」

 

 ゆらり、ゆらりと。

 クロの影が揺れたと思った次の瞬間。

 

「え。……消えた?」

「さすがウソップ君。冗談が上手いな。おれはここにいるというのに」

 

 目の前にいたはずのクロが、後ろにいた。

 慌ててウソップが振り返るが、そこにはすでにクロの姿はない。

 

「久しぶりに“抜き足”を使ったはいいが、やはり鈍っているな。おれのゆったりとした動き、君も見ただろう?」

「また後ろに……!?」

 

 二度とも、目で追うことはできなかった。

 こんなにも神経を尖らせているのに、気配を感じた時にはクロはその場にいない。

 

「さて、もう一度、冗談を言うチャンスをやろう」

「う、うぁああ!!!」

 

 ウソップの背中に大きな四本線の切り傷ができる。

 その場にばたりと倒れたウソップを、クロは冷たいまなざしで見つめる。

 

「ここには海賊、キャプテン・クロはいなかった。カヤは事故で死んだ。そんなウソを皆についてくれるのなら、君を見逃してあげよう」

「なんだと……!」

「得意なんだろう? ウソをつくのは」

 

 ニヤニヤと、ウソップを見下ろすクロ。

 激痛に耐えながら、ウソップはどうにか立ち上がって、クロを睨みつける。

 

「悪いな。おれは、お前のためにウソをつく気はねえ」

「なんだと……?」

「おれの名はキャプテン・ウソップ! 勇敢な海の戦士にして、偉大なる大海賊ヤソップの息子! お前のような悪党に偽るような名前なんか、あいにく持ち合わせてなんていねえ!」

 

 この村には、いつもと同じ朝が訪れるのだ。

 いつも通りのウソだと、皆が笑っていられるように。

 ここで一歩として引くわけにはいかないのだ。

 

「この村に海賊は来なかった! おれはその事実だけを掲げて、またウソをつく!」

「くだらないな」

 

 これ以上の情けはクロにはない。

 ウソップは出血と命の危機が合わさった極限状態の中、それでも視線をクロからそらすことなく正面から向かい合った。

 ゆえに、見えた。

 

(――なんだ? もしかしてあいつ、おれの首を切ろうとしてる……?)

 

 咄嗟に、ウソップはその場に伏せた。

 直後、頭上で空気を切り裂く音が響く。あと数瞬でも遅れていれば、ウソップの首は地面に転がっていた。

 

「運がいいな。勘で避けるとは」

「あ、ああ! ラッキーだったぜ、本当に!」

 

 あえて、ここでウソップは強がらなかった。

 この力を、見えているものを、クロに悟られないように。

 

「三年も経つと、体が鈍って仕方ない。次こそちゃんと、殺してやる」

 

 再び、クロが動き出す。

 ウソップの視界には、やはり薄らとそれが映っていた。

 

(ぼんやりとした赤い光が、クロの狙っている場所なんだ! ここにクロは攻撃をしてくる。それなら……)

 

 クロの高速移動を、ウソップの目は追えているわけではない。

 ただ、次の瞬間にこの場所にいたら殺されるという程度の予感がするだけ。

 しかし、それでも。それで充分だった。

 

「ここだァ! 必殺、鉛星!」

「な――!?」

 

 クロが次の瞬間に来るだろう位置に向けて、ウソップはパチンコの弾を放ち、それが見事クロのアゴに直撃した。

 自分が高速で動いているがゆえに、手で放たれたパチンコ弾すらかなりの衝撃が入る。

 

「……は、はは」

 

 ここまで見事に当たったのは、偶然だった。

 しかし、ここではあえて、大げさにウソップは笑う。

 

「はーはっはっはっは! 計算通りだぜ、クロ! 貴様の動きは、たった今すべて見切ってしまったァ!」

「……一度のまぐれで調子に乗るな」

 

 今度も、クロはウソップの攻撃を偶然だと判断した。

 運よく放ったパチンコ弾が当たっただけで、クロがどこを攻撃しようとしているかがわかっていることは、まだ伝わっていない。

 ウソップは腰に巻いたポシェットに手を突っ込む。

 隠し持っていたハンマーの柄を握る。

 

(感覚は掴んだ。あとは、次の攻撃でこれを思いっきり叩き込めば……!)

 

 クロが再び動き出し、ウソップの視界に赤い光が灯る。

 そこに攻撃が来る前提で、ウソップは勘でハンマーを振り下ろした、が。

 

「なるほど、本当に勘が良いようだ」

「え」

 

 ウソップのハンマーは空を切った。

 クロは攻撃を途中でやめ、ウソップの背後に回っていた。

 

「これでもおれは百計のクロと呼ばれていた。お前のような小細工をする人間の思考など、簡単にわかる」

 

 すべてを計画通りに運ばせ、計画した作戦は例外なく成功してきた、頭脳派の海賊。

 ウソップが気配を見ていること自体には気づいていないものの、殺気か何かを感じ取って反撃をしてくるのではないかと仮説を立てて、フェイントを行ったのだ。

 

「そんなに気配を読むのが好きなら、とっておきを見せてやろう」

 

 だらりとクロは脱力をし、小さく呟いた。

 

杓死(しゃくし)

 

 瞬間、クロの姿が消えた。

 ウソップがそう思った時には、体に無数の切り傷が生まれていた。

 

「うぐあああああああ!!」

 

 視界には確かに赤い光が見えている。

 しかし、赤い光は周囲のいたるところに見えており、どれがいつどのタイミングで自分に襲い掛かってくるのかがわからない。

 

(もしかして、とりあえず周囲にあるものをすべて切ってるのか!? それじゃあ、いくら攻撃するところが見えても、避けられねえし反撃もできねえ!)

 

 ウソップの体に、さらなる切り傷が生まれ、空中が血で染まる。

 あまりの痛みに、ウソップはその場に崩れ落ちた。

 

「おや、手ごたえがなくなったと思ったら。こんなところで倒れていたのか」

 

 血だらけで動かくなったウソップを見下し、クロは呟いた。

 そのうちこいつは死ぬだろうと判断したクロは、屋敷へと戻ろうとするが。

 

「……待てよ、クソ執事」

 

 ウソップは、それでも立ち上がった。

 

「おれは……勇敢なる海の戦士、キャプテン・ウソップ」

「驚いた。その執念だけは、認めてあげよう」

 

 クロは素早く刃をふるった。

 だが。

 

「なに……?」

 

 クロの攻撃は、当たらなかった。

 

「行かせ、ねえぞ。カヤは殺させねえ。あの子の命を、お前みたいなクソ野郎に奪われてたまるかよ! いつかカヤは太陽の下を元気に歩いて、みんなと同じように夢を見て、それを叶えて幸せに生きていくんだ!」

「そろそろしつこいぞ」

 

 “猫の手”が振られる。

 しかし。

 今度の攻撃も、当たらなかった。

 

「どういうことだ」

 

 困惑するクロだったが、攻撃を避けたという事実に驚いているのは、ウソップも同じだった。

 

「なんだ、これ」

 

 血が目に入って視界は歪んでいて。

 痛みと失血で輪郭は曖昧になっているのに。

 今まで生きてきたどんなときよりも、世界が鮮明に見えている。

 

「これが……親父の、見てる世界なのか……?」

 

 ぶつぶつと呟くウソップに気味悪さを覚えたクロは、即座に次の攻撃へと動くが、

 

「……右腕を、横に振って。首を狙う」

「――なに!?」

 

 ウソップが言った通りの動きを、クロは行った。

 最低限の回避で攻撃を避けたことに、クロは驚きを隠せない。

 

「お前がどう動くか、分かるぞ。気配も、殺気も、何もかもが『見える』ぜ」

 

 死の淵に立った極限状態で、一時的にウソップの神経が研ぎ澄まされた結果だった。

 だが、この瞬間だけその力があれば、充分だ。

 

「おれの動きがわかったところで、そんな死に体で何ができる!」

 

 ウソップの動き方はどう見ても死ぬ間際のそれだった。

 だから、クロの動きはこれ以上ないほど単調なとどめの一撃。

 それをずっと、ウソップは待っていた。

 

「ウソップハイパーハンマァー!」

「ぐはァ!?」

 

 残りの力を絞り出した渾身の一撃が、クロの額に直撃した。

 自分がまっすぐに向かった勢いをあいまって、頭が反対方向にゆれ、クロの意識が飛んでいく。

 三日月の夜。

 村の誰もが寝静まった、屋敷の敷地内にて。

 誰にも気づかれることなく、決着が着いた。

 

「はァ……はァ……! おい、クロ。どうやらお前は、忘れてたみたいだな」

 

 ふらふらの体で、気絶したクロの前に立ったウソップは、自分の実力を見誤った海賊へこう吐き捨てる。

 

「おれがシロップ村のウソつき少年、ウソップだってことを!」

 

 そして、とウソップは続ける。

 

「お前の心に、刻んでおけ! この海で最も偉大で勇敢な海の戦士、キャプテン・ウソップの名をな!」

 

 そう言い切ったウソップだったが、クロによって切られた傷はウソではない。

 だらだらと流れる血と、クロを欺いて残していた余力をすべて出し切ったウソップは、静かに倒れる。

 

 そうして静かに、いつもと変わらぬ夜が明けた。

 




少し前に後書きで宣伝した友人の短編が週間一位になってました。
あいつすげーって別世界のことのように思いながらこつこつ書いてます。
次でウソップ編おしまいです。
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