「ウソップ~~!! 生ぎでてよがったよぉ~!」
カヤの屋敷の一室で目を覚ましたウソップの視界に映ったのは、涙と鼻水をこれでもかと垂らすウタだった。
周囲を見渡せば、ルフィたちにカヤ、メリー、ウソップ海賊団の三人もいる。
「生きてたのか、おれ……」
包帯でぐるぐる巻きの体ではあるが、それでも命は残っている。
クロと戦っていた記憶はあるが、終盤の記憶はほとんどない。
しかし、こうしてカヤたちが生きているということは。
「すげーな、お前! あの執事に勝っちまうなんて!」
「そうだよ、すごいよウソップ! あの執事、懸賞金1600万Bの賞金首だったんだよ!」
「…………おれが、そんな相手に」
今でも信じられないが、皆を守れたという事実だけは確かに目の前にある。
そこまで理解して、ウソップは大切なことを思い出した。
「そういえば、クロが呼んだ海賊は……!」
ウソップが問いかけると、ルフィとウタは肩を並べてにっこりと笑い、大きく手を広げてピースサインを掲げた。
「楽勝っ!」
皆の体に少なからず傷があるのは、見ればわかる。
間違いなく彼らは、命を懸けて戦ってくれたのだ。
感謝をしても、しきれない。
「ありがとな……みんな」
ぽたぽたと涙をこぼすウソップは、深く息をつくと顔を上げた。
「みんな、お願いがあるんだ」
この村に海賊は来なかった。
キャプテン・クロなんて海賊はこの村に潜んでいなかった。
クラハドールは、故郷へと帰っていった。
そんな言葉で、この一件を片付けようとウソップは言った。
「ウソップさん、みんな誤解を解かなきゃ……」
心配そうにカヤが問いかける。
しかし、ウソップは飄々とした態度で、
「誤解も何もない。おれはいつも通りホラ吹き小僧といわれるだけさ。みんなに余計な恐怖を与える必要なんてねえ」
「わかりました! それが村のためなら、おれたち黙ってます!」
「おれだって!」
「ぼくも! 一生、秘密にします!」
カヤもメリーも心配ながらもそれで構わないという顔だった。
安心したウソップは、次の言葉を口にする。
ウソップが決めたことは、もう一つあった。
「おれさ、海に出ようと思う。本物の海賊になるんだ」
「え? キャプテン……?」
「理由はたった一つ。海賊旗が、おれを呼んでるからだ」
親父の気持ちがようやくわかった。
心のどこかで抑えていた夢が溢れて止まらなくなって、いつの間にか海に出ていたのだろう。
しかし、ウソップ海賊団の三人は困惑をあらわにしたまま、
「いやだよ!」
「行かないでよ、キャプテン!」
「世話になったな。お前たちを守りたいって思ったから、おれは勇敢な戦士になれたんだ」
駆け巡る。大切な記憶たちが。
ちっぽけな出来事をウソで広げて、夢の世界を作り上げた毎日。
「いろいろ、あったな」
この三人に恥じないようにと身に付けた技術が、こうしてウソップを生かしてくれたのだ。
だが、彼らの進む道はここではないのだ。
「お前らの野望はなんだ!」
「酒場を経営することです!」
「大工の棟梁になることです!」
「小説家になることです!」
素敵な夢、と微笑みながらウタが呟く。
夢を追うために海賊になったルフィやウタからすれば、ウソップ海賊団だって立派な海賊だ。
しかし、キャプテンが海へ出るというのなら、話は変わる。
「おれの野望は、誰もが認める勇敢な海の戦士になることだ! そのために、おれは海へ出る! ……だからっ……!!!」
上を見ても、それでも溢れてきてしまう涙を、必死に拭いながら。
ウソップは別れを告げる。
「今日限りをもって、ウソップ海賊団を、解散する!!!」
こうして、ウソップは一人の海賊になった。
ボロボロと泣き続けるウソップたちの横で、ウタが小さな歌を口ずさむ。
「みんな、歌おうよ! 今日は夢を追う出発の日なんだよ!」
元ウソップ海賊団の三人は肩を組んで、大きな声で歌う。
それに合わせてルフィとウタが歌いだし、ウソップも遅れて声を出す。
ナミとカヤは微笑ましく手拍子をして、ゾロはそれを子守歌に居眠りをする。
こうして、一つの海賊団が解散し、一人の海賊が誕生した。
翌朝。
ルフィたち一行は、港にいた。
今回の礼として、カヤが持っていた船をくれたのだ。
「わあーっ! すごい立派な船!」
「これは私がデザインしました船で、カーヴェル造り三角帆使用の船尾中央蛇方式キャラベル『ゴーイングメリー号』でございます」
「これ本当に貰っていいのか!?」
「ええ、ぜひ使ってください」
体調も良くなり、少しずつ外を歩けるようになってきたカヤが、出航を見送りに来てくれた。
航海術はからっきしのルフィとゾロの代わりに、ウタとナミがメリーからの説明を受ける。
仲間が増え、船も手に入れた。
「楽しみだね、ルフィ!」
「ああ! 早く冒険したいなー!」
ウキウキとメリー号へと乗り込んでいくルフィたち。
すると、遠くからなにやら丸い何かが叫びながら転がってくる。
「止めてくれーーーーーーっ!!」
「ウ、ウソップ!?」
どうやら、海に出るからと意気込んで詰め込んだ荷物があまりにも多すぎたせいで、その巨大団子になったリュックに巻き込まれて転がっているらしい。
「何やってんだあいつ」
「とりあえず止めとくか。このままだと船にぶつかっちまう」
サクッと足でウソップを止めるルフィとゾロ。
血だらけになって長い鼻が針金のようにねじ曲がったウソップは、かすれた声で「わ、わりい……」と呟いていた。
「……やっぱり、海に出るんですね、ウソップさん」
応急手当をしながら、カヤはウソップを見つめる。
「ああ。決心が揺れないうちにとっとと行くことにするよ。止めないでくれよ」
「止めませんよ。そんな気がしていましたから」
「今度この村にくるときはよ、ウソよりずっとウソみてえな冒険譚を聞かせてやるよ!」
「うん。楽しみにしてます」
メリー号の隣に用意された小さな船に荷物を積み込むウソップは、ウタの方をみて、
「そういえば、ありがとな、ウタ! あんなプレゼントをもらっちまってよ!」
「いいのいいの! なんてったって、私は音楽家だからね! これくらいお安い御用だよ!」
「ははは! おれとしてはちょっと恥ずかしいけどな!」
「いいじゃん! キャプテン・ウソップの活躍がなかったら、この村に平和は訪れてないんだから!」
「……そ、そうか」
ウソをずっとつき続けてきたからか、実際にやったことを褒められるのは少し苦手らしい。
そんなウソップを微笑ましく眺めながら、ウタは「ところで」と問いかける。
「なんでその船に、荷物を積んでるの?」
「あ? なんでって、おれはこれから海に出るんだぞ?」
「おう、そうだな! だから早くしろよ!」
「お前ら、何を言って……」
「早く乗れって言ってんだ」
「え」
ルフィとウタの表情はいつもと変わらない。
まるで朝起きておはようと一声かける程度の声で。
どうしてこんな当たり前のことを聞くのだろうというような顔で。
「仲間だろ、おれたち」
「仲間でしょ、私たち」
やたらと間があった。
自分のちっぽけさを知っているからこそ、まだまだ自分は一人前でもないのだから、一人で始めようとでも思っているかもしれない。
しかし、皆は知っていた。
「勇敢な海の戦士をスカウトしないなんて、勿体ないことするわけないじゃん」
「…………」
ウソップのことを認めていない人間など、この場には一人もいない。
そんな信頼を受けていることにようやく気付いたウソップは、いつもの調子で声を上げた。
「キャ、キャプテンはおれだろうな!」
「ばかいえ! おれが船長だ!」
笑い声が絶えることのないメリー号が、ゆっくりとシロップ村から出航した。
そして、そんなメリー号を眺める少年たちが三人。
元ウソップ海賊団の三人は、寂しそうにウソップの船出を見送っていた。
「行っちゃったな」
「ああ、でもあの人たちと一緒だから、安心したよ」
「そうそう。あれだけ強い人なんて見たことないもん」
港の海賊迎撃の伝令役として活躍していた三人は、いともたやすく何十人もの海賊をたった三人で撃退するルフィたちを実際に見ていた。
だから、安心そうに水平線を見渡した三人は、よし、と立ち上がった。
「行くか! おれたちにはおれたちの仕事があるからな!」
「そ、そうだね。上手くできるか分からないけど」
「ぼ、ぼくも……」
不安そうな顔をしつつも、三人は村へと走り出した。
それは、カヤがウソップたちを見送り、屋敷へと戻る途中だった。
村の大通りを通っていると、カンカンとスコップを叩く音が聞こえたのだ。
一定の間隔で、音楽を奏でるように石でスコップを鳴らしている。
次いで、心地よいリズムでなるスコップの音に重なって、お鍋を叩く音も聞こえてくる。
極めつけは、びよよん、とアクセントとして入るパチンコのゴムの音。
カンカン、ゴンゴン、びよんびよよん。
今はいつも、ウソップがウソをついて回っている時間だった。
ウソップを追いかけることを日課にしていた村人たちが、どうしたのかと家の外に出てくる。
そして。
「キャプテン、キャプテン、キャプテン・ウソップ~♪」
「勇敢な海の戦士~♪」
「今日もみんなを守るため、悪い海賊たちを追い払う~♪」
歌だった。
元ウソップ海賊団たちの手には、ウタの文字で書かれた楽譜が握られている。
カヤはクスっと笑いながら、その歌を聴く。
その歌詞は、つい先ほどメリーから聞いた話にそっくりだった。
「誇りに思った海賊の父~♪」
「夢見て眠った優しい母~♪」
「愉快なウソを重ねて笑顔を作る~♪」
願いのこもったウソで、誰かの笑顔を作ってきた勇敢な海の戦士がいたと。
たとえ何年経ったとしても。
その優しさを、勇敢さを、忘れないように。
カヤは遠く、海の向こうに見える一隻の船を見つめて、
「メリー。私ね、夢ができたの」
親を失って苦しむ気持ちを理解して寄り添ってくれた彼のように。
いつか自分も、ベッドの上で苦しむ人の気持ちに寄り添えるようになれたなら。
「なんでしょう、お嬢様」
「私ね、医者になる」
「ほう、それは立派な夢ができましたね」
彼がくれたこの気持ちを、忘れずにいるために。
カヤも少年たちに並んで、この歌を歌って村を歩く。
村に明るさと元気を運んだホラ吹き小僧の代わりに、その意思を引き継いだ少年たちの音楽が響き渡る。
とある音楽家がプレゼントしたこの『海賊のマーチ』は、何年も何十年も、シロップ村の伝統として歌い、受け継がれていったそうだ。