今回も誤字あったら「まったく、仕方ねえやつだな」ってこっそり教えてください。
「シャハハハハハ!! ずいぶん長旅をしてると思ったら、宝に加えてこんな土産まであるとは! さすがナミだ!」
ノコギリ刃のような長い鼻をした青肌の魚人、アーロンは椅子にふんぞり返りながら大笑いをしていた。
アーロンの取り巻きをしている魚人たちも、合わせてゲラゲラと笑っている。
そんな中、ナミはいつものように笑って、
「どうせ、賄賂を渡す海軍がそのうち来るんでしょう? そのタイミングで、この子を引き渡して頂戴」
「シャハハハ! お安いご用だ! 今回もお前の
バンバンの膝を叩いて、アーロンは愉快そうに続ける。
「お前も不運だったな! こいつは金のためなら親の死さえも忘れる、冷血な魔女のような女さ!」
アーロンは無表情のままのウタをニヤニヤと眺める。
「それにしても、こんな小娘がおれよりも高い懸賞金とはな。それも、一〇もいかないガキの時から。一体、何を隠してるんだ? “歌姫のウタ”さんよ」
「過去に何があったかはどうでもいいけど、一つ耳寄りな情報があるわ」
ナミはウタの髪の毛をそっと撫でた。
丁寧に右目の上で整えられた、赤い髪を。
「この子の父親は、”赤髪のシャンクス”よ」
「おいおい、ナミ! また面白い冗談言うじゃねえか! あの新世界の化け物、シャンクスの娘だって?」
「本当よ」
ナミの顔は真剣そのもの。嘘と裏切りが常のナミだとしても、その言葉が嘘ではないとはっきりと伝わってくる。
しかし、それでも信じがたい。
「モームッ!」
——モオオオオオ!!
ウタの後ろにある海水のプールから、牛の柄をした巨大な海獣が現れた。
アーロンパークと呼ばれる、アーロンの拠点と並んでも同じくらいの大きさをしたその海獣は、クンクンと興味深そうにウタの匂いを嗅ぐ。
「こらこら、女の子の匂いを嗅ぐのはマナー違反だよ?」
「ンモっ!?」
ドギマギとしているモームだったが、そんな気の緩みを締めるようなアーロンの冷たい声が飛ぶ。
「食え」
「ンモ……?」
「このガキを食って言ったんだ」
「ア、アーロン! 何言ってるの!」
動揺するナミなど気にもかけず、モームは言われるままにウタを捕食しようと大きな口を開ける。
それでも、ウタに動揺する様子はなく、むしろナミへ視線を移して、
「ごめん、ナミ。加減とか調整とかできないから、頑張って耐えて」
「ウタ……?」
瞬間、黒い稲妻が迸る。
側から見れば、ウタがモームを睨んだようにしか見えなかった。
しかし、たったそれだけで。
心の底が震えるほどに空気が震えた。
「……こいつは驚いた」
モームだけではない。アーロンの幹部以外の下っ端は半数以上が気を失って倒れてしまっており、幹部たちも指先に痺れがあるのか、困惑しながら自分の手を眺めている。
当然、ナミもその威圧感に気圧されて膝をついてしまい、なんとか戦闘用の杖で体を起こしているレベルだった。
「シャハハハハハ!!! 東の海に”この色の覇気”を使うヤツがいるとはな! そりゃあガキの頃から賞金首になるわけだ! ……だが」
アーロンは暴力的に見えて頭が回る。弱き者は力で支配し、海軍には腰を据えて賄賂を使って交渉を行う。
だから、分かる。
「おい、”歌姫”。お前、まだ何か隠し持ってるな?」
「あなたに言う必要のないことがたくさんあるだけ」
「シャハハハ! 口が回るな。なら、まずは一つ、確かめさせてもらおう」
アーロンはウタの体を持ち上げる。
ナミは慌ててアーロンを止めに行こうと立ち上がるが、
「おいおい、ナミ。裏切ったやつに対して情けをかけるような顔じゃねえな」
「……なにを言ってるの」
「安心しろ。何もぶん殴って尋問しようって訳じゃねえ。この目をした人間は死ぬまでくだらん信条を掲げて何も話さねえ。だから、こうするんだ」
アーロンはウタを
海に落ちるというのを確信した瞬間、初めてウタの表情に変化があった。
「まあ、だろうな」
小さく呟いたアーロンは、ナミに視線を送る。
「おい、ナミ。助けてやらなくていいのか? 悪魔の実の能力者は海に嫌われて泳げねえんだ。高尚な魚人たちと違ってな」
「——!」
迷いなく、ナミは海へと飛び込んだ。
陸へ引っ張りあげられ、大量に飲み込んだウタは、何度も咳をして酸素を必死に体に取り込む。
「アーロンッ! 海軍に渡す前に死んだらどうするの!?」
「シャハハハ! お前が行かなかったら別のやつに行かせてた。なにせ、俺たち‘‘至高の種族’’に泳げねえヤツはいねえからな!」
高笑いするアーロンに合わせて、幹部たちが笑い始める。
ナミはわずかに唇を噛んでから、すぐに脱力をして踵を返す。
「……まあ、私は懸賞金が貰えればそれでいいわ。そのうち海軍が来るんでしょ? そのタイミングで、約束の一億に届くから。そうしたらこのココヤシ村は買わせてもらうわ」
「ああ、俺たちは必ず約束を守る。
「……そう。ならいいわ」
それだけ言って、ナミはアーロンパークから去っていく。
「じゃあね、ウタ。感謝してるわ。あなたのおかげで、簡単に金が稼げるんだから」
ウタは黙って、ナミの後ろ姿を見送っていた。
魚人たちに囲まれながらも、ウタの表情に絶望はない。
口を開いて最初に放った言葉も、いつもと同じ穏やかな口調だった。
「ナミとの約束、本当に守るんだよね?」
「命乞いかと思えば、まずはナミの心配か幸せな頭をしてやがるな」
「いいから、答えて」
「シャハハハ! 威勢のいい女は嫌いじゃねえ! 答えてやるよ」
縛られたままのウタの顔にグッと近づいたアーロンは、いやらしい笑みを浮かべる。
「俺は金の上の約束を破るくらいなら腹を切って死ぬ方がマシだ。決して約束は破らねえ」
ただし、とアーロンは笑う。
「偶然海軍がどこからかナミの隠してる一億ベリーの場所を見つけて、偶然奪われちまったら、また集め直してもらうがな」
「……最低」
「あんな優秀な航海士を簡単に手放すかよ。俺は人間なんてこれっぽちも信用してねえが、その人間が高い能力も持っているなら別だ。その力を搾り取るだけ搾り取って、俺たち魚人族の糧になって貰わねえとな!」
甲高い叫び声が響き渡る。
アーロンも、ウタのことを殺すつもりはないらしく、ナミの財宝を奪った海軍がこちらへ来るのを待っているらしい。
ウタは縛られたまま放置され、しばらくの時間が経過した。
「…………ナミ……」
遠くから聞こえたのだ。
怒りや悲しみに満ちた、悲痛な叫び声が。
息が詰まる。
こんなにも人々を苦しめた上に成り立つ笑顔なんて、考えたくもない。
「アーロン海賊団!!! おれたちはもう耐えられないッ! おれたちのために命をかけて戦ってくれたナミの心を、踏みにじるな!」
「シャハハハ!! 恨むんならおれじゃなく、下等な人間なんていう種族に生まれた運命を恨むんだな!」
隠し持っていた剣や銃を持ち、それでも足りない場合は、クワなどの農業具を持ち、ココヤシ村の人々がアーロンパークへと踏み込んでいた。
それをどうにか止めようと必死に作り笑いをするナミだが、それでは村人たちは止まらない。
「みんな、お願いッ! 殺されちゃうの!」
「止めるな、ナミ! お前が命懸けで戦ってくれていたこの一〇年間、どれだけ己の無力を恥じたか!」
「それでもいい! みんなに死なれたら、私は……!」
ナミの願いも虚しく、村人たちは問答無用で乗り込んでくる。
対する魚人たちは、クスクスと笑って彼らを眺めるばかり。
「……この村は、苦しくて仕方がない」
ウタは呟く。
自由のない、恐怖と暴力で支配された島。
そこに平等はなく、人の命は金で表される。
だから、ウタは思う。
この時代が悪い、と。
「ナミ! 約束、覚えてるよね!」
「——!!」
涙でぐしゃぐしゃのナミの背筋が跳ねる。
悔しさと怒りと悲しみでもみくしゃになったナミは、鋭くアーロンを睨みつけたあと、ウタへ視線を移し、コクリと頷いた。
直後。
「みんな、聞いて!!」
ウタが叫び声を上げた。
その声に全員が惹きつけられ、村人たちの動きが止まる。
「私の名前はウタ! 私の夢は、世界一の歌姫になって、私の歌で世界中の人を笑顔にすること!」
突然の宣言に、皆は訳の分からないという顔をする。
アーロンたちも、ウタの言動が理解できずに彼女を見つめているままだった。
「私は誰にも死んでほしくない! こんな不毛な争いなんて、起こってほしくない! だから、
ウタが話をしている間にナミは、アーロンパークの外へと走り出した。
アーロンたちがそれに気づき、すぐさまナミを追いかけようとするが、
「ナミはこれから、私の仲間を連れてきてくれる! だから、待ってて!」
「シャハハハ! 仲間を連れてくる!? こんなときになんて悠長な話をしてやがるんだ! おれがそれまで待ってやると思ってるのか?」
「そ、そうだ! おれたちだって、止まるつもりはないぞ!」
「それは心配しないで! わたしがアーロンたちを止める!」
ポカン、とアーロンはウタの言葉を理解するまでの間、あんぐりと口を開けていた。
そして、数秒遅れてから、大笑いを始める。
「シャハハハハハハハ!!!! 縄で縛られたままのお前が、おれたち全員を相手取って時間稼ぎをするってのか! 冗談もほどほどにしろ! それに、だ!」
アーロンは強い口調のまま、
「ナミから聞いたぞ。懸賞金がかかってるのはお前だけだそうじゃねえか! そんな海賊になったばっかりの若造が助けにきたところで何ができるってんだ!」
「あなたに勝てる。ルフィは、海賊王になる男だから」
「…………もういい。くだらん話はここまでだ。やれ」
ウタの言葉は信じるに値しないと、アーロンは判断した。
夢を見過ぎた若者が、自らの力量も知らずに威勢のいい言葉を並べているだけだと、そう受け取った。
だが、ウタは笑う。
「さあ、みんな! 私のライブ、楽しんでね! 今日は出血大サービスの、ロングタイムショーだよ!」
この世で最も美しい歌声が響いた。
アーロンパーク中に届く伸びの良い声。
その歌声に、人も魚人も平等に取り込まれていく。
そして、その場にいる全ての人間が、眠りへと落ちる。
「……やっぱり、静かなのは嫌いだな」
誰も、自分の歌を聴く人がいなくなったところで、ウタは小さく呟いた。
軽く呼吸を整えると、ウタワールドが終わらないように再び歌い始める。
これから、何時間もルフィたちを待つとしても、手を抜けば皆が目を覚まして争いが始まってしまう。
「大丈夫、大丈夫。どれだけ待つとしても、私は大丈夫」
言い聞かせるようにウタは呟く。
孤独になると途端に浮かんでくる嫌なイメージを必死に振り払って、ウタは歌い続ける。
シャンクスが船から出て帰ってくるまでの間も、歌を歌って待っていた。
ルフィ、エース、サボとの四人でいたときに起こったあの事件の日も、歌って待っていた。
そして、必ず彼らは来てくれた。
どれだけ辛くても、怖くても。
「ずっと待ってるよ、ルフィ」
何時間も、何時間も。
夢の中で抵抗し続けるアーロンたちを抑えながら。
ウタの歌が、沈黙で満ちたアーロンパークに響いていた。
「大変だったんだね、ナミ」
「うるさいわね。まさに裏切ってる真っ最中なのに、同情してどうすんのよ」
「なんだっていいよ。なにがあっても、私はナミの仲間だもん」
「……勝手に言ってなさいよ」
「ねえ、ナミ。一つさ、約束してよ」
「お金はあげないわよ」
「もし、ナミ一人でどうしようもなくなったらさ、ルフィを連れてきてよ。私が時間を稼ぐからさ」
「はあ? ふざけてるの?」
「真面目だってば! ルフィってば、いつも来るのは遅いくせに、どんなときでも一番良い時に来て、必ず私を助けてくれるの」
「だから、アーロンに勝てるって信じてるってこと?」
「うん。信じてる」
「本当に重症ね。どれだけ好きなのよ、あいつのこと」
「大好きだよ。この旅の途中では、伝えるつもりはないけど」
「海賊王になったら告白するつもり?」
「うん。でもさすがに、もう二度と会えないって思ったら言うかも。心残りになるし」
「それで、今回は言うつもりは?」
「……? なんで来てくれるのが分かってるのに言うの?」
「全く……」
「なんでため息つくの!」
「分かったわよ。そんなことはないと思うけど、万が一になったら、あなたの言う通りにするわ」
「うしし! ありがと!」
「もし助けられたって、お金は渡さないわよ」
「最後にナミが笑ってありがとうって言ってくくれば、それだけでいいよ。仲間でしょ?」
「……ばっかみたい」