「ええええええええ~~~~~!?!?!?」
偉大なる航路へと向かう麦わらの一味。
その道中でナミが買った新聞に、二枚の手配書が挟まっていた。
そこには、笑顔のルフィと歌っているウタの写真がそれぞれ印刷されており、その下には。
「なんでおれが三千万ベリーで、ウタが五千万ベリーなんだよ!」
「でた、負け惜しみィ~! 私の方が偉大な海賊だからに決まってるじゃん!」
三百万ベリーが懸賞金の平均である東の海において、その十倍以上の破格の懸賞金がかけられたルフィとウタ。
えっへへん! とウタはこれでも渾身のドヤ顔をルフィにお見舞いしていた。
“麦わらのルフィ”懸賞金三千万B
“歌姫のウタ” 懸賞金五千万B
「お尋ね者だって、ナミ!」
「あんたたち、事の深刻さがわかってないのね……」
裏切りの中で金を稼いできたナミは、懸賞金がかけられるということの意味を一番理解していたし、この金額が示す意味を分かっていた。
(アーロンを倒したルーキーが三千万はまだわかる。でも、最初から三千万な上に、ルーキーで五千万なんて海賊の歴史で数えるほどしかいないはず。本当に、あなたは何者なのよ、ウタ)
「どうしたの? あ、もしかしてちょっと前髪を整えたの気づいた?」
「赤い方、ちょっと切りすぎよ」
「うげっ! やっぱり!? 自分で切るんじゃなかったぁ」
がっくりと肩を落とすウタを見て、ナミは諦観のため息を吐く。
と、そんなことなど気にしていないゾロが遠くを指差した。
「おい。なんか島が見えるぞ?」
「見えたわね。あそこには『ローグタウン』っていう有名な町があるのよ」
「え、それってもしかして」
「そう。別名“始まりと終わりの町”。かつての海賊王
「海賊王が死んだ町……!」
「行く?」
ルフィとウタは、躊躇いなく頷いた。
ローグタウン。
海賊王が死んだ町。
それはつまり、海賊に怯える人たちにとっては平和の象徴ともいえる町であり、これまでルフィとウタが足を運んだどの島よりも人と活気で満ちていた。
「よし! おれは死刑台を見てくる!」
「あ、待って、ルフィ!」
まっすぐに町の中心へと歩き出したルフィの腕を掴んで、ウタは止めた。
なにやらうずうずしているウタは、ナミへと視線を送る。
「ね、ねえ、ナミ。お買い物とか、する予定ある?」
「ん? 長旅になるし、
「お洋服! 私も行きたい!」
「じゃあ一緒に行きましょ」
「うん!」
「なんだ、ウタは買い物するのか。じゃあおれは死刑台に……」
「だから待ってってば!」
ルフィの腕を掴んで離さないウタは、子どものように駄々をこねる。
「死刑台はルフィと一緒に行きたいの!」
「あとで来ればいいじゃんか」
「一緒がいいの!!」
「分かったよ。まったく、ウタはたま~によく分かんねえんだよな」
ウタの言うことを聞いてくれたのか、ルフィは肉を探しに町へと歩き出した。
ゾロも何かを買いにいくらしい。加えて、サンジは食材の買い出し、ウソップは装備集めにそれぞれ出かける。
二人で残ったウタとナミも、町へと繰り出す。
そして、二人のファッションショーが始まった。
「どう?」
「うわー! すっごい似合ってるよ! セレブみたい!」
毛皮のコートを羽織ったナミに対抗するように、ウタは黒のワンピースドレスを着て登場する。
「どう、ナミ!」
「超似合ってるわ! エレガントよ、ウタ!」
ぐっと親指を立てたナミ。
ウタは鏡の前で自分の姿を眺めながら、小さく呟く。
「ルフィが見たら、褒めてくれるかな」
「い~や、さすがにないんじゃない? ルフィよ?」
「確かに……。女心とか、今までわかってくれたことないんだよね~」
「そんなやつのどこがいいんだか……」
「分かってないなぁ、ナミは。そこがいいんじゃん」
「一生分からなくていいわ……」
この子はまったく、と呟いていると、店員がナミたちに声をかける。
「お姉様方、どちらになさいますか?」
「あ、私は別にいらないわ。もっとラフなのがいいや」
「そうだね。私、このパーカー気に入ってるし、合わせるシャツとかパンツとかほしいかも」
「そ、そうでございますか……!!」
散々試着に付き合わされた店員が泣きそうな目をしていると、ウタは自分が着ている黒いドレスに触れる。
普段は使わないだろうが、これくらいならライブ衣装としても使えるかもしれない。
何より、ちょっとだけ可哀想だった。
「あ、私はこれください!」
「毎度ありぃ!!」
せっかくなので、黒いドレスは着たまま外を歩いてみる。
いつもは白の丈が短めのワンピースだが、今日は長めの丈で黒いワンピース。少し歩きにくいが、不自由さが新鮮で楽しい。
と。次の店へと歩く途中で、ルフィとすれ違った。
すぐにウタはルフィの元に駆け寄って、
「見てみて! 新しいお洋服買ったの! どうかな、ルフィ!」
「お、いいじゃねえか! 似合ってるぞ!」
「…………へ?」
そんな回答がくると思っていなかったウタは、口をパクパクとさせてどうにか一言だけ絞り出す。
「あ、ありがと……」
「今回は、あなたの負けかしら、ウタ?」
「し、勝負なんてしてないもん!」
「あははっ! 冗談よ」
「なんだ、お前ら。何話してんだ?」
ウタとナミの会話が一切理解できていないルフィは、不思議そうに首をかくんと曲げた。
「それより、まだ買い物するのか?」
「う、うん! もう一軒行こうかな!」
「そっか! んじゃあまたぶらぶらするかなー」
退屈そうに頭で手を組んだルフィは、ゆっくりと歩き出す。
「そうだ! さっき旨そうな肉見つけたんだ! それ、食ってこよー!」
美味しそうな肉が売っていた露店があったのを思い出して、ルフィは走り出した。
その背中が見えなくなってから、ウタはナミに寄りかかる。
「ルフィのああいうところ、本当にいけないと思う」
「ええ、悪質ね。見てる分には面白いけど」
「ナ、ミ!!」
「はいはい。もうからかわないから」
子犬のような威嚇をしているウタの頭を、ナミはポンポンと撫でる。
少しして落ち着いたウタは、それにしても、と空を見上げる。
「ルフィがあんなこと言うなんて。嵐でも来るのかな……?」
「まさか、流石にそんなわけ……」
断言しかけて、ナミは言葉を止めた。
いつの間にか、空気が変わっていた。気圧も落ち、条件はとうにクリアしている。
「あー、ウタ」
「ん? どうしたの?」
「本当に嵐、来るかも」
一方、肉を求めて町を歩いていたルフィは、思いがけぬ人物と出会っていた。
「おー! コビーじゃねえか!」
「ああ! おひさしぶりです、ルフィさん!」
真ん中分けのピンク髪をしたメガネの少年。ルフィとウタが海に出て最初に出会った、女海賊アルビダの雑用をしていたコビーが、ローグタウンにいた。
なんでも、コビーも偉大なる航路へ入るつもりらしい。
「お前も海賊やるのか!?」
「いいえ、僕は海賊にはなりません! でも、強くなりたいんです。困ってる人を助け、悪い奴らを倒すために!」
「にしし! いいじゃねえか、頑張れよ!」
「は、はい! ルフィさんこそ、悪さしてませんよね?」
「してねーよ! ちゃんと金払って肉食ってるし!」
「なら、安心です。でも、気をつけてくださいね」
これでも、元々は海軍を目指していたのだ。この町の管轄の海軍についても、コビーはある程度知っているようだった。
「海軍本部のスモーカー大佐という人が、この町を担当しているようです。その人に見つかった海賊は決して逃してはくれないらしいそうです」
「そーなのか! にしし、気をつける!」
「危機感なさすぎですよ! それに、もう一つ噂があるんです!」
コビーはメガネをクイっと掛け直して、
「なんでも、スモーカー大佐の下に新しく配属された中佐も、かなりの強者のようです。二〇歳にもならずにそこまで昇格するのは異例のようで」
「へー! 強いのかなぁ、そいつ!」
「聞くところによると、気がついたら背後にいて、叫ぶ暇もなく捕まえられてしまうそうです。ルフィさんが悪さをした時に懲らしめるのは僕なんですから、簡単に捕まらないでくださいね!」
「あはっはっは!! 任せろ、捕まらねえよ!」
「それなら、良かったです!」
ぱあっと笑顔になったコビーは、ルフィに手を振る。
「それではさよなら、ルフィさん! 偉大なる航路で会いましょう!」
「おう! またな!」
満面の笑みでコビーを見送ったルフィは、さっそく買った肉を頬張る。
うめー、と呟いていると、視線の先にウタを見つけた。どうやら、死刑台へ向かって走っているようだ。
「あ! あいつ、抜け駆けしやがったな、ちくしょう!」
ルフィが走り出してウタヘと近づくと、その気配に気づいたウタがルフィに手を振った。
「ルフィ! もうすぐ嵐が来ちゃうみたいなの! 船が出せなくなるかもしれないから、早く見に行こう!」
「なにー!? 分かった!」
ルフィの少し先をウタが走っていく形で、二人は死刑台へと向かっていく。
そして、一足早く死刑台へ登ったのは、ウタだった。
「えへへー! 私の勝ち!」
「ああ、ずりぃぞ、ウタ!」
死刑台の下で、ルフィが文句を言っているし、海軍がメガホンで降りなさいと警告しているが、気にせずウタはそこからの景色を一望する。
「これが、時代を変えた人が見ていた景色」
海賊王がやったことは、ただの一つだけ。
死ぬ間際のたった一言で、大海賊時代は始まった。
新時代を作るということは、この大海賊時代を変えるということ。
今ここで、ウタが何を言っても意味などないことは、よく分かっていた。
高みへ行かなければならない。こんなステージでは小さすぎると言えるほどの、上の舞台へ。
そんなふうに、ウタはしばらくの間、自分の世界に浸っていた。
ところで。
「……ルフィ、来ないのかな?」
ルフィならば、すぐにでもこの場に飛び乗ってくると思っていたのだが。
やはり今日は、ナミの言う通り嵐がくるのだろうか。
しかし、その問いに答えたのは聞き覚えのない声だった。
「あいつは来ないよ。なにせ、あいつの恨みを買ったんだからね」
油断していた。
海賊王が死んだ死刑台に立って、舞い上がってしまったからかもしれない。
すぐ隣にいた女海賊に、ウタは遅れて気づいた。
「——」
「させないよ」
女海賊は、ウタの身動きを封じるよりも先に、まず首を絞めた。
(——しまった……! 声が出ない……!)
「あんたの悪魔の実の能力、本当に恐ろしい力だわ。歌を聴いたら寝てしまう? 初見殺しも良いところだわ。でも、二度目はない」
見覚えがないはずの女海賊は、ウタのことをよく知っていた。
そこまで聞いて思い出す。見た目はすっかり変わってしまっているが、声はあの時から変わらない。
「アル……ビダ……!?」
「正解。まあ、一度見たら忘れない私の美しさを持ってしても、こんなにも気づくのが遅いだなんて、イライラするけれど」
ルフィとウタが冒険を始めて最初に出会った海賊、アルビダ。
なぜかやたらと美人になっているが、そんなことよりもウタはどうにか首を絞める手を離させようともがく。
しかし、ウタは能力者であるが、身体能力が高いわけではない。
自力で金棒を振り回すほどの力を持つアルビダには、到底敵わない。
「あはははは!! 懸賞金五千万も、歌えなければただの小娘ね!」
「…………!!」
声が出せないまま、ウタはルフィに助けを求める。しかし、ルフィもどうやら手が離せないようで、
「よくもおれを遠くまで吹き飛ばしてくれたな麦わらァ!」
バギーとその一味に、ルフィは囲まれていた。
腐ってもバギーは悪魔の実の能力者。楽に倒せるような相手ではない。
「どけよ、赤っ鼻! ウタが捕まってんだ!」
「うるせえ! お前の相手はおれだ!」
「じゃあお前は、ウタが殺されたっていいってのか!?」
「はァ!? 何を甘えたことを言ってんだ麦わらァ!」
バギーはルフィにナイフを持った手を飛び道具にして攻撃した。
そして、その背後から他の一味たちの攻撃も襲いかかる。
「確かにおれの手で殺すのは躊躇うが、だからと言って誰かが殺すのまで止めるのは、海賊であるおれの仕事じゃあねえ。海賊同士の殺し合いに負けて文句言うやつなんか海賊やめちまえ!」
「……くそッ!」
その理屈を、ルフィは否定しなかった。
海賊になった以上、命の取り合いは必須。
大切な人を奪われ、殺されたとしても、守れないほどの力しか持たない自分が悪い。
今は、そういう時代だ。
「ウタァ! 逃げろ!」
「無駄だよ、麦わら」
アルビダはいたずらに笑う。
「あんたのパンチ、痺れたよ。あんたは私のものになってもらう。こんな弱っちい小娘なんかの隣じゃなくてね!」
アルビダは金棒を取り出し、大きく振り被った。
ルフィの周りにはバギーの一味。騒ぎに気付いてやってきた仲間たちも、死刑台からは距離がある。
「やめろォ! おれはウタと一緒に新時代を作るって約束したんだ! おれはウタ以外との冒険なんてするつもりはねえ!」
「妬けるねえ。まあ、そんな戯言もここまでさ!」
そして、金棒は振り下ろされて——
わずかに時間を遡り、場所は海軍派出所。
死刑台で起こった海賊たちの騒ぎのせいで、海軍たちはバタバタと駆け回っていた。
「大佐! スモーカー大佐! 海賊が死刑台の広場で騒ぎを!」
「……海賊か」
「はい!」
それだけ聞くと、スモーカーは大量の葉巻を巻きつけたジャケット羽織り、次々に海兵たちに指示を飛ばす。
派出所を出た後も、海兵は必死にスモーカーの指示を覚え、伝達していく。
「スモーカーさん! 遅くなりました!」
「たしぎィ! てめえいつまでトロトロ支度してやがる!」
「すいません! すぐ支度を……!」
女性ながら、巧みな剣技で海軍本部の曹長へと昇進した期待の新人。
そして。
「おい、たしぎ! あいつはどうした!」
「私は見てないですけど……!」
「ったく、あの英雄の愛弟子だがなんだか知らんが、ちょっと海軍を舐めすぎなんじゃねえか……?」
葉巻をこれでもかとふかすスモーカーだが、彼のすぐ後ろで爽やかな声が聞こえた。
「すいません、スモーカーさん。さっき、アイスを持った女の子がぶつかってしまって」
「そうやって気配を消す癖がついてるせいじゃねえのか? ちゃんと子どものアイス代は弁償したんだろうな?」
「あはは! 当たり前ですよ。今度は五段のアイスを食べてもらうつもりです」
金髪の青年は、笑顔でスモーカーの隣には並び、歩き始める。
三人が揃ったタイミングで、海兵が現状を報告する。
「現在、広場にいる海賊は四人! “金棒のアルビダ”、“道化のバギー”、“麦わらのルフィ”、“歌姫のウタ”以上の四名です」
羅列された海賊たちの名前を聞いて、金髪の青年が反応する。
「ルフィとウタ……?」
思わずその場に立ち止まってしまった金髪の青年へ、スモーカーは怒鳴り声をぶつける。
「おい、いつまでぼーっとしてやがる! 民間人まで巻き込まれてるんだぞ!」
「ええ、分かってます」
「さっさと心の準備をしろ! 英雄ガープが後ろ盾だろうが、おれは容赦なんてするつもりはねえぞ、サボ!」
金髪の青年、サボは、スモーカーからの怒鳴り声など気にせずに笑みを浮かべる。
「ついに来たか。ルフィ、ウタ……!」
海軍本部中佐サボは、スモーカーの元へと走り出した。