“受け継がれる意志”
“人の夢”
“時代のうねり”
――人が『自由』の答えを求める限り
それらは決して
――止まらない。
海賊王
ワンピース一〇〇話 “伝説は始まった”より引用
その日、彼は『奇跡』を見た。
田舎の島でチンピラを束ね、暗黒街のボスまでなった自分は、誰よりも強くなった気でいた。
しかし、そんなことはなかった。海にはもっと強い奴がいる。陸の中で小さな山の大将になってはしゃいでいた自分が、これ以上ないほどちっぽけに感じた。
緑色の髪をトサカのように天へ向け、太いセプタムピアスを付けた、上裸にジャケットを羽織っただけという奇抜なファンションをした青年は、目を丸くしてその光景を見ていた。
「なんだべ、これ……!」
海の秘宝、悪魔の実を食べた能力者の戦い。
腕が伸び、体がバラバラになり、銃弾がスベスベな体を滑っていく。
「世界ってのは、こんなにも広かったんだべか……!?」
その青年、バルトロメオは異次元の戦闘に恐怖を抱いてきた。
そんな場所でこのレベルの戦闘なら、まさに井の中の蛙。
「ど、どっちが勝つんだべ」
いつの間にか、バルトロメオはその戦いに見入っていた。
麦わらの少年が叫ぶ声が聞こえたのだ。
——新時代を作る、と。
そこらへんの海賊が、大海賊時代を変えるつもりなのだと、そう言っているようにしか聞こえない。
そんなことを、考えたこともなかった。
生まれた時から海賊の時代は始まっており、物心ついたときには略奪や暴力は生活の延長戦にあった。
彼は今、本気でその常識をひっくり返そうとしているのだ。
「そんなこと、できるわけねえ……! だって、今にもあいつらは負けそうで……!」
死刑台に登った麦わら帽子の海賊の仲間である赤と白の髪をした黒いワンピースドレスを着た女は、首を絞められ、女海賊に殺されようとしているところだった。
女一人守れずに、世界が変わるわけがない。
そう、思っていたのに。
「やめろォォォォオオオ!!!!!」
直後だった。
バルトロメオには、麦わら帽子の海賊が叫び声を上げただけのように見えたはずなのに。
何か、
小枝を折ったような音が耳元で聞こえたと思えば、突然足が震えて立っていられなくなる。
バルトロメオでもこれなのだ。一般人たちは、一斉に気を失って倒れていく。
「なんだ、なんなんだべ、これ……!!」
麦わら帽子と戦っていた海賊も、その仲間を殺そうとしていた女海賊も、一瞬だけ意識を失い、行動ができなくなる。
女海賊から逃れた赤と白の髪の女は、迷いなく死刑台から飛び降りた。
「ルフィ!」
「ウタァ!」
死刑台から飛び降りた女へ、麦わら帽子の海賊は走り出す。
「く、逃すか……!」
意識を取り戻した女海賊は、すぐに金棒を振り上げる。
距離的にも、女海賊の攻撃の方が早く到達する。
しかし、それも叶わなかった。
もう一度、念を押しておく。
彼はこの日、『奇跡』を見たのだ、
——ドゴァァンッッ!!!!
女海賊が振り上げた金棒がきっかけなのか、それとも麦わら帽子の海賊が呼び寄せたものなのか、理由など分からない。
ただ、結果として。
死刑台は崩れ落ち、女海賊は雷に倒れ、麦わら帽子の海賊は女を抱き抱えて雷から彼女を守っていた。
あれだけの雷であるのに、全くの無傷で。
突如として降り出した大雨の中、彼らは太陽のように笑っていた。
「悪い、遅くなった」
「ルフィなら助けてくれるって信じてたよ」
そう言って笑い合う二人、
バルトロメオが呆気に取られていると、突如やってきた突風に運ばれて、二枚の手配書が飛んできた。
「”麦わらのルフィ”と”歌姫のウタ”……? まさか、あの二人の手配書だべか!? しかも、この懸賞金は……!」
目の前で起こった出来事が急に現実味を帯びてきた。そんなレベルの海賊ならば『奇跡』だって起きてもおかしくない。
さらに。バルトロメオの心を揺さぶるような言葉をルフィは放つ。
「おれは海賊王になって、ウタと新時代を作るんだ! 邪魔すんじゃねえ!」
「か、かかかか海賊王〜〜!?!?」
よりにもよって、海賊王が死んだ場所で。
海軍だって迫ってきているこの状況で、臆することもなく、堂々とそう言ってみせたのだ。
「あの人は、麦わらのルフィは、海賊王になるお方だべ……!」
確信にも近い予感だった。
さらに、バルトロメオが敬意を表するところはそれだけではない。
「ルフィとウタ、この二人の愛は本物だべ。おらは今、奇跡だけじゃなく、真実の愛まで見てしまったんだべ……!!」
気がつけば、バルトロメオの目から涙が溢れていた。
もし誰かに神を信じるかと聞かれれば、迷うことなく『今、目の前にいるお方が神様だべ』と言い切っているだろう。
「なんて尊い、存在なんだべ……! ルフィとウタ……いや、この概念には名前をつけなければ……!」
直後、バルトロメオの脳に電流が走る。
天に打たれたような衝撃とともに、バルトロメオはそれに名をつける。
「ルウタ……! ルウタだべ……! この世で最も尊い存在が、ルウタなんだべ〜!」
バルトロメオはそう叫ぶと、近くで気絶していた仲間を叩き起こす。
「おい! てめぇら、船を出せ!
いつかあの二人のような気高い存在へとなるために。
バルトロメオはこの日から、ゴロツキから海賊になった。
「よーし、お前ら! 逃げろォ〜!」
ウタを抱えたまま、助けようと近くに来てくれていた仲間たちと合流したルフィは船へ向かって走り出す。
それを見て、バギー一味と雷に打たれてボロボロのアルビダが立ち上がる。
「逃すな! まだ海軍本部の大佐はこの広場に着いてねえ!」
「麦わらのルフィ! あんたは私のものになるんだよ!」
走り出した海賊たちだったが、その前に一つの影が立ち塞がる。
それは、小さな体でピンクの髪をした少年。
「待て! アルビダ、バギー!」
「ん? てめえ、コビーじゃないかい!?」
「僕はお前たちみたいな悪党を懲らしめると決めたんだ! 覚悟しろ!」
既に広場の出口まで差し掛かっており、嵐に襲われているルフィたちにはその声は届いていない。
たった一人、目的のために。
コビーは海賊たちに立ち向かう。
しかし、相手は腐っても悪名高いアルビダ。金棒を力強く横振りしただけでコビーの体は吹き飛ばされる。
「ぐ、あ……っ!」
「あんたに興味なんてないのよ! 雑魚はすっこんでな!」
あまりにもあっけなく、コビーの戦いは終わった。
たった一撃で気を失ったコビーはそのまま広場を転がっていく。
「民間人が何を無謀な……!」
広場に降りてきたスモーカーが、コビーの体を受け止める。
スモーカーに続いて、大量の海兵たちが広場へと入ってくる。その間に、スモーカーは自分が食べた悪魔の実“モクモクの実”の力で全身を白い煙へと変化させて海賊たちを制圧されていた。
「やべえ! バラバラになって逃げねえと……!」
「もう遅いぞ“道化のバギー”」
「んな!? いつの間に!?」
バギーが逃げようとしたときには、既にその手に海楼石製の手錠がはめられていた。
海そのものを削り出したとも言われる石によって、海に嫌われた悪魔の実の能力者であるバギーは全身に力が入らなくなる。
「アルビダはスモーカーさんの方が相性がいいですよね? 任せます」
「おれに指図をするな!」
スモーカーはスベスベの実によって物理攻撃を全て滑らせて回避してしまうアルビダの身体を、煙で捕縛した。
その他の海賊たちも暴れるが、体そのものが煙であるスモーカーには攻撃が当たらず、武器を持って暴れる者たちへはたしぎが個別に対応し、民間人は海兵たちが避難の誘導をする。
流れるような手際で、あっという間に賞金首である二人が捕まってしまった。
次は麦わらの一味だとスモーカーが周囲を見渡したところで、あることに気づく。
「……おい、たしぎ」
「はい! なんでしょう、スモーカーさん」
「サボのやろう、どこに行った」
スモーカーが咥える葉巻の煙は、風とともに強く西へと吹いている。
まるで、ルフィたちの船出を後押しするかのような、強烈な
「何が起こってる。天があいつらに味方してるってのか……!?」
スモーカーは一人、海兵たちを置いて先へと進む。
と、その道中。
「この世界に、神なんてものはもういないさ」
黒いローブを羽織った男が一人。
スモーカーの前に立っていた。
「お前は……!」
稲光に照らされた顔と、頬に彫られたタトゥーを見て、スモーカーは生唾を飲んだ。
革命家、ドラゴン。
世界政府打倒を掲げ、政府そのものを敵とみなす、海賊とは違った反乱分子。
そのトップに君臨する男が、こんなところにいるとは。
「政府はお前の首を欲しがってるぜ」
「世界は我々の答えを待っている……!」
スモーカーとドラゴンの間には、異様な緊張感があった。
相手がドラゴンだと分かった海兵たちは、その場で武器を構えることしかできない。
「残念だが、あと少しだけここで止まってもらおう」
「なぜ、あいつらに手を貸す!」
「男の船出を邪魔する理由がどこにある」
直後、猛烈な突風が海兵たちを襲った。
流石のスモーカーも、強風に耐えられずその場で膝をつく。
「それでは、そろそろ失礼しよう」
「くそ、待て……!」
「いいのか? この町から海賊を逃したことはないのだろう?」
「——総員、麦わらのルフィの確保へ迎え! この戦力でドラゴンは捕えられない!」
「いい判断だ」
ニヤリと笑ったドラゴンは、ローブを翻してどこかへと歩き去っていく。
唇を噛み締めてその背中を見送ったスモーカーは、再びルフィたちの元へと走り出した。
一方、あと少しで波止場へ辿り着くルフィたちは、海兵たちを蹴散らしながら走っていた。
「どけどけ〜!
楽しそうに走るルフィの隣に、ウタも並ぶ。
まるで、雨を楽しみに外ではしゃぐ子どものような顔だった。
新品の黒いワンピースドレスが汚れても気にせずに、ウタは走り続ける。
そんな彼らの前に、二つの影が現れた。
「そこまでだ、麦わらの一味!」
やってきたのは、一輪車に乗った曲芸師の男と、白いライオンに乗った猛獣使いの男。
カバジとモージ。バギー海賊団の幹部の二人だ。
「もうー、面倒なやつ! 来ないでよ!」
「おい、こんなところで戦ってたら海軍たちが来ちまうぞ!」
「バギー船長は捕まってしまったのだ! せめて、お前たちだけでも道連れにしてやる!」
捨て身の特攻だった。
負けることは決してないが、追われているという現状では、ルフィたちに戦闘を任せている時間すら惜しい。
仕方がない、とウタは大きく息を吸う。
「みんな、耳塞いで!」
ウタウタの実の力で眠らせ、逃げる。
おそらく、それが今の最適解だ。
しかし。
「——“
何者かによって、ウタの肩がポンと叩かれた。
すると、予想だにしない事態が起こる。
「————」
ウタは確かに歌っているはずだった。
口は動いているし、喉だって震えている。嵐にかき消されないほどの声量が出るように肺の空気を出し切るつもりで歌った、はずだ。
それなのに
「やめとけ、ウタ。お前の歌は、こんな安っぽいステージのためにあるわけじゃねえだろ」
やってきたのは、海軍の制服に身を包んだ金髪の青年。
その横顔を見て、ルフィとウタは腰を抜かす。
「————」
最初に彼の名を呼んだウタの声は相変わらず一切聞こえない。
そして驚きのあまりに、ルフィが言葉を失っている間に、彼は動く。
「よく見ておけよ、可愛い弟と妹。能力に頼る戦闘に限界は必ず来る。そのための力を、おれは身につけた」
素早い動きで金髪の青年はカバジとモージの背後に回った。
「速い——!?」
「
その場で飛び上がった金髪の青年は、右の拳を固く握りしめた。
すると、
「
青年の拳が
そして、その漆黒の拳でカバジとモージと猛獣にそれぞれ一撃ずつ。
たったそれだけで、バギー海賊団の幹部たちは倒れてしまった。
「っと。まあ、こんなもんかな」
圧倒的な力を見せた一人の海兵。
サンジとゾロは、その力量を知って素早く身構えるが、ルフィとウタにその様子がない。
むしろ、その姿を喜んでいるようで。
「おっと、そういえば。まだ解除してやってなかったな」
金髪の青年がパチンと指を鳴らした瞬間、聞こえなくなっていたはずのウタの声が響く。
「サボ〜〜〜〜!!!!!」
少し遅れて、ルフィも叫ぶ。
「サボだ〜〜!! 元気にしてたんだな〜!」
ルフィとウタは海兵であるはずの青年に同時に抱きついた。
何が起こっているのか理解ができない一味の皆に向かって、ウタは満面の笑みで彼を紹介する。
「この人はサボ! 私とルフィの、お兄ちゃんだよ!」
「お、お兄ちゃん〜〜〜〜!?!?!?」
驚嘆の声を上げる麦わらの一味に向かって、よろしくとサボは爽やかに笑ってみせた。