麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第十八話「いつか聞いた歌声を」

 

 

 

 つい数分前まで、ウタたちは嵐の中にいた。

 サボと別れ、荒波の中をかき分けて、偉大なる航路(グランドライン)への入り口が山だという説明を受けたばかり。

 それなのに。

 

「嵐、なくなっちゃた」

 

 ポツンと呟いたウタの言葉を聞いて、ナミが慌てて外へ飛び出した。

 綺麗に晴れた空を見て、ナミは冷や汗をかく。

 

「しまった。凪の帯(カームベルト)に入っちゃった」

「……? なにそれ」

「話してる余裕はないわ! 早く帆をたたんで船を漕いで!」

「何慌ててんだよ。漕ぐって言ったって、帆船だぞ?」

「いいから言うことを聞けェ!」

 

 ナミはゲンコツでルフィの頭をしばく。ゴムなはずなのに「いてー!?」とルフィが頭を抑えているので、ウタは穏やかにナミの肩に手をおく。

 

「分かりました! ナミがとても大変なようなので……!」

「ウタは分かってくれるって思ってたわ……!」

「歌うよ! 元気出して、ナミ!」

「あんたもそっち側回ってどうすんのよアホー!」

「〜〜♪」

 

 本当に楽しそうに歌い出したウタを見て、ナミはがっくりと膝を落とす。

 

「これを言わなきゃ分からないのね……! この無風の海域は——」

「……? いま、誰かの声が」

「私でしょうが!」

「いや、ナミじゃなくて——」

 

 歌うのやめたウタが当たりを見回していると、船が突然大きく揺れ始めた。

 すると、そのまま船が上へと昇り始める。

 いつの間にか、船は空を飛んでいるかと錯覚するほど高くまで上がり、その下には……。

 

 

「ここは、海王類の巣なのよ……」

 

 シクシクとなくナミが、船にしがみついていた。

 口をあんぐりと開けてその巨大な海王類たちに驚くルフィたちだが、たった一人、ウタだけは表情を変えず耳をすましていた。

 

「…………あなた、たちなの?」

 

 そんな呟きをウタが口にした直後、体の内側から鼓膜を叩くような不思議な声が聞こえた。

 

 ——聞こえた? 聞こえた? いま、王の声に似た歌が聞こえた

 ——わたしも、聞こえた。でも、違う。いまの声は、わ(・)た(・)し(・)た(・)ち(・)の(・)王(・)ではない

 

「あなたたち、喋れるの……?」

 

 戸惑いながらも、ウタはその声の主を予感した。

 それが海王類のものであると信じて、ウタは声をかける。

 

「ねえ、私の言葉、分かる?」

「何言ってるのウタ!? いまはそれどころじゃ——」

 

 言い切る前に、ナミは言葉を切った。

 ウタの目が、真剣そのものだったからだ。

 また何か不思議なことをやろうとしてるのだと察したナミは、ウタを信じて口を閉じる。

 

 ——分かる、けど。あなたの話を聞く必要もない

 ——わたしたちが言うこと聞くのは、王の言葉だけ

 ——でも、あなたの歌は、とても楽しい。ずっと昔に聞いた歌声に、よく似ている

 ——うん。王ではないけど、あのときのお(・)姫(・)様(・)に(・)そ(・)っ(・)く(・)り(・)だ

 

 勝手に話を進めながら、海王類たちはメリー号を頭の上に乗せてゆっくりと動き始める。

 何が起こっているのか分からない一味たちに、ウタは問いかける。

 

「みんなは、聞こえないの?」

「なに言ってんだ、ウタ」

「怖さで変なもんでも見てんだろ」

「てめえ、ウタちゃんに悪口言うんじゃねえよ!」

「お、お前ら、喧嘩してる場合じゃねえって!」

 

 誰にも、彼らの声は届いていない。

 この声が聞こえているのも、ウタだけのようだった。

 ならば、とウタは口を開く。

 

「あのね。私たち、間違えてここにきちゃったんだけど……」

 

 申し訳なさげにウタが呟くと、海王類たちは顔を見合わせる。

 

 ——迷い込んで、しまったんだね

 ——懐かしい歌声を聴かせてくれたお礼をしようよ

 ——そうだね。それがいい。久しぶりに楽しい気持ちになれた

 

 海王類たちは本来の航路の方角へ、メリー号を乗せたまま動き始める。

 

 ——今回だけだよ。本当はお姫様の言うことは聞かないんだから

 

「ありがとう、みんな!」

 

 ウタは笑顔で海王類に礼を言う。

 一味の皆がこの現象に訳がわからず困惑をしたまま、メリー号は嵐の中に戻された。

 

 ——いつか、君にも約(・)束(・)の手伝いをしてもらうよ

 ——そうだね。ぼ(・)く(・)た(・)ち(・)の(・)王(・)と出会うことがあれば、あの子を助けてあげてほしい

 

「分かった! 約束する」

 

 ——ありがとう、お姫様

 ——また会おうね、お姫様

 ——今度は会えてよかったね、お姫様

 

 そして、メリー号が嵐の波に運ばれているうちに、海王類たちはどこかへ消えていく。

 

「なんだったの、今の……?」

「ウタのやつ、海王類と喋ってなかったか?」

「なんだ? 知り合いか、ウタ?」

「うーん、どうなんだろう」

 

 ウタは首を傾げる。

 シャンクスと冒険に出たときも海王類は見たことがあったが、こんな感覚は初めてだった。

 初めて会うはずなのに、ずっと昔から知り合いだったかのような感覚。

 

「分かんないけど、悪い子たちじゃなかったよ!」

 

 ケロッと笑ってみせるウタへ、一味たちは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、嵐に飲まれて進んでいるうちに、それは見えた。

 

「本当に水流が上に登ってやがる……!」

 

 リヴァース・マウンテン。

 凪の帯(カームベルト)を渡れない以上、赤い大陸(レッドライン)に直角に交わる偉大なる航路(グランドライン)に入るためにはこの山を登る以外の方法はない。

 凄まじい勢いで登っていく海流の上、天候は最悪。幸いなのは、風が追い風ということだけ。

 

「覚悟しろよ。偉大なる航路(グランドライン)に挑むやつの半分は、ここで沈んで死ぬって噂だ」

「確かに、少し間違えれば山にぶつかっておしまいだもんな……」

 

 リヴァース・マウンテンを見上げる一味たちは、ごくりと生唾を飲み込む。

 しかし、そんな中でウタだけは表情に余裕があった。

 

「大丈夫だよ。私たちの航海士の腕は、世界一なんだから!」

「……ったく、仕方ないわね」

 

 嬉しそうに笑ったナミは、すぐに指示を出す。

 

「みんな、力を貸して! 全員で入るわよ、偉大なる航路(グランドライン)!」

 

 全員の「おう!」という声が重なる。

 サンジとウソップが舵を持ち、ゾロとルフィが進路を確認する。

 

「もっと右だ!」

「おっしゃぁぁあ……ああああ!?!?」

「どうした!?」

「舵が折れたァ!」

 

 サンジとウソップが声を上げながらひっくり返っていた。咄嗟の判断で、ルフィは体を膨らませて、メリー号の緩衝材になって山との間に挟まる。

 

「頑張れ、ルフィ!」

「うぬぬぬ〜〜〜!!!」

 

 ボインっっっ!!! とメリー号の向きが変わり、船体が真っ直ぐに山の頂上を向く。

 その勢いで宙に弾かれたルフィが手を伸ばし、ゾロがそれを掴む。

 一味の中でトップクラスの腕力で強引にルフィを引っ張り上げ、それをウタが受け止める。

 

「ルフィ、ナイス!」

「にしし! なんとかなった!」

 

 そして、船は見事に山を駆け上がり、四つの海が交わる山頂で跳ね上がる。

 あとは、下るだけ。

 そのはずだったのだが。

 

——ブォォオオオオオ!!!

 

 霧がかかった海の先に、黒い影が見えた。

 ナミはこれを風の音ではないかと言っているし、誰も気にかけていないが、ウタの耳だけはそれが『声』だと聞き取っていた。

 『聞く』ことに長けたウタの耳は、その声から様々なものを感じ取る。

 この気持ちは、痛いほどよく知っているから。

 

「……泣いてるの?」

 

 ほんの数瞬だけ動きを止めてから、ウタはすぐに声を上げる。

 

「みんな! 今すぐブレーキかけてっ!!」

「どうしたんだ、急に?」

「何言ってるのよ、このままいけば偉大なる(グランド)——」

「信じて!!!」

「「分かった!!」」

 

 すぐさまナミとルフィが動き出し、船を止めにかかる。

 その動きを見て、ゾロたちも精一杯に船にブレーキをかけていくが、滑り台のような海流では、簡単に止まることができない。

 

「ウソップ! 隙間は『見える』!?」

「左斜め前! 霧がすげえが、確かに隙間がある!!」

「サンジ、ゾロ!」

「舵が折れてんだよ!」

「うるせえ、ちょっと貸せその刀!」

 

 ゾロから三代鬼徹を奪い取ったサンジは、踵落としで折れた舵の根っこに突き刺した。

 

「おれの刀を舵にしやがったなテメェ!!」

「うるせえ! さっさと舵切らねえと間に合わねえんだ!」

「妖刀に呪われても責任取らねえぞ!」

 

 ゾロとサンジは舵(三代鬼徹)を握りしめて思い切り左へと方向を向ける。

 

「ルフィ! もう一回風船!」

「任せろ!」

 

 最後の最後、ルフィは再び体を膨らませて、船を守るように間に入る。

 そこまで来て、ルフィたちは気づく。

 目の前に見えていた山のような影が巨大なクジラであることに。

 

「クジラァ!?!?」

 

 その体は半分以上も海の中に隠れているというのに、ルフィたちにはそのクジラが山にしか見えなかった。

 どうにかこうにか力を合わせてクジラにぶつかることだけは回避したが、それでも危機は去っていない。

 

「ウタ! さっさと逃げるわよ! こんなの、少し動いただけで船がひっくり返っちゃう!」

「待って、ナミ」

 

 ウタは、かけらも怯えていなかった。

 メリー号よりもずっと大きな瞳を見つめて、ウタは声を出す。

 

「ねえ、君! 私の声が聞こえる!?」

「アホー!! 何やってんのよ! わざわざ位置を知らせてどうするの!」

「ダメなの! 無視なんてできない!」

 

 直後、ギョロ! とクジラの瞳がウタたちを向く。

 ウタたちの姿を確認したクジラは、また大きな鳴き声を上げる。

 

——ブォォオオオオオ!!

 

 全員がその音量に耳を塞ぐ。

 早くこの場から逃げなければ、このクジラにやられて全滅だ、

 そのはずなのに、ウタは一歩も動かない。

 

「ウタ! いい加減に……!

「……泣いてるの」

「分かってるわよ! さっきの音も、こいつの鳴いてる声で——」

「違う! “泣いてる”の!」

 

 ウタの夢は、世界一の歌姫になること。

 そして、自分の歌で世界中の人々を笑顔にすること。

 要するに。

 

「目の前で泣いてる子を無視して、この海を進む気なんてない」

 

 そう口にしたウタは、クジラに問いかける。

 彼が泣く理由が、なんとなく分かるのだ。

 何よりも悲しくて、途方もなく苦しいこの感情を、ウタは知っているから。

 

「教えて。あなたは一体、誰を待っているの?」

 

 高々に泣き声を上げるクジラに対して、ウタは優しくそう問いかけた。

 




もうお分かりだと思いますが、僕はワンピースの考察厨です。そっち方面の僕の考察を含めた掘り下げの描写も多いです。皆さんの考察も感想とかで聞けたら楽しいなって思ってます。
たくさん教えてください
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