決闘を終えたドリーとブロギーは、戦いを終えたルフィたちと座り、円を作っていた。
「なんと……! ネズキノコを食べたのか。無茶な真似を……!」
「おれたちの決闘のためにそこまで……!」
見れば、ルフィもかなり苦戦したらようで、身体中に傷があった。
その事実に決闘が終わってから二人が気づいたことが、ルフィたちの戦いの証拠だった。
「それにしても、豪快なチビたちだ! 千人もの追手を追い払っちまうとは! ゲギャギャギャ!」
「ガバババ! そうだな、何か礼をさせてくれ!」
「なら、ログをどうにかしてちょうだい! 早く解毒薬を飲ませないと、ウタが死んじゃうの!」
「……済まぬ。ログばかりはどうにもならん」
ナミは医学をかじってはいるが、解毒薬を作れるような医者ではない。航海をする上で気をつけるべき知識や応急処置を把握しているだけ。
ビビも王女として図鑑でネズキノコを見たことはあるが、実務としての医療などやったことがない。
「アラバスタまでどれだけ急いでも、一週間以上はかかる。例えひとかじりだとしても、ウタさんの命がそれまである保証は……」
「…………」
皆の間に沈黙が満ちる。
急ぎたいのに、急げない。
重たくなった空気を笑い飛ばそうしたのは、誰でもないウタだった。
「み、みんな! 私は大丈夫だから! ほら、見て! ピンピンしてるから、一週間だって生きていられるって!」
「……決めた! 医者を探しに行こう! ログなんていらねえ!」
ずっと黙っていたルフィが、立ち上がってそう言った。
その場に、それを否定しようとする者はいない。
しかし、そんな中でナミはとある新聞を持ち出してきた。
「ビビ。これ、読んで」
「…………これは……っ!」
ナミが渡した新聞に書かれていたのは、アラバスタの情勢。
国王軍の兵士三〇万人が反乱軍に寝返り、アラバスタの暴動がさらに激化するだろうという記事だった。
これは昨日の時点でナミの手元にあった新聞で、ビビに見せれば不安を煽るだけになってしまうかもしれないと隠していたようだった。
「私たちは、ウタを見捨てるつもりはない。でも、だからと言って医者がいる島を探すとなれば、必然的にアラバスタへは遅れてしまう」
「……間に合わなかったら、百万人もの国民が意味のない争いをすることに……!」
さらにその場の空気が濁っていく感覚があった。
ネズキノコの解毒薬を見つけ、アラバスタへ急ぐ。一秒も無駄にできないのに、先へ進む道標すらない。
そんな八方塞がりの一味の元へ、この状況を何も知らない呑気なコックが走ってきた。
「ナミさ〜ん! ウタちゃ〜〜ん!! ビビちゃ〜〜〜ん!!!」
やってきたサンジは、ドリーとブロギーを見て目を疑う。
「なんだお前!? お前がMr.3ってやつか!?」
「どうしてサンジがMr.3を?」
サンジはすぐに説明を始めてくれた。
一人で島を歩いている間に、Mr.3の拠点を見つけ、そこでボスであるクロコダイルからの電伝虫を受け、任務は完了したとの連絡をしたようだった。
ウタはバロックワークスたちを島の外へ追い出した際に、彼らが持っていた
そのため、追ってくることもクロコダイルに連絡することもできないはずだ。
これ以上の追手はもう来ないと安心する一味だが、一番の問題であるログが溜まっていないのだ。
「ん? 何かまだこの島に用があんのか? せっかくこういうものを手に入れたんだが……」
サンジは懐から、何食わぬ顔でアラバスタへの
皆が呆気に取られてから、全員が両手を上げる。
「やったー!! 出航できるぞォ!」
「ありがとう、サンジさん!」
「え、あ……♡ ど、どういたいしましてェ……♡」
ビビに抱きつかれて鼻の下が伸びきっているサンジの頭を引っ叩いて、ナミはすぐにその場から歩き出す。
「一秒でも惜しい! みんな、すぐに出航の準備を!」
「おう!」
皆でメリー号へと進み出す前に、ルフィとウタはドリーとブロギーに向き合う。
「ありがとう、ドリーさん、ブロギーさん!」
「おれたち、行くよ!」
「そうか……! 止めはしねえよ、誇り高き友たちよ」
「じゃあなー! 決闘、頑張れよー!」
去っていくウタの背中へ、ドリーが声をかけた。
「歌姫よ。お前のような誇り高き戦士には、エルバフの加護があるだろう。こんなところで野垂れ死にゃあせん」
「もちろん! 運が良かったら生きてるだろうから、暇があったら祈っててよ!」
「ゲギャギャギャ!! 面白ェ! 行ってこい、友よ!」
手を振りながら一味の元へ走っていくウタを見送ったエルバフの戦士たちは、ゆっくりと起き上がって目を見合わせる。
「……友の船出だ」
「行くか。東の海には魔物がいる……」
ドリーとブロギーはボロボロになった剣と斧を掴み、進み始める。
「この戦斧も剣もそろそろ寿命だな……」
「未練ならあるさ。それこそ、おれの命みたいなものだ。だが」
「おれたちも命を懸けなければ、彼らの誇りに応えるために」
船が出る水路の先に二人の巨人は既に回っていた。
見送りに来てくれたのだとはしゃぐルフィたちへ、二人は言う。
「この先に、次の島に辿り着けぬ理由がある」
「お前たちは命を懸けて我らの誇りを守ってくれた」
「ならば……いかなる敵があろうとも」
「友の
「我らを信じてまっすぐ進め! 何があろうと、まっすぐにだ!」
その言葉の力強さに、ウタは笑顔で頷く。
「りょーかいです! ナミ、進路は直進ね!」
「まっすぐだ!」
二人の返事を聞いて、二人の巨人は笑う。
「別れだ。また会おう、必ず」
その言葉が聞こえた瞬間、ナミが正面を指差した。
「見て、前!」
皆が視線を向けると、信じられないものがそこにはあった。
海が、山が迫り上がってきたのだ。
「……違う! 金魚だァ!」
島食い、と巨人の二人はそれを呼んでいた。
たった一口で小さな島ごと飲み込んでしまうその巨大な金魚につく異名としてはこれ以上ないだろう。
当然、まっすぐ進んでしまえば、船は島食いの中に沈んで消えてしまうだろう。
そんな中。
「〜〜♪」
その場に座って鼻唄を歌いながら、ウタは微笑んでいた。
「なに呑気に歌ってるのよ!」
「ん? だって、私たちはまっすぐ進むだけだもん。ね、ルフィ?」
「ああ。まっすぐだ」
「バカ言わないで! ラブーンのときみたいにはいかないのよ!?」
「大丈夫だってば。ナミも歌おう?」
「…………はぁ。そう」
ナミはウタの隣に座ると、ルフィがボリボリと食べていたせんべいを奪い取って食べ始める。
「あ! ルフィのやつ!」
「なんであんたが先に文句言うのよ」
「ずるいじゃん!」
「はいはい。じゃあ残りはあげる」
「そうじゃないのにぃ〜……もぐもぐ」
「ど、どうしたのみんな! まさか、諦めて開き直ったとかじゃ——」
慌てているビビへ、ウタは笑顔で答える。
頭上で風を受けて揺らめく自分たちの
「誇り高きエルバフの戦士が折らせないと言ったのなら、絶対にこれは折れない」
「どうしてそこまで信じられるの……?」
「そういうのじゃねえよな、ウタ」
「うん。ただ私たちは彼らの誇りに命を懸けただけ」
ウタは当たり前のように、そう言った。
直後。
「————覇国っ!!!!!!!」
海に、亀裂が走った。
大海原を裂く異次元の斬撃が、島食いの腹ごと貫き、メリー号の障害物を吹き飛ばした。
その勢いに乗って、ルフィたちはまっすぐに飛んでいく。
「ああ、世界は広いなぁ」
ウタはそう呟いて、空を見上げる。
海よりも広い青がどこまでも続いている。
冒険に出てよかった。海賊になるという選択をしてよかった。
こんなにも素晴らしい出会いや笑顔に触れることができるのだから。
なのに。
「…………なに、この気持ち」
ズクズクと。
自分ではない何者かが心の深く内側からノックをしてくるような感覚が、止まらなかった。
アラバスタへの直進航路の中で、ルフィたちは医者のいる島を目指し進んでいく。
リトルガーデンを出てから、一日が経った。
ウタに残された時間は、あと二日程度。
「ほら、サンジくんが作ってくれたプチフール」
「ん、ありがとう、ナミ」
サンジ特製の一口ケーキ、プチフール。
あと数日しか命が持たないかもしれないという現状は、ルフィたちの焦りを生んでいた。
さらに、ビビのアラバスタへ到着したいという焦燥感は口にせずとも伝わってくる。
それを見て、ウタは小さく口を開く。
「……ごめんなさ——」
「その言葉だけは、言っちゃダメよ。ウタ」
ナミはウタの口元に指を当てた。
ウタが謝罪をするということは、自分の選択が間違っていたと言うも同義。
誇りに命を懸けたのなら、それに恥じる言葉など決して言ってはならないのだ。
「……うん。ありがとう」
「よし。……それにしても、なんだかあたし、疲れちゃった」
壁に寄りかかったナミは、上を見上げたままウタヘ話しかける。
「大丈夫よ、なんとかなる」
「……うん」
「いままでもなんとかなってきたじゃない。ほら、アーロンパークのときも……」
ウタは遠くを見つめる。
なぜか、ナミの言葉が頭に入ってこないのだ。ネズキノコの影響で一睡もできてないことも、関わっているのだろうか。
なぜか、聞こえないものまで聞こえてくる。
「ほら、せっかくならのんびり歌でも歌えばいいんじゃない? 焦っても仕方ないし」
「…………分かってるよ」
「私も、ちょっと疲れちゃったからさ。気晴らしみたいな娯楽があるってありがたいのよね」
「…………分かってるってば」
「そんなカリカリしてないで。いつもみたいに笑って——」
「分かってるって言ってんじゃん! うっさいなぁ!!!」
あろうことか。
ウタは、ナミを突き飛ばしてしまった。
「——ッ!?」
「……ぇ、あ。……え?」
壁に背中をぶつけてその場に倒れるナミ。
自分がやったことが理解できず、自分の手のひらを見つめる。
突き飛ばした感覚が。柔らかなナミの肌の感覚が、ちゃんとそこにはあった。
自分がやった。
大切な仲間を、突き飛ばした。
「——ごめん、ナミ! 大丈夫!?」
ウタが慌てて駆け寄ると、ナミはゆっくりと体を起こす。
「だ、大丈夫よ。私こそごめん。うるさかったわよね」
「そんなことない! 悪いのは私で……」
「いいのよ。……私にくらい…………」
「ナミ?」
再び、ナミはその場に倒れた。
よく見れば、その顔は赤く熱っていて、無数の汗が流れている。
どうして、すぐ隣にいたのに気づけなかった。
なんで、こんなにも苦しそうな仲間を突き飛ばしたりした。
「おい、どうした!」
異変に気づいたルフィが二人の元へやってきた。遅れて、ビビやサンジたちもナミの元に駆け寄ってくる。
「大変! 早くベッドへ!」
「どうしたんだ、ナミさん!」
「分かんねえけど、すげえ熱だ!」
ベッドへ運ばれていくナミを、ウタはただ呆然と眺める。
まだ、自分がなぜこんなことをしたのか分からない。
指先が震えている。
「ウタ、どうしてすぐに呼ばなかった!」
「だって……! 何が何だか、分からなくて……!」
「お前も、なんかあったのか!?」
心配そうにウタの顔を覗き込むルフィ。
ぐっと近づいてくるルフィを前に、ウタは後ろへ下がる。
「やめて……! 私は、大丈夫だから……っ!」
「お前だって死ぬかもしれねぇんだぞ、どっか悪いところがあるなら……」
「私に近づかないで!!!」
パンっ! と乾いた音が響く。
「……ウタ?」
「………………」
麦わらの一味の視線が、一斉にウタヘと向いた。
そんなことがあるわけないと、信じられないような顔で。
「……違うの」
頭の中がぐしゃぐしゃに散らかっていく感覚があった。
自分が何をしたのかも分からない。
何をしたかったのかも分からない。
「私じゃない……! 私じゃない……!」
頭を掻きむしったウタは、心配そうに自分を見つめる一味の視線に震え始めた。
視界が歪む。
泣いていることすらも、気づいてないウタはその景色に恐怖を覚える。
「やだ。いやだ……!」
ウタはルフィたちに背を向け、メリー号の奥深くの一室へと閉じこもる。
誰かが止めるような声がしたが、そんなものはウタには届かない。
暗い部屋の中、ウタは一人うずくまる。
どこから、声が聞こえる。
「……うるさい。うるさいうるさいうるさい!!!」
ウタは耳を塞ぎ、誰の言葉にも返事をしない。
憎むべきは、ウタの凶暴性の理由を誰も知らなかったこと。
ネズキノコの猛毒に、人格を凶暴にするという副作用があることを知るものは、この船には一人もいない。
故に。
ウタは独り、得体も知れない恐怖に震えながら閉じこもることしかできなかった。