麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第二十四話「あなたの隣に」

 寒い。

 ドアの隙間から入ってくる風が、やたらと冷えていた。

 部屋に閉じこもってから意識的に耳を塞いでいるから、外で何が起こっているのかはわからない。

 しかし、それでもウタの耳は『聞いて』しまう。どれほど前だったかは忘れたが、気味の悪い笑い声が船から聞こえてきた。

 悪意と軽蔑に満ちた、下劣な声と感情。

 脳幹がぐわんぐわんと揺れて、ウタは部屋の隅でサンジの作ってくれた料理を戻してしまっていた。

 

「…………嫌だ」

 

 ポツリと呟く。

 自分の中で蠢く()()()()()()()()が、輪郭を帯びていく感覚があった。

 自分の内側から延々と聞こえるのだ。

 

——私を歌って。

——人々を呪え。

——皆に知らしめろ。

 

 蘇る。

 一つの国を滅ぼすに至った、災厄の記憶。

 

——怒れ。

——集え。

——謳え。

 

 無数の声が、胸の奥から鼓膜を揺らす。

 耳を塞いでも、避けようのない(こえ)が響き続ける。

 

「出ていって……ッ! 私の中から、出ていってよ……ッ!!!」

 

 胸を叩いても、体を引っ掻いても、何をどう足掻いても、聲は止まない。

 悲鳴と怒号が体で弾け続ける。

 

——あなたは、私。

——私は、あなた。

——救世主(メシア)よ。

——代弁者よ。

 

「違う。私は、あなたみたいな化け物とは違う……!」

 

 その歌だけは歌わないと、決めたのだ。

 あれは破滅を招く(うた)だ。

 誰かを傷つける歌など、歌ってなるものか。

 

「私は、世界中の人を笑顔にするために歌うって決めたの……! だから、出ていって……!」

 

 拒み続け、遠ざけ続けて。

 ふと、目の前に鏡があった。

 そこには、誰かがいた。

 

 泣いているのに笑っていて。

 楽しんでいるのに苦しんでいて。

 怒っているのに受け入れていて。

 悲しんでいるのに喜んでいて。

 

 目も背けたくなる化け物のような顔をした人間が自分なのだと気づくのに、随分と時間がかかった。

 

「……ああ、そっか」

 

 自分はシャンクスの娘(ウタ)なんかではなくて。

 ただの化け物——

 

 

 

ドゴァン!!

 

 

 

 光が差した。

 本棚やベッドを強引に積んで閉ざしていた扉が、蹴り壊されたのだ。

 ズカズカと入ってきたその人は、やつれて変わり果てた化け物の前に立って、たった一言、こう言った。

 

 

「行くぞ、()()。医者、見つけたから」

 

 

 それはさながらと太陽のようだと、化け物は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を見た一味は、言葉を失っていた。

 

「離して! 離せよ!」

「うるせえ。暴れられると上手く持てねえ」

 

 強引に部屋からルフィに引っ張り出されたウタは、担がれた肩の上で見苦しく暴れていた。

 あまりにも無惨な見た目になってしまったウタを、皆はただ見ることしかできない。

 

「みんな。おれ、ナミも連れてあの山を登るから」

「お、おい! 正気か、ルフィ! 二人を担いであんな山を登るなんて……!」

「そうじゃなきゃ、こいつら死んじまうだろ」

 

 それだけ言って、ルフィは目の前にそびえる円柱型の山を見つめる。

 ウタが閉じこもってから一日経って、ルフィたちはアラバスタではない島を見つけていた。

 どうやらちゃんとした町があるようで、ここなら医者がいるだろうとルフィたちは船を止めたのだった。

 

 どうやら、訳ありのようで海賊だと判断するや否や銃を向けられたが、話せば分かってくれる人たちのようで、ビビのおかげで無事に休ませてもらえるようになった……のだが。

 

「なあ、医者ってあの山の上にしかいないんだろ?」

「ああ、ドラムロッキーの一番高い山にそびえる城に住む魔女こそが、この国の唯一の医者“Dr.くれは”だ」

 

 このドラム島の民間護衛団団長を務める大男、ドルトンは頷いた。

 ナミの体調やウタの状況を知ったドルトンは、対処するにはDr.くれはの治療以外ないと言うが、彼女は気まぐれに山の下に降りてきて治療をするのみで、通信手段がないのだと言う。

 つまり、彼女に会うためには強引にでも山を登るしかない。

 

「私なんか放っておいてよ!」

「うるせえ。おい、ナミ」

 

 ウタの言葉を無視するルフィは、眠るナミの顔をペシペシと叩く。

 うっすらと目を開いたナミへ、ルフィはあっけらかんと言う。

 

「あんな。山登んねえと医者いねえんだ。山登るぞ」

「お前……! ナミさんやウタちゃんの負担を考えろ! お前は落ちても平気かも知れねえけどな……!」

「んなこと言っても、やるしかねえだろ」

 

 ケロッと答えるルフィを見て、ナミは笑う。

 

「……よろしくっ!」

「そーこなくっちゃ!」

 

 小さく手を上げたナミの手を、ルフィは笑顔で叩く。

 その光景を、ウタは直視できない。

 

「いやだ! 嫌だ嫌だ嫌だ!!」

 

 バタバタとウタは暴れ続ける。

 あまりに悲惨な様子を、一味は見ていられない。

 ただ一人、ルフィだけがウタを見つめる。

 

「おれは、ウタに死んでほしくねえ」

「そんなの、私の勝手でしょ!」

「ああ。だからおれも、勝手に山登る」

 

 ナミを担いで、ルフィは部屋の扉に手をかける。

 その後ろに、サンジが付く。

 

「よし。おれも行く」

 

 山を登る直前まで、サンジが哨戒をすることになり、一歩先をサンジが進む。

 ルフィたちが訪れたドラム島には、猛獣が多い。ナミとウタを背負うルフィは、攻撃の衝撃を二人に伝えないためにも、サンジが戦うしかない。

 そんなやりとりをしているうちに、そんな状況がさっそく訪れる。

 うさぎのような見た目をした屈強な白熊が、無数に彼らの前に現れた。

 

「ドルトンが言ってたラパーンってやつか……! いいか、ルフィ! お前は手を出すんじゃねえぞ!」

「分かった! 戦わねえ!」

 

 ルフィは避けることに専念し、サンジが蹴りで牽制しながら先へ進む。

 しかし、あまりにも数が多すぎる。

 

「くそ……! どうしろってんだ!」

 

 サンジの攻撃をかいくぐり、ラパーンの凶暴な爪がルフィへ襲いかかる。

 

「おい、やめろ! ウタとナミが怪我すんだろうが!」

 

 必死にルフィは攻撃を避けて、どうにか先へと進んでいく。

 そんな中、ルフィの背中で眠っていたナミが小さく声を出した。

 

「大丈夫よ、ウタ。ルフィたちが、なんとかしてくれるから」

「……私なんか、どうでもいいのに」

 

 ウタは呟く。

 もう、ナミの優しさを無碍にしていることへの罪悪感すら生まれていなかった。

 それでも、ナミは笑いかける。

 

「私は怖くない。二人がいてくれるもの」

「…………」

「ウタがこんなことしたくないっていうは分かってる。だから、気にしないで」

 

 ウタはかすむ視界の中で微笑むナミを見つめる。

 ああ、なんて。

 ()()()()()()()()()

 

「あっち行ってよッッ!!! 煩わしいッ!!」

 

 黒い稲妻が、周囲に飛び散った。

 ウタの無作為な威圧を受けて、ラパーンたちは震え始める。そのまま、ラパーンたちは背を向けて逃げ去っていく。

 急にいなくなった敵の背中を眺めて、ルフィとサンジは唖然としていた。

 そんな中、ナミは穏やかな声で、

 

「ほら。私たちには何もない」

「…………話しかけないで」

 

 何が起こったか理解をできてないまま、二人は走り始めるが、さらなる障壁が二人の前に現れる。

 

「どけよ!」

「まははははは! カバじゃなーい?」

 

 立ち塞がったのは、ドラム王国の元国王、ワポルだった。

 ウタがメリー号の部屋に閉じこもっている間に、メリー号に乗り込んできて船を食べるという前代未聞の行動を起こした暴君。

 ルフィにコテンパンにやられた腹いせから、ワポルは仕返しをする気まんまんで前にその場に立っていた。

 

「ルフィ。ウタちゃんとナミさんを頼む」

「サンジ!?」

「こんな馬鹿ども、おれ一人で充分だ」

「カバはお前だろうが! 侮辱罪で死刑っ! いけ、チェス!」

 

 ワポルは悪魔の実の能力者であり、その側近の二人も侮れない。

 サンジ一人には荷が重いと、ルフィは足を止めるが、

 

「安心しろ。隙を見て逃げるつもりだ。死にゃしねえよ」

「……約束だぞ、サンジ」

「仰せのままに、船長(キャプテン)

 

 ルフィはサンジを置いて山の麓へと走る。

 そして、凍えるような暴風に耐えながら、ようやく山へと辿り着いた。

 これから、ルフィの垂直登山が始まる。

 

「てっぺん、みえねえや」

 

 それだけ呟いたルフィは、布でナミとウタを体に縛って山の段差に指をかける。

 

「もう少し、我慢してろよ……!」

 

 ゆっくりと、ルフィは山を登り始める。

 自分が着ていた厚手のコートを、ウタに着せているルフィは、素肌で寒波を受ける。

 

「……なんでよ」

 

 必死に登るルフィに対して、ウタは問いかける。

 

「なんで、私の言うことを無視するの」

「意味わかんねえこと言うからだ」

「それは、こっちのセリフだよ……!」

 

 ルフィにしがみついてる手を強くして、ウタは言う。

 心の中で叫ぶもう一人の自分の言葉を、代弁するように。

 

「ずっとさ、イライラしてたんだよね!」

 

 思ってもない言葉が飛び出して、ウタは自分自身に驚いていた。

 そんなこと、思っていないはずなのに。

 

「私が何を言っても都合よく誤魔化してさ!」

 

 違う。

 

「冒険しようって並んで歩いてても、ルフィの視線はずっと前を向いてた!」

 

 そんなことない。

 

「私のことなんて、ちゃんと見てくれなかったじゃん!」

 

 言いたくない。

 

()()()からずっと、分かってたんでしょ!」

 

 口が止まってくれない。

 

「私は()()()を歌うための兵器なんだって! 人間なんかじゃないんだって!」

 

 一度、口にしてしまえば、止まらない。

 

「新時代なんて言っていたあの日にだって、私の意思なんてどこにもない! 全部悪魔の実を食べただけなの!」

 

 底で眠っていた感情すら、ネズキノコの毒は寝かせておいてくれない。

 

「私はただ空っぽな人形なの! 好きなものも嫌いなものも、全部全部私のものじゃない!」

 

 ミス・オールサンデーからウタウタの実のことを言われたときに、否定できなかったのだ。

 自分の中身が、何もないことを。

 

「私の正体は、私の中にいる化け物そのものなんだよッ! こんな化け物なんて、死んじゃえばいいんだ! このまま落っこちて、消えちゃえばいいんだッ!」

 

 ルフィの体を握りしめて、ウタは叫ぶ。

 涙が出ていたことなんて、気づいてすらいない。

 ウタの涙が寒波に吹かれ、小さな雪の結晶になってどこかへ溶けていく。

 風の音が、ただただ響く。

 

「なにか言ってよ! 私はこんなに苦しんでるのに……! 私はこんなに、ルフィのこと……こんなに……、こんなに……ッッ!」

 

 その先だけは、どうしても言えなかった。

 どこかに残る意地のような何かが、ウタの口を止めていた。

 ドン、ドン、と。

 ウタはルフィの背中を叩く。

 そして、ウタが何も言わなくなったのを確認してから、ルフィは呟いた。

 

「言いたいことは、それだけか」

「……ぇ?」

 

 今もなお、ルフィは指先から血を流して山を登り続けている。

 ウタとナミのために命を懸けている真っ最中でも、ルフィはウタを睨みつけたりなどしなかった。

 

「言いたいことは、それだけかって聞いてんだ」

「……なんで」

「おれはよ、馬鹿だから。言ってもらわねえと分かんねえ」

 

 淡々と、ルフィは語る。

 

「それに、言わなくてもウタなら分かってると思ったから、言ってなかったけどよ……」

 

 ルフィは肺が凍りつくことなど一切気にせず、大きく息を吸い込んで叫ぶ。

 

「おれはッ! ウタがいない船で冒険するつもりなんてねえ!」

「————!」

 

 息が詰まる。

 それの言葉は、ずっと。

 

「約束しただろうが! 一緒に新時代を作るって! 決めただろうが! この麦わらは、()()()()の新時代のシンボルだって!」

「…………ルフィ」

 

 ウタの声が震える。

 ルフィの服を掴む力が、どんどんと強くなる。

 

「ウタの中身が空っぽとか、兵器がどうとか、そんなこと知ったことじゃねェ!」

 

 ウタはルフィの背中に顔を押し付けた。

 溢れて仕方がない涙を、どうにか止めるために。

 

「ウタと誓った新時代は、ウタにだって否定させねえッ!!!」

「……ルフィ…………っ!」

 

 言って欲しかった言葉。

 聞きたかった言葉。

 

「だから、気にすんな。おれがずっと隣で、ウタの歌、聞いてやるから」

「…………ゔん……」

 

 自分が歳上だからだと、ルフィに虚勢を張ることが多かった。

 ルフィは自分がいなければダメなのだと、思い込むことで飲み込んでいた。

 本当はずっと、言いたかった。

 笑ってしまうほど、単純なこの言葉を。

 

「死にたくないよ……っ。ずっとルフィと、一緒にいたい。ずっとルフィと冒険がしたい。ずっと、ずっと……!」

 

 遠い昔に置いてきた、この気持ちを。

 

「ずっと、ルフィの隣にいたい……!」

 

 その言葉に、ルフィははっきりとこう答える。

 

「ああ、おれもだ」

 

 ウタはルフィの体に抱きつく。

 それから、何時間も登り続けるルフィへ、ウタはありがとうと、頑張れと、声をかけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 町で出た病人を治療し、城へと戻ってきたDr.くれはは、その目を疑った。

 

 赤と白の髪をした少女が、ボロボロになった少年と病人の少女を抱えて歩いていたのだ。

 

 既に二人には意識がないのか、非力な少女では上手く運ぶことができず、なんどもつまずきながら、それでも一歩ずつ城の門へと歩いている。

 

「……おい! そこの小娘!」

 

 Dr.くれはが声をかけると、見るからに憔悴した少女がこちらを向いて、泣きながら叫び始めた。

 

「おねがい、します……! この二人を、助けてあげてください……っ!」

 

 Dr.くれはが医者であるかどうか確認することもなく、すぐにその少女はそう言った。

 大切そうに二人の男女を抱えながら、彼女は叫ぶ。

 

「大切な……大切な人たちなんです。もう、誰も……私のせいで死んでほしくないんです……! おねがいします……どうか、どうか……!!」

 

 不格好に頭を下げる赤と白の髪の少女を見て、Dr.くれはは隣にいる帽子を被ったトナカイに声をかける。

 

「わかったよ、助ける。チョッパー! 治療だ!」

「う、うん……!」

 

 トナカイは返事をすると、赤と白の少女の元へ駆け寄る。

 ……と、トナカイの鼻がヒクヒクと動いた。

 

「……この匂い……! ドクトリーヌ、この人、ネズキノコを食べたんだ!」

「なに!? あの猛毒キノコをかい!? だからこんなにクマがあるのか……それにしても」

 

 Dr.くれはは少女を見て、ニヤリと笑った。

 

「あのキノコを食べてもなお、誰かのために助けを求めるとは。……笑っちまうくらい強い意志さね」

 

 ふらりと倒れる赤と白の少女を受け止めたDr.くれは、そのまま彼女を抱えて歩き出す。

 

「行くよ、チョッパー。いいものを見せてもらった。こいつらは必ず助けるよ!」

 

 その言葉が聞こえた直後、赤と白の髪の少女は安心したのか、Dr.くれはに体を預け、眠ることなく意識を薄めていった。

 

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