麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第二十五話「化け物の代弁者」

 

 

 

 誰かが話している声が聞こえる。

 ガシャーン! と、何かが倒れる音が聞こえる。

 少しずつ目が開いてから、自分が眠っていることに気づいた。

 

「…………ん」

 

 頭の奥がガンガンと痛む。

 空腹の後に思いっきりご飯を食べて腹痛になるような、そんな痛み。

 ゆったりとウタが体を起こすと、すぐ近くにナミがいた。

 ナミもウタと同じように、ベッドの上で体を休めている。

 

「おはよう、ウタ」

「……よかった。ナミ、無事だったんだ」

「こっちの言葉よ。あんた、私よりも死にかけだったらしいわよ」

 

 言われて、ウタは近くにあった鏡を見た。

 荒れに荒れた肌に、散らかった髪の毛に、濃く染みついたクマ。

 指先に視線を落とせば、掻きむしったせいでささくれ、剥がれかけた爪が包帯で処置されていた。

 

「ごめん、私……」

「気に病むことはねえぞ。ネズキノコは、食べた人の人格を凶暴化させる毒があるんだ。思ってもないことを言っちまうことだってあるさ」

「でも…………って、今の声は?」

 

 ナミではない声が聞こえて横を見ると、ピンクの帽子を被ったトナカイが医療器具を運びながら説明してくれていた。

 なんだ、トナカイか、とウタはナミの方を向く。

 

「そういえば、ルフィは?」

「無事よ。私たちと違って外傷だけだから、別の部屋で寝てるらしいわ」

「そっか。……よかった」

「それで、ウタ」

 

 コホン、とナミは咳払いをして。

 

「このトナカイ、喋ってない?」

「ん? ああ、そうだね」

 

 興味なさげにウタは答えてから、数秒経ってナミに問いかける。

 

「え? ナミにも聞こえるの?」

「聞こえるというか、ちゃんと喋ってるじゃない。ほら」

 

 ナミが指を差して、もう一度トナカイへ目を移す。

 確かに、ちゃんと口まで動いていたような……。

 

「…………普通に喋れるの!?」

「——!!!」

 

 急に声を上げたウタに驚いたのか、トナカイは慌てて後ろに下がって、そのまま棚に体をぶつけた。

 ガシャーン! と大きな音が鳴る。

 

「ふふっ。私が驚いたときも棚にぶつかってたわね。変な子」

「う、うるせえ、人間っ! ……あと、体調は大丈夫か……?」

「ありがとう、トナカイさん。おかげですごい元気だよ」

「そ、そっか! よかった!」

 

 パァと顔を明るくしたトナカイを見て、ナミとウタはくすくすと笑う。

 そんな二人に、トナカイは言う。

 

「な、なにがおかしい! おれが化け物だから、嗤ってんのか!」

「……化け物?」

「そ、そうだろ! おれはトナカイだし、青っ鼻だし……し、喋るし!」

 

 まくし立てるトナカイを見て、ウタは笑う。

 

「そっか! じゃあ私も化け物だから、仲間だねっ!」

「…………へ?」

 

 さらっと言ったウタの言葉に、トナカイは呆気に取られる。

 少し経ってから、トナカイは部屋の出口まで走り出して、

 

「お、おれを騙そうってんだな! そんな魂胆は見え見えだ、この野郎め!」

「うるっさいよ、チョッパー!!」

 

 走って逃げていくトナカイを怒鳴りつけたのは、酒瓶を持つスタイルのいいエネルギッシュな老婆だった。

 

「ヒッヒッヒ! ハッピーかい、小娘たち!」

「あなたは……?」

「あたしゃ医者さ。Dr.くれは、ドクトリーヌと呼びな!」

「ドクトリーヌさんが、私たちを助けてくれたの?」

「そっちのオレンジ髪は私が保管してた抗生剤を投与して治したが、あんたには何もしてないさね」

 

 Dr.くれはは、部屋の入り口で体の八割を出してこちらを覗いているトナカイを親指で差した。

 

「あいつも医者さ。名前はチョッパー。ただ”ヒトヒトの実”を食べて、人の能力を持っちまっただけの、ただのトナカイさ」

 

 チョッパーの背中を見つめるDr.くれはの瞳は、どこか寂しげに見えた。

 少し部屋の空気が重くなったと思った直後、廊下から聞き覚えのある大声が聞こえてきた。

 

「ギャーーー! 助けてー!!」

「待てっ! 肉っ!!!」

 

 窮地にいたはずのルフィは、ほんの少し休んだだけで誰よりも回復し、有り余る食欲を偶然廊下を歩いていたチョッパーにぶつけていた。

 それを見て、ウタはクスッと笑って、

 

「ルフィ! その子は食べ物じゃないよ!」

「——ウタ!?」

 

 すぐさまブレーキをかけてこちらへと走ってきたルフィは、微笑むウタを見てベッドへと飛びついてきた。

 強く抱きしめたルフィは、ウタの顔をまっすぐに見つめて、

 

「よかったぁ、無事だったんだな、ウタ!」

「うん! ありがとね、ルフィ!」

 

 ハキハキと返事をするウタ。

 二人して、会った途端に先ほどよりもよっぽど元気になるのは相変わらずだな、とナミは笑う。

 

「麦わらの一味、完全復活ね! さあ、早くアラバスタへ向かわないと——」

「待ちな、小娘!」

 

 立ちあがろうとしたナミを、Dr.くれはは押さえつけた。

 

「あたしの抗生剤で熱は引いちゃいるが、まだ細菌は体に残ってる。最低三日は大人しくしててもらうよ」

「そんな! こんなところで止まってる時間はないのに……!」

「患者があたしの前から消えるときは、治るか死ぬかのどっちかさ。……どっちがいい?」

「ドクトリーヌさん。脅しにしてはちょっと言葉が強くない?」

「私の言葉が嘘だって言うのかい?」

「違うよ。聞けば分かるもん。あなたはただ、ナミのことを心配してくれてるだけでしょ?」

「……調子が狂うね、嫌な海賊を救っちまったもんだ」

「えへへ! それほどでも!」

 

 ウタはピコピコと髪の毛を動かした。

 と、そんな話をしていると、いつの間にかルフィが城の入り口へと歩いていた。

 見れば、冷たい風と雪を自由に入れてしまう半開きの扉が見えた。

 どこかこの城が肌寒いのも、城の入り口が空いてしまっているからだろう。

 その寒さを解消するために、ルフィが扉へと手を伸ばそうとするが、

 

「おい、やめろ! その扉に触るな!」

「なんでだよ。このままじゃ寒くて凍っちまう」

「…………?」

 

 チョッパーの言葉に違和感を覚えたウタは、目をつぶって耳を澄ました。

 そして、とある音を聞き取ったウタは、ルフィへと声を放つ。

 

「ルフィ、待って! 上を見て!」

「……ん?」

 

 ふと見上げた扉の縁の上に、雪鳥(スノウバード)の雛がいた。

 ピヨピヨと、鳴く雛たちは、扉が軽く動いただけで巣ごと落ちてしまうだろう。

 それに気づいたルフィは、扉に伸ばしていた腕を止める。

 

「だから、閉められねえのか……」

 

 ルフィは寒さに耐えかねて、また城の中へと入っていった。

 ウタはその光景を見て、ニコニコと笑う。

 

「ねえ、ナミ!」

「はいはい」

「チョッパーのこと、仲間にする!」

「そんなんだと思った。私は構わないわよ」

「なんだい、私に許可なく勧誘しようってのかい?」

「あれ! じゃあ許可とります! いいですか!?」

「ヒーッヒッヒッヒ! 構わねえさ。持っていきたきゃ持ってきな!」

 

 ケタケタと笑うDr.くれはは「だがね」と目をつぶる。

 

「あいつは心に傷を持ってる。仲間にするのは、一筋縄じゃいかないよ。医者(あたし)でも治せない傷さ……」

「大丈夫! そんな人を笑顔にするために音楽家(わたし)は海に出たんだから!」

「ヒーッヒッヒッヒ! 言うじゃないか。楽しみにしようかね」

 

 Dr.くれはが楽しそうに笑っていると、ウタの髪の毛がぴくんと動く。

 振り返って、窓から外を見る。

 

「……気持ち悪い気配が近づいてきてる」

 

 ウタがそう呟いた瞬間だった。

 

「大変だよ、ドクトリーヌ!」

 

 人形から四足歩行の姿に変わったチョッパーが、勢いよく部屋へとやってきて叫ぶ。

 

「ワポルが……帰ってきた!」

「……そうかい」

 

 呟いたDr.くれはは、チョッパーとともに城の外へと歩き出していく。

 二人が部屋から出ていった直後、ナミがウタヘと視線を送る。

 

「ねえ、逃げるなら今じゃない?」

「確かに! 早くビビたちのところへ戻ってアラバスタへ——」

 

 と、ウタが立ち上がった瞬間。

 

「…………今の」

 

 何かを聞き取ったウタが、城の外へ走り出した。

 

「ちょ、ちょっと、ウタ!?」

 

 まだ体調が万全ではないナミは、毛布に包まりながら、様子を伺いに城の入り口へと向かう。

 そして、目に映ったものを見て、ナミは息を呑んだ。

 

「……うそ」

 

 ナミの視線の先には、ウタの背中。

 ウタは拳を握りしめて、身体を震わせて叫ぶ。

 

「私の仲間に、何してるのッ!」

 

 ワポルの足元には、雑巾のようにズタボロになったサンジが転がっていた。

 ウタとルフィは、貫くような鋭い視線をワポルへと向ける。

 それを受けて、ワポルはゲラゲラと笑う。

 

「まーーはっはっは!! この金髪、とんだカバだったぜ! 多少は厄介だったが、近くにいた村の女を盾にしたらぴくりとも動かなくなりやがった!」

「…………それで、一方的に攻撃したの?」

「おれは王様だぞ! 逆らったやつが悪いのさ! まーはっはっは!」

 

 太々しく笑うワポルは思い出したように視線を上へと向ける。

 

「そうだ、なーんか気に食わねえ旗が立ってると思ったんだ! ついでにあれもぶっ壊すぞー!」

 

 ワポルは腕を大砲に変形させて、城のてっぺんに掲げられた桜が舞う模様が描かれた海賊旗を砲撃した。

 灰色の煙が上がり、旗が折れて落下していく。

 それを見たルフィは、チョッパーの方を見て、

 

「おい、あれ……」

「…………」

 

 呆然と折れた海賊旗を見つめるチョッパーを見て、ルフィは走り出した。

 次いで、ウタがまた低い声を放つ。

 

「ねえ、変な口のおじさん」

「な、なんだその態度は! 王様であるおれに対して失礼だとは思わねえのか!」

「失礼なのは、あなたでしょ!?」

 

 ビリビリ、と。

 ウタの周囲を黒い稲妻が走った。

 触れてすらいないのに、ワポルたちはその威圧感に震え上がる。

 

「私の仲間を傷つけて、誰のかも分からない海賊旗(ほこり)を勝手に踏みにじって。いい加減にしてよ……っ!」

 

 睨みつけ、ウタは言う。

 

「あなたはどれだけ自分勝手に、誰かの笑顔を奪ってきたんだッ!」

 

 今、初めて会ったにも関わらず、ウタは察していた。

 この国から寂しげな声しか聞こえないのも。チョッパーやDr.くれはの言葉に後悔や未練があるのも。

 その全てがこの男のくだらない(わら)い声のせいなのだと。

 

「あなたには、正しい笑顔を教えてあげなきゃいけないみたいだね」

 

 ウタは呟き、()()()()に入った。

 彼らのような笑顔のために、自分は歌ってきたわけではないのだと、伝えるように。

 

「あのキノコの力で眠れなかった私は、()()()()()()()()()()。本当に苦しくて、悲しくて、逃げ出したかったけど、それでも分かったことがあった」

 

 自分の中で蠢く真っ黒な自分。

 ここから出してくれと騒ぐ()()の声を聞いているうちに、ウタは一つ、気づいたことがあった。

 

「私のウタウタの実の力は、ウタワールドに()()()()()()()()()()()()。」

 

 ウタウタの実を食べた者の歌に魅了されると、ウタワールドに入ってしまう。

 だがウタは気づいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 つまり。

 

「ウタウタの実は、空想と現実の世界を繋ぐ、()()()の力を持つということ」

 

 きっと、この力の本質にあるのは『寂しさ』だ。自分の中で蠢く()()の意志を歌によって代弁することで、その『寂しさ』に招かれて自動的にウタワールドへと入ってしまう。

 なら、その原理を自覚できているのなら。

 

「……うん。なんとなく、分かるよ」

 

 ウタは呟く。

 自分自身の中で囁く、()()()()()()()の声を。

 

「こんな光り輝く美しい斧なんて()()()()よね」

 

 ウタは、自分の力の再解釈を行い、能力の拡張を試みたのだ。

 そして、ウタは鼻歌を唄いながら、

 

「ウタウタの……」

 

 告げる。

 

「斧……ッ!」

 

 高く掲げたウタの手のひらに、光り輝く金色の斧が現れた。

 

 

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