麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第二話「親の名前がなんだって?」

「ぷへー、食った食った」

「うん。美味しかったね」

 

 海軍基地の島に辿り着いたルフィとウタは、ようやっと見つけた飲食店での昼食を終えたところだった。

 

「コビーのやつ、上手くやってるといいなぁ」

「そうだね。海軍になるって、早速向かっちゃったからね」

 

 ルフィとウタの夢に当てられ、コビーは悪い奴を取り締まると息巻いて海軍基地へと向かっていったのだ。

 コビーにはコビーの夢があり、ルフィとウタには彼らの夢がある。

 行く道が違うのなら、笑顔で送り出してあげるのが礼儀だろう。

 

「それじゃあ、おれたちは仲間を見つけよう! 偉大なる航路に入るなら、強い仲間がいる!」

「そうだね。じゃあこのあとは、海軍基地に行ってみようか!」

「ああ。どんなやつなんだろうなぁ、ゾロってやつ」

 

 どんがらがっしゃーん!

 

 周りで食事をしていた人たちが、一斉にひっくり返った。

 どうなら、ここでは悪名高いゾロの名前は禁句らしい。

 

「そういえば、さっき貼り紙を見たんだけど、ここの基地にはモーガン大佐って人が——」

 

 どんどんがらがらがっしゃーん!

 

 ウタがその名前を出した途端、今度はテーブルごと皆がひっくり返った。

 

「ええ!? 海軍の人の名前でもそうなるの!?」

 

 不気味さを覚えたウタは、ベリーをテーブルに置いてそそくさと店を出る。

 

「やっぱり、ここでも悪い海軍がいるのかなぁ」

 

 幼き頃のシャンクスと冒険の中、ウタは戦闘中は船の中にいることが多かったが、隙間から見える景色では、周りの人ごと海賊を倒そうとする正義を騙る悪人たちが大勢いた。

 皆が笑える世界を。

 ウタが望む世界には、悪い海軍だっていらない。

 

「だから、コビーには海軍になってほしくなかったんだけどなぁ」

 

 それでも、彼がなると決めたのなら仕方がない。

 自由こそ、ルフィとウタが求める世界の在り方なのだから。

 この世で誰かに縛り付けられる必要など、どこにもないのだ。

 

「おい、ウタ! あっちで縛られてるやつがいるぞ! 多分ゾロって奴だ!」

「え! そんな壁一枚の先にいるものなの?」

「ほら、こっちきてみろ」

 

 ルフィの手を取って壁によじ登ったウタは、確かに黒い手拭いに腹巻きを付けた緑髪の男を見た。

 そして、そんなコワモテの男に近づく小さな女の子が一人。

 

「どうしたんだろう、あの子」

 

 女の子はゾロに近づきながら、懐を漁ってまんまるのおにぎりを二つ、ゾロに差し出した。

 何やら言い争っているようだが、ゾロが危害を加えようとする気配はない。むしろ、あえて遠ざけようと冷たくしているような。

 

「ロロノア・ゾロ! いじめはいかんねぇ」

 

 やってきたのは、頭のてっぺんから足のつま先までシュミの悪い金髪の男。

 その男は、女の子が持ってきたおにぎりを奪い取って一口食べるや否や、味が気に食わなかったのか地面に叩きつけて何度も何度も踏み潰した。

 

「…………」

 

 ルフィとウタは、その様子を真顔で見つめる。

 二人はコビーのような正義の味方になるために海に出たわけではない。

 海賊になると決めて海を出た以上は、立ち向かうべきは自分が進む道を阻む者だけだ。今の二人の目的は、ゾロが仲間にたる人間なのかを見極めること。

 

 ゆえに、二人は見守ること選んだ。

 少しして、金髪男の指示で女の子が塀の外に放り投げられる。

 その子を、ルフィとウタが二人で受け止める。

 悔しいのか、悲しいのか。その場で泣き崩れる女の子を頭を優しくなでると、ウタは小さく穏やかな、ゆりかごのような歌を口ずさむ。

 

「〜〜♪」

 

 泣いていた女の子はその歌に聴き入り、数秒もせずに夢の世界へと誘い込まれていく。

 眠りについた女の子を背負ったウタは、既に塀の中へと入っているルフィの跡を追う。

 既に、ルフィは話を始めてるようだった。

 

「どう? この人は」

「んー、まだ誘わねえよ。悪い奴だって評判だしな」

「言っておくが、海賊なんて願い下げだ。一ヶ月、ここに立ってたら助けてやると、あのバカ息子が約束した。だからおれは生き延びて、やりたいことを成し遂げる!」

「へえ。いいじゃん。夢があるって素敵だよね」

「勝手に言ってろ。仲間探しは他を当たるんだな」

 

 悪い奴ではなさそう……だが、ここまで拒絶されたのなら、強制するつもりはない。

 もし面白い人材だったならば、多少無理を言ってでも勧誘をしたいところだが、残念ながら別の人を探すしかなさそうだ。

 二人が踵を返したところで、ゾロが二人を呼び止めた。

 

「おい、ちょっと待て。それ、俺に食わせろ」

 

 ゾロの視線にあるのは、金髪男が踏み潰した泥だらけのおにぎりだった。

 

「え? これを? もうドロの塊だよ?」

「ガタガタ抜かすな、いいから食わせろ」

 

 嫌な顔をしながらも、ウタがゾロの口にドロおにぎりを放り込むと、涙を浮かべながらも必死に全てを飲み込んで、胃の中へ流し込んだ。

 

「何やってんの、死んじゃうよ?」

「……お前が背負ってるガキが起きたら、伝えてくれ。うまかった。ごちそうさまでしたってよ」

「……はは! 分かったよ、必ず伝える。約束ね」

「ああ、約束だ」

 

 彼を仲間にできないのは本当に残念だ。

 ルフィとウタは目を合わせて小さく笑い、ゾロの元を後にした。

 

 

 

 

 ゾロとの約束を守り、女の子が目覚めてすぐにその話をした。

 

「バリバリぃーって、魔獣みたいに食べてたよ!」

「ほんと!? うれしいっ!」

 

 安心した女の子は、ゾロにおにぎりを渡しにいく経緯を教えてくれた。

 モーガン大佐の息子、ヘルメッポが親の名前を使って街で好き勝手していること。

 ヘルメッポが飼っている狼が野放しになっており、住民が怖がっていたこと。

 それをゾロが切って助けてくれたから、あの場でハリツケになっていること。

 

「悪いのはモーガン親子よ! 逆らったらすぐに死刑にされてしまうの!」

 

 女の子の訴えを上書きするように、気味の悪い高笑いが聞こえた。

 

「ロロノア・ゾロみたいにハリツケにされたくなければ頭を下げろ! ゾロの公開処刑は三日後だ! 楽しみに待ってろ!」

「……三日後?」

 

 その言葉を聞いたウタが、ヘルメッポの前に出る。

 

「一ヶ月ってゾロに約束したんでしょ!」

「約束ぅ!? そんなのギャグに決まってんだろ! 本気にしてるあいつが馬鹿なだけ——ふごぉ!?」

 

 拳を振りかぶっていたルフィより早く、ウタがヘルメッポの頬を引っ叩いた。

 ヘルメッポが悪人だろうがなんだっていい。

 ただ、約束を守り、夢を成し遂げようというゾロの意思を嘲笑うことだけは、許せなかった。

 あんな強い意志を持つ者が、こんなところであっけなく死んでしまうのなら、無理やり海賊にしてでも生きるべきだ。

 

「ルフィ。私さ、ゾロを仲間に引き入れようと思うんだ」

「おう。俺も同じこと、思ってたところだ」

 

 思いもよらぬ攻撃に尻餅をついていたヘルメッポは、立ち上がるやいなや怒声を放つ。

 

「ふざけるなよ! おれは海軍大佐モーガンの御曹司だぞ!」

 

 ピクリ、と。

 ウタの結んでいる髪の毛が揺れる。

 

「親の名前がなんだって……!?」

 

 親を誇りに思っているなら、親のような偉大な人間になろうと思っているのなら、その名で相手を畏怖させようなど、思うはずがない。

 シャンクスの娘であるという誇りを傷つけられた気がして、ウタは怒りを露わにする。

 

「やめとけ、ウタ。あんなやつ、殴る価値もねえ」

「……そうだね。ありがとう、ルフィ」

「お前たち、親父に言いつけてやるからな! せいぜい後悔して死んでいけ!」

 

 顔を真っ赤にして去っていくヘルメッポの背中に向けて、ウタはべーっと舌を出して悪態をついていた。

 

 

 

 

「やっほ〜!」

「また来たのか。海賊にならならねえぞ」

「縄を解いてあげるし、あなたの刀も持ってきてあげるから、一緒に海賊やろうよ!」

「話を聞いてねえだろお前! というか、なんで俺の刀のことを」

「あの女の子が言ってたんだよね。あなたが刀をヘルメッポに取り上げられちゃったって」

「たち悪ぃな、お前ら」

「あなただって、悪い賞金稼ぎでしょ?」

「世間がなんと言おうと、おれはおれの信念に後悔するようなことは何一つやっちゃいねェ! これからもそうだ」

「そんなの知ーらない! 私もルフィも、あなたを仲間にするって決めたの!」

「勝手な事を言うんじゃねェ!」

 

 ウタが勧誘をしているその最中。

 ガシャァア!!! という音が海軍基地の屋上から響いた。

 次いで、何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 

「今、ルフィがあなたの刀を取りに行ってるから。無事に持ってきたら、仲間になってよ」

「無謀だな。殺されるぞ」

「こんな所で死なないよ。だってルフィは、海賊王になるんだから」

「海賊王……!? 意味を分かって言ってんのか?」

「うん。本気だよ。私も、世界一の歌姫になってこの世界を——」

 

 パンッッ!!

 

 銃声だった。

 ウタの肩から血が吹き出し、撃ち抜かれた衝撃で地面へと倒れていく。

 

「痛ったぁ……」

「……生きてたか」

 

 肩を抑えながらウタは立ち上がり、ゾロを縛る縄を解き始める。

 

「おい、すぐに逃げろ。あいつらが降りてくる」

「嫌だ。あなたを仲間にする」

「だからって、今でなくたっていいだろうが。一ヶ月後には助けてもらえるって約束を……」

「そんな約束、守るつもりないみたいだったよ。ヘルメッポのやつ、三日後にあなたを処刑するって言って回ってたし」

「なんだと……!?」

 

 左肩を撃ち抜かれているからか、指先に上手く力が入らず、縄がなかなか解けない。

 

「海軍はもうあなたの敵。私たちの仲間になれば、どこまでだって行けるよ」

「そこまでだ! モーガン大佐への反逆につき、お前たち二人をこの場で処刑する!」

 

 ルフィが暴れたことでゾロを解放しようとしていることに気づかれ、海軍たちが集まってきた。

 多くの銃口が向けられ、ゾロは唇を噛む。

 

「クソ、おれはこんなところで死ぬわけには……!」

「大丈夫だよ、ゾロ」

 

 ウタは静かに前へと出ると、自分を囲む海兵の中に見知った顔を見つけた。

 

「あっ、コビーだ! 海軍に入れたんだね!」

「ウ、ウタさん……っ!」

 

 震える手で、コビーは銃を握りしめていた。

 立場上、ウタに銃を向けるのは当然のことだ。怒りなど湧いてくるはずもない。

 

「大丈夫だよ、コビー。あなたはやりたいことをやればいい。あなたは自由なんだから」

「——ッ!」

「何をつべこべやってやがる! さっさと撃て!!」

 

 モーガンの怒号が響く。

 海軍全員が銃の引き金に指をかけるが、その顔には覚悟はない。

 あるのは逆らったときに殺されるという、モーガンへの恐怖。

 

「みんな、笑顔になろうよ! そんな怖〜い顔なんてしてないで!」

 

 ウタは血に濡れた左肩など気にもかけず、大きく腕を広げて。

 

「ゾロ、勿体ないかもしれないけど、耳を塞いで」

「……なんだ?」

 

 ウタがかろうじて解いた縄から腕を抜いて、言われるままに耳を塞ぐ。

 

「ビンクスの酒を♪ 届けに行くよ♪」

 

 跳ねるような小気味良いリズムの歌。

 船に揺られるような錯覚に陥った海軍たちは、たちまちに眠りに落ちていく。

 

(なんだ、何が起こってやがる……!?)

 

 ゾロは困惑しながらも、目の前で起こる現実を直視していた。

 ウタの歌の虜になった海軍たちが次々と倒れていく。失血からか、歌声が遠くまで響いておらず、モーガンには不思議な力は届いていないようだった。

 そして、何十人もの海軍が眠りに沈んだところで、

 

「残念ながら、今日のライブはおしまいかな……」

 

 ふらりとウタの体が揺れる。

 能力の反動による疲労で、ウタすらも眠ってしまい、倒れていく。

 

「おかしな力を使うようだが、どうやらここまでみたいだな! 射殺しろ!」

 

 倒れていくウタに向かって、引き金が引かれる。

 その、直前。

 

「ゴムゴムの……ロケット!!」

 

 倒れていくウタの前に立ったルフィは、壁となって全ての弾丸を体で受け止めた。

 

「お前……ッ!」

 

 間違いなく致命傷のはずだ。

 しかし、ゾロの目に映るルフィは、未だ撃ち抜かれていない。

 

「効かーーーんっ!!!」

 

 受けた弾丸の全てを、ルフィは弾き返した。

 そして、倒れる寸前のウタを抱き抱え、その寝顔にそっと麦わらの帽子をかぶせる。

 

「悪ぃ、待たせたな、ウタ」

「てめぇ……! 一体何者なんだ!」

「おれは海賊王になる男だ!」

 

 笑顔でそう宣言したルフィは、海軍基地で手に入れた刀をゾロへと渡す。

 

「なんか三本あったんだけど、どれがお前のだ?」

「三本ともおれのさ。おれは三刀流なんでね」

「ここでおれと一緒に戦えば悪党だ。このまま死ぬのとどっちがいい?」

「てめえは悪魔の息子か。だがまあ、ここでくたばるくらいならなってやろうじゃねえか、海賊に!」

 

 高々とゾロが上げた声が聞こえたのか、ルフィの腕の中で眠るウタはどこか微笑んでいるように見えた。

 

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