麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第二十九話「ケンカ」

 

 

 北西へ上がること、約半日。

 長く苦しい砂漠の道を歩き切った麦わらの一味の視界に、ユバが映ったのだが。

 

「……砂嵐が!」

 

 反乱軍の拠点であり、長く続くアラバスタの歴史では最も新しい町、ユバ。

 交通の要所であり、美しい水が湧くオアシスであったかつてのユバの面影は、もうどこにもなかった。

 

「……ここも、枯れてしまったというの……?」

 

 ビビは震えながら、なぜこのアラバスタの町が枯れてしまったのかを語り始めた。

 町が枯れた直接の原因は、この三年間、雨が一滴も降らなかったこと。

 しかし、そんな中で唯一首都であるアルバーナには雨が降っていた。

 

「皆はそれを王の奇跡と呼んでいたわ。でも、真相は違った」

 

 ナノハナに入ってきた貿易船から運ばれた袋から、偶然ダンスパウダーという粉が溢れてしまったのだ。

 御者はそれを国王、コブラに届けるはずであったと語ったが、それもクロコダイルの罠であったのだと、今になってビビは理解した。

 

「ダンスパウダーは雨を呼ぶ粉。人工的に雨を降らす不思議な粉だけど、それには落とし穴があったの」

「……隣国の干ばつ、ね」

「ええ。強引に雨を降らせる魔法の粉は、他の町の雨を奪っていた。だから三年もの間、首都以外に雨が降らなかった」

 

 そんな災いを呼ぶ粉を、国王が買っていたのだという噂はたちまちに広がり、調べてみれば王宮からは大量のダンスパウダーが出てきてしまった。

 

「そうして、反乱は起きてしまった。罪もないのに苦しむ国民と、身に覚えのない無実の国が戦う不毛な争いが、もう二年以上続いている……!」

 

 ビビは枯れ果てたユバを見つめて、震えた声を放つ。

 

「私は、あの男を許さない……っっ!!!」

 

 決意に満ちた瞳で、ビビはユバへと入っていく。ここは反乱軍の拠点。

 これ以上、無駄な殺し合いなどさせてたまるかと、ビビは先頭を切って進んでいく。

 だが、ユバには痩せ細った一人の老人しかいなかった。

 

「……すまんな。この町は少々枯れている」

 

 スコップを使って、枯れたオアシスを掘り続ける痩せ細った老人が、ポツリと呟いた。

 どうやら、敵意はないらしい。

 

「せっかく来てくれたのだ。ゆっくりと休むといい。この町は宿が自慢なのだ……」

 

 泊まる場所があるのはありがたいが、皆の目的はそれではない。

 もぬけの空になったユバを見渡しながら、ビビはローブを深く被って問いかける。

 

「あの。この町には反乱軍がいると聞いたのですが……」

「反乱軍に、なんのようだね……!」

 

 穏やかな口調だった老人の声が鋭く尖る。

 どうやら、反乱軍に対して良いイメージを持っていないようだ。

 

「あのバカどもなら、もうこの町にはいないぞ」

「なにィー!?」

 

 一味たちは声を上げた。

 海軍から逃げながら、懸命に進んできた道のりが水泡に帰したのだ。悲鳴にも似た声がユバに響く。

 

「三年前からの日照りに、頻繁に町を襲う砂嵐。少しずつ蝕まれて、かつてのオアシスもこの有り様さ」

 

 物資の流通さえ止まってしまったユバでは、反乱軍の耐久戦も困難になり、彼らは拠点を移したのだと言う。

 その場所の名前は、カトレア。

 

「……カトレア!?」

「どうしたの、ビビ! 近くにあるの!?」

「……ナノハナの隣にあるオアシスよ」

「ナノハナ!? さっきまで私たちがいたところの隣だったの!?」

 

 戸惑いを見せる麦わらの一味の言葉の中に、老人は一つ気になる名前を見つけた。

 

「お前たち、いまビビと……?」

「ち、違うよ、おじさん!」

「そうだ! ビビは王女じゃねえ!」

「言うなっ!」

 

 スパーン! とルフィの頭が弾かれる横で、老人はビビに近寄り、その顔を確認する。

 

「ビビちゃんなのか……! 生きていたのか、よかった……!」

「えっ、あの……」

「少し痩せてしまったからね。分からないのも無理はない……!」

 

 詰め寄って真っ直ぐに見つめてくる老人の顔を見て、ビビはハッと記憶の中の面影に合う人物を思い出す。

 

「トトおじさん……?」

「そうさ……!」

 

 ビビの記憶では、トトは丸く太ったシルエットだった。

 彼はいまは反乱軍のリーダーをしているコーダの父親であり、このユバをほんの十年強でオアシスに変えた立役者だ。

 見る影もないほどに貧相な体になったトトは、泣きながらビビの肩を掴む。

 

「あの反乱を止めてくれ……! もう、君しかいないんだ……!! あいつらは、死ぬ気だ! 命を懸けて、次の攻撃をするつもりなんだ!」

「…………」

 

 深く息を吸ったビビは、優しく笑ってトトに手を差し出した。

 

「心配しないで! 反乱はきっと、止めるから!」

「ああ……ありがとう」

 

 ウタはそのビビの言葉を聞いて、笑顔を見せることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ユバについた時点で日が暮れていたので、麦わらの一味は宿で体を休めてから次の目的地に進むことになった。

 夜もふけ、月が高く登った頃。

 皆が寝ている中で、ウタは一人、外に出た。

 

「まだ、掘ってるんですか?」

「ああ。ユバのオアシスはまだ、生きてるからね」

「……強いですね」

「強いさ。ユバは、砂になんか負けないからね……!」

 

 きっと、こうして毎日のように砂を掘っているのだろう。

 砂嵐が来て穴が埋まってしまっても、諦めずに何度も、何度も。

 

「負けないですよ。私、分かります」

「はははっ。いつか君たちにも、満足するくらいの美味しいユバの水を飲ませてあげるからね」

「はい。楽しみにしてます」

 

 にっこりと笑ったウタは、宿に戻る途中で、小さく呟く。

 

「あなたも寝れないの?」

「……気づいてたの?」

「残念。私、耳はすごく良いの。音楽家だからね」

 

 影に隠れていたのは、ビビだった。

 ひたすらに砂を掘り続けるトトが心配で寝れなかったのか、ビビは眠らずに外にいたのだ。

 

「ねえ、ビビ」

 

 単刀直入に、ウタは言った。

 

「私は、カトレアには行かないよ」

「…………え?」

 

 ビビもしばらく麦わらの一味と冒険をした仲だ。こんなときにウタが冗談を言わないことぐらい、分かっている。

 

「どうして? カトレアに行って反乱を止めないと、多くの人が死んでしまうのよ」

「反乱を止めて、()()()はどうするの?」

「…………!!」

 

 ビビはすぐに答えられなかった。

 だってその答えは、あまりにも現実味がなさすぎる。

 

「すべての出来事の根源がクロコダイルなら、クロコダイルを倒すべきじゃないの? 私は反乱軍を止めて、それからクロコダイルを倒そうって思ってたんだけど」

「……そう。そうよ! 反乱軍を止めて、たくさんの味方を引き連れて、クロコダイルと戦うの! そうすれば、きっと相手が七武海でも——」

「嘘つき」

「——!?」

 

 ウタの耳は、ビビの嘘まで聞き取っていた。

 

「反乱軍を止めて、クロコダイルたちが諦めばいいと思ってるんでしょ? そうすれば、私たちもクロコダイルと戦って死ぬこともないし、あなたが守りたいもの全てを守れるって」

 

 何年もかけた計画が台無しに終わり、海軍が来ればクロコダイルは止まるのだと。

 悪事を暴けば、クロコダイルは諦めるのだと。

 そうすれば、誰も死なずに済むと、ビビは思ってるのだろう。

 

「甘いよ。そんな簡単に、海賊は止まらないよ」

「何がいけないの。私はただ、みんなにもあなたたちにも死んでほしくないだけなのに」

「どんなに辛くても、人は死んじゃうよ」

「——!!」

 

 バシンッ! とビビはウタの顔を強く叩いた。

 身体中が震えたまま、ビビは叫ぶ。

 

「なんでそんなこと言うの! それを止めようとしてるんじゃない!」

「本当に、誰も死ななければいいって思ってないじゃん」

「そんなことない! 私は、あなたにだって——」

 

 パン、と。

 今度はウタが、ビビの顔を叩いた。

 

「じゃあなんで、ビビはここで死ぬつもりなのッ!」

「…………っ!」

「私の夢は、世界中の人たちが笑って暮らせる新時代を作ること! もちろん、私だって笑ってみせる! それが()()()()()()()()()()()()()()()()だから!」

「そんな理想論で、全てが片付くと思わないでよ!」

 

 次は、ビビが殴る。

 ウタも負けじと、ビビを殴り返す。

 

「理想論じゃない! 私はいつだって、叶えるための夢を、その道筋を進んでるんだ!」

「そんなの、口でならいくらでも言える!」

「違う! 私は新時代を作るって決めたから、海賊旗(いのち)を掲げて海に出たんだ!」

「そんな海賊の理屈なんて分かんないわよ!」

 

 ビビとウタは殴り合いながら、思いをぶつけ続ける。

 二人の顔には青あざが浮かび、コブができ、口の端は切れて血が溢れ出す。

 それでも、二人は喧嘩をやめない。

 

「ビビが一番悔しくて、クロコダイルをぶっ飛ばしたいってことくらい、私じゃなくても分かるよ!」

「そんなの知ってどうするの! だって、クロコダイルの力の前じゃ、どうしようも……!」

「勝つよ、私たちは!」

 

 ウタはビビをひたすらに見つめる。

 その言葉に嘘の一欠片もないことなど、ビビは分かっている。

 それでも、ビビは頷けない。

 

「怖いんでしょ。自分以外の人間の命を賭けるのが!」

「だったら何よ! 何もない私には、それ以外に出来ることなんて一つも——」

「私たちの命だって、賭けてみてよ!」

「…………ぇ」

 

 ウタは弱く、ビビの胸を殴った。

 そんな小さな力の拳が、ビビの深くにまで響く。

 

「仲間じゃん。私たち……!」

「……ウタ、さん」

 

 ビビはようやく、涙を流した。

 王女という重圧に潰されないように、上に立つ者の使命をまっとうするために。

 堪え続けてきた涙を、ようやくこぼした。

 

「一緒に死んであげるから。だから、一緒に生きよう。守ろう、この国を。みんなの笑顔を」

「…………なんで、そこまで」

「私はただ、世界中の人たちに笑っていてほしいだけ。ただ、それだけなの」

 

 だからさ、とウタはその場に倒れて、空を見上げる。

 乾き切った砂漠の空には、眩しいほどに輝く星々が散らばっている。

 

「変えようよ、一緒に。この世界を」

「……ふふっ」

 

 ビビもウタの隣に倒れ、空を見上げる。

 痛む傷も、砂利と血が混ざった口の中も、全部気にせず、二人は笑う。

 

「信じて、いいのね?」

「もちろん! そのためにアラバスタに来たんだもん! 仲間の国がこんなことになってるのに、見過ごせるわけないってば」

「海賊とは思えないわ」

「にししっ! 私たちは自由でいたいだけだよ。だから、海賊なの」

「……変なの」

「なにをっ! 格好いいんだからね、海賊!」

「あはははっ! 分かってるってば」

 

 ウタとビビは小突きあいながら笑って、しばらくすると沈黙が訪れる。

 活気のなくなったユバでは、風が砂を擦る音しか聞こえない。

 そんな静まり返った砂の上で、ウタは口を開く。

 

「ねえ、ビビ」

「ん?」

「勝とうね、絶対」

「ええ。やってやろうじゃない。みんなで、クロコダイルを倒しましょう」

 

 ビビは横を向き、ウタヘ笑いかける。

 

「よろしくね、()()

「うん! こっちこそ!」

 

 目的地は、反乱軍現拠点カトレアから、クロコダイルの拠点レインベースへ。

 今度こそ、二人は声を揃えて夜空に叫ぶ。

 

「「打倒、クロコダイル!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、レインベースでは。

 

「取り逃しただと!? 麦わらの一味も、王女ビビもまだ生きているのか!?」

 

 バロックワークスの幹部、ナンバーズを集めた会合で、傷だらけの身体を引きずってやってきたMr.3の言葉に、クロコダイルは声を荒らげた。

 

「…………てめぇ。一人や二人は殺したんだろうな……?」

「い、いえ……それが……!」

 

 麦わらの一味を誰も殺すこともできずに戻ってきたのだと話すMr.3の言葉を聞いて、クロコダイルは深く深く息を吐く。

 

「千人の雑魚どもから連絡が途絶えたのはまだいい。だが、この地位を与えたお前が、この失態をするのは許しがたい事実だ……!」

 

 クロコダイルはMr.3の首を掴んだ。

 すると、瞬く間にMr.3の体がミイラのように干からびていく。

 

「……み…………みず……」

「ミス・オールサンデー。そのマヌケ野郎を処分しておけ」

「ええ。承ったわ」

 

 ミス・オールサンデーは小さく頷くと、地面から手を生やしてMr.3を建物の外へ運んでいく。

 役立たずを処分してようやく落ち着いたクロコダイルは、どっさりと椅子に座り込んだ。

 

「……厄介なのは、王女ビビと反乱軍リーダーのコーザが幼馴染ってことだ。あの二人が出会えば、反乱軍に迷いが生じて、作戦に支障が出る」

 

 クロコダイルはテーブルを力強く叩きつけ、ミス・オールサンデーへ叫ぶ。

 

「王女と海賊を決してカトレアへ入れるな! 見つけ次第、抹殺しろ!」

「はい。すぐに命令を回します」

「ナンバーズは計画通り、『ユートピア作戦』を実行しろ。決行は変わらず、明朝七時!」

「——了解」

 

 幹部たちがレインベースを去り、クロコダイルが周到に用意してきた作戦のために動き始める。

 若干のイレギュラーはあれど、まだ作戦に支障は生まれていない。

 ビビとコーザが出会わなければ、何も問題はないのだ。

 

「これ以上のトラブルは……」

社長(ボス)! 伝令です!』

 

 鳴り響いたのは、ミス・オールサンデーが持つ、クロコダイル直通の電伝虫。

 緊急時以外は決して鳴らしてはならないと念を押されているその電伝虫が鳴るという意味を、クロコダイルはすぐに理解した。

 

「何があった。端的に説明しろ」

『お、王宮内に海賊が侵入してきました! コブラ王をさらい、どこかへ行ったようです!』

「——なに!? 麦わらの一味の奴らが一直線にアルバーナヘ向かってきたってのか!?」

『い、いえ……! 王宮に侵入してきた海賊は——』

 

 バロックワークスの手下は、一呼吸入れて告げる。

 

 

 

『——“黒ひげ”と、名乗っていました!』

 

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