麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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800年前の君から


第三十二話「エース&サボVSトットムジカ」

 

 トットムジカは、相手を強敵と認めた。

 その意は、形となってエースとサボへと伝わった。

 

「……おいおい、なんだあれは」

「さあな。あの時にみたときより、一段階強くなったってのは間違いないみたいだ」

 

 鍵盤の足の量が倍になり、黒いハットには竜の意匠が加えられた。

 そして、この巨躯から溢れ出る覇気の量も、段違いに上がっている。

 

「この覇気……! 油断するなよ、エース!」

「大丈夫だ。これよりも強い覇気の女と、少し前に戦った記憶がある!」

 

 白ひげ海賊団の幹部にもなった超新星のルーキーであるエースは、重ねてきた経験値の質も段違いだった。

 サボはニヤリと笑って、トットムジカへと向かっていく。

 

「おれたちの勝利条件は分かってるな!」

「ああ。サボがウタに触れば、それでおしまいだろ!?」

「よし、行くぞ、エース!」

 

 エースとサボはそれぞれが、ウタを目指して走り出す。

 未来を予知しているかのような精度で向かってくるトットムジカの攻撃を、サボは海軍で鍛え上げられた身体能力で、エースは自然系(ロギア)による身体の変形で、紙一重の次元で回避して進んでいく。

 

「後ろだ、エース!」

「お前だって狙われてんぞ、サボ!」

 

 対処しきれない攻撃を、お互いがピンポイントで撃ち落とし、無傷でトットムジカへと迫っていく。

 十年以上も前の記憶が、二人の身体には染み付いていた。

 

「そういう無茶して進もうとするところ、変わらないな、エース」

「お前こそ、変に丁寧で真面目なのが滲み出てるぞ、サボ」

 

 そんな言葉を投げかけながら、二人はウタヘの距離をどんどんと進めていた。

 そして、それを眺めていたビビとチョッパーは、あんぐりと口を開けてその光景を眺める。

 

「ねえ、チョッパー。あの二人が何をしてるか、見える?」

「……見えねえ」

 

 次元が違った。

 戦いに身を置いていない時間が長い二人には、あの二人の実力者が何をしているのかすら理解できない。

 世界は、あまりにも広かった。

 

「…………すごい」

 

 ビビは目を奪われていた。

 必死にその姿を追い、どうにかこの戦いを目に焼き付けようと瞬きすら忘れて見入っていた。

 そんなことをしている横で、チョッパーが手当てをしていたルフィの腕がぴくりと動いた。

 そして、重傷の身体に鞭を打って、強引に立ち上がり始めたのだ。

 

「だ、だめだよ、ルフィ! まだ応急処置だって終わってないんだ! 安静にしてないと死んじまうぞ!」

「そ、そうよ、ルフィさん! あなたのお兄さんたちが来てくれたから、私たちはここで——」

「知らねえ」

 

 一蹴したルフィは、トットムジカのその先にいるウタをただ見つめていた。

 

 

「ウタが、泣いてる」

 

 

 それだけ言って、ルフィもトットムジカへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢と現実の狭間にいる感覚だった。

 私が繋いでいる二つの世界の間で、引き裂かれるような痛みが全身を駆け巡る。

 

 

 ——また、会ったね。

 

 

 何重にも絡まった誰かの声が聞こえたけれど、返事をする余裕もない。

 ずっと、思っていた。

 私の中にいるこの化け物は、いったい誰なのだろう。

 

 

 ——名前は、忘れちゃった。

 

 

 寂しそうな声だった。

 泣いてるのだろうか、怒ってるのだろうか。

 私の耳でも聞き取れないほどに捻じ曲がった感情だった。

 

 

 ——約束が、あったの。

 

 

 何の?

 

 

 ——大好きな人と大切な友達との、約束

 

 

 その約束は、どうなったの?

 

 

 ——分からない。私は、先に沈んでしまったから。

 

 

 淡々と答えるその言葉には、後悔と諦観と憤怒と愛憎が入り混じっていた。

 あの子はきっと、最初から真っ黒だったわけではない。

 何色もの感情がぐるぐると混ざり合って、真っ暗に染まってしまっただけなのではないか。

 あなたは、本当はこんな色じゃなかったんじゃないの。

 

 

 ——何も、分からない。何もかもが、なかったことになった。世界は、上書きされてしまったから。

 

 

 輪郭が曖昧になった私の身体は、動くことすらできない。ただ真っ黒な空間の中で一人、何かを待っているだけ。

 この先にあるのは、死だろうか。

 

 

 ——ああ、いいなぁ。

 

 

 誰かが呟いた。

 それは嫉妬だった。

 はっきりと、その感情だけは感じ取れた。

 

 

 ——あなたは、迎えに来てもらえるんだもの。

 

 

 あなたは、どうするの。

 

 

 ——何もないよ。もう、誰もいないから。

 

 

 …………泣いてるの?

 

 

 ——分からない。全部、忘れちゃった。

 

 

 ねえ。

 あなたは、私の夢を知ってる?

 

 

 ——…………夢? なに、それ。

 

 

 私が果てに辿り着くときには、きっと、あなただって。

 そして。次の言葉を、伝えようとした時。

 

 

 ——それじゃあ、またね。

 

 

 待って。

 まだ、伝えたいことが。

 

 

 ——あなたは、失敗しないでね。

 

 

 直後、闇が引いていく。

 太陽が、黒い感情たちを掻き消していく。

 ああ、あの光は。

 まるで何百年も待ちわびたかのような、この湧き上がる喜びは。

 声にならない声を、私は張り上げた。

 

 

「————イ」

 

 

 直後、世界が切り替わって。

 

「ウタ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

 

 ルフィの声が、はっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 その場にいた全員が自分にできる最善の動きをしていた。

 エースとサボが切り込み、ペルの背中に乗ったビビとルフィとチョッパーが、ウタヘ向かって駆けていく。

 ビビへの攻撃がくるタイミングで、ルフィはペルから飛び降りて、トットムジカの攻撃を迎え撃つ。

 

「おおおおおお!!!」

 

 全力の拳を放つが、ルフィの拳が砕けて血が溢れる。

 トットムジカのまとう力が、ゴムゴムの力を超えてルフィに対抗しているのだ。

 

「あと、ちょっとなんだ! あとちょっとで、分かるのに……!」

 

 ルフィは何度も挑み続ける。

 そんなルフィへ、ビビは連続で指示を飛ばしていた。

 

「上から! その次は左に避けて!」

 

 王女という身でありながら、秘密結社バロックワークスのエージェントを務めたビビは、危険を察知する能力や、人へ支持する能力に長けていた。

 さながら『参謀』のように、ビビは全体を俯瞰する。

 

「エースさん! ルフィさんと協力して腕を二つずつ弾いてください!」

「だとよ! 戦えるか、ルフィ!」

「ハァ……ハァ……! 勿論だ!」

 

 メラメラとゴムゴムの拳が、トットムジカの腕へと向かう。

 

「ルフィ、見ておけよ……!」

 

 トットムジカの腕と衝突すれば、エースの腕は炎ではなく実態を持つ拳になる。だが、それでもエースは拳を握る。

 

「火拳っっ!!!!」

 

 ルフィとは違い、エースの拳はトットムジカの腕を弾いたのだ。

 さらに、エースの拳は砕けず、黒い膜で覆われている。

 それを見て、ルフィも拳を構える。

 

「ゴムゴムの……!」

 

 リトルガーデンでのMr.3戦で、ルフィはすでにその感覚の一部を掴んでいた。

 そして、ドラムロッキー登頂、レインベースでのサボ、エースの火拳。

 学べることは全て学んだ。

 見れることは全て見た。

 そして。

 

「絶対にお前を一人にはしねえぞ、ウタッ!」

 

 覚悟も、確かにここにある。

 全ての条件は、整った。

 

鷹銃(ホークガン)ッッッ!!!」

 

 ルフィの拳が、黒い膜で覆われた。

 トットムジカの腕と衝突した拳は、砕けずにその腕を弾き返す。

 

「おおおおおぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 もう一度、もう一度、もう一度。

 懸命に繰り出したルフィの攻撃が、トットムジカに隙を生じさせた。

 

「よし、後は——」

「ドンピシャ! 乗ってください!」

 

 ルフィが道をこじ開けると信じていたビビが、開いたペルに乗って全速力でサボへと突っ込む。

 

「必ず助けるからね、ウタ!」

 

 寸分の狂いもないタイミング。

 だが、サボはペルの背中には乗らず、その場で跳ねてペルのクチバシの先に足を乗せて、グッと身を縮める。

 

「——(ソル)!!!」

 

 目に見えぬ速度で、サボはウタヘと飛び出した。

 今までは、動きを読んでくるせいで高速で動くことができなかったが、ここまでのお膳立てがあればなんてことはない。

 さらに、ペルの飛行速度に後押しされたサボは、トットムジカが気づくより先にウタヘと辿り着く。

 

「待たせたな、ウタ」

 

 サボはウタの頭を、ポンと撫でた。

 

(カーム)

 

 それは、触れたものから発生する音の全てを消し去る力。

 当然、悪魔の実の能力のぶつかり合いとなる。しかし、トットムジカの力ではなく、ウタウタの実の能力者とナギナギの実の能力者の実力が天秤にかけられるのであれば。

 その天秤は当然、サボへと傾く。

 

 ————!!!!

 

 断末魔のような甲高い音を響かせながら、トットムジカは凪となって溶けるように消えていった。

 そして、地獄のような苦しみから解放されたウタが、ゆっくりと倒れていく。

 

「ウタ!」

 

 その身体を受け止めたのは、ルフィだった。

 傷だらけの身体で強く抱きしめたルフィの胸の中で、ウタは静かに目を開いた。

 

「……また、迷惑かけちゃったね」

「にししっ! 気にすんな!」

 

 ニカッと笑ったルフィだったが、今度はルフィの身体がふらふらと揺れ始める。

 

「あ、あれ……? おかしいな……」

 

 ウタが無事だったことへの安心感からか、ルフィの意識が途絶えて地面へと倒れていく。

 

「無理しすぎだ、アホが」

 

 エースが倒れたルフィの身体を受け止める。

 やれやれ、と微笑んだエースは、サボにそっと視線を移す。

 

「本当に、手のかかる弟たちだよ」

「……えへへ。それほどでも」

 

 力なく笑ったウタは大好きな兄弟たちへ笑いかける。

 

「みんな、ありがとう。私のことを、迎えに来てくれて」

「気にすんな」

「当たり前だ」

 

 笑いかけるエースとサボ。心なしか、エースに抱えられるルフィも笑っているように見えた。

 その光景にビビとチョッパーもホッと息を撫で下ろすが、

 

「…………この、音って……?」

 

 最初に気づいたのは、ウタだった。

 向けた視線は、南の方角。

 トットムジカの暴走を経て、さらに怒りや悲しみなどの負の感情を感じ取る聴力が鋭敏になったウタは、とある感情を聞き取った。

 それは、怒り。

 

「——あ」

 

 ビビが言葉にならない声を発した。

 目の前のことに必死で、忘れていた。

 ここにきた目的は、なんだったかを。

 その光景を目にして、ビビはようやく頭ではなく身体で理解した。

 

 まだ、アラバスタの反乱は始まってすらいないということを。

 

 

「王宮を目指せッッッ!!! おれたちの雨を、取り返すんだ!!!」

 

 

 ビビの視界に、無数の旧友たちが映る。

 舞い上がる砂埃と鬨の声。

 不恰好な装備で身を固めた人々が、馬に乗って一直線に進む。

 ウタとビビがルフィの元へ到着してから、ちょうど三〇分。

 

 反乱軍が、首都アルバーナヘ到達した。

  

 

 

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