麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第三十三話「凪と声」

 その数、約二〇〇万人。

 反乱軍の全てが、足並みを揃えて首都アルバーナを目指して突き進んでいた。

 

「地面が、震えてる……」

 

 柔らかな砂漠が、その行進によって揺れていた。大きく揺れる地面がわずかに空気を振動させ、それが肌から伝わってくる。

 絶体絶命の状況は、変わらない。

 それでも、ビビは諦めない。

 

「私が、止めます」

 

 ぎゅっと口を結んで、ビビは反乱軍の真正面に立つ。

 このままいけば、反乱軍の侵攻の下敷きになって踏み潰されるだけのはずなのに。ビビの目から、希望は消えていない。

 

「この国の人々にこれ以上、無駄な血を流させない……!」

 

 その覚悟を前に、ウタは疲弊した身体を奮い立たせて立ち上がった。

 そして、ゆったりと歩きながらビビの隣に立つ。

 

「私も、隣にいるから」

「いいの? 踏みつけられても知らないわよ?」

「怖くないよ。止めるんでしょ?」

「ふふっ。ええ、止めるわ。必ず」

「だから、大丈夫」

 

 二人は笑って、反乱軍の前に立つ。

 あと数分も経たずに、軍勢はこの場に到着する。勝負は一瞬。失敗すれば、戦争が始まる。

 

「……ビビ様。危険です」

「ペル。あなたはチョッパーとルフィさんを連れて王宮へ。彼の指示に従って、ルフィさんの傷を治療しなさい」

「な、なにを! そんなわけには……」

「反乱軍を止めた、その後を考えれば当然よ」

 

 ビビは、真っ直ぐにペルを見つめて告げる。

 

「彼の力がなければ、クロコダイルは倒せない」

「…………クロコ、ダイルを……?」

「ええ。ここで反乱軍を止めて、王宮にいるクロコダイルを倒す。それが、この国を平和に導くための最善よ」

「ってことなの、ペルさん! ルフィのこと、よろしくね!」

「……本気、なのですか?」

 

 ペルの真剣な眼差しに、ビビは笑って答える。

 

「ずっと私の側にいてくれたのに、この言葉が嘘だって思うのかしら?」

「……あなたも強くなられた。コブラ王も、きっとお喜びになる」

 

 ペルはその場に跪き、声を張って答える。

 

「仰せのままに、ビビ王女! この少年の命、確かに預かりました!」

 

 ルフィを担いだぺルは、瞬く間にその姿を(ハヤブサ)に変え、チョッパーが乗り込んだ瞬間に上空へと舞い上がり、王宮を目指して羽ばたいていった。

 その場に残ったのは、ウタ、ビビ、エース、サボの四人。

 その中で、現状を理解できてないのはエースだけ。

 

「ん? いま、何してんだ?」

「ああ、お前は確か黒ひげを追ってるんだったな……」

 

 少し前に、エースが海軍のフリをして暴れたという話を聞いていたサボは、黒ひげを追っているという情報も得ていたため、やれやれと首を振った。

 エースはおそらく、この反乱にもあまり興味はないだろう。サボたちがいるなら安心だと任せてすぐに黒ひげを追いに行くようなやつだということは、サボが一番よくわかっていた。

 

「ねえ、エース。もう行くの?」

「ん? ああ、黒ひげを追ってきたんだが、もしかしてもういないのか?」

「いないな。少し前に王宮にいる海軍から黒ひげという名前を聞いたが、お前が来ていることを知っているのか、すぐに行方をくらましたらしい」

「……なるほどな。ったく、逃げ足の速いやつだな」

 

 言って、エースはすぐにその場を去ろうとするが、

 

「もう少しだけ待って、エース」

「どうした、ウタ」

「あとちょっとだけ、手伝ってもらってもいい?」

「あれ、止めるからか?」

「うん。邪魔されたら、嫌だから」

 

 ウタは後ろを振り返り、王宮を睨みつけた。

 目はウソップほどではないので、相手の顔は見えないが、嫌な悪意が聞こえてくる。

 万が一のためにクロコダイルが仕組んだバロックワークスの一員だろうか。何かがあったときに、何かしらの手を打ってくる可能性がある。

 

「よし、分かった。妹の頼みだからな。少しだけだぞ?」

「うん! ありがとう!」

 

 そして、ウタはサボの方へと視線を送る。

 サボは肩をすくめて微笑む。

 

「おれは海軍だぞ? こっちが本業さ」

 

 アラバスタは世界政府の加盟国だ。その国が戦争を始めるというのならば、国民を守るというのは海軍の仕事である。

 むしろ、海賊の手にアラバスタの今後がかかっているという状況が異常なのだ。

 

「というわけで、ご命令を。ビビ王女」

 

 ビビは頷き、高々と宣言する。

 

「これより、反乱軍の侵攻を止めます! 可能な限りの支援を!」

「かしこまりました」

 

 紳士的に頭を下げたサボは、おもむろにつけていた皮の手袋を外した。

 そして、ビビとウタの前に出て、反乱軍を見つめる。

 

「確認しますが、ビビ王女と反乱軍のリーダー、コーザは幼馴染だと聞きました」

「ええ。その通りよ」

「つまり、声が届けば反乱軍を止められると」

「止めてみせる」

「それなら、話は簡単ですね」

 

 サボはふう、と息を吐いて神経を集中させる。

 彼を囲む空気が変わった。

 というよりも、風がなくなったように感じた。

 

「ウタ。これからおれがやることを、よく見ておけよ」

「……おい、お前まさか」

 

 なにかに気づいたエースが、動揺して声を荒らげた。

 どういうことだか分かっていないウタへ、サボは言う。

 

「おれたちが食べた悪魔の実の能力には、さらに上の世界があるんだ」

 

 グッと拳を握りしめたサボは、片手を真っ直ぐに正面を向く。

 

「『覚醒』と呼ばれるその力は、己以外にも影響を与え始める。まあ、おれはまだ一日に数分しか、この力を使えないけどな」

 

 それはどこまでも優しい声だった。

 荒れ狂う大海賊時代をなだめるような、泣き喚く赤子をあやすかのような、そんな穏やかな空気。

 そして、ゆっくりと。

 サボは拳を開いた。

 

「——凪の帯(カームベルト)

 

 直後。

 世界から、音が消えた。

 

「……これは…………!」

 

 地面は揺れているのに、地鳴りはしない。

 武器を掲げて口を開いているのに、鬨の声が上がらない。

 王宮からも、声が聞こえなかった。

 指揮系統が乱れ、情報の伝達ができなくなり、統制が取れているからこそ身動きができなくなる。

 

 わずか二十歳で海軍本部中佐まで駆け上がったきっかけは、この『覚醒』にあった。

 とある島で起こった海賊と海軍の大規模な衝突の際、突如として海賊たちの連携が乱れ、形勢が逆転したのだ。

 会話はおろか、電伝虫による通信もできずに、意思疎通をはかることができないまま、気がついたときには海賊たちは制圧されていた。

 そこで最も海賊たちを捕らえたのが、サボだった。

 

 ナギナギの実を駆使して相手の指揮系統を麻痺させ、諜報、内部捜査、隠密などに長けながら、六式を使いこなす超人的な身体能力が認められ、瞬く間に成り上がった『英雄の後継者』とも名高い男が、サボだった。

 

 無音となった砂漠の中心で、サボはビビへ笑いかける。

 

「さあ、後はよろしくお願いします。たかが海軍一人の言葉では、彼らは止まらない」

「……わかりました」

 

 ビビは迫り来る反乱軍の前に立つ。

 音が消えたことへの動揺がありながらも、進み始めた反乱軍は先頭のコーザに続いて進み続けている。

 指先が震える。

 ここで止まらなければ、数分後には音が戻り、戦争が始まる。

 全てが自分にかかっているという重みを感じているビビだったが、その手をウタがぎゅっと握った、

 

「届くよ、ビビの声は」

「ありがとう、ウタ」

 

 深く深く息を吸い込んだビビは、声を張り上げた。

 

 

「止まりなさい! 反乱軍!!!!」

 

 

 アルバーナを満たした凪の中、ビビの声だけが遠くまで響き渡った。

 その声に気づいた反乱軍が、ビビの姿をとらえる直前、ウタは後ろを振り返った。

 

「――砲弾!?」

 

 バロックワークスの仕組んだ攻撃だということは、すぐに分かった。狙いはビビでもウタでもない。おそらく、砂漠へと打ち込んで舞い上がった砂埃でビビたちの姿を隠すつもりなのだろう。

 本来、トットムジカによる疲労から、今のウタは立っているだけでも困難な状況なのだ。反応が遅れた今は、即座に動くことはできないが。

 

「野暮なこと、しやがって」

 

 砲弾を、炎が包み込んだ。

 そして、その炎に飲まれた砲弾は、瞬く間に溶けて音もなく砂漠へと垂れていく。

 

「これでいいか、ウタ?」

「完璧!」

 

 ぐっとウタは親指を立て、ビビを見つめる。

 コクリとうなずいたビビは、次の言葉を放つ。

 

「私の名はネフェルタリ・ビビ! アラバスタの王女です! 私の話を、聞いてください!」

 

 今度ははっきりと、反乱軍はビビの声を受け取り、その姿を目の当たりにした。

 行方知らずになっていたはずの王女が、傷だらけの体で反乱軍への静止を叫んでいる。先頭を走っていたサングラスをかけた反乱軍のリーダー、コーザは掲げていた旗を振って全体に指示を出す。

 そして、反乱軍はビビの目の前で止まった。

 この凪が王家の奇跡であると錯覚をするほどに、全員の視線がビビに集まっていた。

 

「この戦いは、仕組まれたものです! この国を乗っ取ろうと企む、秘密結社バロックワークスのボス、王下七武海クロコダイルの手によって!!」

 

 反乱軍たちは顔を見合わせるが、サボの力にとってざわめきすら生まれない。

 情報は、ビビからしか提供されないのだ。

 

「すぐには信じられないと思います。だから、時間をください! あと一時間だけ、この場に留まってください! それまでに、すべてを証明してみせます!」

 

 クロコダイルは、アラバスタへと足を運んできた海賊たちを倒して治安を守ってきた英雄だ。あの男が黒幕だと言ったところで、言葉だけでは信じてもらうことはできない。

 ここでようやく、すべての目的が最初に戻ってくる。

 

「クロコダイルは今、コブラ王を人質に王国軍を操っています! それを止め、クロコダイルを引きずり出し、すべての証拠を皆さんにお見せします!」

 

 覚悟はすでに決まっている。

 もう、後に引くつもりなど微塵もない。

 

「私たちが、クロコダイルを、バロックワークスを倒します!!!」

 

 その宣言の直後、凪が消えた。

 たちまちに反乱軍たちのざわめきが広がり、混乱が起こり始める。

 しかし、そんな反乱軍たちへ、リーダーであるコーザが声をかける。

 

「総員! この場で待機ッ!!!」

「ほ、本気ですか、リーダー!? もうアルバーナは目と鼻の先なんですよ!」

「ああ、分かっている」

 

 コーザは馬から降り、ビビの前に立った。

 久しぶりの再会であるが、コーザはたった一言、こう問いかける。

 

「この国は好きか、ビビ」

「ええ。私が生まれた国だもの」

「……それだけ聞ければ、充分だ」

 

 コーザは振り返り、旗を掲げて声を張り上げる。

 

「おれたちの仲間であるビビが、信じろと言ったのだ! 一時間、この場にて待つ! 文句があるやつはいるか!!!!」

 

 反対の声は、一つも上がらなかった。

 奮い立った闘志をこらえ、ビビを信じる皆の視線だけがあった。

 ビビは溢れそうになる涙を必死にこらえ、その期待を背負う。

 

「約束します! 雨も、笑顔も、すべてを必ず取り戻してみせます! ネフェルタリ家の誇りにかけて!」

 

 ようやく、舞台は整った。

 一時的であるが、反乱軍を止めることができた。

 おそらく、クロコダイルは麦わらの一味を仕留めるために王国軍を使って攻撃をしてくるだろう。

 やることは変わらない。

 ともに戦うと言ってくれた仲間たちと、奪われた国を取り戻すのだ。

 

「格好良かったよ、ビビ」

「当たり前でしょ。これでも私、王女なんだから」

 

 不敵に笑ったビビは、首都アルバーナへ視線を送る。

 心配になるのは、父であり国王のコブラだ。とらえられているとは聞いているが、なりすましができる以上、いつまでも生きている保証はない。

 一秒でも早く、アルバーナへと向かわなければならない。

 ビビは反乱軍から馬を借りようとするが、

 

「大丈夫だよ、ビビ。もっと心強い仲間が来てくれたから」

 

 最初にその声を聞き取ったウタは、アルバーナから走ってくる影を見て、歓喜の声を上げる。

 

「クエ――――――っっっ!!!」

「カルー!!!」

 

 しかも、カルーは一人ではなかった。

 同じ黄色をした、個性的なゴーグルと帽子を被ったカルガモの部隊が、隊列をなしてビビたちの前に並んだ。

 彼らこそ、カル―が隊長を務めるアラバスタ王国の最速集団。

 

「超カルガモ軍団だ~~~~!!!」

 

 目を輝かせたウタは、楽しそうに飛び跳ねて彼らに飛びつく。

 ビビも口元を緩ませて、カル―の背に乗った。

 

「カル―、お願いよ。誰よりも早く、アルバーナへ!」

「クエッ!!」

 

 ビシッと敬礼をしたカル―は一目散に南へ走り出した。

 

「あっちよ、カルー! 逆に走ってどうするの!」

「ク、クエーっ!」

 

 すぐさま反対を向いたカル―は、今度こそアルバーナへと走っていく。

 そして、ウタが乗った超カルガモも、カル―の後に続いて走り出していく。

 その去り際、ウタは振り替えって二人の兄を見る。

 

「二人は、どうするの?」

 

 先に答えたのはサボだった。

 

「おれはスモーカーさんのところに戻るよ。これ以上、勝手な行動をしてたら本気でぶん殴られちまう」

「そっか! じゃあ、また会えるかな?」

「それはどうだろうな。もしかしたら、しばらくは会えないかもしれないぜ。まあ、お前たちが大人しく捕まるってんなら、すぐだろうが」

「それはないない! じゃあ、またいつか!」

「ああ! 元気でな、ウタ!」

 

 そして、今度はエース。

 

「おれも、寄り道はここまでだ。じゃあな、ウタ! ルフィにも、よろしく伝えてくれ!」

「もちろん! 先で待っててよ、エース!」

「ああ。次に会うときは、海賊の高みだ」

「にしし! 分かった!」

 

 それ以上の言葉は、交わす必要などなかった。

 どれだけ離れようとも、あの日に誓った兄弟の絆は、決して途絶えることなどないのだから。

 だから、ウタは一度も振り返らなかった。

 

「待ってろ、クロコダイル……!」

 

 舞台は最終局面へ。

 バロックワークス最高戦力との戦いが、始まろうとしていた。

 

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