ウタが浅い眠りから目を覚ましたときには、戦況はこちら側へ傾いていた。
ルフィの蹴りで海軍は一掃され、ゾロの剣技で反撃は全ていなされる。
「お! 起きたか、ウタ!」
「……ん、あれ!? ルフィに背負われてる!?」
「だって寝てたじゃねえか、お前」
「だ、大丈夫だってば! 放っておいても!」
ルフィからすぐに離れたウタは、胸元や腕に残るルフィの体温を意識して顔を赤くする。
「私だって戦えるんだから、もう昔とは違うもん!」
「分かってるって。何をそんな怒ってんだ?」
「アホ、鈍感!」
「変なこと言うなァ、ウタは」
痴話喧嘩を始める二人を見て、モーガンは怒りに震える。
「さっさと撃ち殺せ、お前ら!」
慌てて銃を構える海軍たち。
しかしその中に、涙を浮かべながら震える少年が一人。
それに気づいたモーガンが、コビーを睨みつけた。
「おい、新入り。何を泣いてる」
「す、すすすすいませんっ! で、でも! あの人たちは恩人で……!」
「恩人だからなんだ。このモーガンに反逆を起こしたんだぞ」
「で、ですが……!」
「もういい。大佐命令だ。お前、銃で自分の頭を撃ち抜け」
「……え」
モーガンの目は本気そのものだった。
冗談ではないと肌で感じ取ったコビーは、反射的に銃口をこめかみに当てた。
「コビー! バカなことはやめて!」
「ウ、ウタさん……!」
「分かったでしょ! 海軍にも嫌なやつはいっぱいいる! あなたが目指すべき道を考えて!」
ウタは精一杯の声でコビーへ言う。
「あなたの夢は、悪いやつらを取り締まることでしょ! 誰かから押し付けられた正義じゃない。あなたが本当に銃を向ける相手を考えて!」
「……!!」
「それでも海軍になるなら、銃を向けるのは私たちのはずだよ、コビー! 誰かの言うことを押し付けるような世界なんて、いらない!」
皆が笑える世界に、恐怖による支配なんていらない。
コビーには気高く尊い夢があるのだ。それを誰かが身勝手に奪っていい権利などあるはずがない。
ウタの言葉を受け取ったコビーは、二人の言葉を何度も思い出す。
震えながら、大粒の涙を流しながら。
考えに考え、そして。
コビーは、モーガンに銃を向けた。
「本物の悪党はお前だろ! 僕が懲らしめてやるぞ、モーガンっっ!!!」
「この愚か者がァ! まずはお前から処刑だ!」
「させねえよ」
モーガンが振り下ろした斧を、ゾロが刀で受け止めた。
「なに……!?」
「いい覚悟だったぜ……って、もう気絶してやがる」
「にしし! 面白いやつだなあ、コビー!」
笑いながら、ルフィはパンチを放ち、モーガンの顔面を殴りつけた。
ぐわんと大きく体が揺れたモーガンへ、ゾロが追撃の剣を——
「待てェ!!」
ゾロは反射的に剣を止め、ルフィと同時に後ろを振り返る。
肩を撃ち抜かれた失血と、能力による消耗が重なり、上手く身動きが取れなかったウタが、ヘルメッポに捕まっていた。
「こいつの命が惜しけりゃ、動くんじゃねえ!」
頭に銃を向けられるウタだったが、それで動じる素振りは一切ない。
それどころか、穏やかに笑っているほどで。
「ねえ、ヘルメッポ。銃を抜いたからには、命を懸けてね」
「な、何を言ってやがる……!」
「
「ゴムゴムの……
全力のルフィのパンチがヘルメッポの顔面をとらえ、吹き飛ばす。
そして、そのパンチで隙だらけになった背中をモーガンが狙いにかかるが、
「ナイス、ゾロ」
「お安いご用だ、船長!」
そのさらに背中をゾロが斬り、モーガンは崩れて落ちた。
倒されて自分の父親を見て、ヘルメッポは泣きながら叫ぶ。
「ひ、卑怯だぞ、お前ら! 後ろから切りつけるなんて!」
「卑怯? 甘いこと言わないでよ」
優しい父親の背中を思い出す。
暖かな仲間たちとの思い出が駆け巡る。
彼らを悪人だとは思わない。
しかし、命を懸けるという意味と、それと向き合う冷徹さも、確かに脳裏に焼き付いているのだ。
あの背中を追うと、あの日に決めたのだ。
だから、ウタは笑って答える。
「あなたの目の前にいるのは、海賊だよ」
「ひぃいいいい!!!!」
逃げるように、ヘルメッポは逃げ去っていく。
ルフィたちの完全勝利。
それを目の当たりにした海軍たちは、持っていた銃を投げ捨てた。
「やったぁぁあ!!! 解放されたー!」
「モーガンの支配が終わった!」
「バンザーイ!!」
ルフィたちは目を丸くしてその光景を見る。
「なんだ、やられて喜んでやんの」
「やっぱり、みんな笑顔が一番だね♪」
ほっと一息をついた瞬間、ゾロがその場に崩れ落ちる。
「ぞ、ゾロ!?」
「……ごめん、ルフィ。私もちょっと疲れたかも」
そして、ウタも再び気を失った。
「はァ、食った……! さすがに九日も食わないと極限だった!」
「私もやっと元気でたー! 美味しいご飯って心の底からみなぎってくるよね!」
目を覚ましたウタとゾロは、おにぎりの女の子の家で食事を振る舞ってもらっていた。
「ありがとうございます、ご馳走様でした!」
「いいのよ、町を救ってもらったんだから」
隣に座る女の子が、輝いた目でウタを見つめる。
「やっぱり、お姉ちゃんたちすごかったんだね!」
「えっへん! 私もルフィも、まだまだこんなものじゃないからね!」
胸を張って得意げに笑うウタの横で、パンをかじるゾロが問いかける。
「それで、次はどこに行くつもりだ?」
「もちろん、
「なるほどな。まあ、
「よし! それなら早速出航を——」
ルフィが立ち上がった瞬間、玄関のドアが開いた。
入ってきたのは、メガネをかけた小柄な少年。
「コビーだ! 元気みたいでよかった!」
「はい! 本当に、二度も救われてしまって……!」
小さく笑ったコビーだったが、いつものヘラヘラとした笑い方をやめ、真っ直ぐにルフィたちを見つめる。
「ありがとうございます。そして、すいません。僕は、海軍にはなりません」
「おう、そっか! 頑張れよ!」
「うん! 頑張ってね〜!」
あっけらかんとした返事に、コビーはあんぐりと口を開けていた。
「好きなことをやろうよ! コビーは何がやりたいの?」
「僕は、悪いやつらを取り締まりたいんです。でも、海軍にも海賊にも、悪いやつはいます」
アルビダの元で苦しみ、モーガンに追い詰められたコビーにとって、夢に至る手段は海軍ではないのだと、そう言った。
「どうしたらいいのかは、まだ分からないですけど。でも、見つけてみせます! 僕の夢を叶える方法を!」
「おう!」
「もしかしたら、僕はルフィさんたちの敵になるかもしれません。でも、友達……ですよね!」
「ああ! 別れても友達だ!」
「もちろん! ずっと友達!」
「……!!! ありがとうございます! 僕は僕の信念に生きます!」
深く深く頭を下げたコビーの足元に、ポタポタと水滴が落ちる。
そんな中、さらに見知らぬ男が玄関から入ってきた。
「君たちが海賊だと言うのは、本当かね?」
「うん。本当だよ」
ウタが即答する。
たとえ不利になるとしても、それだけは嘘をつく気はない。
「恩義があるのは分かっている。だが、海軍としては君たちを放置するわけにもいかない。即刻、この町から去ってもらおう」
「そうだね、じゃあ行こっか、ルフィ」
「おう。おばちゃん、ご馳走様」
足早に去っていく三人たち。
それを見送る海軍の男の視線が、コビーに映る。
「君は、新入りだったね。もしかして、彼らの仲間なのか?」
「いえ……僕は」
ほんの少しだけ、コビーはルフィの背中を見て、
「僕は、彼らの仲間ではありません。それに、モーガン大佐に銃を向けた僕は、海軍にいる資格もありません」
コビーも海軍の男の横を通り過ぎ、そしてルフィたちとは別の道へと歩いていく。
一歩、二歩。
三人とコビーが離れていく中で。
「…………っ!! ルフィざんっ!!」
振り返ったコビーは、ボロボロと涙を流していた。
「ありがとうございました!! このご恩は一生、忘れません!! またいつか僕たちの夢の道筋が交わる日までっっ!!!」
「しししし! またなー!」
「じゃあねー、コビー!! 元気でー!」
笑顔で手を振るルフィとウタを、ゾロが穏やかな顔で見つめる。
そして、コビーに続くように海軍の男が声を上げた。
「全員敬礼っ!!! 名も知らぬ海賊たちと、勇気ある若者に大いなる感謝をっっ!!!」
海軍たちの心のこもった敬礼と、町の人々の声援が、ルフィたちの乗る船の帆を膨らませ、先へと導いていく。
「くーーっ! いくか、
大きく腕を広げるルフィに続いて、ウタも背筋を伸ばす。
「やっと一人、仲間が見つかったからね!」
「あとは、コックとかほしいな!」
「んなもん後でいいだろ!」
「なんでよ! 私は音楽家だよ!」
「もっと後でいいじゃねえか! まずは航海士だろうが!」
「なにをぉ〜!!」
ドタバタと船の中で暴れ始めるウタと、それをどうにかしようと慌てるゾロを、ルフィは大笑いしながら見守っていた。