こんな逸話がある。
このアラバスタという国ができる前は、森や川で溢れた、さながら庭のような島だったと。
だが、その神によってアラバスタという砂の国が創られたのだと。
故に、国宝だった。
誰も触れてはならぬものとして、その詳細すら王家にしか伝えられず、大切に保管されてきた。
理由は、いうまでもない。
力を欲するものが持てが国が滅び、優しい心しか持たぬものは力に飲まれ国を滅ぼす。
アラバスタは、アラバスタを創った神に喰い殺されぬようにそれを守っているのだと。
そんな逸話がある。
そして。
この逸話には、誰にも伝えられていない続きがあった。
もし、強く気高い心を持ちながら、正しい力を使いこなす技量と器を持つものがその神に認められたのなら。
その神は、破壊神から守護神へと変わるだろう、と。
「ネコネコの実、幻獣種だと……!?」
その名を聞いたクロコダイルは、口元を引き攣らせていた。
それはクロコダイルが口にした
なるほど、それは確かに。
「アラバスタの国宝……! そんなもんを、食いやがって……!」
すぐさま攻撃するべきであるはずのクロコダイルは、変わりゆくビビの姿を見つめていた。
動けなかったのだ。
その佇まいが、あまりにも美しすぎて。
「これが、悪魔の実の力……!」
ビビは、海に呪われた自分を眺める。
凶暴な爪が生えた指先まで、全身を覆うように蒼い体毛が生えた身体。
丸みを帯びて獅子のように膨らんだ口と、そこから顔を出す強靭な牙。
背中から生えた、純白の翼。
そして、変化はそれだけではない。
青い髪を結んでいた髪留めはいつの間にか外れ、美しい長髪が風に吹かれてる中、その毛先は蒼い炎と化してゆらゆらと揺らめていていた。
ビビはその炎を熱がる様子もなく、むしろその炎を優しく撫でてみせた。
「この、力なら」
一つ呼吸を置いて、ビビは正面に立つクロコダイルを睨みつけた。
その威圧感からか、もうクロコダイルの表情に余裕はなかった。
「クロコダイル! お前を倒して、アラバスタを守ってみせる!」
「随分と、調子に乗っているようだが」
強大な力を手にしたとはいえど。
何年もの間、挑んでくる海賊たちの全てを圧倒し続けたクロコダイルの力は変わらない。
「おれがお前よりも強いという事実が、変わったわけじゃねえだろうが!」
「それをひっくり返すために、私はここにいるんだ!」
ビビは、クロコダイルへ踏み出す直前、ウタヘと視線を向ける。
言葉などなくとも、意図することはわかった。
「〜〜〜♪」
ウタはウタウタの能力を使い、覇気のこもった真紅のスラッシャーを作り出してビビへと渡した。
それを掴んだビビは、軽やかなステップを踏む。
「私はこの力を手に入れたばかりで、使いこなせる自信はない」
「能力が使いこなせねぇ海賊なんざ、ただ海に沈んで死んでいくだけだ!」
「でも、私がこの国を守るために進んできた時間は、ちゃんと私の中に残っている!」
この能力ならばどんな動きができるか、という思考ではない。
今までやってきた動きを、この力で何倍にも跳ね上げる。
故にビビは。
「艶麗の
美しく、踊った。
細長く刃物が連なるスラッシャーを巧みに操りながら、蒼い炎を身に纏い、予測を超えた角度から無数の攻撃がクロコダイルへと襲いかかる。
「——チィ!」
回避をしようと思えば蒼い炎で退路を絶たれ、覇気を感じる攻撃は無視することができずに受けようとするが、蛇のようにしなりながら予想外の方向へと曲がり、身体をかすめていく。
無敵のはずだったクロコダイルの身体に、切り傷が生まれていく。
「ウタ、次!」
「もう準備してる!」
覇気で強化しているとはいえ、ウタが仮想世界から生み出した武器たちの耐久力は低いままだ。
攻撃に加え、ビビの素早い動きに対応しようとすれば、数秒でスラッシャーは砕け散ってしまう。
そのために、ウタは次々と武器を生み出し、ビビの持つ武器が壊れた瞬間に次の武器を渡していた。
踊りながら、隙を作らずにビビは武器を手にして、クロコダイルへの攻撃を続ける。
「そんな攻撃を続けようと無駄だ! 動きも、武器の挙動もそろそろ見切れる! 諦めるんだなァ!」
「諦めて、たまるもんですか!」
ビビは踊りをやめて、身体を捻る。
バロックワークスのエージェントとして培ってきた技は、これだけではないのだから。
「
ドリルのように身体を回転させながら、スラッシャーと蒼炎を巻きつけてクロコダイルへと突進する。
今まで不規則な動きで攻撃をしてきたからこそ、正面からの高速攻撃への反応が遅れたクロコダイルへ、攻撃が直撃する。
「ぐ、ぁぁぁああ!!!」
手応えがあった。
目の前に立つクロコダイルの口から、血が溢れ出す。
戦える。
あのクロコダイルへ、立ち向かえる。
そう、ビビの気が緩む。
「——ビビ、後ろ!」
「ぇ」
クロコダイルはこの攻撃を避け切らないと判断した瞬間、右腕を防御には使わず、足元の地面に手のひらをぺったりとつけていた。
そして、近くの石を乾きによって砂へと変え、それを駆使してビビの背後から左肩を貫いたのだ。
ポタリ、ポタリと。
棘のような形をした砂の先端から、ビビの赤い血が流れる。
「……ぐッ!」
ビビは翼を羽ばたかせながら強引に砂の棘を引き抜き、周囲の砂を風によって吹き飛ばす。
「
クロコダイルの武器である砂から距離をとって空中へと逃げたビビだが、肩に負った傷から溢れる血は、どんどんと彼女の体力を奪っていく。
「大丈夫、ビビ!」
「うん! もうすぐ、血も止まるはずだから!」
「
痛みを堪えて、ビビはそれでもクロコダイルへと距離を積める。
翼によって風を起こし、蒼炎を盾にしながら、クロコダイルへと向かっていく。
「
「
ビビとクロコダイルの手が衝突し、お互いの手を掴み合う体勢で状況は硬直した。
ビビの手のひらからは蒼炎が、クロコダイルの手からは乾きの砂がとめどなくぶつかりあっている。
炎と砂のぶつかりあいで生じた風圧に、ウタは飛ばされかける。
だが、そこで踏ん張りながら、ウタは倒れておるチャカとコーザの応急処置を進めていたチョッパーへ叫ぶ。
「投げ飛ばして、チョッパー!」
「お、おう! 分かった!」
強引にウタはチョッパーに投げ出され、空中で身体をひねりながらどうにか着地し、いつの間にか毒が溢れていたクロコダイルのフックへと手を伸ばした。
「——!! てめぇ、正気か!?」
「正気だよ! 私だって、戦うって決めたんだから!」
砂の右手はビビが、毒の左手はウタがどうにか抑え込み、クロコダイルとの力比べが始まる。
ビビの翼と蒼炎の風圧によって、クロコダイルの砂は二人へと届かず、両手でフックを抑える捨て身のウタによって、防がれる。
本能的に、ウタはその毒の危険性を聞き取っていた。
あれがビビに突き刺されば、いくらビビでも耐えられないはずだ。
「ぐ、ぅぅう!!!」
「非力だなァ! ウタ人間!」
クロコダイルの力に負け、毒のフックがウタの心臓へ目掛けて襲いかかり、
「ウタッ!」
ビビが腕を伸ばして、代わりにそのフックを受け止めた。
ボタボタと血が溢れながら、さらにその身体に毒が回っていく。
「クハハハ! お前も死ね!」
「死なない! お前の毒くらい、全部飲み干してやるッ!!」
「絶対に、やらせない……!」
ウタは懸命に、クロコダイルの身体にしがみついた。
覇気を使いこなし始めたウタは、その身体の動きをどうにか抑えようと力を入れる。
「煩わしい……! そんなことをして何になる!」
「…………遅いよ、バカ」
「は?」
クロコダイルの身体を押さえたのは、ビビが殺されそうになるのを止めるためではない。
聞こえたのだ。
彼の声が。
だから、ウタはしがみついた。
彼の
「ゴムゴムのォ……!」
「ま、まさか…………ッ!?」
その声を聞いて、クロコダイルは咄嗟に横を向いた。
そして、そこにはすでに拳があった。
「
「————!!!!」
ドゴァァンッッ!!!!
クロコダイルの顔面に直撃したそのパンチは、その身体を吹き飛ばしてそのままぶつかった建物の壁すらも壊してしまった。
白い隼に乗ってここまでやってきた彼は、真っ直ぐにクロコダイルを見つめながら言う。
「わりぃ、待たせた」
「うん。待ってたよ」
ルフィが負けたとも、死んだとも思ってなどいなかった。
必ずきてくれるからこそ、繋ごうと必死になれた。
クロコダイルとの戦いでボロボロになったビビは、悪魔の実の力を使った疲労からか、眩暈を起こしてその場で倒れる。
それを受け止めたウタは、その場にペタリと座って、ルフィへ言う。
「勝って、ルフィ。クロコダイルを、倒して」
「ああ。当たり前だ」
そうルフィが宣言した直後、崩れた瓦礫からクロコダイルが起き上がる。
「おれを倒すだと……? それがどういう意味か、分かってるんだろうな」
「ああ、海賊王になるんなら、七武海くらいで止まってられねえんだ」
激戦を予感したルフィは、被っていた麦わら帽子をウタにかぶせ、拳をコキコキと鳴らす。
「おれはお前を越えていく! クロコダイル!!」
高々な宣言とともに、ルフィとクロコダイルの最後の戦いが始まった。
次回、クロコダイル戦、決着。
アラバスタ編完結まで、残り三話です。
どうか最後までお付き合いください。