麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第三十八話「雨」

 

 

 凄まじい攻防だった。

 覇気の感覚を掴みながらも、やはり習得したてということもあり、その練度は低い。

 そのために自然系(ロギア)の身体をとらえきれないケースも多々ある中、ルフィは機転を効かせてさらにパンチを繰り出す。

 

「てめぇ、まさか……!」

「血でも、砂は固まるだろ……!」

 

 クロコダイルの攻撃によって開いた傷口に拳を当てて、べったりと血をつけたルフィは、その拳でクロコダイルを殴り続ける。

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!!」

 

 何度も何度も、ひたすらにクロコダイルを殴り続ける。

 だが、一筋縄で終わるクロコダイルではない。

 ルフィのパンチで吹き飛ばされる直前、毒針のついたフックを伸ばしてルフィの肩に突き刺した。

 

「クハハハ! そいつは猛毒だ! そこのウタ人間も、随分と苦しんでいるようだしなァ!」

 

 ルフィはハッと後ろを振り返った。

 先ほど、二人でクロコダイルを押さえていたときに受け止めた毒針から溢れた毒によって、ウタの手のひらは焼けるように煙を上げていた。

 しかし、ウタは痛がる素振りなどわずかにも見せず、ルフィへ叫ぶ。

 

「大丈夫! チョッパーがいる!」

「——! 分かった!」

 

 たったそれだけの会話だった。

 全てを疑い、必要のない仲間を切り捨ててきたクロコダイルとはあまりにも対照的な仲間への信頼。

 そもそも、いまルフィたちが命を賭けている理由だって。

 

「なぜそこまで命を賭ける!? お前たちとこの国の繋がりなど、あの女一人だけのはずだ! 一人見捨てるだけでいいはずなのに、どうしてここまで首を突っ込む!」

「分かってねえな、お前は……!」

 

 ルフィは血だらけの拳を握りしめる。

 

「あいつは、ビビは……! この国を死んでも諦めねぇ。だから、お前たちに殺されないように、おれたちで倒さねえといけねえんだ」

「その厄介者を見捨てちまえばいいとおれは……」

「死なせなくねぇから、仲間なんだ!!!」

 

 強く叫ぶ。

 それを先にビビに伝えたのはウタだった。その光景を、あの夜に偶然起きていたルフィは見ていたから、余計なことは言わなかった。

 そんな当たり前なこと、言うまでもないからだ。

 

「仲間を助けるためなら、命ぐらいいくらでも賭けてやる! だからおれは、戦うことをやめねぇ!」

「たとえ、死んでもか」

「死んだときは、それはそれだ……!!」

 

 命がかけがえのないものだからこそ、失ってしまえば二度と帰ってこないものなのだと知っているルフィとウタだからこそ、命をかけるのだ。

 ビビの覚悟と意志と夢には、それだけの価値があるのだから。

 

「お前は、おれたちには勝てねえ……!」

「根拠もねぇこと言いやがって」

「おれは、海賊王になる男だ!!」

 

 ルフィは大きく拳を振りかぶる。

 全てをかけた攻撃がくる。それを理解したクロコダイルも、全身全霊の一撃で応える。

 

「ゴムゴムのォ……!」

砂漠の(デザート)……!」

 

 クロコダイルは空中へと飛び上がり、ルフィの頭上から研磨したかのように輝く砂の大剣をいくつも作り出した。

 それを正面から打ち破るべく、ルフィは大きく息を吸いながら、身体を回転させて勢いよく頭上のクロコダイルへと向かっていく。

 さらに、ルフィの拳は黒い膜をまとっていた。

 

鷹暴風雨(ホークストーム)ッッ!!」

金剛宝刀(ラ スパーダ)ッッ!!」

 

 砂の大剣と、覇気をまとうゴムの拳がぶつかり合う。

 本来ならば、人の拳など意図も容易く切り刻むクロコダイルの必殺技だ。クロコダイルも当然、覇気を使っているが故に、砂とは思えぬ強度まで大剣は硬化されていた。

 しかし、それでも、

 

「おおぉぉぉぉおああああああ!!!!!」

 

 ルフィは止まらない。

 痛くても、苦しくても、拳が裂けても、殴り続ける。

 ずっと堪えて一人で戦ってきたビビのために。彼女が背負ってきた大きすぎる使命ごと、全てを壊すために。

 そして、ついに。

 

「————バカな……ッ!?」

 

 砂の大剣に亀裂が走る。

 全ての敵を切り刻んできた宝刀が、崩れていく。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 砕けた。

 跡形もなく壊れた砂の大剣は風に飛ばされ、そのままルフィの渾身の連打がクロコダイルに直撃し続ける。

 数えられないほど殴った。

 ルフィに、この国を背負っているつもりはなくとも。

 ただ、仲間が死なないためにと立ち向かった相手が七武海なだけだったのだとしても。

 

「……ありがとう、ルフィさん……!!」

 

 ビビの目には、クロコダイルに苦しめられた全ての人の想いがルフィの拳に乗っているように見えてしまったのだ。

 ボロボロと涙をこぼしながら、ビビは立ち上がり、その戦いを最後まで見守る。

 そして。

 

「…………ハァ、ハァ……ッ!」

 

 完全に意識を失ったクロコダイルが、ルフィのパンチの勢いに乗って遥か遠くまで飛んでいく。

 もう、クロコダイルは立ち上がれない。

 力の抜けた身体が、アルバーナの前で待機している反乱軍の元へと吹き飛んで行った。

 そして、攻撃をやめたルフィも、ウタの目の前に落ちてきた。

 傷だらけながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。

 勝者がどちらかなど、聞くまでもない。

 

「かっこよかったよ、ルフィ」

「にしし! 勝てた!」

 

 パチン! とルフィとウタは手を叩く。

 誰が見ても、勝負は明らかだった。

 

 

 七武海クロコダイルVS麦わらのルフィ

 勝者——麦わらのルフィ

 

 

 

 

 

 だが、まだ戦いは終わっていない。

 それを分かっているウタとビビは、目を合わせて頷く。

 

「「爆弾!」」

 

 ルフィたちがクロコダイルを倒すのにかかった時間は、およそ四十分。

 爆弾がアルバーナを吹き飛ばすまで、まだ二十分ほどの猶予があった。

 

「焦らずに爆弾を探して撃たれるのを防げば、誰も死なずに済む!」

「うん! それで、肝心の爆弾の場所だけど……」

「それなら、見当がついてるわ」

 

 ビビは視線をアルバーナの中心にそびえる時計塔へと移した。

 

「ねえ、コーザ。覚えてる? 私たち、昔あそこに秘密基地を作ったりして遊んでたわよね?」

「ああ、懐かしいな。そんで、確かにあそこにはもう誰もいねえし、何かを隠すならうってつけだ」

「……決まりね」

 

 街の中心ならば、爆心地としても申し分ない。

 だが、間違えてしまえば時間のロスになり、一気に事態は悪化してしまう。

 故に、ウタは問いかける。

 すぐ離れた位置で倒れている、白いハットとコートのエージェントへ。

 

「ねえ、ずっと起きてるあなた。爆弾の場所、それであってる?」

「…………気づいていたのね」

「この距離なら、呼吸の音で寝てるか起きてるかくらい聞こえるよ」

「ふふふ。面白い子……」

 

 血で染まった肩を抑えながら、ニコ・ロビンは身体を起こした。

 致命傷ではなかったのか、死んだフリをしていたらしい。

 クロコダイルが倒された今、隠す必要もなくなったのか、ニコ・ロビンはあっけなく答える。

 

「あなたたちの想像通り、爆弾は時計塔よ。今なら、いくらでも止める手段はある」

「なら行こっか、ビビ!」

「ええ、行きましょう!」

 

 翼を羽ばたかせて、空へと飛ぼうとしたビビは、応急処置が終わりその場に座っていたコーザの前にいく。

 

「反乱軍の人たちは、任せてもいい?」

「ああ。おれとコブラ王が出ていって、全てを説明する。それで、この戦いはおしまいだ」

「うん。じゃあよろしく、リーダー」

「ああ、任せろ。副リーダー」

 

 コツン、と拳を合わせて、ビビは背を向ける。

 青い身体、白い翼。

 その後ろ姿を見たコーザは、小さく呟く。

 

「変わったな、お前も」

「ええ、そうでしょう」

 

 一緒に飛ぶためにビビに抱きついたウタを顔を並べて笑いながら、ビビはピースサインをしてみせた。

 

「友達、あのときよりもたくさん出来たのよ」

「…………ははっ! そうだな! おれたちしかいなかったもんな、友達!」

「わ、笑わないでよ!」

「悪い悪い。それじゃあ、行ってこい」

「うん。行ってくる」

 

 ビビはニコッと笑って、翼を羽ばたかせる。

 ふわりとその身体が浮かび、ウタとともに時計塔へと向かっていく。

 その道中、ウタはニヤニヤと笑って、

 

「ビビの身体、ふわふわだね……」

「ウ、ウタ!? 気持ち悪いこと言わないでよ!」

「いいじゃん! チョッパーとは別のふわふわで、なんだか癖になる感じがして……!」

「ば、バカなこと言ってないで時計塔行くわよ!」

 

 バタバタと空中で暴れながらも、ウタたちは時計塔の上部へと到達する。

 そして、時計の裏に存在する空間があることを証明するかのように、その時計が開く。

 

「ゲーロゲロゲロ! なんだか邪魔な鳥が飛んでるみたいね!」

「オホホホ! そういうスンポーだね! 邪魔な鳥は今のうちに排除しておかないとね!」

 

 砲撃の邪魔になると判断したのか、エージェントであるMr.7とミス・ファーザーズデーが銃口をこちらへと向けていた。

 だが、これだけの激戦を越えてきたウタとビビにとって、たかだか銃の一つや二つ、なんてことはない。

 

「ウタ、どう避ければいい?」

「右から二発、左から三発。軽く身体を捻れば問題ないよ」

 

 ドドドドドン! と連射された銃弾を、ビビは軽々と避けてみせた。

 そのまま二人のエージェントの前に降り立ち、ビビとウタは先へ進む。

 

「まだ導火線に火はついてないみたい」

「じゃあ間に合ったんだね! よかったー!」

 

 呑気な会話を続ける二人へ、エージェントたちが銃口を向ける。

 

「ゲ、ゲーロゲロゲロ! 少し驚いたけど、まぐれで避けたくらいで調子に乗られちゃ、私たちの昇進に関わるの!」

「オ、オホホホ! そういうスンポーだよ! 任務をぼくたちにはやらなければならないことが——」

 

「「邪魔っっっっ!!!」」

 

 ゴンッ!! と二人のゲンコツが、エージェント二人の意識を意図も容易く奪い去った。

 獅子の拳と、黒い拳。

 七武海との後では、あまりにも手応えがなかった。

 だからこそ、これも余裕だと思ったのだが。

 

「……待って、ウタ」

「ん? どうしたの」

「この爆弾時限式だ……!」

「ええ!? じゃあ、どうやっても爆発しちゃうってこと!?」

 

 ウタにもビビにも、爆弾を解体する技術はない。万が一、失敗して爆発してしまえば、全ての努力が水の泡だ。

 

「あ! ビビが飛んでどこかへ持っていけば、いいんじゃないかな!」

「いや、この質量は、能力者になりたての私の飛行能力じゃ運べない……!」

「じゃあ、どうすれば……!」

 

 困り果てた二人の背後から、優しい声が聞こえた。

 

「その仕事、私に任せてはいただけませんか?」

 

 振り返れば、そこにいたのは白い(ハヤブサ)だった。

 

 

 

 

 

 

 チ、チ、チ、と。

 終わりまでの時を刻む時限爆弾は、空でゆらゆらと揺れながら運ばれていた。

 それを持つのは、飛行能力を持つ動物系(ゾオン)の能力者である、ビビとペル。

 そんな二人が運ぶ時限爆弾の上に腰掛け、ウタは楽しそうに鼻唄を歌っていた。

 

「ペルの背中に乗せてもらって空を飛んだの、楽しかったなぁ」

「ああ、ビビ様が弾薬庫で騒ぎを起こした件ですね」

 

 二人の昔話を、ウタは楽しそうに聞いている。

 

「あなたの破天荒な行動に、毎度手を焼かされっぱなしでした」

「だって、みんなが私のことを大切にしすぎなんだもん」

「この国の宝ですからね。慎重になるのも当然です」

「もっと対等に扱って欲しかったの!」

「それは……」

 

 護衛兵であるペルには答えづらい言葉を放ったビビは、すぐに笑って、

 

「でも、もういいの」

「そうなのですか?」

「うん。だって、ようやくあなたと並んで飛ぶことが出来たんだもの」

「…………そうですね。私もビビ様を侮っていたようです」

 

 ペルはニッコリと笑って、

 

「あなたはもう、どこまでも行けるほどたくましい人になられたようです。私からはもう、何も言うことはありません」

 

 ただ一つ言うのなら、とペルは続ける。

 

「ビビ様が生きていて、本当によかった」

 

 それだけだった。

 ビビという王女を嫌う国民など、この国には一人もいない。

 

「そういえば、食べちゃってよかったの? 悪魔の実。国宝なんでしょ?」

「ビビ様が食べて咎める民など、どこにもいませんよ。むしろ、このアラバスタに食べる資格があるのは、ビビ様だけです」

「…………」

 

 もうすぐ爆弾が爆発する時間だ。

 ビビとペルは砂漠のど真ん中に爆弾をそっと置いて、再びアルバーナヘと引き返す。

 

「ねえ、ペル」

「はい、なんでしょう」

 

 風をかき分け、高く飛ぶビビは、あの日の景色を思い出しながら呟く。

 

「やっと分かったわ。あなたが言っていたこと」

「はて。なんのことでしょうか」

「この国を守りたい、って気持ち」

 

 ペルは小さく微笑んだ。

 

「ええ。アラバスタは、私たちが生まれた国ですから」

 

 そうして、三人は戻っていく。

 生まれた国を守ろうと武器を持った人々が待つ、アルバーナヘ。

 

 

 

 

 

 

 

 反乱軍のリーダーが語った真実に、国民たちは言葉を失っていた。

 誰もがその言葉を嘘だと否定したかったが、血だらけになったコーザとコブラ王がお互いを支え合いながら立つその姿を疑えるものは、誰もいなかった。

 

「おれたちは、取り返しのつかない戦いを始めるところだった」

 

 あと少しビビの到着が遅れていれば。

 もし、ビビの声が届いていなかったなら。

 多くの人々の命が散る、凄惨な戦争が起こっていただろう。

 

「防げたこともあるが、失ったものは大きい。得たものなど一つもない」

 

 コーザの横で、コブラ王が声を上げる。

 

「だが、これは前進である! 我々は勝ったのだ! 疑心暗鬼に惑う暗闇の中で、かすかに見えた一つの光を目指して、あの場で同じ方向を向くことができたのだ!!」

 

 王は叫ぶ。

 この国が再び、興る日を迎えるために。

 

「誇れ、アラバスタ王国よ! 我々の国を思う気持ちは、その全てが本物だったのだから!!!!」

 

 直後。

 アルバーナから離れた砂漠で、巨大な爆発が起きた。

 偶然だったはずのタイミングだが、人々はそれがまるで王の奇跡のように見えている。

 さらに。

 

「…………これは……!」

 

 強大な爆弾によって生まれた熱と爆風によって起こる上昇気流は、天候にすら影響を与えたのだ。

 

「…………雨だ」

 

 枯れたはずの国に、雨が降り始めたのだ。

 誰もが求めた雨が。

 奪われ続けていた雨が、人々の元に帰ってきたのだ。

 

「夢か……?」

 

 呟くコーザへ、コブラは告げる。

 

「いや、現実だよ。これこそが彼らが命を賭けて掴み取り、守り切った未来なのだ」

 

 全ての戦いが、終結した。

 麦わらの一味が偉大なる航路(グランドライン)へ突入してから、いくつもの島を跨ぎ、続いてきた因縁に決着がついたのだ。

 

 

 秘密結社バロックワークスVS海賊『麦わらの一味』

 

 

 麦わらの一味の、完全勝利!!!

 

 




次回、幕間を一話挟んだらアラバスタ編最終話です。
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