麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第四十三話「夢を見るから」

 

「へェ……お前らが三千万と五千万の首か。麦わらのルフィと歌姫のウタ」

 

 値踏みをするような粘っこい不快な視線。

 気持ちの悪い声に、思わずウタは顔をしかめた。

 

「なんだ?」

「お前らに用みてぇだな」

「なんか嫌な感じね」

「ええ。それにベラミーって、さっきのホテルを貸し切ってたやつじゃ……」

「…………」

 

 ルフィの隣の席にやってきてベラミーはドッサリと腰を下ろし、

 

「おれに一番高ェ酒を。このチビにも好きなもんを」

 

 注文を受けて、店主はすぐに準備を始める。

 その途中、また別の男たちが入ってくる。

 

「なんだ……満席じゃねえかよ」

 

 先ほど、ルフィたちを汚えやつらだと金を目の前で捨ててみせたサーキースとその仲間たちだった。

 サーキースは近くに座っていた海賊を躊躇いなく斬りつけ、席を奪って腰を下ろす。

 

「席ぐらいすぐに空けろ。気が利かねえ奴らだ」

 

 酒場の海賊たちは、この程度の行為は日常茶飯事なのか、気にせずに酒を飲み続ける。

 と、ルフィとベラミーの前にグラスが二つ置かれた。

 

「まァ飲め」

「おお、ありがとう」

 

 ドリンクを飲もうとしたルフィの横で、ゾロたちが目を見開いた。

 直後。

 ドガァン! とベラミーはルフィの頭をカウンターに叩きつけた。

 木製のカウンターは簡単に砕け散り、ウタの横で木片が舞う中、ウタは微動だにせずに口だけを動かす。

 

「……剣を納めて、ゾロ」

「おい、ウタ。てめぇはこれだけあからさまに売られたケンカも買わねえのか」

「この町ではケンカしないって、ナミと約束したの。分かって、ゾロ」

「…………なら、仕方ねえ」

 

 ゾロは抜こうとしていた剣を納め、カウンターに座り直す。

 それを見て、ウタは穏やかな表情のまま、

 

「ごめんね、おじさん。カウンター、壊れちゃった」

「あ、ああ。構わねえさ、これぐらい……」

 

 言って、ウタは目の前のドリンクを少しだけ飲んで、

 

「うべー。やっぱり口に合わない……」

 

 なんて呑気にしているウタを見て、ビビは一つだけ問いかける。

 

「いいの、ウタ」

「うん。目的は、こんなくだらないことじゃないから」

「分かった。じゃあ、見てる」

 

 ウタとビビは、それだけの会話をして静かに座り続ける。

 その横で、ルフィがゆっくりと身体を起こした。

 

「おい、ウタ。こいつ……ぶっ飛ばすぞ……!」

「ダーメ」

「ハハハッ! そんなビビることはねえぜ、歌姫! お前たちが格下なのは分かってる。ケンカじゃなくてテストをしてやろうって言ってやってんだ!」

「うーん。なんだか長くなりそうだから、先に聞いておこうかな!」

 

 ウタは振り返って、酒場にいた全員に一斉に問いかける。

 

「ねえ! 私たち、空島に行きたいんだけど! 何か知ってることはない?」

「空島……??」

 

 一斉に酒場の空気が変わった。

 全員がゴクリの唾を飲み込み、あのベラミーすらも言葉を失っていた。

 そして。

 

「……ぷっ!」

 

 小さく吹き出した誰かを皮切りに。

 

「ギャハッハッハッハッハ!!!!」

 

 酒場にいた全員が、ルフィたちを嗤い始めたのだ。

 海賊たちはウタの言葉を肴にして愉快そうに酒をあおぐ。

 

「空島だと……!? うわっはっは!! 勘弁してくれ!」

「なんで? 記録指針(ログポース)はちゃんと上を指してるよ?」

「ひゃっはっはっはっは!! 記録指針(ログポース)ってのは、すぐにいかれちまうのさ!」

 

 嗤う海賊たちを、ウタは真顔で見つめる。

 

「何がおかしいの?」

 

 低い声で問いかけたウタに説明を始めたのは、ベラミーだった。

 

「お前がそんな大昔の伝説を信じているからさ……! 空島なんてのは、突き上げる海流(ノックアップストリーム)に巻き込まれて空から落ちてきた船を見た航海士が考えた空想さ!」

「自分で見たこともないのに、ないって決めつけるの?」

「そうやって夢を見た馬鹿どもがありもしねえ幻想に死んでいったんだよ!」

 

 ベラミーは椅子を倒しながら立ち上がり、ルフィとウタヘ吐き捨てるように言う。

 

「海賊が夢を見る時代は終わった! 黄金郷!? エメラルドの都!? 泡島に空島!? 大秘宝『ワンピース』!? そんなもんに目が眩んで足元の利益にも気付かねえ馬鹿どもは『あいつは夢に生きたんだ!』だなんて負け犬の戯言を残して死んでいくのさ!」

 

 ルフィもウタも、ベラミーの言葉に対して一切の反応を見せない。

 そんな言葉を信じていないというより、その言葉に興味自体がないような態度だった。

 

「そういう夢追いのバカを見てると、虫唾が走るんだ!」

 

 バリンッ! とベラミーは持っていた瓶でルフィの頭を殴りつけた。

 どさりとルフィは倒れ、飛び散った酒がウタの顔に飛ぶ。

 だが、二人とも何かを言うこともなく、ベラミーのやることを黙って受け止めていた。

 

「てめぇらみてえな軟弱な海賊のせいで、同じ海賊を名乗るおれたちの質まで落ちちまう! そうだろう、なあ!?」

「その通りだ、ベラミー! そんなやつら追い出せ!」

「この町から消え失せろ!」

 

 ジャッキや酒樽がルフィへと放り投げられる。

 ナミやビビは、飛んできたゴミたちを反射的に避けているが、ウタはそれを避けようとは一切しなかった。

 

「なんで何もやり返さないのよ、ルフィ、ウタ! 約束なんてもういいから、あんな奴らぶっ飛ばしてよ!」

「だってさ、ルフィ。でも、私はこのケンカ、買うつもりなんてないよ」

「ああ。おれもだ」

「な、なんでよ……っ!」

「私たちが海賊だから、だよ」

 

 ただそれだけ、ウタは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 酒場には、先ほどよりも多くの人が集まっていた。

 ベラミーの公開リンチ。

 それを聞きつけた野次馬たちがやってきたのだ。

 

「いいぞ、ベラミー! そんな夢見がちなアホどもはぶっ飛ばせ!」

「ギャハッハッハ! 夢見て海に出るからそうなるのさ! もっと現実を見な!」

 

 ルフィとゾロが、ベラミー一味から一方的な暴力を受けていた。

 ゾロは言うまでもなく血だらけであるし、打撃が効かないルフィでも、ビンやガラスで出来た切り傷から血が溢れている。

 

「なんでずっと見てるだけなの、ウタ! こんな奴ら、あんたたちなら……!」

「無駄だ、お嬢さん。こいつら、勝てねえと悟って立ち向かわねえと決めたのさ。利口だが、なんともみっともねえ判断だ……!」

 

 ウタはその言葉にも反応することはなく、ルフィから一時的に預かった麦わら帽子を深く被る。

 その表情は見えないが、いつものよく笑うウタではなかった。

 

「船長の面目もねえな! それに、こっちの女が五千万なんて、なんのミスだ!?」

「分かった! 政府の要人とあれこれしてる間に、聞いちゃいけねえ情報でも聞いて逃げてきたのさ! ここなら海軍は来ねえからな!」

「ぎゃははは! 女ってのは怖いねぇ!」

 

 嘲笑が響き渡る酒場で、ジョッキに注がれた酒を飲み干したベラミーは、ゆったりと二人の前に歩いてくる。

 

「おれよりも少し下の懸賞金だからどんなもんかと思って見てみれば……! 興醒めにも程があるぜ、まったくよ!」

 

 ルフィとゾロを殴り飛ばしたベラミーは、倒れた二人を見下ろしてツバを吐き捨てた。

 

「目障りだ! さっさと消えろ、雑魚ども!」

「……行こっか、ナミ、ビビ」

 

 ゆっくりと立ち上がったウタたちへ、サーキースが声をかける。

 

「おい、女どもよ! そんな奴らについてても先の時代についていけねえよ! おれがお前たちを買ってやろう! いくらがいい!」

「……! 買う、ですって……!?」

「そうさ。おれたちと一緒にこれからやってくる新時代を生きようじゃねえか!」

「…………新時代を……?」

 

 ピタリと、ウタの動きが止まった。

 その単語だけは、どうしても聞き逃すことができなかった。

 

「あなたにとって、新時代ってなに……?」

「さっきも言っただろうが! バカみたいな夢の宝じゃねえ、目の前にある確かな宝を手に入れるために海賊が生きる時代さ! おれたちは()()()()()()()()()()()()へ向けて、力を蓄えてるんだよ!」

()()()()()、か……」

 

 ウタは小さくため息を吐いた。

 心底興味がないという冷たい視線をベラミーへ向けて、ルフィとゾロを抱えたウタは、はっきりとこう言ってのけた。

 

「私たちはひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れて()()()()()()()()()()つもりだから。こんなところで誰かが何かしてくれるまで待つつもりはないの」

「…………!!」

 

 その言葉を聞いて、全員が一斉に目を見開き、笑い出す。

 

「ウワッハッハッハ!! こりゃ傑作だ! せいぜいおれたちの知らねえところで死んでくれ!」

「…………」

 

 返事もせずに去ろうとするウタの前に、サーキースがやってきた。

 その手には、ナイフが握られている。

 

「なあ、歌姫さんよ。どうせどこかで死ぬなら、おれたちにその五千万恵んでくれやしねえか!」

 

 ナイフを振り上げたサーキースは、ウタヘ向かって振り下ろしたが、

 

「退いて?」

 

 バチン! と小さな黒い火花が散り、サーキースはその場に倒れてしまった。

 ただ歩いてるだけのウタの前で崩れ落ちるサーキースを見て、ベラミーは笑う。

 

「おいおい! ちょっと酒を飲みすぎたんじゃねえか、サーキース! 誰か水をかけてやれ!」

 

 ゲラゲラと笑う海賊たちの横を抜けて、ウタたちは酒場から出た。

 ウタとビビは何も言わなかったが、ナミだけは悔しそうに薄らと涙を浮かべている。

 そんな一味たちに、先ほど聞いた声が響く。

 

「……空島はあるぜ」

 

 ムシャムシャと地べたに座ってチェリーパイを食べているのは、先ほどルフィとケンカをしかけた大男だった。

 

「おい、ねーちゃん。あんた、いい海賊だな。今の戦いは、お前たちの勝ちだ」

「勝ちとか負けとか、そういうのじゃないと思うけどな」

「ゼハハハ! 確かにそうだ! お前たちからすれば、戦いですらなかったな!」

 

 酒を飲みながら、大男は叫ぶ。

 

「あいつらの言う『新時代』ってのは、クソだ!」

 

 大男は大きく手を開いて、

 

「海賊が夢を見る時代が終わるって……!!?? えェ!!?? オイ!!!! ゼハハハ!!!!」

 

 

 

「人の夢は、終わらねェ!!!!」

 

 

 

「そうだろ!!!?」

「……うん、そうだね。夢を見るから、海賊だもん」

「ゼハハハ!! そうだよなァ! 力不足で歩みを止めて夢を見ようともしねえ馬鹿どもなんか、海賊ですらねえ! そりゃあ、同じ土俵にすら立ちたくねェよなァ!」

 

 叫ぶ大男を見て、周りの海賊たちは彼を嗤う。

 しかし、おかしなことを言っているのだと指を差す奴らなど気にも留めずに、大男は続ける。

 

「笑われていこうじゃねェか。高みを目指せば、出す拳の見つからねェケンカもあるもんだ!! ゼハハハ!!」

 

 大男が一人で大笑いをしているうちにルフィとゾロは自力で立ち上がり、踵を返して歩き始める。

 

「……行くぞ」

「うん」

 

 預かっていた麦わら帽子をルフィに被せると、ウタもその後ろを歩き出す。

 

「オオ、邪魔したみてえだな。先、急ぐのか」

 

 大男も満足したのか、残ったチェリーパイを持って立ち上がり、自分の道を歩く。

 

「行けるといいな、空島!」

「うん。ありがと!」

 

 小さく手を振ったウタは、迷いなく船へと歩いていく。

 

「ねえ、ウタ。あいつ、何者か分からないけど空島について何か知ってたんじゃないかしら」

「まあ、そうだね。でも、いいよ。それに……ね、ルフィ」

「ああ。()()()じゃねえ」

「何を言ってるの、ルフィ?」

 

 ナミの代わりに問いかけたビビへ、代わりにゾロが答える。

 

()()()()だ。……たぶんな」

「え? 今のやつに仲間がいたの!? どこに!?」

「きっと、そのうち分かるよ」

 

 ウタはそれだけ言って、メリー号へと戻る。

 ルフィとゾロも何も言わず、真っ直ぐに帰路を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 メリー号へ着くや否や、修理をしていたウソップたちが目を見開いた。

 

「お前らその怪我、何があったんだ!」

「た、大変だ!」

 

 チョッパーはあたふたとその場で走り回りながら叫び声を上げる。

 

「医者ァ〜〜〜〜っ!!!」

「いや、お前だろうが!」

「あ、おれ医者だった!」

 

 バタバタとメリー号を駆け回って、チョッパーは救急の道具を持ってくる。

 

「それにしても、何と戦ってきたんだ? お前らがこんな傷だらけなんて」

「海賊だ。でももういいんだ。済んだことだから」

「あんた達が済んだからって私の気は済んでないのよ!」

 

 ナミは苛立ちを隠せないのか、椅子に座ったままバタバタと手足を振り回す。

 

「男なら売られたケンカくらい買ってぶっ飛ばしちゃえばいいのよ! いっそこんな腹立つ町なんて吹き飛ばしちゃえばいいんだわ!」

「お前、最初に何て言った」

「過去は過去よ! 古い話をしてるんじゃないわよ! ハッ倒すわよ」

「まあまあ、そんな荒れないでよ、ナミ」

 

 仲裁に入ったウタへも、ナミは鋭い牙を見せる。

 

「ウタもウタよ! あなたならあいつらを制圧する方法なんていくらでもあったでしょ! なんで何もしないでルフィが殴られるの見てたのよ! あんたらしくないわよ!」

「わ、私たちは海賊なんだからさ! あんな奴らの相手なんてする必要ないよ!」

「埒が開かないわ! ビビ、あなたも何か言ってあげて!」

「これが……海賊……っ!」

「だからなんでちょっとワクワクしてるのよ!」

「いたいっ!」

「クエ〜!」

 

 ビビを守ろうとして間に入ったカルーへも、ナミは容赦なく詰める。

 

「いっそのことあんたが飛んで連れてってよ、空島!」

「ク、クエ……!?」

「ナミ! カルーは飛べないよ!」

「限界なんて超えなさい!」

「な、なんて無茶振り……!」

 

 ビビとカルーは怯えながら抱き合って船の端まで逃げる。

 それでも収まらないナミは、後ろを振り返った。

 

「もう、なんなのよ、一体!」

「必殺、ケチャップ星!」

毛皮強化(ガードポイント)!!」

 

 とばっちりを食らう前にウソップとチョッパーは守りを固めていた。

 ナミの怒りを鎮めるためのお供物にはまだ時間がかかるようで、サンジは厨房から出てこない。

 どうしたものかと一味のメンバーが困り果てている中、別行動をしていたロビンが帰ってきた。

 

「ずいぶん荒れてるわね。どうしたの?」

「あ、ロビンおかえり〜! どこ行ってたの?」

「服の調達と、空島への情報をね」

「そうよ、最初に空島を言い出したのはあんたじゃない! 本当は在りませんでしたなんて許さないからね!」

「うふふ。あるわよ、きっと」

 

 ロビンは笑いながら、ルフィとウタに一枚の地図を渡した。

 地図の左上にはジャヤと書かれているので、どうやらこの島の地図のようだ。

 

「西にある町がこの現在地であるモックタウン。そして、対岸の東にバツ印があるでしょ?」

「もしかしてこれ、宝の地図だったり!」

「残念だけど、そうではないわ。そこにはジャヤのはみ出し者が住んでいるらしいの」

「はみ出し者?」

 

 ルフィとウタが同じように首を傾げると、ロビンは説明を続ける。

 

「その者の名は『モンブラン・クリケット』。夢を語り、この町を追われた男。話が合うんじゃない?」

 

 こうして、空島を目指す麦わらの一味は、手探りながらも空島への手がかりを見つけるために一歩ずつ進んでいく。

 夢を嗤う町から、夢を語る男の元へ。

 

「よし、じゃあ行こう! そのモンブランって人のところ!」

 

 ウタは楽しそうに笑って、東の方角を指差していた。

 

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