麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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第四十五話「一億の二人」

 

 

 

 

 ベラミーとウタが睨み合う。

 その騒ぎに気づき、すぐにクリケットが飛び出してきた。

 

「おい! お前、余計なことすんじゃねえ! 相手が誰だか分かってんのか!?」

「知らない」

 

 きっぱりと、ウタは言った。

 

「相手が誰でも、関係ない」

「夢追いのバカは、どうしても目の前の現実を見たくねえみたいだな!」

 

 ベラミーはコートを脱ぎ捨て、屈伸を始める。

 それは、相手をもてあそぶための準備運動。そのことを知っている海賊たちは、ニヤニヤとウタとビビを見つめる。

 

「見てろ、お前ら。見栄とハッタリだけで上がった懸賞金だけで、五千万も稼げるビッグイベントだ!」

 

 ベラミーは深く膝を曲げる。

 すると、ふくらはぎがバネのような形へと変わり、凄まじい力を蓄え、それを一気に放出する。

 

「スプリング……狙撃(スナイプ)!」

 

 クリケットたち猿山連合軍は、その動きを目で追えなかった。

 気がつけばベラミーの姿は消えており、ただ横を通る突風だけを感じた。

 そして。

 

「ハハハハハッ! 随分と運がいいな、歌姫!」

 

 いつの間にか後ろへ立っていたベラミーは、ウタを睨みつけて声を上げる。

 ベラミーの放った高速のパンチは、ウタの横を通り過ぎたのだ。

 ほんのわずかに横に動き、ベラミーの攻撃をかわしたウタ、ポツリと呟く。

 

「単調で退屈なリズムだね」

「その減らず口、すぐに閉じさせてやる!」

 

 再び、ベラミーはバネバネの力でウタヘと襲いかかるが、また当たらない。

 今度も、その次も、ウタはいとも容易くベラミーの攻撃を避ける。

 そのうちに、ベラミーの仲間たちはこんな想像をし始める。

 

「……ベラミーの攻撃が、見極められてる……!?」

「んなワケあるか! こいつは格下なんだ……ッ!」

 

 ベラミーは、単調に地面を蹴って攻撃しているから、予測されているのだと判断した。なるほど、確かに自分に近い懸賞金をかけられるだけあるが、それだけで負けるつもりなどさらさらない。

 今度は角度をつけてウタヘ攻撃するために、手頃な壁を探し、とあるものを視界にとらえる。

 

「いいものがあるじゃねえか……!」

「あ、やめてよ! メリー号!」

 

 ベラミーは補強途中のメリー号を足場にして、ウタヘの攻撃を仕掛ける。

 その反動で、メリー号の船体にメキメキと亀裂が走り、ただでさえボロボロの身体がさらに壊れていく。

 

「嫌だってんなら、避けるだけじゃなくて止めてみやがれッ!」

「……うん。そうだね」

 

 空気が裂けるほどの速度で突撃してくるベラミーの動きを当たり前のように目で追いながら、ウタは言う。

 

「私は今まで、歌で世界を変えたいと思ってた。みんなを笑顔にできると思ってた。でも、それだけじゃ足りないって、クロコダイルと戦って分かった」

 

 思い出すのは、砂の国。

 圧倒的な力の前に、ビビと力を合わせても勝ちきれなかった。

 歌で笑顔にできるとしても、笑ってくれる人がいなければ、なんの意味もない。

 

「——なに……ッ!?」

 

 ウタはベラミーのバネバネの力で放たれたパンチを、黒く光る右手で受け止めていた。

 自分よりも懸賞金が上の海賊の攻撃を、平然とその手で受け止めたウタは、言う。

 

「強くならなきゃ、みんなを守れないんだ」

 

 アラバスタを抜けてから、強い自分をイメージしていた。

 今度こそ、最後までルフィの隣に立てるように。

 

「……ハハッ! おれとしたことが、女だからって無意識のうちに加減しちまったみてえだな!」

「いくらでも言い訳しなよ。命を懸ける度胸すらない人に、負けるつもりなんてないよ」

「——!!」

 

 ベラミーは再び勢いをつけて、ウタヘと殴りかかるが、その全てが受け止められ、どんどんとベラミーの顔が青ざめていく。

 

「てめぇ……! なんのつもりだ……!」

「ん? 準備運動」

「クソが……ッ!!」

 

 だが、その光景の意味を理解できていないベラミーの一味は、未だに余裕のある表情だった。

 

「ベラミー! 楽しませてもらったからそろそろ終わらせてくれよ!」

「ハハハっ! 余裕のある女の顔が絶望に染まる時間が一番楽しいんだよな!」

「うるせぇな……!!」

 

 ここまでくれば、ベラミーでも気づいていた。

 何の間違いもなく、ルーキーながら5500万ベリーの懸賞金をかけられたベラミーの全力の攻撃が、格下のはずの海賊に簡単に止められている。

 加えて、相手は『音楽家』なのだ。

 

「どういうことだ……! 何者だ、てめぇ……!」

「私はウタ。それ以上でも、それ以下でもないよ」

「そういう話はしてねぇんだよ!」

 

 ベラミーが叫んだと同時、真っ青な顔をした男がベラミーたちの元へ走ってきた。

 子分の一人なのだろうが、その手には三枚の手配書が握られていた。

 

「べ、ベラミー!! いますぐそいつから離れろ! そいつらは、おれたちが関わっていい相手じゃなかったんだ! 殺されるぞ!」

「んなことはどうでもいい! このおれが、こんな奴に負けるわけねぇだろ! こんな、パンチの打ち方も知らねえ弱そうな女に!」

「うん。知らなかったよ。だからちょうど、()()()()()()もあったんだよね」

 

 ウタは拳を掲げ、グッと力を入れる。

 すると、ウタの後ろに黒い霧が集まり始め……

 

「……って思ったけど、もう私の出番は終わりみたい」

 

 ウタが握った手の力を抜いたと同時、ビリビリとした圧力が辺り一帯を覆う。

 攻撃をする準備をしていたベラミーは、視線をその気配の根源へと向ける。

 

「——おい、お前ら」

 

 そこにいるのは、麦わら帽子の海賊。

 

「ウタに、手ェ出すなよ」

 

 どうして気づいたのかは分からないが、確かにルフィはパキポキと拳を鳴らしてそこに立っていた。

 チャンスだと、ベラミーは思ってしまった。

 

「——ハ、ハハッ! より格下が来てくれたんなら、これ以上ありがたいこともねえ! まずはお前からだ!」

 

 ベラミーは攻撃をする相手を、ウタからルフィへと変え、襲いかかる。

 

「お、おい! 待て、ベラミー! その麦わらも——!!」

 

 思わず手を伸ばした子分の手から、手配書が風に吹かれて飛ばされて、宙を舞う。

 そして、その手配書に書かれていたものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、ビビ様はなにをしていらっしゃるでしょうか……」

 

 心配そうに紅茶を飲むのは、髪をロールケーキのように巻いたアラバスタ王の側近、イガラムだった。

 紅茶好きなのは周知の事実だが、船に乗って旅立ったビビのことが心配でならないのか、何度も何度も細かく紅茶を口に運んでおり、カチャンカチャンとコップがリズミカルに音を鳴らしていた。

 

「世界の広さを知ってくれているさ」

「ええ。ビビ様には、立派な翼がありますからね」

「それに、強靭な爪も持っておられる」

 

 誇らしそうに、護衛隊のトップツーであるペルとチャカが笑う。

 彼らが見下ろすのは、復興が進み、活気を取り戻し始めたアラバスタの街並み。

 

「それにしても、よくあの海軍の包囲網をいとも容易く抜けていったものですね」

「只者ではないとは思っておりましたが、この懸賞金を見れば、それくらいはやってのけてしまうような二人だったのですね」

 

 彼らが囲むテーブルの中心には、三枚の手配書が置かれていた。

 

 

 麦わらのルフィ

 懸賞金 一億ベリー

 

 海賊狩りのゾロ

 懸賞金 六千万ベリー

 

 歌姫のウタ

 懸賞金 一億二千万ベリー

 

 

 たった三人でトータルバウンティが三億近くにもなる規格外のルーキー。

 そんな船に、アラバスタの王女が乗っているのだ。ビビの心配はもちろん、アラバスタ自体への不安も当然に存在する。 

 

「彼らはきっと、この先も進み続ける。その船にビビ様が乗っているという事実は、どうなさるおつもりですか?」

「数年後に来るレヴェリーに、出席できるかどうかも……」

「何も問題はない。王であるという地位と血筋を、政府は最も重視するのだ。本人が海賊をやっている王すらいる場で、娘が海賊かどうかで文句を言われる筋合いはない。それに、だ」

 

 アラバスタ国王、コブラは優しく笑い、街を見つめる。

 思い出すのは、ほんの少し前に広場に集まった多くの国民たち。

 誠実に夢を語り、この国を想い、海へ出た王女を人々は笑顔で見送った。

 

「アラバスタの民が、あの子の門出を祝ったのだ。これ以上に、何を求める」

「やはり、あなた方には敵いませんね」

 

 チャカが穏やかに微笑む。

 いつの間にかイガラムの紅茶を飲む手もゆっくりになっており、皆の間に包み込むような風が吹き込んでくる。

 

「きっと、この国に戻られるときには、ビビ様はさらに立派な方になられていることでしょうね」

「うむ。そのときこそ、本当の意味でアラバスタは再び興るのだ」

「ええ、きっと。いや、必ず」

 

 どこかで強く生きている王女を想いながら、アラバスタの民たちは今日も少しずつ、前へ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、麦わら! この海は弱肉強食! 賢く弱者を見つけて、強い俺たちが食い散らかすのさ! そうやっておれは、ハイエナと呼ばれてきた!」

 

 ベラミーの勢いは増していき、常人では目で追うことすら困難な速度にまで到達する。

 だが、ルフィもウタも、ビビでさえも、表情に変化はない。

 

「おめェらもそのホラ吹き一族の猿どもと同じだ! 幻想(ゆめ)は決して叶わねえって現実を教えてやる! この先の『新時代』を行く海賊ってもんを、教えてやる!」

「あなたみたいな人が、新時代を、海賊を語らないでよ」

「——なに?」

「まだ、分かんねえのか」

 

 タバコの煙を吐きながら言ったのは、クリケットだった。

 これまでの戦いを見て、ルフィたちへの心配など不要だと分かったのだろう。悠然とした態度で、彼は言う。

 

「幻想に喧嘩を売る度胸もねぇヒヨッ子なんざ、海賊の風上にもおけねぇ」

「自分の目で確かめてもないのに、勝手にないって決めつけたら、私たちはどこにも冒険なんていけないじゃんか」

 

 ウタの言葉を、ルフィは静かに聞く。

 だが、ベラミーは譲らない。

 

「馬鹿どもが! 何が黄金郷!? 何が空島!? 夢ばっか見てるアホに、おれが現実を教えてやる!」

 

 最高速まで到達したベラミーは、渾身の一撃をルフィへと向ける。

 そして。

 

「あばよ!!! 麦わ——」

 

 

 

 ドンッッッ!!!!

 

 

 

 ほんの一瞬で、勝負はついた。

 たった一撃。

 覇気すら纏わぬルフィの拳で、ベラミーは倒された。

 顔にはルフィの拳の跡が深く残っており、刈り取られた意識が戻る気配は微塵もない。

 

「……おい、ベラミー?」

「う、嘘だよな……?」

「いつものショーはどうしたんだよ!」

 

 状況がおかしいとようやく気づいたベラミーの一味は、子分の手から飛んできた手配書を取りとった。

 その全てが、ベラミーよりも高い額。

 なにより、あの赤と白の髪をした女は……

 

「悪さをするな、なんて言わないよ。私たちは海賊だから」

 

 破竹の勢いで駆け上がったルーキーのベラミーと同じはずなのに、その倍額以上の懸賞金がかけられている。

 その意味を、ようやく知った。

 

「夢を語らなくなった海賊が、偉大なる航路(グランドライン)を進めるわけなんてない」

 

 これが、現実だった。

 力が全てだと言うのなら、彼らにこの言葉を否定することはできない。

 そして、ルフィもそれに続く。

 

「時代は終わらねえよ。()()()()()()()()んだ。邪魔すんな」

「ひ、ひぃいいいい!!!」

 

 腰が抜けた海賊たちは、慌ててベラミーを回収して逃げる準備を始めるが、

 

「ま、まぐれだ、こんなの……!!」

 

 目の前の現実を受け止めきれないサーキースは、大振りのナイフを取り出して、ウタヘと襲いかかる。

 

「そんなに強えってんなら、受け止めてみろよ!」

 

 勢いよく振り下ろされたナイフは、真っ直ぐにウタの首へと振り下ろされるが、

 

「ねえ、ウタ。ここから先は、私に任せてもらえるのよね?」

「うん。ありがと、ビビ」

 

 ガキンっ……!! と。

 鋭い切れ味を持つはずのナイフが、二つに折れて宙を舞っていた。

 それを受け止めたのは、強靭な爪。

 

「お前、能力者……!?」

「私の牙や爪と、あなたの武器。どっちが鋭いか確かめてみる?」

「あ、うわぁあ……っ!!!」

 

 有翼の獅子へと姿を変えたビビの迫力に押され、サーキースはその場に尻餅をつく。

 バタバタと逃げ出す海賊たちに向かって、空中に飛び上がったビビは大きく翼を動かす。

 

逆風(ランバック)

 

 猛烈な風が吹き、ベラミーの海賊船が大きく揺れる。

 だが、それでも彼らは偉大なる航路(グランドライン)へ入った海賊。必死に船を操作し、海へと出ようとするが、

 

炎嵐(フラムース)

 

 ふぅ、とロウソクの火を消すような動作で吐いたビビの吐息が、炎となって風に乗り、大きな炎の竜巻となって海賊船を襲う。

 

「に、逃げろ!! 飲み込まれる!」

「加減したつもりよ。さっさと、私たちの船から離れてちょうだい!」

「う、うわあぁぁぁあああ!!!!」

 

 関わってはならない相手を敵に回してしまったのだと気づいたベラミーの一味たちは、ビビが作った炎の竜巻から必死に逃げ始める。

 そして、逃げていくベラミーたちの船を見つめながら、ウタは舌を出して、

 

「べーっだ! おじさんたちの金を奪わせてたまるかっての!」

「……ありがとな、お前ら」

 

 自分たちでは守りきれなかったと分かっているクリケットは、頭を下げるが、

 

「いいよ、そんなこと! それよりも!」

「ああ、そうだな!」

 

 ルフィとウタは、同時に空を指差した。

 

「「早く行こう! 空島っ!」」

「…………ウワッハッハッハ!!! そうだな! 早く準備をしねえと朝が来ちまう!」

 

 ゲラゲラを笑いながら、クリケットはマシラとショウジョウに指示を出し始める。

 そして、そのうちに南から不思議な鳴き声が聞こえてきた。

 

「ジョ〜〜〜〜〜〜」

「なにこの変な声!」

「あ、鳥だ! 捕まえてくれたんだな!」

 

 ルフィが先に戻ってきたものの、一味たちは無事にサウスバードも捕まえてきたらしい。

 これで、ルフィたちがやるべきことは全て終わった。

 

「よし、あとはおれたちに任せな! ゆっくり休んで、明日に備えろ!」

「おー!!」

 

 更けた夜はさらに深く更けていくが、麦わらの一味は明日への希望と冒険への期待に胸を膨らませ、笑顔で眠りにつくのだった。

 

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