麦わらの一味「歌姫のウタ」   作:さとね

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お久しぶりです。
生きてます。


第五十七話「神の裁き」

「お前たちはまだ、神という存在の意味を理解していないようだ……!」

 

 絶望が、立ち上がる。

 口から溢れた血を拭い、倒したはずの敵はさも当然かのように仁王立ちをしていた。

 

「……ハァ……! ハァ……!!」

 

 肩で息をするのは、神・エネルと向き合うウタとワイパー。

 ウタウタの実に宿る『ナニカ』の右腕による攻撃による消耗は、本人の想像を超えるものだった。

 

 真っ直ぐに立つことすらままならず、気を抜けばいつ倒れてもおかしくないほどの満身創痍。

 ワイパーも本来ならば一度でも身体が持たないと言われている排除貝(リジェクト・ダイヤル)を複数回使用したことの反動で、右腕が小刻みに痙攣を繰り返していた。

 

 戦力は乏しい。

 ロビン、ゾロは倒れ、ビビは大蛇(ウワバミ)に飲み込まれたきり帰ってくる気配がない。

 ルフィは依然として行方不明のままで、このままではエネルの一振りで勝負は決する。

 

「このままじゃ……」

 

 小さくウタが呟いた直後、真上から大きな翼が風を切る音が響いた。

 

「空の騎士である……ッ!」

 

 かつてスカイピアの神であった老騎士、ガン・フォールが愛馬ピエールに乗って戦場へと赴いた。

 

「ヤハハ……! スカイピアの幸福を望む老いぼれか……!」

 

 エネルは眼中にないという顔でこちらへと視線を移した。

 

「ひたすらに故郷を望む戦士……黄金を狙う青海の盗賊ども……まったく、悩み多きことだ」

 

 穏やかに語るエネルに対して、ガン・フォールが声を上げる。

 

「貴様の目的は一体なんなのだ、エネル!」

「還幸だよ、ガン・フォール」

 

 端的に、エネルは答えた。

 

「私には還るべき場所がある。私の生まれた空島では、神はそこに存在するものだとされている」

 

 エネルは遠くを見つめながら、両腕を広げた。

 

限りない大地(フェアリーヴァース)と呼ばれるそれは、その名の通りの見渡す限りの果てしない大地……!!! それこそが私の求める夢の世界!!! 私にこそふさわしい大地なのだ!! 神の島(アッパーヤード)のようなちっぽけな大地(ヴァース)を何百年も奪い合うなど、あまりにもくだらない!」

 

 顎を軽くあげ、エネルはこちらを見下すように睨みつけた。

 

「雲でもないのに空に生まれ、鳥でもないのに空に生きる。空に根付くこの国そのものが、土台不自然な存在なのだ。土には土の、人には人の、神には神の、還るべき場所がある」

 

 エネルは、この空島という存在そのものを否定していた。

 空は人の住む場ではないと、そう告げるエネルの真意にいち早く気付いたのは、ガン・フォールだった。

 

「まさか、キサマ……!」

「そうだ。全ての人間を、この空から引きずり下ろしてやる」

「何……!!」

 

 その場にいた全員に緊張が走る。

 絶対的で圧倒的な力。それを持つエネルの目的を、ガン・フォールは口にする。

 

「国を消す気か……!」

「それが自然の道理……!」

「思い上がるな、エネル! 人の生きる世界に、神などおらぬ!!」

 

 激昂したガン・フォールは、鉄の槍を構えてエネルへ向かう。

 対して、エネルの表情から余裕は消えない。

 

「そういえば、神隊だが」

「——!!」

「私の目的を伝えたら血相を変えて挑んできたのでな。このように、遊んでやったよ」

 

 心網(マントラ)によってガン・フォールの攻撃を容易く避けたエネルは、両手の人差し指を伸ばして老兵の頭の上下にその手を添えた。

 

「2000万V……放電(ヴァーリー)!!」

「悪魔、め……」

「この世に神はいるぞ、ガン・フォール」

 

 強烈な電撃によって最も容易く倒されてしまったガン・フォールを見下ろして、エネルは言う。

 

「私が、神だ」

 

 ドサリ、とガン・フォールが崩れ落ちる。

 疲労と激痛でその姿を見つめることすらできなかったウタとワイパーは、その様子を唇を噛み締めながら見つめていた。

 

「エネル……!」

 

 鋭く睨みつけるウタの眼光を無視して、エネルは周囲を見回した。

 

「ふむ。あと邪魔なのは……」

 

 エネルが視線を移したのは、巨大な大蛇(ウワバミ)だった。

 黄金郷の遺跡での戦闘の片隅で立ちすくみ、ボロボロになったシャンディアの故郷を見つめ、その大蛇(ウワバミ)は細く長い涙を流していた。

 

「ジュララララ……」

「鬱陶しい蛇め!!」

 

 エネルは右腕を形の曖昧な雷へと変化させ、大蛇(ウワバミ)の頭上へとそれを伸ばす。

 そして、余裕そうな笑みを浮かべたまま、腕を振り下ろした。

 

神の裁き(エル・トール)!!!」

 

 たった一撃で、大蛇(ウワバミ)の身体は焦げ、遺跡にもたれるようにその場に巨大な身体を沈めた。

 

「さて、これで私を含めて五人だな」

「……は?」

「サバイバルゲームだよ。私が設定した時間までに五人が立って残っていると予想した」

 

 この場に残っているのは、ウタ、ワイパー、アイサ、そしてエネル。

 目視できるのは四人で、もう一人の候補はビビだ。エネルはその目で大蛇(ウワバミ)に捕食されたビビを目撃している。

 ビビがいるという想定で意識を集中させれば、確かになんとなく生きている誰かの気配は感じられる。

 それも踏まえて、エネルは五人と判断したのだろう。

 

「ヤハハハ! よくぞ生き残った! これから私が旅立つ夢の世界、限りない大地(ウェアリーヴァース)へ、お前たちを連れて行こうではないか!」

 

 両手を大きく広げ、エネルは高々と笑う。

 

「私はこれよりそこに紛れもない神の国を建国しようというのだ。その地に住めるのは選ばれた人間のみ!」

 

 エネルはこの場にいる四人を力ある者だと判断した。

 

「そこの大蛇(ウワバミ)の中にいる女も面白い力を持っている。そこらへんの神官よりも強いことは明らかだ」

 

 焦げた大蛇(ウワバミ)を一瞥したエネルは、再びウタたちへと視線を戻す。

 

「さあ、それぞれ私に一撃を入れた二人と、私やそこの小娘には至らずとも、その若さでハイレベルの心網(マントラ)を使う少女よ。わたしの神の国へ、来るがいい」

 

 対して、三人は口を揃えてほぼ同時に言った。

 

「「「断る」」」

 

 彼らの目的はただ一つ。

 

「島の唄を届けるために、私たちはここにいる」

「ふむ……? 大鐘楼のことを言っているのか」

 

 かつて空島に神の島(アッパーヤード)が現れたとき、そこには島の唄が響いたとされている。

 その唄は、巨大な鐘の音に乗せて響いたという話は、この空島にいる者ならば全員が知っていること。

 

「だが、残念だな。その大鐘楼は私の限りない大地(フェアリーヴァース)への道のりの糧となる予定だ」

「ならばなおさら、ここでお前を倒さなければならない」

 

 ウタと最初に出会ったときも踏まえれば、すでに排除(リジェクト)を複数回も打っているワイパーの身体は、すでにボロボロだった。

 しかし、それでもその眼に宿る闘志は一切の濁りを見せず、

 

「お前が、邪魔だ」

「その心意気は、認めよう。だが、相手が悪い」

 

 エネルは背中から生えた太鼓をポン、と叩いた。

 バチ、バチバチ、と。

 太鼓そのものが鋭いクチバシを持つ怪鳥へと変化していく。

 

「3000万V……電鳥(ヒノ)!」

 

 満身創痍のワイパーには、高速で迫る雷の鳥を避けるほどの余力が残ってはいなかった。

 

「ワイパーッッ!!!」

 

 唇を噛み締めながら、ウタは両手を掲げた。

 

(もう、身体の強化をする体力もアレ(・・)を呼び出す余力もない……! でも……!)

 

「出てよ……!」

 

 ウタウタの実の力を応用した、幻想でできた黄金のハンマーを振りかざすウタだが、見聞殺しを使う体力が残っていない以上、心網(マントラ)を使えるエネルに分がある。

 

「安直で、愚直。あまりにも容易く避けられるぞ」

「それで、いい……!」

 

 大胆な空振りをしてウタが狙っていたことは、エネルを誘導することだった。

 

「お願い、ワイパー!」

 

 常人ならば死んでもおかしくないほどの雷撃を受けて、それでもなお途絶えることのない心臓と闘志の音を、ウタだけは聞き取っていた。

 

「これで壊れても構わない! お前をここで落とせるのなら……ッ!」

 

 ワイパーが構えたのは、排除貝(リジェクトダイアル)

 ほんの数分前にエネルの心臓を止めるまでに至った、空島の最大火力の武器を構えた。

 

「ふむ。もう一度それを受けるのは、さすがに危険だな」

 

 エネルの表情から、余裕は消えない。

 ワイパーの攻撃に対してエネルが行ったことは、左肩にある太鼓を金棒で叩くことだっけだった。

 

雷獣(キテン)!!」

 

 今度は、太鼓が雷の狼となって現れた。

 

「差し違えたって、おれは構わな——」

「違うッッ! ワイパー!!」

 

 先に気づいたのは、ウタだった。

 遅れて、ワイパーが勘付く。

 

「おれを、狙っていない……!?」

「この場にいる限りは、性別も年齢も関係なく、ただ戦士という属性のみを持つのが貴様たちである」

「…………ぁ」

 

 ワイパーとウタが視線を向けたのは、恐怖に腰を抜かしてその場に座り込むアイサだった。

 

「卑怯だぞ、エネルッッ!!」

「ならば正々堂々一対一で戦うくらいの誠意を見せてみろ。多対一を許すのなら、誰を狙うかも私の自由だ」

 

 あの雷撃の威力を身をもって知っているワイパーは、それが一撃でアイサの命を奪うものだと瞬時に理解した。

 アイサを犠牲には、できない。

 

「アイサッ!!」

 

 エネルが生み出した雷の獣へ、ワイパーは自ら突進していく。

 

「ぐ、ぁぁあああああ!!!」

 

 全身が炙られたように焦げたワイパーは、その場に崩れ落ち、意識を失ってしまった。

 そして。

 

「余計な馴れ合いが、貴様らを殺すのだ」

 

 肩で息をしながら、ウタはアイサの前に立つ。

 

「この子は、絶対にやらせない」

「ふむ。強情だな」

 

 エネルはうんざりしたように、ウタに向かって手をかざす。

 

「ならば、二人まとめて葬ってやろう」

 

 エネルの意図を察したウタは、アイサを守るように抱きしめ、覆い被さった。

 直後。

 

神の裁き(エル・トール)

 

 強大な光の柱が、天からウタたちに襲いかかった。

 空気の弾ける音とともに、地面ごと彼女たちを貫く。

 

 光の柱が消え去って残ったのは、大きく空いた穴と、バリバリ、という小さな音だけ。

 

「良き人材ではあった、が。この程度で終わるのならば、私一人でも構わんな」

 

 ぽっかりと空いた穴を見下ろして、エネルは小さく呟き、踵を返す。

 

「行くか。我が方舟、マクシムへ」

 

 バリッ! という音とともに、エネルはその姿を消し去った。

 

 

 

 

 

 

 静謐に満ちたシャンドラ遺跡の中心。

 抉られたような穴の底で、小さな音が鳴る。

 

 バリ、バリ。

 

 ほんの僅かで、敵意すら感じられないほど小さい、黒い火花。

 全身に火傷を負って黒く焦げた、ウタから漏れ出しているものだった。

 ウタにはもう意識はなく、それはもはや本能のみで生み出している意地にも近い何かであった。

 その黒い火花も、倒れるウタから次第に消えていき、完全なる沈黙が訪れる。

 わずかな鼓動のみで、ぐったりと横たわるウタの身体が、モゾモゾと動く。

 シャンディアの少女、アイサだった。

 

「なんで……」

 

 アイサは涙を流しながら、身体を震わせていた。

 

「なんで、会ったばっかりのあたいのために……!」

 

 アイサの身体には、電撃による傷は一つもなかったのだ。

 自分が無事であることが、隣で気を失っている赤と白の髪をした彼女のおかげであることを、アイサは理解していた。

 

 それはウタにとっては、賭けであった。

 エネルの電撃を受けても、鍛えているウタやワイパーならば気絶程度で耐えられる。

 しかし、アイサの幼い身体は耐えられない。

 加えて、エネルは女子供だからと手を抜くような甘い敵ではない。

 故に、守った。

 抱きしめ、電撃の衝撃をその身で全て受け止め、絶え絶えになった意識の中で、それでも決して気を失うことなく。

 

 さらに、それだけでは終わらなかった。

 エネルは聡明で、用心深い。

 ほんの少しの敵意や警戒心があれば、心網(マントラ)によって気づかれてしまう。

 

「あの、黒いバリバリってやつが、守ってくれたんだ……」

 

 エネルの攻撃が終わってもなお鳴っていた雷のような音は、エネルの電撃ではなかった。

 ウタが見聞殺しによって、アイサの恐怖心や警戒心を悟られないようにするための障壁を作り上げた。

 エネルが去るその瞬間まで、心網(マントラ)を欺き切ったのだ。

 曲がりなりにも心網(マントラ)を使うことのできるアイサだから、感じ取った。

 どれほどの覚悟で、彼女がアイサを守ろうとしてくれたのか。

 

「まだ、息はある……!」

 

 負けていないと、アイサは思う。

 自分を守ってくれた彼女の覚悟と意思は、エネルの野望なんかよりも尊く気高いものだと、そう思う。

 

「アタイが、助けないと……!」

 

 肩掛けのバッグの中に詰め込んだなけなしの応急道具を取り出して、傷だらけのウタの治療をしようと動き出した。

 その、直後。

 

「うお〜! 外だァ〜!!」

 

 大きな声が聞こえた。

 横を見れば、エネルの電撃によって倒れた大蛇(ウワバミ)のぱっくりと開いた口から、麦わら帽子を被った青年が両手を上げて叫んでいた。

 その後ろから、青髪の女性がやってくる。

 

「やっと、出れた……!」

「ビビ!!」

 

 アイサは安堵の声を上げ、ビビの元へ走り、抱きつく。

 

「アイサ! 無事だったの!?」

「うん。この人が、助けてくれて……」

 

 アイサが振り返ると同時に、ルフィとビビがこの遺跡で起こった惨劇を目の当たりにした。

 瞬く間に、ルフィとビビの表情が強張っていく。

 

「…………」

 

 ルフィはエネルの攻撃によって出来た穴の底で倒れるウタを見つめて、ゆっくりとその側へと歩いていく。

 

「……生きてる、みたいだな」

 

 意識を失ったウタの頭を優しく撫でるルフィの表情は、ビビからは見えない。

 しかし、その後ろ姿から溢れる激しい怒りは、痛いほど伝わってきた。

 

「ビビ。これ、やったの誰だ」

「エネルよ。一度やられたから、分かる」

 

 即答したビビの言葉に、ルフィは小さく頷いた。

 

「……そうか」

 

 ゆっくりと立ち上がったルフィは、首をコキンと鳴らした。

 

「じゃあ、ぶっ飛ばしに行くぞ」

 

 当てもなく歩き出そうとしたルフィの肩に、ビビが手を当てた。

 

「ち、ちょっと待って! 行くって言っても、 あいつがどこにいるか……」

「分かるよ」

 

 ピタリと、ルフィとビビの動きが止まった。

 

「アタイ、分かるよ。あいつの場所」

 

 アイサの持つ心網(マントラ)はエネルほどまではいかないが、ウタとほぼ同レベルのものに仕上がっていた。

 目をつぶり、音に耳を澄ましたアイサは西を指差した。

 

「あっち。あっちに、エネルは向かった」

 

 ルフィはにやりと笑った。

 

「よし! おれをそこへ、連れていけ!!」

「うん! アタイもこの人に助けてもらったままなんて、嫌だ!」

 

 ルフィの横に並んだアイサを見て、ビビはネコネコの実の能力を使って背中に翼を生やした。

 

「なら、私が二人を乗せて飛ぶわ」

「いや、ビビはウタを頼む。おれたち二人を乗せたら、上手く動けねえだろ」

「それは、やってみないと分かんないけど、でも!」

「頼む、ビビ」

 

 それだけ、ルフィは言う。

 

「……ルフィ」

 

 心配なのだ。

 誰よりも、ウタのことが。

 本当はずっと側にいてあげたいはずなのに、エネルを止めるという目的を達成するまでは止まれないと分かっているから、ルフィは進むのだ。

 

「分かった。ウタが大丈夫そうなら、すぐに合流する」

「おう。ありがとう」

 

 踵を返したルフィは、アイサを持ち上げて肩に乗せる。

 

「行くぞ、アイサ!」

「……! うん!」

 

 黄金の鐘と島の唄を巡る戦いは、最終局面へと向かおうとしていた。

 

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