ようこそYAMA育ちがいる教室へ   作:tの7乗

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失踪するかも。忌憚無き感想を御願いします。


入学式

4月。日本各地で入学式、入社式などが執り行われている時期だ。

 

現在私はこの春から入学する学校に向かうバスの中で、小規模な通勤ラッシュに巻き込まれていた。

 

私が乗った時点では早い時刻だったこともあり、まだ2、3人しか乗客は居なかったのだが…

 

目的地に近づくにつれ、乗り込む人数が増えていき座席は全て埋まってしまった。

 

先程乗り込んできた杖をついた老婆は、もう脚に限界が来たのか、手摺を掴んでいるもののふらついている。

 

気の毒なことに本来彼女が座るはずの優先席には、金髪で体格の良い男が我がもの顔で座っている。

 

優先席とはこのような状況下で機能するべき代物であるというのに。

 

私はソレが少し気に障った。

 

と、ここで車内の沈黙が破られた。

 

「席を譲ってあげようって思わないの?」

 

働き盛りといった風の若い女性が優先席の彼にそう言い放った。

 

「そこの君、お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

彼女はどうやら老婆を気遣って、金髪の彼から優先席を譲ってもらおうとしているようだ。少し高圧的な物言いである気もするが。

 

「実にクレイジーな質問だね、レディー」

 

彼はニヤリと余裕が感じられる笑みを見せて足を組み直した。

 

「何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい?どこにも理由はないが」

 

「君が座っている席は優先席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」

 

「理解ができないねぇ。優先席は優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断することなのだよ。若者だから席を譲る?ははは、実にナンセンスな考え方だ」

 

席の一つや二つ、そこまで言われたら譲ってやってもいい気がするのだが。何故彼はこうまでもたかが座席に執着するのか?大衆に埋もれていたい私には理解できなかった。

 

「私は健全な若者だ。確かに、立つことに然程の不自由は感じない。しかし、座っている時よりも体力を消耗することは明らかだ。意味もなく無益なことをするつもりにはなれないねぇ。それとも、チップを弾んでくれるとでも言うのかな?」

 

「そ、それが目上の人に対する態度⁉︎」

 

「目上?君や老婆が私より長い人生を送っていることは一目瞭然だ。疑問の余地もない。だが、目上とは立場が上の人間を指して言うのだよ。それに君にも問題がある。歳の差があるにしても、生意気極まりない実にふてぶてしい態度ではないか」

 

「なっ……!あなたは高校生でしょう⁉︎大人の言うことは素直に聞きなさい。」

 

「も、もういいですから」

 

トラブルが大きくなることを恐れてか、老婆が女性の方を止めに入った。事実、ここまで言っても席を譲る気がないならもう何をしようと変わらないだろう。そして、老婆が女性を止めに入った事で彼女は男に説教する大義名分を失った。

 

「どうやら君よりも老婆の方が物わかりが良いようだ。いやはや、まだまだ日本社会も捨てた物じゃないね。残りの余生を存分に謳歌したまえ。」

 

女性が突っかかってくることもないだろうと確認し、男は爽やかな笑みを見せた後イヤホンを耳につけて音が漏れるのも気にせず大音量で音楽を聞き始めた。

 

老婆が止めに入ったこともあり、女性は怒りは治まったようだが、高校生にいいように言いくるめられたことへの悔しさと老婆に気を遣わせてしまったことへの申し訳なさから今にも泣き出しそうな顔った。

 

「すみません……」

 

女性は必死に涙を堪えながら、老婆に謝罪の言葉を絞り出すように囁いた。

 

バスの中で起きた小さなトラブル。私は、勝手に話題に持ち上げられ結局席に座ることができなかった老婆への同情や、勇気を出して進言しようとしたにもかかわらず途中で大義も失い途方に暮れた女性への憐憫以上に、最後まで堂々と自身の意見を貫き通した男への共感を抱いた。周囲からの同調圧力に流されず、自身の価値観を通すことは一個人が悔いのない生き方をする上で重要だ。その上で、法令にも気をつけているのだから、十分ではないだろうか。

 

この騒動は彼の勝利で終わったと思ったその時、

 

「あの……私も、お姉さんのいう通りだと思うな」

 

声の主は同い年くらいの女子であるようだ。思い切って勇気を出した様子で男へと話しかけた。

 

「今度はプリティーガールか。どうやら今日の私は思いのほか女性運があるらしい」

 

「お婆さん、さっきからずっと辛そうにしているみたいなの。席を譲ってあげてもらえないかな?その、余計なお世話かも知れないけど、社会貢献にもなると思うの。」

 

パチン、と男は指を鳴らした。

 

「社会貢献か。なるほど、中々面白い意見だ。確かにお年寄りに席を譲ることは、社会貢献の一環かもしれない。しかし残念ながら私は社会貢献に興味がないんだ。私はただ自分が満足できればそれでいいと思っている。それともう一つ。このように混雑した車内で、優先席に座っている私をやり玉にあげているが、他にも我関せずと居座り黙り込んでいる者たちは放っておいていいのかい?お年寄りを大切に思う心があるのなら、そこには優先席、優先席でないなど、些細な問題でしかないと思うのだがね。」

 

どうやら女子の言葉も全く相手にされていないようであった。しかし、彼女はそこで終わることはなく、

 

「皆さん。少しだけ私の話を聞いて下さい。どなたかお婆さんに席を譲ってあげてもらえないでしょうか?誰でもいいんです、お願いします」

 

その女子は臆することなく真剣に乗客へと訴えかけた。どうやら、彼女は倫理的に正しいと思えることをはっきりと口にできるたちのようだ。また、大勢を相手に話すことにも慣れているようだった。

 

周囲の様子を視線だけで伺ってみると、見て見ぬふり、或いは迷いを見せる人たちの二極であった。

 

私は、先程からもどかしさを感じていたため、この機を利用して胸中の蟠りを解決することにした。

 

「おい、そこの男。私と席を交換しないか?」

 

唐突で女子の懇願からもズレた私の発言に、女子や女性をはじめとした乗客たちは唖然とした様子を見せた。

 

男も私の発言の意図が掴めなかったらしく、

 

「何故わざわざ私が席を移動しなければならないのだね?君の要求は合理性に欠けると思うがね」

 

とキザな笑みを崩さず、片眉を上げてそう至極真っ当な質問を返してきた。

 

「そこの女性や女子の主張は優先席には老婆が座るべきだというもので、お前の主張は立つとより体力を消耗するために席に座っていたいというものだ。お前が、私の席に座り、老婆が優先席に座れば両者の主張は通るのだが、どうだろうか。」

 

「面白い発想だね、クレイジーボーイ。だが、君には得がないように思えるが、何故わざわざそんな事をしようと思ったのかね?社会貢献に興味があったのかい?それに席を交換するという面倒な手順を踏まずとも、君がそのまま老婆に席を譲ってもよかったのではないかい?」

 

「いや。私も社会貢献にはあまり興味はない。ただ、通常の席とは区別して特別に『優先席』として設置されているならば、本来の用途通りに使うのが道理だと思っただけだ。」

 

男は笑みを一層深めた。

 

「フハハハ。君のユニークな回答に免じて、その提案に乗ってあげようじゃないか、クレイジーボーイ。では老婆よ、私に席を譲らせたのだ。大いに休息を取りたまえ。」

 

そう高らかに宣言して男は席を立った。私もそれに応じて席を立ち、男と狭い通路をすれ違った。そうして優先席の前まで進み、

 

「そういうことだ、御老体。私は乗車した時に席が空いていたから座ったというだけで、特に座っていたい訳ではない。身体が辛いのであれば、憂慮せずに座るといい。」

 

と言って老婆に空いた優先席を指し示した。

 

「ありがとうございますっ!」

 

女子は満面の笑みを浮かべ、そう私に感謝を告げた後、混雑を掻き分け老婆を席に誘導し始めた。

 

老婆はやっと足を休ませることができるという安堵と席を譲った私への純粋な感謝が入り混じった笑顔を向けてきた。特別拒絶する理由もないため、感謝の念は受け取ることにした。私は老婆に軽く会釈を返して通路の端に寄った。

 

その後、バスには微妙な空気が流れたりもしたが、数分も経てば皆何事もなかったかのように、読書や音楽プレイヤーにスマホなど各々の作業に戻っていた。

 

そこから10分程バスに揺られ、とうとう目的地に到着した。近くの出口から降りて前方に意識を向ければ、そこには見事な校門が鎮座していた。

 

小説では、桜舞い散る校門という情景が登場人物たちの新たに始まる学生生活への期待を象徴しているということであったらしいが……。

 

確かに、言われてみればそのような趣がないわけでもない。何か今の自分では予想もつかないような出来事に遭遇しそうだ。なるほど、コレが俗に言う出会いの予感というやつか、と納得していると

 

「ねぇ、そこの君、さっき席を譲ってくれた人だよね?」

 

先ほどの女子が話しかけてきた。

 

「優先席じゃなかったのに、わざわざ席を移動してくれてありがとうね。お婆さんとっても嬉しそうだったよ!」

 

「あれは私の意志でしたことだ。礼の必要はない。」

 

「そんな謙遜しなくても良いのに。お婆さんも私もスーツのお姉さんも本当に君のお陰で助かったんだよ。改めてお礼を言わせてほしいな。私たちのために行動してくれてありがとう。」

 

「……。」

 

彼女はどうやら私が素直に礼を受け取るまで引いてはくれなさそうだ。

 

「分かった。そこまで言うならお前の感謝の気持ちを受け取ろう。お前たちにとって好都合だったのであれば良かった。」

 

「フフッ。やっと、感謝を受け取ってくれたね。私は櫛田桔梗。クラスがどうなるかはまだ分からないけど、これから三年間よろしくね。」

 

名乗られたら名乗り返した方が良いのだろうか?

 

「私は伊月宗次郎だ。世情に疎いところもあるが、よろしく頼む。」

 

どうやら、彼女がこの学校で初めての知り合いになるらしかった。私に友人など一度もできたことはないが、想定に反し、いきなりコミュニケーション能力が高そうな口の回る女子との人脈を得ることができた。お世辞にも私は他人とのコミュニケーションが得意とは言えない。彼女から学ぶことは多そうだ。

 

友人作りというのは、私の関心の対象でありつつ、この学校で達成するつもりの目標にも関わってくる。その目標というのは『「普通」に溶け込むこと』だ。私には、「普通」な言動に関する知識は多少備わっていても、経験は圧倒的に乏しい。寧ろ人生のほぼ全てを俗世とは隔絶した世間一般では「異常」と呼ばれるような環境で過ごしてきた。それを自覚したのもつい最近「普通」の世界に足を踏み入れてからだ。

 

私が書籍から得た知識では、友人とはお互いに似たもの同士であり、一緒に何かをして楽しむ相手であるらしい。しかし、楽しむとは言っても何をすれば良いのかさっぱり見当もつかない。また、似たもの同士とあるが、「普通」な世界に果たして私と同類の「異常」な者が居るだろうか?

 

現に、櫛田は人当たりが良く、誰からも好かれそうな知り合いとして好ましい人物ではありそうだが、私の仲間・友人とはなり得ないだろう。何故なら、彼女は最後まで私が席を譲った理由を、善意からのものだと勘違いしているからだ。彼女では私を理解することはできないだろう。私はただ、『全ての「モノ」は、その存在意義を全うするべき」という自身の中の正義に従っただけだというのに。

 

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