隻翼のドラゴンライダー   作:高田正人

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第40話:シャドーロール

 

◆◆◆◆

 

「紳士淑女の皆様方! 私たちの待ち焦がれたブルーローズ杯がついに開幕と相成りました!」

 

 青いバラという奇跡の産物をシンボルとするブルーローズ杯。その開始の先駆けとなる司会のうるさい大声を、俺は関係者席で聞いていた。観客席から上がる待ちきれないと言わんばかりの歓声。本当にこの国の人間は、ドラゴンライディングを心から愛しているのが伝わってくる。いや、きっと世界中の人間だ。俺は極東で、奥ゆかしさで知られるあの国の人間がこんな風に歓声を上げるのを姿を見たことがあった。そして、ミカドが出てくると一瞬で水を打ったように静まり返るのも。

 

「この歓声も、こうやって聞くのは久しぶりだな」

 

 自然と胸が高鳴る。それも当然だ。長い間ずっと、この歓声は俺たちとは無関係だった。でも、今日は違う。

 

「我々が注目しているライダーは言うまでもないでしょう! 長きに渡る雌伏の時を経て、あのスターリング家の傑作が再び賞杯を目指します! 彼女の名はエミリア・スターリング! 竜症の枷を打ち砕き、努力の成果を見せる時は今だ!」

 

 さらに観衆の熱を焚きつけるかのような司会の声がレース会場に響く。

 

「よく言うぜ。中身の空っぽな聞こえのいいことばかり好き勝手に言ってくれる」

 

 俺は顔をしかめる。こうやって声高にエミリアの復帰を祝いつつ、誰も彼も竜症に苦しむエミリアを遠巻きで眺めてあれこれ囁くだけで、手を差し伸べることはなかった。種もまかず、雑草も抜かず、水もやらず、そのくせ収穫の時になったら関係者の顔で近寄ってくるのはうんざりする。

 そんな俺の不快感など知ったことかと言わんばかりに、司会は入場してくるライダーとその竜の紹介に余念がない。大仰な台詞と共に、もったいぶった肩書が読み上げられる。

 

「さて、いよいよだな」

 

 順番からして、次はエミリアだ。

 

「白銀の進撃は竜の病によっても阻まれることはない! 堂々たる復活劇を瞬きせずに見守れ! エミリア・スターリングとエンタープライ…………ズ!?」

 

 俺はにやりと笑った。会場にエンタープライズに乗ったエミリアが姿を現した瞬間、司会が絶句したのが分かったからだ。

 

「これはどういうことでしょう!? エミリア騎手、ガスマスクを装着しての参戦です。まだ体調が快復していないのか? 君の美貌を見たくてギャラリーは集まっているぞ!」

「うるさい。こっちは真面目にレースに出てるんだ。お前たちの都合なんて知ったことかよ」

 

 司会の下らない台詞に俺はそう吐き捨てる。視界の言葉の通り、エミリアは口元を覆うガスマスクをつけて出場していたのだ。これはれっきとしたばい煙対策だ。竜に騎乗する際には、呼吸が非常に重要視される。だからこそ、ばい煙を吸い込みすぎて肺を傷めないようにガスマスクをつけることそれ自体はルール違反ではない。でも同時に、ガスマスクをつけると繊細な呼吸の調整は難しくなる。言わばガスマスクは、まだ経験の浅いライダーが突ける補助的な装具だ。たとえるならばエミリアは、初心者用の装備で会場に現れたようなものなのだ。

 

「エミリア騎手のガスマスク姿に会場もどよめいています! 私の内心も同様にどよめいております! どういうことだこれは! 久しぶりのレースでも恥ずかしがることはないぞエミリア騎手! 我々は君の復帰を心から待っていたんだ!」

「だったら、放っておいてくれよ」

 

 まだエミリアのガスマスクにこだわる司会に、俺は聞こえないと分かっていても文句を言う。本当に、ここが野良のドラゴンライディングの会場ならトマトかジャガイモでも投げたくなる。確かにエミリアは美人だ。凛とした表情を見れば、今はまだ若いけれども将来はきっと誰もが魅了される淑女になることはすぐに分かる。だからといって、そんなに執拗にガスマスクにこだわることはないだろう。そんなに外見にこだわるなら、ファッションショーの司会でもしていればいい。

 

「さあレースの開始だ! ずらりと並んだ素顔のライダーの中、一人だけいるガスマスク姿! これはある意味目立つための作戦か!? それでは――!」

 

 スタート地点に立つスターターの杖に竜炎がともった。各竜が一斉に離陸する。エミリアのランスが猛然と振るわれ、速攻を仕掛けた隣のライダーのハルバードを叩き落した。

 白銀の嚆矢が、空へと一散に昇っていくのを俺は見た。

 

 ――ブルーローズ杯での堂々たる一位。それが復帰したエミリアの勝ち取った賞杯だった。

 

◆◆◆◆

 

 

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