隻翼のドラゴンライダー   作:高田正人

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第49話:The dragon returns

 

◆◆◆◆

 

 扉を開けて外に出たエミリアは、迷うことなくベルトに装着していたケースを手に取り、振りかざす。

 

「――顕現しなさい、エンタープライズ!」

 

 惑星の記憶が、彼女の呼びかけに答えて具現する。風雨を吹き飛ばして、白銀の竜が現れた。その炎熱は嵐を前にして怖じることなく燃え盛っている。自らが呼び出した冒険心の化身に、エミリアは手を差し伸べた。エンタープライズはそれに応え、わずかに唸るとその手におとなしく撫でられる。

 

「私は飛ぶわ。竜嵐から飛行船を安全な場所まで誘導してみせる。できるわ。絶対できる。だって……」

 

 彼女はくるりと振り返り、俺の方を見た。その目が、わずかに茶目っ気を帯びる。

 

「私は口からクソを垂れ流して、尻から脳ミソをひり出すまで、ジャックにしごきにしごかれたんだから! ねえ!?」

 

 おいおい。ここでそれを言うか、エミリア。俺は苦笑して肩をすくめた。

 

「下品な物言いはいただけないぜ、お嬢さん」

「あら失礼。口調がうつったようね」

 

 悪びれる風もなく悠然とするエミリア。まったく、ここは俺しかいないエリザベスの屋敷じゃなくて、大勢のライダーと聖杯記念の関係者が見ている場所なんだぞ。その時、俺たちをただ見守っているライダーたちの間をすり抜けて、アーサーがこちらにつかつかと歩み寄ってきた。

 

「待ってくれ、エミリア」

 

 風雨が吹き付けるのをものともせず、アーサーはエミリアを見据える。

 

「アーサー……止める気?」

「違うよ。すまない、一緒に行けなくて」

 

 耳を疑うことに、アーサーは短く謝罪の言葉を述べた。エミリアは今飛び立とうとしている。聖杯記念という栄誉あるレースにではない。竜嵐という自然の驚異に対してだ。人手が足りないというただそれだけの理由で、自分が竜嵐の中を飛ぶ訓練を受けてきたというただそれだけの理由で、彼女は聖杯記念に背を向ける。それとは対照的に、英雄とまで呼ばれたアーサーは今、ル・ファンタスクに騎乗して飛ぶことなく、地上で見送ろうとしている。もしかしたら、アーサーは歯がゆく感じたのかもしれない。

 

「平気よ。これは単なる専門分野の違い。竜嵐には専門外のあなたに飛んでほしいなんて思わないから」

 

 アーサーの謝罪に対し、エミリアは特に感じ入ることはなかったらしい。取り立てて驚くこともなく、エミリアはそう言う。

 

「ありがとう。君と決着がつけられないのは心底口惜しい。しかし、いやだからこそ――」

 

 アーサーが右腕を振るうと、竜炎がほとばしる。ル・ファンタスクと同じ極寒の竜炎がおさまると、彼の右手には一振りの剣が握られていた。

 

「これを使ってほしい」

「あなたのアーム……」

 

 ちゅうちょなく差し出された剣を、エミリアは受け取る。

 

「名前は?」

「ストームフラッグ」

 

 アーサーは恋人の名をささやくかのように告げる。

 

「我が家に伝わる名剣をベースに作り上げられたアームだ。その神秘は受け継がれている。危難の際、竜に乗る騎士に力を与えると言われているんだ」

 

 最悪の暴君ル・ファンタスク。そして稀代の名剣ストームフラッグ。英雄アーサーを支える両翼の片方が、エミリアに譲渡された。その意味を、この場にいるライダーの誰もが理解しただろう。ライダーがレースにおいて最も信頼する竜。そしてその次に重きを置くのが手に持って振るうアームだ。それを、アーサーがエミリアに差し出した。

 今この瞬間、アーサーは『隻翼』だった。

 

「大事に使うわ」

 

 しっかりとアーサーの目を見て、エミリアはその剣を受け取った。かなり重いはずだが、彼女の手は揺るがない。

 

「いや、むしろ何のことはないただの一振りの剣のように使い潰してほしい。人の命を救うために竜嵐に挑むのなら、その価値はある」

 

 アーサーは不思議なことを言った。まるでその言葉は、武器に意味を見出さず、それを振るう技術にこそ価値があるとする東洋のゼンのようだった。

 

「おいアーサー、使用料だ。後でサインをやる」

 

 思わず俺は二人の会話に口を挟んだ。

 

「最高ですね」

 

 アーサーは俺の方を見て、心底嬉しそうに笑った。こんな俺のサインが、アーサーの聖剣の使用料になるなんて悪い冗談だが、当のアーサーが喜んでいるのだから傑作だ。

 

「ジャック」

 

 エミリアの視線が俺の方を向いた。

 

「俺も行く。サポートは任せろ」

「ありがとう。先に行くわ」

 

 その言葉と共に、エミリアはエンタープライズにまたがった。竜炎が燃え上がり、あの魂を高揚させる重低音が竜の翼から響き始める。迫る風雨をものともせずに、エミリアを乗せたエンタープライズは離陸した。見る見るうちに雨雲の向こうへと飛んでいく白銀の一矢を見届けてから、俺は腰の刀に右手で触れた。これを賜った時のミカドの目を思い出す。

 

「竜より旧き蛇の炯眼を有すミカドよ。異国のライダーの献身をご照覧あれ」

 

 極東のミカドよ。ここにあなたの国の武士のごとき潔い騎士がいる。誇り高く、情け深く、勇敢で美しい一人の少女が。なにとぞ、嵐を恐れぬ心とそれに立ち向かう技を与えたまえ。

 俺は心の中で願うと、大きく深呼吸した。

 

 ――さあ、次は俺の番だ。

 

 俺はわずかに震える左手で、義手の手首のパーツを外した。中のフラスコを左手の指で引っ張り出す。そう、俺の義手には収納する空間があり、そこにこれを入れていたのだ。竜を呼び出す触媒となる竜骨が収められたフラスコ。ずっと、肌身離さず持っていたのに、ずっと目をそらしてきた。

 

 でも、今こそ――今だけは――

 

 俺は心を決めて、フラスコを振るった。

 

「――現れろ、インディペンデンス。もう一度、一度だけでいい。俺と共に飛んでくれ」

 

 黄金の炎が雨粒を蒸発させた。懐かしいあの熱が、魂を焦がす。一瞬だけ怖くなったが、それでも俺は竜を信じた。エミリアを信じたように、一歩前に踏み出す。ずっと恐れていた魂を食われる感触は優しく、懐かしく、不思議なほど心地よかった。

 俺の目の前に、最後のフライトの時と何一つ変わっていない、黄金の竜が現出した。金色の鱗と甲殻。頑丈そうな体躯と、分厚く巨大な二枚の翼。がっしりとした顎と、そこに並ぶ太い歯。インディペンデンス。俺の相棒。唯一無二の俺の竜が。その姿は、本当に何も変わっていなかった。

 

「ああ――ずっと、ずっとお前はそこで待っていてくれたんだな」

 

 知らず涙がこぼれた。

 ずっと背を向けていた。怯えていた。触れず声もかけず手入れもしていなかったのに、インディペンデンスはいつでも乗れるほど整っていた。ずっと、俺がその背に乗って飛ぶ日を待っていてくれたのだ。こんな恩知らずの俺を、ただひたすら忍耐強く待ち続けてくれていたのだ。それなのに俺は、勝手にこいつが俺の魂を食らいつくすんじゃないかと思って怖くて、こいつを見ればあの空から落ちた時の恐怖と苦しみがよみがえるからという理由で、ずっとずっとずっと見捨てていた。

 なんで――こんな俺を待っていてくれたんだ。なぜ、俺を見て少しも怒らないんだ。

 何度謝っても足りない。けれども、今俺はそれをする時間がなかった。空でエミリアが俺を待っている。彼女には、俺のナビゲートが必要だ。

 

「ありがとう、インディペンデンス。お前に乗って空を飛びたいんだ。こんな恩知らずの俺を、今だけ許してくれないか。今だけでいい」

 

 右手を伸ばすと、インディペンデンスは顔をすり寄せた。右腕を失った俺を、慰めるかのように。なぜ俺はこいつを恐れていたんだ。こいつはこんなにも、俺を待っていてくれたのに。インディペンデンスの舌が、俺の作り物の手を舐める。あの日から続く俺の激痛を、取り去ろうとするかのように。それが、信じられないくらいに心に沁みていく。

 

 空に――――俺は焦がれていることに気づいた。

 

 飛び立つ時が来ていた。

 サドルも手綱もぼろぼろで焦げてあちこちが引き裂けている。でも、問題ない。俺は――飛べる。すべての思いと後悔と決意を飲み込んで、俺はサドルにまたがった。白刃を鞘から抜き放つ。竜因が刀身に流れ込む。懐かしい視点だ。

 

「行くぞインディペンデンス。俺たち一人と一匹のフライトの時間だ。存分に翼で語ろうぜ」

 

◆◆◆◆

 

 

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