隻翼のドラゴンライダー   作:高田正人

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第57話:新世界航路

 

◆◆◆◆

 

 エミリアの活躍によって、アルバトロス号は無事竜嵐を抜け、救助された。しかし、その代償は確かに払わなければならなかった。エミリアは竜嵐に突っ込んだことにより、体内に竜因が蓄積し、レースの参加基準を満たすことができなかったのだ。

 俺たちは延期された聖杯記念を、特等席で見学した。エミリアはカレン教官と共に、じっとレースを見ていた。勝利したアーサーは、スピーチでエミリアについて触れ、彼女の勇気をたたえた。まったく、伝家の宝刀であるストームフラッグを使わず、予備の無名のアームで勝利するとはつくづくあいつは英雄だ。何しろ、エミリアが竜嵐のただ中でストームフラッグを振り回したせいで、彼のアームは高濃度の竜因をまき散らす魔剣に変じていた。除染が終わるまでレースでは使えないだろう。

 エミリアはその後、当然のように体調を崩した。再び目標から遠ざかる日々が続く。俺たちはそう思っていた。

 

◆◆◆◆

 

「『新世界航路』の発見か」

 

 俺はその日、エリザベスの屋敷で午後のティータイムに招かれていた。

 

「国中の冒険家たちが注目しているわ。四十年ぶりのまったく新しい航路の発見。ひいては未踏の新大陸の発見につながりそうね」

 

 テーブルの向かいで、オールドレディことエリザベス・スターリングは静かに紅茶の入ったカップに口をつける。このところ、彼女は少し老けた気がする。以前よりも彼女のシルエットは縮んだようだ。それでも、優雅なふるまいをエリザベスは崩さない。老いも病も死も、人の宿命だ。エミリアが昇る日ならば、彼女はやがて没する日だ。それさえも、粛々とオールドレディは受け入れていることだろう。

 

「そして今、前回の聖杯記念の結果によって推薦された先導者であるライダーは、極北のツンドラを行く探検隊に同行している」

 

 新世界航路。ほぼ偶然発見されたその航路は、希望峰の先の海の彼方へと続く道だ。プランタジネットはイベレス君主国と共にその先へと探検隊を派遣することが少し前に発表されたばかりだ。霧と嵐と未知の生物たちに阻まれたその先には、古来より黄金の秘境が待つという伝説がある。ただの伝説が、今新世界航路という新たなルートの発見によりにわかに注目を浴びていた。それは特に、冒険家と彼らを導く先導者であるライダーにとって決して聞き逃せない逸話だ。

 

「というわけで、私の孫娘に白羽の矢が立ったようね。冒険家協会から名指しで指名が来たのよ。新世界航路の最初の探検隊、本格的なメンバーが訪れる前の先駆け。その先導者としてエミリアが推薦されているわ」

 

 俺たちは改めて互いの顔を見る。俺は笑っていない。エリザベスも笑っていない。だが、お互いの心境は手に取るように分かる。静かな喜びが、二人の心中からあふれ出している。

 

「……光栄だ」

 

 俺は内心の歓喜を見せないように、なるべく自然な仕草でスコーンを手に取り一口かじる。ここではしゃぐのも、なんとなく恥ずかしいからだ。

 

「ずいぶんと嬉しそうね」

 

 オールドレディの声にも、隠しきれない喜びの響きがある。

 

「当然だろう? あの子への最高のプレゼントだ。あなたの言うとおり、エミリアは聖杯記念という列車には乗り遅れたが、その次があった」

 

 聖杯記念という列車を駅で見送るのは、確かに辛かった。俺もエミリアも、聖杯記念ではなくアルバトロス号の救出を選んだことそれ自体に悔いはない。だが、たとえそうであっても心血を注いだレースに出られないのは悔しくはある。それなのに、突然駅に新世界航路という列車がやってきたのだ。喜び勇んで乗り込みたくなるのも当然だろう。

 

「ありがとう、ジャック。あなたがここまであの子を連れてきてくれたのよ」

 

 オールドレディはそう言うが、俺は首を左右に振る。誰もが彼女と同じことを言う。俺がエミリアをここまで育て上げた、と。だが、俺にはまったく実感がない。俺はただ、彼女の進みたいと願う道をほんの少し整えただけだ。

 

「そんなわけないだろ。俺は何もしていない。全部、エミリアが自分の力で歩んできた道のりだ」

 

 俺は窓の外を見る。確かにエミリアは聖杯記念への出場の代わりに、新世界航路という花冠に手を伸ばそうとしている。まだ、それは得ていない。それに比べて俺はどうだ? どん底から引き揚げられただけじゃなくて、あの空で失ったものまで見つけ出すことができたのだ。これが幸運じゃなくて何だろうか。

 

「むしろ俺の方が、とても返すことのできないものをたくさんもらったんだ」

 

◆◆◆◆

 

 

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