既に戦いは始まっていた。
馬上鞭を手に持ったまま、和泉は一気に距離を詰めて孫悟空に攻撃を仕掛けた。
孫悟空は避ける素振りを見せない。それどころか、攻撃されるのを待っていたかのように、ニヤリと笑みを浮かべた。
和泉は躊躇することなく、馬上鞭を振り下ろす。相手は素手、武器すらも持たず素手で馬上鞭を相手にするなど勝負以前の問題だ。
それが常人ならばの話だ、この戦場に降り立つ者は常軌を逸した存在達。人の常識に当てはめては成らないのだ。
人間離れした和泉によるその一撃は簡単に避けられて、逆に反撃を食らってしまう。
黒い影による凄まじい速さの蹴りが、和泉の腹部に命中した。和泉はその勢いのまま吹き飛ばされてしまい、地面に叩きつけられる。この一連の動作で彼女は相手を自分の遥か格上の相手だと認識した。
普通の魔法少女ならば、今の一撃を受けて即死だったに違いない。
にわかには信じられない話だが、どう見ても魔法少女ではない存在が神浜で暴れ回っているという事実。これが何を意味するのか。つまり、彼は本物の化け物であるということだ。
キュゥべえと違った意味で、恐ろしい敵である。
ならばこそ、油断や慢心とは無縁の真剣勝負で挑まなければならない。
和泉は立ち上がり、再び孫悟空に向かっていった。
今度は攻撃が避けられないように彼女は自分の固有魔法『読心』を発動させ、攻撃を確実に当てられるように努めた。
読心。
それは通常の会話はもちろんのこと、相手が考えていることや、相手の感情までも読み取れるという強力な能力だ。これによって、和泉は敵の思考を読みながら戦うことができるようになる非常に強力な固有魔法である。
相手がどんな能力や強さを持っているのか、それを見極めることができるため、戦闘においてはかなり有利に立ち回れる。また、心を読めることで相手の弱点を突くことも可能になるのだ。
そして、遂にその時は来た。
和泉は馬上鞭を避けられぬよう相手の心を読もうとした。思考を読み取り、次の行動を読む。
しかし、その行為を起こったのを後悔するはめとなった。
「な───ッ!がァッ!」
心の片鱗を見ただけで、全身に悪寒と耐え難い疼痛が走った。禍々しい殺気、憤怒、憎悪、狂気といった負の感情が彼の中に渦巻いている。
片鱗だけならここまで酷い精神汚染を受けることはない。
だが、和泉は見てしまった。孫悟空の心に潜む闇の深さ、恐ろしさを。どれもこれもが桁外れの邪念が込められており、後少しでも深く覗いていたらこちらが深淵に引きずり込まれていたことだろう。まるでこの世総ての絶望を凝縮したかのようなドス黒い負のオーラ。まるで宇宙総ての人間を根絶するまで止まらないのではないかと思わせるほどに満ち溢れていた殺意。
人の正道とは対極で欠離れた存在。
これは間違いない、これは人が歩んでいい道ではないと確信した。
「歪んでいるぞ貴様……人の道から逸れている!一体何をしたらそこまで堕ち果てるのだ!」
思わず声を荒げてしまう和泉。孫悟空の心の片鱗だけでも、この有様なのだから無理もないだろう。
心が壊れた人を数多く見てきてはいるが、孫悟空はその中でも他の追随を許さない程に異質だ。
人の皮を被った怪物。いや、そもそも人なのかすら怪しいところがある。
こんなにもおぞましいものを見たことがない。
ましてや魔法少女でもない男にこれほどまでの闇を内包しているとは誰が思うだろうか。人の正しさから何処までもかけ離れた孫悟空が何故このような外道に走ったのか、人々を殺戮するようになってしまったのか知りたいと思った。
どういう人生を歩んだ結果、このような邪悪な存在になってしまうのかを。
その眼差しからは、底知れぬ人間への憎しみが込められている。黒衣の男の笑みは仮面のようなもので、その奥にあるのは憤怒と憎悪が稼働する歪んだ正義だった。
「俺が何者なのか知りたいのか。どちらにせよ、お前には関係のないことだと思うがね」
「……」
確かに関係ない。
しかし、だからといって放っておくわけにはいかない。
このままでは取り返しのつかないことになる。
和泉はそう確信していた。
「関係なくはない。自分は正義のために戦っている。悪人を見逃すことはできない」
和泉は毅然とした態度で言い放つ。
たとえ相手がどれほどの強敵であろうと、己の信念を貫くために戦い続ける。それが彼女の魔法少女としての使命であり、人が進むべき正道だからだ。
「人間風情が俺を悪人と呼ぶのか?面白い事を言う魔法少女よ。その様だと俺の心を読み取ろうとして、返り討ちにあったようだな。所詮は小娘、神の心を読むのは不可能と言うことだ」
読心の能力がバレただと?和泉は出しそうになったその言葉をなんとか胸の内に秘めた。
恐らく目の前に立つ黒衣の男もそれと同類の能力はあるかもしれないと和泉は悟った。
「神だと?……この期に及んで自分が神だと言い張るか。人を皆殺しにしておいて、神を名乗るとは傲慢だな。恥を知るといい、孫悟空」
「クク、神を侮辱するか。やはり人間は愚かだ。いや、魔法少女も含めて全て滅ぼすべき存在だな。魔女に成るしか道がないと分かっていながら、のうのうと生きているとは滑稽極まりない。その罪深さ、死を以て償うべきなのだよ」
「……ッ!魔女化の事を知っているのか?まさか、貴様の狙いは魔法少女を全員殺すために皆を──」
「勘違いしているようだからひとつ教えてやろう、魔法少女のみならず人間共もみな等しく滅ぼす対象だ。故にこの宇宙を美しくする為に死ぬがよい」
魔法少女だけではなく、一般人まで殺し尽くすつもりらしい。
この男は、やはりと言っていいべきだろうか、狂っていた。
魔法少女の真実である魔女化した末路を知っておきながら、平然として殺戮を繰り返すなんて常軌を逸している。
この男の異常性は魔法少女に対する執着だけでなく、人類そのものを憎悪していることだった。
しかも殺戮するのが正義だと本気で信じて疑わず、目的や手段を度外視した行動ばかり取る。
魔女化の情報源もどこから来ているのか不明だが、この男が関わっているということはまともな情報網とは思えはしない。
「この世界の群衆は知らず知らずと過ごしているのだ、魔法少女の存在を認知しない程に。奴ら人間共は誰も知らない。自分達が生み出した化け物が世界を蝕んでいることを。
そして、宇宙の為に命を燃やし尽くした魔法少女が絶望し続けていることも、何もかも知らずに日々を過ごしている。魔法少女も魔法少女だ、自分勝手に願い事を叶えておきながら、その後に待っているのが絶望と知った途端に嘆き悲しんで、そのまま死んでいく。
それが舞台の在り方で、それこそがこの世の摂理。それが法だ、故に従わなければならない。なのに、やつらは悲劇の主人公の如く酔いしれ嘆くだけ。己が為に他人を蹴落とせる醜悪さを持ちえながら、自分の不幸を他人のせいだと思い込み、絶望のままに消えていく。実にくだらない存在だ。
そんな連中の為に希望を振り撒き救済せよと俺が付き合えと?冗談ではない、
演説するように語っていく孫悟空。
和泉は理解出来ず背筋に悪寒が走る。
言っていることは支離滅裂、無茶苦茶であるにも関わらず、妙な説得力があったからだ。
上位存在。
男の言葉から察するに、孫悟空はキュゥべえと同じような立場の存在なのかもしれない。つまり、孫悟空もまた宇宙の覇者───神と呼ばれる存在である可能性が浮上してきた。
神と称し、人間を蔑む孫悟空。彼は人間を根絶するためにこの世界にやってきたのだ。
宇宙の為というより、人間の根絶を目的とした侵略者である。
孫悟空の心の片鱗を見た和泉は、改めてこの男の危険性を認識した。
今はまだ全力を出していない。いや、出そうとしていないのだ。本気を出す前に倒さなければならない。でなければ、神浜どころか地球すらも確実に滅ぼされてしまうだろう。
この確信は、実力は完全に自分より上回っていると理解しているのだから。
「世界は美しい、だが人間は美しさを汚す。お前も知っているのだろう?神浜による東西のによって生じた差別が起こっていることをな?これこそが人間が抱える罪の証のひとつであり、愚かしさの象徴だ。
神浜に溢れる程の魔法少女が存在するのはこれが理由のひとつでもあるだろうよ。背負う因果の量が多いほど、魔法少女が生まれるリスクが発生する。虐待やいじめ、貧困など劣悪な環境に身を置く小娘など、魔女化する素質を持った人間が数多くいるからな。フフフ……これでは魔法少女を生産し続けるには最適な場所だとしか言えまい、そう思わんのかね?」
「……そうだな、例えそれが正解だとしても貴様のような自己中ナルシストからは聞きたくはなかったがな。説教や理想を口にしたくば独りで勝手にやっておけ」
和泉はそう答えたのだが、ある意味孫悟空の通りだと言えるだろう。
神浜市がどれだけの悪意を孕んだ街なのか、和泉は嫌と言うほど知っていた。
特にこの東区に関してはその傾向が顕著であり、より人々を苦しめる要因となっている。
しかし、孫悟空はそんな人々の事情を知りながらも、容赦なく殲滅しようとしているのだ。差別されている者が抗っていても加害者被害者関係無く、まとめて潰し平然と殺戮の限りを尽くす男の行為には憤怒を抱かざる負えない。
和泉は怒りを堪えて拳を強く握り締める。
ここで感情的になってはいけない。冷静さを欠いては、孫悟空には到底敵わない。
それにまだ聞きたいことがある。
なぜここまで執拗に人を憎み、人間を魔法少女を殺そうとするのか。
その真意を知らなくては。
「貴様は一体何者なんだ……何故神と名乗る。何故そこまで人間を恨んでいる?その憎しみはどこから来たんだ?何かしらの理由があるはずだ」
「お前が知る必要はない」
質問をあっさりと一蹴されてしまう。
対話を放棄し暴力で捻じ伏せようとする孫悟空の在り方に憤りを覚えていた。
これ以上の対話は不可能と和泉は判断し、戦闘態勢に入る。
油断や慢心はしない。必ず仕留めるつもりで挑む。
「そうか……ならば、続きは地上に這いつくばってから聞かせてもらうぞ!」
「やれるものならやってみろ。出来るものならな」
「はぁあああッ!!」
ならば先手必勝と言わんばかりに、和泉は地面を蹴り上げて疾走。
一気に距離を詰めると、孫悟空に向けて渾身の一撃を放つ。
その威力は凄まじく、黒衣の男の肉体にめり込むように直撃した。
並の相手であればこれで決着はついたはずだ。だが、相手は孫悟空。こんなものではびくともしない。攻撃を受けてなお平然としている。まるでダメージを感じないかのように。やはりこの程度の力じゃ通用しないと、分かり切っていた。
ならばよし、ここからは攻め方を変えるだけだ。
和泉はすぐさま体勢を立て直すと、孫悟空の周囲を駆け巡りながら、馬上鞭を上空へと振り上げると、そこから無数の魔力弾を作り出されていく。
それは孫悟空を囲むようにして展開されていき、一斉に降り注いでいった。孫悟空の視界を覆い尽くすほどの数と大きさの弾丸が、雨のように襲いかかっていく。だが、孫悟空は避ける素ぶりすら見せず、その場に立ち尽くしていた。
これだけの攻撃を浴びようが恐らく無傷に終わるのだろうと、和泉は確信している。
事実、避ける必要がなかった、孫悟空はただ立っているだけでよかったからだ。
すると、彼の全身に黒いオーラが纏われていく。そして、和泉が放った全ての攻撃を弾き返してしまった。
孫悟空がやったことは単純明快だ。
ただ、己の身から気を放出させただけに過ぎない。
気功波。
それは『気』と呼ばれる生命エネルギーを放出する技である。
気を自在に操ることで、身体強化や防御力の向上など様々な恩恵を得られる。
光弾や空中浮遊、飛行能力など、様々な応用が利くため、戦闘力が格段に上昇する。
また、気をコントロールすることで、相手の動きを封じたり、逆に自分の意思通りに動かすことも可能となる。孫悟空はこの気を巧みに扱い、和泉の攻撃を受け流したのだ。
もっともそれを使うことをせずともただ突っ立っても十分対処できたのだが、和泉を試す意味で敢えて受けてみたらしい。
和泉はその行動に歯噛みする。
自分の力を過信したわけじゃない。この男にこの程度の力が通用するとは思っていないからだ。
だからといって、このまま手をこまねいているつもりはない。
先程魔力弾を弾いたあの力がなんであれ、こちらのやることは変わらないのだから。
「貴様が滅びを求め破滅をもたらすというのならば、自分はそれを打ち砕いてみせよう!それが人が進むべき正道であると信じているからだ!」
和泉は決意を新たに、孫悟空との戦いに挑むのであった。
和泉は孫悟空の隙を見つけようと目を凝らす。
この男の強さの秘密は恐らく魔法ではなく、生命エネルギーにあると睨んでいた。
故に考えられるのは、自身の生命エネルギーを増幅させる術を持っていることだろう。そう考えると、孫悟空の肉体が放つ禍々しいオーラの正体も察せられる。
あれは気──すなわち、生物の体内から溢れ出す生命エネルギーの塊なのだと。
それしか考えられないが、確証はなかった。
確かめる術もなく、この男を前に呑気に考察する隙など与えてくれるはずもない。これも読心によって知られていたら笑えないが。
ならばいっそその力を使う前に倒せばいいだけの話。
「ほう、速いな」
まるで音すらも置き去りにするような速度で和泉は孫悟空に突進の如く迫る。
魔法少女の括りの中ではトップクラスの戦闘力を誇る和泉、その速度についていける者はそうそういない。
東区の代表を務める和泉は、並みの魔法少女ならば圧倒できる程の実力を持っていた。
そのスピードを活かして、孫悟空を翻弄する。
「はああっ!」
まずは一撃、和泉は孫悟空に向けて魔力弾を放つ。
軌道を描きながら孫悟空に向かっていくが、不安定だったのか、魔力弾は孫悟空に当たる直前で足元に落ちてしまう。
「おいおい、どこを狙っている。まさかこの期に及んで俺に当てられるとでも思ったのか?……いやこれは───」
だがそれで良かった。これは孫悟空を引きつけるための囮だ。
本命は次の一撃。和泉は孫悟空の背後に回り込むと、ビルに跳躍し、そこから急降下による強襲を仕掛けるのだ。
絶好のシチュエーション。孫悟空は背後に和泉がいることにまだ気がついていない。
和泉はビルに渾身の蹴りを放つと、まるで砲弾のような勢いで孫悟空の背中目掛けて落下していった。
馬上鞭を両手で握り締めると、孫悟空の背骨を叩き折らんとばかりに振り下ろす。
物理法則による衝撃を味方につけた攻撃は、並大抵のものなら粉砕してしまうだろう。魔法の力も加わっているのなら尚更だ。
勝った。
いくら孫悟空でも、これなら耐えられないはずだ。
魔女でも屠れるほどの威力を持つ攻撃を受けて、無事では済まない。和泉は自分の勝利を信じて疑わなかった。
故に、確信する手応えと共に馬上鞭を振り下ろしたその瞬間、勝利を確信していた和泉の顔は笑みすら浮かべていた。
「滅びを求めているのは
それはすぐに絶望へと変わる。
漆黒に染まる眼差しが和泉を見据え深淵を彷彿とされる禍々しい声音が耳元を掠めていた。
なんで和泉十七夜は一人で来たんやろうな
原作通りにやった方がいい?
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原作通りにやれ
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関係ない、このままいけ
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ご自由に