「滅びを求めているのはお前の方ではないのか?」
それはすぐに絶望へと変わる。
漆黒に染まる眼差しがいつの間にか和泉を見据え深淵を彷彿とされる声音が耳元を掠める。
いや待て。どういうことだ、何故こいつは平然とこっちを見ているんだ。さっきまで不意を突いていた筈だぞ、と和泉の思考が停止しかける。
魔法少女さえも魂から震え上がるような威圧感、底が何処までも突ぬ抜けていきそうな恐怖が和泉を襲った。
勝利を確信した筈だ、手応えも確かにあった。なのにどうしてこんなにも怖いと感じている。
和泉は孫悟空の言葉の意味が理解できずにいる、油断も慢心もしていないはずだった。
それなのに、確信した勝利が瞬く間に崩れ落ちていく感覚に苛まれていく。
何かがまずい、危険だと、本能的に悟った和泉は咄嵯に孫悟空から距離を取る。だが、それでもなお感じるプレッシャーに冷や汗を流していた。
孫悟空は追撃をする素ぶりを見せない。ただじっと和泉のことを見つめてくるだけだ。
その瞳からは何を考えているのか読み取ることはできない。
しかし、その目に見つめられ続けているだけで、心臓を鷲掴みにされているかのような錯覚に陥る。
「人間の正道、人間の正義……か。なんだ、なんだそれは?そんな言葉が貴様の口から出る資格があると思っているのか?」
孫悟空は笑みを浮かべながら、和泉に問いかける。
その顔には怒りも悲しみも、喜びも憎しみも、何も感じ取れない。
ただ、そこにあるのは純粋な疑問だけなのだ。
「資格だと?人の命を奪おうとする者が、正道を語るでないぞ外道」
和泉は動揺を必死に抑え込み、孫悟空を睨み返す。
「正道やら、正しさやらと綺麗事を並べて己を正当化しているようだが、結局は自分にとって都合がいいように他の者に押し付けているに過ぎない。人間共の正道や正義とはそういうものだ。貴様の掲げる正しき道とは、自分の正道とは、暴力によって他者をねじ伏せ、押し潰すということなのか?それを正しいと言い張って、他の人間に強要するつもりなのか?」
「何を言っている……?自分は貴様のように、そのようなこと───」
「ふふふ、これだから無知な人間というのは度し難い」
孫悟空は和泉の反論を遮るようにして言葉を被せる。
和泉はそれに言い返そうとしたが、できなかった。
孫悟空の表情は相変わらず変化がない。それなのに、彼の纏う雰囲気が一瞬にして変わったからだ。
和泉は無意識のうちに一歩後退する。
得体の知れないものを前に、思わず体が反応してしまったのだ。
本当はこの男と会話などするべきではなかったのかもしれない。
分かってはいるが、和泉は東の魔法少女の代表者なのだ。ここで退くわけにはいかない。
今自分が退けば、孫悟空は間違いなく再び街を破壊し始めるだろう。
それだけは絶対にさせてはならない。しかし、その思いを嘲笑うかの如く、孫悟空は和泉に向けて言う。
「貴様がリーダーとやらに就任する時どんな手段を講じた?仲間を募る際にどのような言葉で呼びかけた?貴様に共感する人間はいたか?答えろ、和泉十七夜。お前は一体何を以て、東区の魔法少女達を束ねる立場になったのだ?お前が東区の魔法少女達の代表となったのも、全ては暴力で強引に従わせた結果ではないのか?お前の掲げた正道は、力ずくで奪い取ったものなのだ」
「力ずくではない!自分は……!」
まるで、全てを見てきたかのように語る孫悟空。
だが、和泉は孫悟空の指摘を否定することができなかった。
確かに、自分は皆をまとめるために強引な方法を取った。だが、それでも自分に賛同する者達は少なからず存在していた。
そう、和泉は信じたかった。いや、信じるしかなかった。でなければ、今までの行動が全て否定されてしまうことになる。
だが、現実はそう甘くはない。
『んふふっ。私は全部知っているからね』
黒衣の男の中に居る思念体───瀬奈みことが嗤っている。まるでこの世総ての悪が凝縮したように。世界を狂わせるほどの悪意が疼いているのだ。
神浜での出来事───歴史や魔法少女のことなどはこの思念体によって情報を取り入れているのだ、孫悟空による読心術などによってもあるが。
そもそもとして、和泉は黒衣の男の内にいるみことに気付けていないのだ。それも当然だ、心を読もうとしても本人の深淵とも言える闇に耐えられずその場でキャンセルしたのだから。無論、耐えられたとしてもみことによって強制的に無効化されるが。
結果的にはどうやっても和泉の実力では知ることなど、本人の口から出るか、みことが表に出るか、の二択しか無かった。
孫悟空は和泉の心中を察したのか、さらに追い打ちをかけるようにして続ける。
「ならば問おう。
「───っ!?」
孫悟空の言葉が和泉の心に突き刺さり、同時に衝撃を受ける。
孫悟空の問い掛けに、和泉は答えることができないでいる。
クリティカルヒット。和泉の心の状態を表すならこの言葉が一番適切だろう。
それは和泉自身も薄々気付いていたことだった。
何故、自分は一人きりで孫悟空と戦っているのか。
仲間はどこにいったのか。
答えは簡単だ。
誰一人として、和泉についていこうとしなかった。
誰も和泉を信じようとはせず、また、和泉の掲げる正義に賛同しなかった。
強引な手段を取ってしまった結果、ついてこれなくなった者がいたとしてもおかしくない。
それは、頭では理解していたつもりだった。だが、心のどこかではきっと付いてきてくれると信じたい気持ちがあったのだろう。
それが、いざ蓋を開けてみればどうだ。結果は散々なものではないか。
怪しげな新興組織、マギウスの翼という組織に東の魔法少女達が押し寄せ、大半の魔法少女達は離反し、今ではもう残っているのは和泉を含めて数人しかいない。孫悟空の言った通り、正道や正義を掲げておきながら、和泉は力で無理矢理に従えていただけなのかもしれない。
「貴様が束ねている者共も所詮は貴様の暴力に怯えているだけの臆病な小娘共に過ぎない。貴様は力づくで奴らを捻じ伏せ、そして恐怖で支配したのだろう。貴様の正道や正義はただ恐怖を振り撒くだけの暴虐に過ぎない。まさに人間らしい行動よ。
己が欲望を満たすためだけに他人を踏み躙る、実に人間らしいではないか……ひとりぼっちと言う言葉がこれほど似合う者もいないであろうな」
「…………そういう貴様はどうなんだ?」
「む?」
「貴様とて、孤独ではないか?他者に認めてもらえず、ただひたすらに暴れているだけの存在だ。貴様の正義はただの独り善がりに過ぎないだろう!」
「違うな魔法少女よ、これは暴力では断じてない。神による粛清であり、裁きである。貴様ら人間共が犯してきた罪に対する罰を与え審判を下しているのだ。故に人間共に認めてもらう必要はあるまい……それに、神は独りでいい」
「戯言を……!」
「戯れ言かどうか、その身をもって味わうがいい。貴様の正義とやらがどれほど脆いかということを教えてやろう……」
孫悟空は和泉に向けて手のひらを突き出す。
次の瞬間、和泉の体は宙を舞っていた。まるで、空気が巨大な風船のような弾力を持つ何かに押し潰されたかのような感覚だった。
そのまま勢いよく吹き飛び、地面を転がる。
咄嵯に受け身を取ろうとしたが、あまりの威力に上手く体が動かず、背中から思い切り地面に叩きつけられた。
肺の中の酸素が全て吐き出され、一瞬意識を失いかける。
全身に走る激痛に悶える暇もなく、和泉は反射的に顔を上げる。
すると、視界にはこちらに向かって接近する孫悟空の姿が映った。
慌てて立ち上がろうとするが、思うように足が動かない。
そんな和泉の目の前までやってきた孫悟空は、容赦なく拳を振るう。
蹴る、殴るといった攻撃の動作のラッシュ。孫悟空の攻撃の一つひとつが、一撃必殺の破壊力を秘めた黒き絶技となって和泉を襲う。
捌き、防御に徹する和泉だったが、次第に孫悟空の動きに対応できなくなっていく。
和泉は必死に抵抗しようとするが、孫悟空の猛攻の前に為す術がない。
やがて、孫悟空の右足による蹴りが和泉の腹を捉えると、和泉は大きく後方へ吹っ飛ばされた。
背後に有った廃ビルに激突し、激しく咳込む和泉。しかし、休む間もなく孫悟空は追撃を仕掛けてくる。
再度、黒衣の男による蹴りが和泉の腹を捉え命中すると、和泉は再び廃ビルに激突し、クレーター状に陥没した壁の中に埋もれる形となった。そして、黒衣の男はまるで地面を蹴るようにして和泉の右肩を今度は左足で蹴り、孫悟空は斜め上後ろへと跳躍した。
直後、彼は跳躍中の状態で両手を合わせそこから光弾を 連射する。
光弾は真っ直ぐ和泉の元へ飛んでいき、直撃すると同時に爆発を起こす。
和泉は爆炎に包まれ、その姿が見えなくなる。孫悟空はそのまま上空へと静止した。
そして、数秒後。
爆煙の中から飛び出してきたのは、満身創痍の状態となり、体のあちこちに傷を負っている和泉十七夜であった。ボロ雑巾のようにズタボロになっていて、和泉は跪くのが精一杯の状態だ。
孫悟空は冷徹に見下ろしながら言う。
「これで終わりか。誇り高き魔法少女の最期にしては、随分呆気ないものだな」
「…………まさか……ここまで、とはな」
辛うじて言葉を絞り出しながら、和泉は何とか立ち上がる。だが、それだけで限界だ。これ以上動くことはできないだろう。
今の自分にできることは、孫悟空から死を賜ることだけだろう。和泉は黒衣の男が居る上空へ視線を向けると、右手から先ほどまでとは比較にならないほどのエネルギーの塊を生成していく様子を視覚した。
あの一撃を受ければ、間違いなくこの魔法少女は滅びるのは誰の目から見ても明らかだ。
自分は一体何をしているのだろうか。意識が朦朧としている中、和泉は心の何処かで思っている。正義を掲げておきながら、未知なる敵を前に心を揺さぶられ怖気づき何もできず、ただ一方的に蹂躙されるだけの結果となってしまった。
これでは、自分が掲げていた正義とは何なのか。ただの虚勢に過ぎなかったのか。
和泉の脳裏に様々な感情が浮かんでは消えていき、和泉の心の中は後悔と自責の念で満たされていく。まるで走馬灯のように思考は駆け巡っている
このような事態になっていても皆と連携すら取れていない時点で、リーダーと呼ばれる資格など無いのではないか。
ならば、せめて最後の瞬間くらいは潔く散ろうではないか。
それが自分の責務であり、魔法少女達のリーダーとしての責任であるのだから。
そう決心した和泉は、覚悟を決めた。目を閉じて静かにその時を待つ。
───が、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには和泉に向けてなんとも言えない顔で見下ろしている孫悟空の姿があった。
手に生成していた凄まじいほどの威力を持つであろうエネルギーの塊が何故か消えており、孫悟空は和泉に冷徹な眼差しを送ることもなく、どこか哀れみを含んだような表情をしていた。
「……何故とどめを刺さない?」
「言った筈だ。滅びを求めているのはお前の方ではないか、と。その言葉通り、神浜を破壊すれば差別や迫害が無くなり公平で平等な関係になると願っていたのだろう」
「…………はやり心を読んでいたか」
和泉は孫悟空の言葉を聞いて、思わず苦笑してしまう。確かに、和泉は心の何処かで孫悟空と同じことを考えているかも知れないと思っていたからだ。
歪んだ歴史を消し去れば、神浜中からの差別や迫害がなくなり、誰もが平和で幸福になれる。そんな夢物語を本気で信じようとしていたのだ。
「神と肉薄した魔法少女よ。褒美だ、これから起こる滅びの過程を特等席で見学させてやろう。貴様が望む結末が見られるかも知れんぞ」
「…………」
曇り空を見上げながら孫悟空が言うと、和泉は何も言わずに黙って彼の姿を見ている。
「……ひとつ聞かせてくれ、何故神浜に滅びをもたらそうとする?貴様の目的は何なのだ……」
もしかしたら、この男は自分と同じように何か目的があって行動しているのかもしれない。
神を名乗っているが、本当は人間で神浜の歴史に嫌気を差す者ではないのだろうか。
魔法少女を知ってることといい、忌み嫌うといい、何か理由があるのは間違いないだろう。
そんなゼロに等しい程の淡い推測が脳裏に浮かべながらも、和泉は思っていた。
孫悟空はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
それは、和泉の予想を大きく上回るものだった。
「ふふふ、知れたことを。神の正義の為に──────世界を穢す地球人を絶滅させる」
「!?」
和泉は孫悟空の口から発せられたあまりにも衝撃的な発言に絶句する。
まさか、そこまでの思考に至っているとは思わなかった。
この男はやはり人間ではなくインキュベーターのような存在だということを改めて認識させられることとなった。
魔法少女を忌み嫌うだけではなく、人類そのものに対して強い憎悪を抱いている。この世界総ての人間を滅ぼすつもりだ。
孫悟空はそんな和泉を見て不敵に笑う。
「何故そうも驚く。わざわざテレビなどで教えてやったというのに……見ていなかったと言うのかね?それとも
孫悟空は和泉の反応を愉快げに眺めながら語り続ける。
「愚かな考えだ。実に不快だ。この宇宙を現在進行形で穢れによって…………いや、すまないな、話が逸れてしまって。とにかく俺は地球を汚し続けている人類の滅亡を願い、そしてそれを叶える為に動いている。それが神の正義であり、使命だ」
「ふざけるな……なぜそうなる!」
和泉は怒りのあまり声を上げる。
しかし、孫悟空はまるで意に介していないようだ。
「まだ分からないのか。人間は自らの欲望を満たす為だけに自然を破壊し、生態系を壊し、環境を破壊する。そして挙げ句の果てには、戦争を起こし多くの命を奪い、そしてその罪悪感からかは知らないが、今度は自分達の手で新たな争いを生み出し世界を穢す。こんなにも醜く愚劣な生命体はこの世に存在しない方が自然の為、地球の為、そして宇宙の為になるではないかと思うがね」
「だからといって滅ぼしていい訳がないだろう……!」
「何を言う?貴様とて神浜の滅びを願っていたのだろう?俺とお前、一体どこが違うと思っているのだ」
「……っ」
孫悟空の言葉に和泉は言い返すことができなかった。
結局、自分も孫悟空と変わらない。神と同じような思想を抱いていたのだから。
「では、俺は忙しい身なのでな。そろそろ失礼させてもらうとしよう。さらばだ、和泉十七夜よ」
そう言って、孫悟空はそのまま上空へと飛び立ちその場から姿を消した。
魔法少女達の運命は如何に。
そして、神浜市では。
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裏で暗躍する組織があった。
原作通りにやった方がいい?
-
原作通りにやれ
-
関係ない、このままいけ
-
ご自由に