絶望の協奏曲   作:漆黒の人

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これがワルプルギスの夜が来襲してきた理由です。
正直、この話を書くのがめんどくさすぎてエタりそうになりました。


第七話 戯曲の幕開け

 

 

 

「避難警報です。皆さん、速やかに虎屋町から退避してください!繰り返します────」

 

 荒廃した町に響き渡るサイレンの音に混じって、スピーカーの声が聞こえてくる。その声は切迫していて、どこか悲痛な色を帯びていた。

 しかし、それはもう手遅れだった。

 町は既に火の海と化していたのだから──。

 何しろ、今この町には──黒衣を纏う一人の男が町にやって来たからだ。

 

 

 事の始まりは、ほんの一時間ほど前に遡る。

 町の上空から突然現れた次元の裂け目。そこから這い出してきた黒衣を纏う男の存在によって、町は瞬く間に蹂躙された。男は手のひらから光線を放ち、逃げ惑う人々を次々に焼き払っていったのだ。男によって一人の少女が首を千切られそうになった時にファンタジーに出てくるような格好の少女──魔法少女が現れて男の攻撃を防いでくれてその少女を男から逃がすことができた。逃がされた少女は今もなお走り続けている。そして現在、その少女は必死に逃げている最中だ。

 しかし、それももう限界だった。

 足は既に棒になり、呼吸も荒くなって視界もぼやけてきている。それでもまだ走ることができるのはひとえに彼女の脳内に発生するドーパミンのおかげだろう。

 少女は自分の体力の限界を感じながらも、懸命に走り続ける。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 背後からは追ってくる気配はないものの、だからといって安心することはできない。なぜなら、先程自分のことを襲ってきたあの黒衣の男は間違いなく自分を狙っているはずだからだ。

 どうして自分が狙われるのか?その理由は全く分からないが、とにかく今は逃げるしかない。

 

 一体……どうすればいい?

 

 このままではいずれ捕まってしまうことは明白である。そうなったら自分は殺されてしまうかもしれない。それだけは何としても避けたかった。だが、自分にできることなど何もない。魔法という摩訶不思議なものは使えないし、武器を持っているわけでもない。あるとすればこの身一つだけだ。でも、それで何かができるとは到底思えない。いや、むしろこの状況では何もしない方がいいくらいだ。下手なことをしてさらに状況を悪化させるようなことだけは絶対にしてはならない。そうならないためにもまずはこの場から離れることが最優先事項だ。

 

 幸いにもここは町から少し離れたところにある山の中だ。こんなところに人が来ることなど滅多にないだろう。だからこそ、この場所を選んだのだが……まさかここで山登りをするとは思いもしなかった。

 すると、それとほぼ同時に後ろの方から爆発音が響いた。おそらく、黒衣の男が助けてくれた女の人と戦闘をしている音だろうと推測する。ということは、少なくともしばらくは安全ということだ。

 とはいえ、いつまでもここに隠れていることはできなさそうだ。もし仮にここが見つかった場合、すぐに見つかってしまうだろう。かと言って移動したところで結局は同じ結果になる可能性が高い。どうする?どうすればいい?そんな自問自答を繰り返しながら頭を悩ませる。その時だった。

 

 ガサガサ!

 

 草むらの中から物音がした。ビクッとして思わず身体が硬直してしまう。心臓が激しく脈打つ中、恐る恐る音の鳴った方へと視線を向ける。するとそこには──

 一匹のウサギのような小動物らしき見たことがない生物がいた。

 全身真っ白な毛色をして耳長で可愛らしい姿をしている生物。だがしかし、こちらを覗く瞳は血のような赤色に染まっており、まるでこちらの価値を値踏みするようにじっと見つめていた。

 これは明らかに普通の生き物ではないと瞬時に理解することができた。それによく見れば長耳に謎のワッカのようなものがあるではないか。それはまさしくファンタジーの世界に登場する魔物の特徴そのものと言えるものだった。

 

(いったい、なんの生き物なんだろう……?)

 

 今まで生きてきた中でこのような生物を見たことはない。そもそもこんな生物が存在していることすら知らなかったのだ。

 

『やぁ、何かお困りごとがあるみたいだね?』

 

 突然頭の中に声が聞こえた。

 

「きゃあ!?」

 

 驚いて悲鳴を上げてしまった。無理もないだろう。いきなり話しかけられたのだから。しかも相手は明らかに人間ではなく謎多き生物のようだ。警戒心を抱くには十分すぎる要素だった。

 

『驚かせてすまないね。僕の名前はキュゥべえ。君にお願いがあって話しかけさせてもらっているんだ。聞いてもらえるかな?』

 

 しかし、キュゥベェと名乗ったその白い生き物は特に気にしていない様子だった。

 

「お、お願いって……」

 

『単刀直入に言うよ。僕は君を魔法少女にさせることで願いを叶えることができる』

 

「……へ?」

 

 何を言っているのか分からなかった。あまりにも突拍子もない話だったので頭が混乱してしまったのかもしれない。とりあえず深呼吸して気持ちを落ち着かせる。そして改めて目の前にいる不思議な生き物に目を向けた。確かに彼の言葉通り、なんでもできると言われれば納得してしまいそうになるほどの存在感を放っていた。だが、だからといってはいそうですかと信じられるはずがない。

 

『君は今、あの黒衣の男と戦える力が欲しいと思っているよね?』

 

「……!」

 

 なぜそれを──と思ったが、すぐに先程の少女のことを思い出す。彼女は自分を助けるために戦ってくれたのだと知った。つまりは彼女も魔法少女ということなのだろうと推測できた。そして彼女が戦った相手が黒衣の男だということも。

 しかし、今の自分にはどうすることもできない。できるのはただ逃げ続けることだけだ。そう思うだけで自然と涙が出てきた。悔しかったのだ。何もできずにこうして怯えている自分が──

 

「私に……何ができるっていうの……」

 

 泣きじゃくりながら、少女は言った。するとキュゥべぇはこう答えた。

 

『うーん……そうだね……少なくともあの黒衣の男を倒せるだけの力を与えることは不可能だろうね』

 

 あっさりと言われた。正直、ショックだった。だが、それと同時に安堵感もあった。魔法少女になれたところであの黒衣の男が簡単に勝てるとは思えないからだ。きっとあの子でも苦戦するような相手に違いない。それなら自分にできることなど何もない。

 

『まったく困ったものだ。時空間の歪みを感知して駆けつけてみれば、まさかワルプルギスの夜よりも最悪な厄災の存在がいるとは……さすがのボクも予想外だよ』

 

 独り言のように呟くキュゥべぇの言葉を聞いて、少女は首を傾げた。

 

「わ、わるぷるぎや?な、なにそれ?」

 

 聞き慣れない単語を言われても分かるわけがなかった。すると彼は説明を始めた。

 

『ああ、ごめん。こっちの話なんだ。それで話を戻すけど、要するにあの男をどうにかすることはできないんだよ。いくら魔法少女になったところで、あの男を倒すことはできない。気になってエネルギーを計ってみたら、惑星どころか下手をすれば太陽系ごと破壊する力を持っているんじゃないかな?そんな存在を相手に戦うなんて無謀もいいところだ』

 

「た、たいようせい?せいくうかん?……そ、そこまで危険なの?あの人は」

 

『うん。まぁ、正確に言えばまだ全力じゃないんだけどね。それでもこの星を破壊してしまうくらいの力は持っていると思うよ』

 

「ふぇっ!?」

 

 とんでもない事実を聞かされてしまい、驚愕した。まさかそれほどまでとは思わなかったのだ。そんな相手に自分は殺されかけていたのかと考えると恐怖で震え上がってしまう。そんな相手を前にしてどうして自分のようなちっぽけな人間がどうこうできるというのか。

 

『だけど、希望はある。あの男は今、遊んでいるんだ。本気を出していない状態でね。だから今は見逃されているだけに過ぎない。いずれ必ず君を殺しに来るはずだ』

 

「…………」

 

 キュウべぇの言うことはもっともだった。このままでは殺されるのは時間の問題だろう。だが、いったいどうやって?

 

「あ、あなたはいったい……なんなの?」

 

 恐る恐る訊ねると、彼は『僕はキュゥべえ。宇宙からやってきた使者であり、あらゆる願い事を叶えることができる存在さ』と答えた。

 

「……宇宙人ってこと?」

 

『そういうことになるのかな?厳密にいえば違うのかもしれないけれど、とにかくそう認識してくれればいいよ』

 

「……よく分からない」

 

 いまいち理解できなかったが、なんとなく凄い生き物だということだけは分かった。

 

『だから僕と契約して魔法少女になってほしいんだ。そうすれば君の願い事は必ず叶うし、僕もサポートすることによってあの黒衣の男と戦うこともできるようになる』

 

「……本当に、できるの?」

 

 その言葉にキュゥべぇは『もちろん』と断言した。その自信満々な態度を見て思わず信じたくなってしまうが、やはり不安は拭えない。そもそも願い事を叶えてくれると言われても具体的に何を願えばいいのか見当もつかなかった。

 

「私、何もできないのに……」

 

『大丈夫。僕たちの力も貸してあげるよ。契約さえ済ませてくれればあとは何も心配はいらない。だから安心してほしい』

 

 僕たちというワードに少女は引っ掛かったが、すぐにそれを振り払った。

 

「……」

 

 とても信じられなかった。いきなり現れて「お前には願いを叶えることができる」と言ってくる生き物を信じろと言う方が無理がある。

 しかし、他に頼れるものなどなかった。それにあの黒衣の男を倒せるほどの力を得られるならば、どんな願い事でも叶えられるのではないだろうか。

 ご都合主義の極みだが、こんな状況になった以上何でも良かったのだ。

 そう考えると、心の中で何かが疼いた。

 

「なんでも、できるの?」

 

『うん。なんでもできるよ』

 

「なんでも?」

 

『ああ、そうだとも。例えば───君の家族を生き返らせることも、君の友達の怪我を治すことだって可能だよ』

 

 それはまさに夢のような話だった。

 だが、同時に恐ろしい話でもあった。

 もしそれが本当だとしたら――

 

「……私に……何をさせたいの……」

 

 少女は怯えた表情でキュゥべぇを見つめた。するとキュゥべぇは少し困ったように言った。

 

『うーん……できれば君の意思を尊重したいんだけど……どうしようか?』

 

「ど、どういう意味……」

 

『はっきり言ってしまえば、君はもうすでに決まっているようなものなんだ。ただそれを口に出すかどうか迷っているだけでね』

 

「……」

 

『まぁ、これはあくまで僕の推測なんだけど、おそらく君はこう考えているんじゃないのかい?自分が魔法少女になればあの黒衣の男を倒せるだけの力が手に入るんじゃないか──と。そしてそれこそが君の本当の望みでもあるんじゃないかな?』

 

 まるで心を読まれているかのような発言だった。だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、彼の言っていることが正しいのではないかと思えてくる。

 

『別に恥ずかしいことでもないよ。誰しも一度は思うことだ。そしてそれ故に誰もが諦めてしまう。でも、君は違ったようだね。あの男をどうにかしたいと思っている』

 

「……」

 

 図星だった。確かに少女は自分の中に秘めていた想いをはっきりと自覚していた。

 

「私は……あんな奴に負けたくない。何もできずに殺されるなんて絶対に嫌だ。だからお願い。ご都合主義でもいい!私に力をちょうだい!」

 

 少女は叫ぶようにして願いを告げた。

 するとキュゥべぇは満足げに微笑みながら答えた。

 

『さぁ、受けとるといい。これが君の運命だ』

 

 するとキュゥべぇは口から光を放つと、そのまま少女の身体の中へと入っていった。その瞬間、彼女の全身を激しい痛みが襲った。あまりの激痛に耐えきれず彼女は悲鳴を上げた。だが、それも一瞬のことだった。やがて光が消えると、そこには先ほどまでとは打って変わって別人のように凛々しい顔つきの少女の姿があった。

 

「こ、これって……」

 

 自分の姿の変化に戸惑う彼女にキュゥべぇは説明を始めた。

 

『今、君はソウルジェムによって魔力を与えられた。つまりこれで晴れて魔法少女になったわけだ』

 

「そ、そう……な──ッ!?」

 

 ドクンッ!

 

 突然、強烈な痛みが少女に襲う。

 それは心臓を直接掴まれているような感覚に襲われたようなものだった。胸元を見ると、黒いモヤのようなものが渦巻いていた。まるで自分の中に入っていこうとしているかのように。

 必死に抵抗するが、その勢いを止めることはできない。

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ッ!?」

 

『ふむ……どうやら倒すために手に入れた力が強大すぎて暴走したみたいだね。いずれこうなることは分かってはいたけど、まさか一瞬でとはね。これは驚いたよ』

 

 キュゥべぇは冷静に分析するが、そんなことを言われてもどうすることもできない。

 

「い、いや……助け……誰か……」

 

『無理だよ。もうこうなった以上、どうにもならない』

 

「そん……な……あぐっ!……ああっ!!」

 

 だが、キュゥべえの言葉とは裏腹に状況は悪化していく一方だった。意識が飛びそうになるが、すぐに戻ってくる。いっそこのまま気絶してしまった方が楽なのではないかと思ったが、そのたびに痛みがそれを許してはくれなかった。

 

「な、ナんで……こんな……コンなこ、とニな、るって……分カってたら……」

 

『何故かって?それは愚問というものだね。それは勿論──』

 

 聞かれてなかったからさ。

 そう目の前に居る少女に言い放った。

 

『それに、君があの黒衣の男を倒したいって願ったからだろう?その願いが叶ったんだから当然の結果じゃないか。いずれはこうなる運命だったのが今この瞬間に起こってしまっただけということさ』

 

「わ、ワタシは……ソンなこト願った覚エは……」

 

 キュゥべぇは事も無げに言う。その言葉を聞いて少女は悟ってしまった。自分はこのまま死ぬのだと。結局は願い事など無駄なのだ。黒衣の男を倒すどころか、自分を殺すことすらできないのだから。だが、それでもなお彼女は抗うことをやめなかった。

 まだ生きているのなら最後まで足掻いてやる。そう決心して。

 しかし、いくら耐えようとしても限界はすぐに訪れた。

 視界が霞む。

 思考が停止する。

 呼吸ができない。

 次第に意識も遠退いていく。

 

(く……苦しい……もう、ダメ……)

 

 そんな様子を見かねたのか、キュゥべえが言った。

 

『だけど、安心するといい。君は決して無駄死になんかじゃない。なぜなら君はこの宇宙の役に立ってくれたのだからさ』

 

 その言葉を最後にプツンと糸が切れたように少女の意識は完全に途絶えた──

 

 そして次の瞬間、死に絶えた少女の身体を中心に魔方陣のような円が現れた。それはまるで少女を媒体にするように徐々に大きくなっていく。

 そしてその中心で少女の肉体は光の粒子となって消え去った。

 同時に、巨大な影が姿を現した。それはまさしく怪物と呼ぶに相応しい存在だった。

 全長は約数百メートル程だろうか。地上に対して逆さまの状態で浮遊している。そして頭部は上半分が存在せず、二本の角が槍のように尖っており、まるで悪魔を連想させるような姿だった。

 更に、スカートらしきものの下には足がなく代わりに巨大な歯車がある。まるで機械仕掛けの魔女といったところだろうか、そして巨体を中心に魔方陣が虹色に輝きゆっくりと回転していた。

 

『ウフフ──フフ。アァハハハハ!!』

 

 総てを嘲笑うかのような笑い声が響き渡る。

 

『アハッ!!アハハハハハ!!!』

 

 その声の主の名は、ワルプルギスの夜。数多の魔法少女たちが敵わなかった災厄の使い手である。

 

『ふぅん……随分と面白いことになっているようだね』

 

 その光景を眺めながらキュゥべえは呟く。

 

『宇宙の抑止力が働き、黒衣の男を排除する為に先程の少女の願いを媒体にしてこの場に顕現したというわけか……まったく、とんでもないことになったものだね』

 

 キュゥべえは呆れたように溜め息を吐いた。

 

『さて、お手並み拝見だよ。二木市であの黒衣の男はこのワルプルギスの夜を相手にどこまで戦えるのかな?』

 

 

 

 

 

 




宇宙の意思「願いを叶えた少女を生け贄に、ワルプルギスの夜を召喚!」

キュゥベえ『あれ?宇宙の寿命が縮んだ気がするけど気のせいかな……?』


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  • ワルプルギスの夜
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