荒廃した町に怪物同士の激突を呆然と見ている魔法少女が居る。彼女の名は紅晴結菜。黒衣の男とワルプルギスの夜の使い魔に挟まれて死を覚悟していたがその使い魔の大軍に無視されて驚愕を隠せないでいたのだ。
そして、今起きている状況が理解できずにいた。
しかし、そんな彼女にも分かることがあった。
それは、あの魔女が……あのワルプルギスの夜が現れたことで戦況が変わったということだ。何故なら、今まで一方的に虎屋町を蹂躙してきた黒衣を纏った男──孫悟空相手に互角に渡り合っているのだ。何故ワルプルギスの夜が突然現れたのかは不明だったが、今はただ目の前の光景を信じるしかなかった。
「一体何が起こって……」
だが、彼女はまだ知らない。
この戦いが、これから起こる絶望の序章に過ぎないということを。
これが宇宙史上最大最悪の事件の始まりであることを。
「結菜さーん!!大丈夫ですか!?返事してくださいっす!」
後ろの方向から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。その声の主は、必死になって彼女の名前を叫んでいる。
振り向くとそこには、自分の身を案じている少女──煌里ひかるがいた。
それだけじゃない。
その隣には、自分を心配している町の代表の魔法少女の面々が居たのだ。
「ひ、ひかるぅ!皆もどうしてここに……」
「そこのひかるが並々ならん様子をしていたんでな、虎屋町が二木市が危険に晒されてるってマジの面してっから仕方ねぇからついて来たんだよ……にしてもひでぇな状況だな、町がめっちゃ壊れてんじゃん。笑えねぇぞこれ」
竜ケ崎の代表の魔法少女──大庭樹里が答えた。そして、そのまま上空へ見上げると黒衣を纏う男がその場に浮遊しながらワルプルギスの夜の使い魔を光弾で爆撃していく姿が目に入る。
「結菜さん……無事だったんですね……良かったです……」
「でも、この状況はどうなってるの? あの化け物は? それにあの男は何者?」
「分からないわぁ……ただ、あの男は敵だということだけは確かよぉ。人類を絶滅させると言っていたわぁ」
そう言うと、蛇の宮の代表の魔法少女──笠音アオが反応を示した。
「えっ?人類を絶滅って冗談だよね……ゲームの話とかじゃなくて」
「……この虎屋町の惨劇が物語っているわぁ。これは現実よぉ。つまり、あの男は本気で言ってるということになるわねぇ」
「なんてふざけたヤロウだ……!」
結菜が殺意を孕ませた目付きで黒衣を纏う男を見る。
その目は、彼が人類の敵だと訴えかけているようだった。それを見て、他の代表達も息を呑む。
すると、その時。
ワルプルギスの夜とザマスが激しくぶつかり合った。
それによって発生した衝撃波に、一同は吹き飛ばされそうになる。
「なに……今の……やばすぎない……?」
「……なんすかあれ……あんなの……勝てっこないっすよ」
その圧倒的な力の差に、全員が絶望を感じた。
されど一の激突、たかが一の激突、されどその一撃は凄まじい衝撃を生み、その場にいた全員を吹き飛ばしかねないほどのものだった。
「くっ……にしても何でワルプルギスの夜がここに居るんだよ。まさかあいつが呼んだのか!?」
大庭樹里が叫ぶ。無理もない。ワルプルギスの夜は、魔女の中でも最強クラスの力を持つと言われている存在なのだ。それが、突如として現れたのだから。
「そんなことより、このままでは虎屋町が壊滅してしまいます!どうにかしないと!」
「……無理よぉ」
「なに諦めたような事いってんだ!まだ何か手があるはずだろ!」
「あるかもしれないけど、それはあまりにもリスクが高いものなのよぉ。下手すれば私達は全滅する可能性もあるわぁ。それでもいいなら私は構わないけれどぉ……」
結菜の言葉を聞いて黙り込む樹里。
確かに、ここで何もしなければ確実に虎屋町は二木市滅ぶだろう。だが、仮に黒衣の男とワルプルギスの夜の戦いに介入しても、自分達が助かる保証はない。
むしろ、黒い男によって殺される可能性の方が高いのだ。だが、今戦っているのは魔法少女ではない。魔法少女が戦うべき相手であるはずの悪──魔女ワルプルギスの夜。その力は魔法少女の比にならないほど強大なのだ。
そこに付け入る隙が見つかるかと言われれば、正直見つからない。
「……私はやるせません」
一人の魔法少女が拳を強く握り締めながら言った。
「あの男のせいで、この町の人達は死にました……そして今度は虎屋町の風景まで……」
少女の目から涙が零れ落ちる。
「あの男さえ居なければ、こんなことにはならなかったはずなのに……!!」
少女は涙を流しながらも、強い怒りと憎しみを込めた表情で黒衣の男を睨み付ける。
「笑ってさえいた!まるでゴミのように!虫ケラを踏み潰すように!人を人とも思わない!そんな非道な行いを平気で行うあの男が許せない!」
その少女の叫びはその場の全員の心に深く突き刺さった。
結菜は思う。
この少女の怒りはもっともだ、と。
彼女は正義感が強い子だ。そして優しい。だからこそ、自分の住む町を蹂躙し、虎屋町の皆を殺した黒衣を纏う男を心の底から憎んでいるのだろう。
「そうねぇ……あの男には死よりも辛い苦痛を与えてあげないと気が済まないわねぇ……」
膨れ上がる憎悪が殺意が溢れ出す。
あの男には地獄を見せてやると、そう強く思った。
「アンタ……そんな殺気を放てるヤツだったか?……いや、この惨劇を見て何も感じないわけがないよな」
樹里は結菜の変化に驚いているようだ。結菜はそれに答えることなく、ただ黒衣を纏う男の方を見ている。
そして、遂に黒衣を纏う男が動き出した。
ワルプルギスの夜の放った黒い鞭を掴むと、それをそのままワルプルギスの夜を釣り上げるかのように引っ張る。そして、地面に叩きつけた。そのまま黒衣を纏う男はワルプルギスの夜の頭上へと跳躍すると、そのまま空中に浮遊していた。
それを見ていた樹里が呟く。
「あの男……ワルプルギスの夜を圧倒してんじゃねーか……あんなのアリなのかよ」
「……腹立たしいけどぉ、神と自称するだけあるわねぇ」
「……どうします?このままじゃ虎屋町が」
「そうねぇ……でも、あの男は私達が何をしても殺すつもりだと思うわぁ。つまり、どう足掻いても虎屋町が滅ぶのは免れないということだわぁ」
「じゃあ、どうしろっていうんすか!?」
「……」
紅晴結菜は、その問いに対して沈黙してしまった。彼女の言う通り、もう打つ手はないのだ。
ザマスとワルプルギスの夜は今もなお戦い続けている。まるで、その力の差を見せつけるように。
……自分に一体何が出来たのだ?魔法少女である自分が突然現れた神を自称する黒い男になす術もなく敗北する。
それどころか、仲間達までも巻き込んでしまった。男が嗤う声と剣を振るう度に先輩に託された町が滅んでいく光景が脳裏に浮かび上がる。
悔しい。情けない。不甲斐ない。
どうして自分はこんなにも弱いのか。
先輩が居なければ、私は何も出来ないのか。
私がもっと強ければ、こんな事にはならなかったかもしれないのに。
後悔の念だけが募っていく。
馬鹿みたいに使い魔に仲間と共に突撃した自分が情けなすぎて、涙すら出てこない。
ただ、このままでは本当に虎屋町が壊滅してしまう。それだけは避けなければならない。
「……一つ、あるとすれば」
結菜がワルプルギスの夜の方向を見る。
「あの化け物を援護することよぉ」
蛇の宮の代表の笠音アオも、大庭樹里もその場にいる者全員がその言葉に耳を疑った。
「はぁ!?何言ってんだ!?」
「結菜さん!?正気ですか!?」
「そんなことしたら私達は確実に殺されますよ!?」
他の魔法少女達の反応は当然と言えるものだった。だが、結菜は表情を変えずに続ける。
「えぇ、分かってるわぁ。あの伝説と呼ばれた魔女を援護するなんて自殺行為もいいところだし、前代未聞もいいとこだわぁ。でもねぇ、あの男を野放しにしておけば間違いなく人類は滅亡することになるわぁ。そうなれば、結局どの道死ぬことになるのよぉ」
「そ、それはそうですけど……」
「だからと言って命を捨てるような真似は……」
少女達が反論をしようとするが、それを遮るように結菜は言った。
「もう、私達は選べる選択肢が限られているのよぉ。このまま何もせず、ただ滅びを待つか。それとも、あの男を殺すために戦うか。二つに一つの選択しかない。あの男が許せないなら、戦うしかないのよ。たとえそれが無謀な戦いだったとしてもだわぁ」
結菜がワルプルギスの夜の方を見る。そして次の瞬間には舞台装置の魔女がくるりと一回転し、正位置になったのだ。それに合わせ黒衣の男の髪が逆立ち金色になり、黄金の闘気を纏い始めたのだ。
「遂に本気を出したようねぇ。今から私達が介入したところで勝てる可能性は限りなく低いでしょうけどぉ、このまま何もせずに指をくわえて見てるわけにはいかないわぁ。このままだと、いずれこの星ごと滅ぼされてしまうものぉ」
「で、でも……!」
「他に何か方法があるはずですよ!」
「そんな方法があれば既に実行しているはずよぉ。いい?もう時間がないのよ。それに、ここで何もしなければ、どちらにせよ全滅するだけなのよぉ」
「……」
少女達は黙り込むしかなかった。確かに、自分達が加勢したところで戦況が変わるとは思えない。しかし、このまま何もしないわけにもいかなかったのだ。
ワルプルギスの夜を援護するということがどういう事か理解した上で、少女達は迷っていた。
選択肢は残されてない。
最早地獄へ続く道しか用意されてなかった。
次回は来週の日曜日に投稿しています。
どっちが勝つと思う?
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ワルプルギスの夜
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ゴクウブラック