アサシンクリード~日本のアサシン~   作:サムスン

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第一話。あれからずいぶん経ってしまいました。たいへん申し訳ない。

艦これに嵌ってしまったのは内緒


現代編~その二~

「すみません。藤和ですけど、佐々木教授はいらっしゃいますか?」

 

 成彦は、五郎のいる研究棟四階に来ていた。扉を開けて声をかけてみるも、誰からの返事もない。

 

「あれ? おかしいなぁ。生徒も誰一人いないのかよ」

 

 せっかく来たというのに、誰からの応対もない。部屋の中に入ってみれば、やはり学生も、自分を呼んでいたはずの五郎も研究室にはいなかった。

 もぬけの殻。まさにその言葉が合う状態だった。

 

 成彦はもう一度自分が来た部屋が、五郎に指定された場所であることを確認する。部屋の横に付けられた表札は、確かに彼がメールにて成彦に伝えてあった名前が書かれている。腕時計の短針も、間違いなく予定の時刻を指している。

 むしろ、もう時間は十分過ぎている。

 

「んだよ。頼んだ本人がいないとか、何考えてやがるんだよ。一体」

 

 成彦は少しイライラしていた。自分の留年回避のためにあちらが提示してくれた救いの手ではあるのだが、何をすればいいのかを五郎は言わなかったのだ。自分のすべきことがわからないため、何をされるかわからない恐怖を感じずにはいられない。

 思えば佐々木五郎という教授には、色々と変な噂が立っていた。深夜、誰もいなくなるのを確認するや、どこから持ってきたのか実験用の虫や動物たちを出しては変な器具で弄り殺したりや大学の女子学生に実験のためと言って卑猥な玩具渡したりなど。

 

 半分くらいは面白おかしく誰かが脚色しているのだろうが、冗談にしては確かな証拠品があって本当なのではないかという説の物もある。

 成彦自身、五郎のことは半信半疑だ。決して悪い人ではないことは、彼の授業を受けた経験から理解している。わかりやすい解説から、決して意地悪で難しくしているわけではない中間、期末テスト。単位の付け方も厳しすぎず優しすぎず。いわば普通。

 

 そんな彼に変な噂があるのは一体なぜなのか。それがよくわからないためか、成彦は完全には彼を信じきれない理由なのだろう。

 

「おせぇな……。帰りたいんだが……」

 

 留年のことを思うと、ここで帰ると踏ん切りがつけられない。成彦はちょうど目の前に置いてあった椅子に腰を掛け、少しだけ待つことにした。

 

「まああと十分ほど待ってみるか。それで来なかったらメールして、後日にしてもらおう」

 

 そう考え、背筋を伸ばして大きな欠伸をする成彦。

 

「そう言えば、昨日はちゃんと寝てなかったな。夜中の間ずっとラインでやり取りしてたのが悪かったか」

 

 女の子たちから何度もラインで予定があるかどうか聞かれていた彼は、それらを律儀に返していたために床に就いたのは夜中の三時だった。

 そして今日起きたのは四時間後の七時。人間は七、八時間は寝ないと完全に身体の疲れを取ることはできない。成彦の睡眠はその半分程度。普段、夜中に外に出て昼間に睡眠をとる昼夜逆転の生活をしている彼にとって、今の状況は酷な話だ。

 

 イライラの原因は、眠気が問題であるのは明白。それでも留年を避けるため。ここは耐えるしかないのだ。

 瞼が半分落ちかけながらも、懸命に五郎が来るのを待つ成彦。

 

 そんな時、ふと部屋の扉の方へ視線を向けると、一人の女性が彼を見ていた。

 

「あれ? 研究室の人? 佐々木教授どこにいるか知りませんか?」

 

 目をこすりながら、成彦は彼女へと声をかける。

 しかし返事は質問への応えではなかった。

 

「あなたが藤和成彦?」

「はい?」

 

 質問を質問で返す女性は、成彦の顔をジッと見つめていた。

 よく見れば、今まで付き合ってきた女性たちとは比べ物にならないほど絶世の美女だ。長い睫毛。手入れの行き届いた長い黒髪。よく磨かれた陶器のような白い肌。健康的で程よく潤った唇。

 

 完璧だ。日本男児が望む理想の女性像が、目の前に。しかも自分の顔をのぞき込んいるのだ。それだけで気分はうなぎ登りだ。

 

「あなたが藤和成彦? 間違ってる?」

「いやいや! 合ってますよ合ってます! 俺、藤和成彦! あなたの名前は?」

 

 女性慣れしている筈の成彦でさえも、緊張していつもの調子で話すことがままならない。

 顔の肌と同じように美しい肌にすらりと伸びた手足。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。女性たちも羨む最高のプロポーションだ。

 

 成彦はゴクリと息をのむ。

 

「私の名前はいい。それより、早くここから出ましょう」

 

 逆ナンパか、と彼は考えたが彼女からそんな感じがしなかったのと、ここにいなくてはならない理由が成彦の心を冷静にさせてくれた。

 

「帰りたいのは山々なんだけど、ここの教授の人と約束があるから帰れないんだよ」

 

 綺麗な女性に一緒に帰ろうというお誘いを断らなければいけないことに、成彦自身残念で仕方なかった。しかし、これも自分のために懸命に働いてくれる母のため。余計な心配はできるだけ避けたい。

 一生に一度しかないかもしれないこの機会。されど、彼女も退かず彼に近寄る。

 

「ダメだよ。ここにいちゃダメ。ここはとても危険な場所だから。早く行きましょう」

「は? ここが危険って、別にこれと言って危険な物が置いてあるわけじゃないぞ」

 

 周囲を見ても、あるのは机と椅子。二、三台のパソコンと本棚の中にある教材くらいだ。確かに机の角や椅子は凶器になるだろう。だからと言って、それらを使って自分に危害を与えるようなシチュエーションは考えにくい。なぜなら、教授と教授の生徒たちとの面識がない成彦が彼らに襲われる動機がないのだ。

 いや、もしあるとすれば彼らの彼女に手を出したという可能性がある。成彦は少々女遊びが過ぎる質がある。知らず知らずのうちに恨みを買っている、なんてことはあり得なくもない話だろう。

 

 誰の女だっただろうか、と考え込む彼の様子にしびれを切らしたのか、彼女が細いその手で彼の腕を掴む。

 

「いいから。今は言うとおりにしてた方が身のためだよ」

 

 自分よりも遥かに細いその腕に、一体どれだけの力があるというのか。成彦の顔が歪むほどに強い力が手に込められていた。

 

「いや、ちょ! ちょっと待ってくれ! 俺には留年になるかならないのか瀬戸際っていうかなり大事な――」

「ここで殺されるよりはマシでしょ」

「今ここで君に俺の人生を殺されそうなんだけど!」

「つべこべ言わず! ほらっ!」

 

 さっきまでのおとなしそうな口調は露と消え、生き生きとした快活な声で女は成彦を引っ張っていく。

 人間、外見に騙されてはいけないと、成彦は感じる。特にこと女に関しては。今までも何度も女には痛い目を見てきた。良い物を上げ、楽しく一緒に遊んできた女は、もらうだけもらい、楽しむだけ楽しんで汚い言葉を残してどこかに引っ越していった。

 

 またある女は、クリスマスや海、遊園地など様々なイベントごとに連れて行ってあげたが、別の男とも付き合っていて、最終的にはその男を選んで疎遠になった。

 他にも何人かの女と付き合ってきたが、長く続いた経験はなく、どれもこれもが苦い経験ばかりだ。

 

 それでも彼が女の後を追うのは、男としての性か。それとも単に彼が懲りないだけなのか。

 少なくとも、このままでは一生女運が悪いまま、誰とも添い遂げることもなく終わる可能性が高い。彼自身、やはり最後は誰かに見舞われて死にたいと考えているため、何とかしたいとは思っているようだが。

 

「っ! マジで何なんだよっ!? いきなり知らない女について行けるほど、流石に馬鹿じゃねぇぞ!」

 

 引っ張る彼女の手を無理やり引き剥がし、成彦は声を荒げた。

 

「大体なんだよ。現れてすぐに殺されるとか。大学の敷地内なら警備の人もいる。しかもこの研究棟には生徒だって何人もいる。危ない奴がいたらすぐに通報されるって」

 

 皺になった服を伸ばし、熱くなった頭を冷やし、冷静さを取り戻していく成彦。

 そんな彼を、振りほどかれたことなど気にもしていないように彼女が、ジッと見つめている。

 

「ていうか、あんたここの研究室の人っつうか、そもそもこの大学の生徒なの? 言っとくけど、部外者が大学内を出回るのは禁止されて――」

「君を殺そうとしているのは、佐々木五郎って人だよ」

 

 成彦の言葉など聞く気がないのか、女は遮るように五郎の名を出してきた。

 また冗談か? と今度は驚きはせず、むしろ呆れたように溜息がこぼれる。

 

「わかったわかった。そういうブラックジョークが好きなのはよーくわかったから。部外者はとっとと出ていった出ていった」

「ジョークじゃない。私がここに来たのは、あなたを守るためなんだから」

 

 少し焦り気味な口調だったが、成彦はもう相手にするつもりなかった。

 せっかく綺麗な異性と巡り合えたと思っていたのに、頭の中は残念な中二病キャラだったと。

 

 はいはいと適当に相槌を付きながら、彼女の背中を押して研究室の外へと追いやる。

 外に出された後、振り返った彼女の表情が、捨てられそうな子犬のような悲しみを表現していたため、罪悪感が零れ始めるも、次に現れた人物によって、その気持ちは一瞬で消え去った。

 

「いやぁ藤和君。すまない。少し他の教授との談義で盛り上がってしまって、約束の時間を過ぎてしまったね」

 

 無精髭にダボダボな白衣を着た三十代後半と言った中年男性が、顎を掻きながら二人の前に現れる。

 

「蛇の頭とカエルの頭はどこから始まっているのかって話がねぇ。思いのほか噛みあわなくってねぇ。僕は蛇の目から二センチほど行った先から首だと考えているのに、橋本さんは三センチだって言うんだ。どう思うよ?」

「いや。一センチ程度なら特に変わらないかと」

「そんなことはないぞ。大きく変わるんだよこれが。いいかい? 遊園地でジェットコースターに乗るためには百二十センチの身長がいる。なのに自分の身長が百十九センチだった場合、そのジェットコースターには乗れないんだよ。たった一センチ。しかしその一センチが、みんなの楽しむ絶叫娯楽に乗れるチャンスを奪っていくんだよ! 一センチだろうが、一ミリだろうが、差は差だ。変わらないとかどうでもいいとか考えてはいかん!」

 

 蛇の頭の話から、突然一センチの差を舐めてはいけないと話をし始めたこの男こそ、成彦が今日一日の予定を省いてまで待っていた佐々木五郎その人である。

 このように、訳も分からない話をするおかしな教授だからこそ、生徒たちから真実なのか嘘かもわからない噂話を作られてしまうのだが、本人がそれを気にも止めていない。

 

 そもそも、気に留める思考をしているのかわからない始末だ。

 

「さて、歓談を楽しみたいところだが、時間も押している。そろそろ始めようか」

「あ、ちょっと待ってください。その前にこの子が」

 

 研究室に入ろうとする五郎に、成彦が自身の隣を指さして静止する。

 指をさした先を振り返ると、そこには誰もいなかった。

 

「あれ? あの子、どこに行ったんだ?」

「ん? どうしたんだい?」

 

 周りを見回すも、辺りに先程までいた女性はどこにもいない。

 ついてこない成彦に五郎が声をかける。

 

「いえ。さっきまで一緒までここに女の人がいたんですけど」

「女の人?」

「教授も見てたじゃないっすか。黒髪美人の」

 

 五郎は表情を険しくし、首を横に振った。

 

「僕がこの階に来て見たのは君だけだが。他に誰か一緒にいたのかい? 見なかったなぁ」

「え? そんなはずは……」

 

 五郎の顔から嘘をついている感じがしない。だが成彦自身、彼女との数分の出会いが夢であるとは想像しにくかった。未だに、彼女に握られた腕が痛む感じがある。それが現実であったことを物語る。

 では、彼女はどこに行ってしまったのか。まさかあの短時間で、彼が五郎の方へ視線を向けた瞬間にこの場から離脱したとでもいうのだろうか。

 

 できるのだとすれば、少々人間の域を超えていないだろうか。

 もし、そんな真似が可能ならば、それはまるで人知れず闇に動くアサシンみたいではないか。

 

「さ。始めよう。時間は無限ではないよ」

 

 五郎が催促の言葉を向けてくる。

 女の所在が気になるところだが、自分の人生に関わる案件であることから、成彦はおとなしく研究室の中に入っていく。

 

 そんな二人に、どこかで隠れる彼女が見ているとは知らずに。

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