夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
ヨモギの花言葉は平穏、平和、幸福。
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どういうエンディングにするかは決めかねていますが、ギャルゲーみたいに複数ルート作ってもいいかなーと思っています。
Artemisia indica
晩春と共に梅雨が訪れた6月。
喫茶リコリコの裏で透奈とウォールナット改めクルミはパソコンと向き合っていた。行っているのはたきなが左遷する原因ともなった銃取引事件……それを偶々捉えた写真の解析だった。
世界有数のハッカーである彼女であれば何か追加の情報が分かるかもしれないという、願望交じりの依頼だった。
「どうかな、クルミ」
「画像補正じゃこれが限度だ」
「追加の情報になりそうなのは……この場付近の監視カメラくらいかな?」
「それくらいだな。それとこの写真を使って、身長体重体格を3D変換してVR化してみるが……顔は期待しないでくれ」
「ありがとう。こっちでも追加の情報がないか探ってみるよ」
そう言って、透奈は立ち上がる。現在そこまで沢山お客さんがいる訳ではないが、それでも長い時間席を外すのは気が引けるため、用事が済んだら早めに立ち去ろうして……それをクルミが彼の袖を掴んで止めた。
「? 何かな、クルミ」
「お前の……いや、なんでもない」
「そうかい? ならいいんだけど……何か聞きたい事あるならいいよ?」
数瞬の逡巡。視線が右往左往して、踏み込んだことを聞いていいかと迷い……それから意を決して、
「……お前はアランチルドレンなのか?」
「……そう思った理由を聞かせてもらっても?」
透奈の眼が細められる。
敵意はない。殺意もない。ただ、純然たる疑問の問いかけだった。
それなのに、クルミは心臓を鷲掴みにされたような悪寒を覚えた。任務のときに感じた先天的な破綻者の素養──────その片鱗を覗かせた。
「身体能力だな。オリンピック選手とか世界記録とか鼻で笑えるぞ、あれは。天才大好き機関が目をつけるには充分すぎる理由じゃないか?」
恐怖を押し殺しながら、それを悟らせないように矢継ぎ早に理由を述べる。
車で見せたあの身体スペックは決して火事場の馬鹿力なんて言葉で片付けられないものだった。あれが許されているのは天与の才能か、何らかの強化措置を受けた者だけ。
その2択を考えた場合、才能という可能性が高い。そう考えた。
「つまり、僕の才能は身体能力……そういう事かな」
「あぁ、そうだ。逆に、それ以外でお前に特別秀でている部分は余りないからな。それしか無いと判断した」
自信満々な考察を披露したクルミに対して透奈は微妙な顔をしていた。なんとも言えないような、申し訳ないような……そんな顔だった。
「もしかして違うのか」とクルミは思ったが、返ってきたのは予想外な答えで。
「分からない」
短く返した。その言葉にクルミは目を丸くして。
「……は?」
「分からないんだよ。僕には5歳以前の記憶がない。幼年期故の忘却ではなくて、本当に5歳より前の僕は
恥ずかしい話だけどね……そもそも、僕は身元が分からない。日本人だとは思うけど、それ以外の情報がほぼないんだ。
白峰透奈って名前はミカさんが付けてくれた、誕生日は千束達に出会った日、年齢は推定。アラン機関から支援を受け、才能とその使命が見出された事も分かるけど……使命も才能も分からない」
ブラックボックスの部分が多すぎると思った。アラン機関ならば何らかの情報を持っているとは思う。しかし、アラン機関に接触するのは至難の業だろう。
クルミ自身、白峰透奈に興味がないと言えば嘘になるが……少しばかり今回は難しいようだ。
「そうか……知りたいと思わないのか?」
「特には。知る必要があったら探るけど、自分から進んではやらないかな」
──────知ったら最後、ここには帰れなくなる気がするから。
口から出そうになったその言葉を、透奈は咄嗟に飲み込んで不恰好な笑みを浮かべた。
クルミはその笑顔を不思議そうに見て、それからパソコンに視線を戻した。どうやら話は終わったようだ。
「ありがとう。変なことを聞いてすまない」
「いや、全然大丈夫だよ。碌な解答が用意できなくてごめんね」
そう言って、透奈は今度こそリコリコ店内に戻っていった。
再び静寂に包まれた空間でクルミはぐっと背筋を伸ばして、溜め息を吐く。透奈との会話は比較的頭を使うためカロリーの消費が高めだ。糖分を補給しないと、と思い……ころんと寝転んだ。
白峰透奈は千束以上の不明点だ。千束は17年の歩みが大まかに分かるが、透奈だけは10年分の歩みしか分からず、残りの7年の内本人が把握しているのは2年分だけで残り5年は本人すら覚えていない。
圧倒的に情報量が少なすぎる。唯一彼と接点があるのはアラン機関だが、アレを調べるのは骨が折れる。一応支援内容から論文を拾って、そこから支援者にアクセスする等の手は取れるが、あまり現実的ではない。
たきなのDA復帰のきっかけ探しに加えて依頼された────白峰透奈を調べる依頼。千束・たきなからの連名のこれは随分難航しそうだった。報酬を多めにもらわないと、と考え──────それから、ポツリと呟く。
クルミが透奈に対して本当に聞きたかったことを、自嘲しながら。
「
▼
「それでは、閉店ボドゲ会───スタートッ!」
喫茶リコリコの看板娘の号令が響き、恒例行事になった閉店後のボードゲーム大会が開始される。
クルミや千束が常連客達に混じってボドゲに興じているのを見ながら、透奈は食器や道具の片付け、明日の仕込みを同時並行で行っていた。レジではたきなが締めの作業を手際よくやっている。
「透奈くーん! もう始まるよー!」
「先に始めていてください。僕はもう少し時間がかかりそうなので」
透奈を呼ぶ声に、彼はとても和やか対応しながら────作業の手は決して緩めない。使ったものを手際よく洗浄し、片付けていく。
「締め切りが明日って言ったましたよね?」
「今日の私には関係ないし!」
「止めましょう……仕事の話は」
「実は自分も勤務中で……」
「刑事さんも悪だねぇ」
わいわい、ガヤガヤと楽しそうな声が座敷の方から聞こえてくる。それをバックミュージックにしながら仕事中の2人は作業を進めていき────。
「レジ締め、終わりました。誤差は0、ズレなしです」
「お疲れ様。このまま上がるかい? それともアレに参加する?」
「このまま上がらせてもらいます」
「そっか。じゃあ、気をつけて帰ってね……自分のペースで大丈夫だから、別に急がなくていいよ」
たきなはひらひらと手を振る透奈にぺこりと一礼し、そのまま裏に入っていき……それを千束が小走りで追いかけていった。
たきなは更衣室の前まで来て着替えるためにドアを開けようとして──────。
「混ざってきたらどうだ?」
ミカだった。まだあまり馴染めていないたきなを気遣ったその言葉は、彼女の胸にさほど響かなかったようで。
「そうすればDAに復帰できますか?」
そう言って、ドアに手をかけて扉を開けた。そして、全身が入り切る直前に。
「店長に気遣って頂いてるのはわかります。ですが、透奈さんが急がなくていいと言ってくれたので……私のペースでやらせてもらいます」
パタン、とドアが閉まる。ミカは感慨深そうに、まだ仕込みと片付けをやっているであろう透奈の方を見つめる。こんな気遣いができる子に育ってくれて嬉しいのだ。
今のたきなと昔の透奈はよく似ている。だからどうすれば心が解けるかは何となく分かるのだろう。であれば、このまま透奈に任せてもいいはずだと思い踵を返そうとしたところで、たきなを追ってきた千束が裏に訪れた。
恐らく帰るたきなを呼び止めに来たのだろうが……ミカには千束に伝えなければならない事があった。それも、かなり急ぎのもの。
「千束。体力測定と健康診断は済ませたのか?」
「え? あ、いやー……あんな山奥まで行くの怠いし……」
案の定、行ってなかった。今に始まった事ではないが、この手の診断や測定を千束はギリギリまで放置する悪癖がある。単純に立地が最悪なDA本部に行くのが面倒という理由と……もう一つは随分可愛らしい理由がある。
だが、勿論そんな理由は通用しないので。
「明日が最終日だぞ? ライセンスの更新に必要な事だ。仕事を続けたいなら行ってきなさい」
「えぇ〜? そこは先生、上手く言っといてよ〜……あ、透奈は?」
そういえば、といった感じで透奈の名前を出した。自分が行っていないなら、1日オフの日が殆どない彼だって──────。
「透奈は既に済ませている」
「えぇ!? 透奈の裏切り者ー!」
その予想は容易く裏切られた。特に何もしていない……強いて言うなら一人でライセンスを更新しに行っただけの透奈が裏切り者呼ばわりされているのは、若干理不尽な気がしなくもないが……行くなら千束にも声をかけてほしかったと思うミカだった。
DAに行く用事が既に済んでいる透奈に可愛らしい恨みを抱きつつ、千束は行きたくないが為に思考を巡らせ……。
「やっぱり先生が上手く言っといてよ〜。先生の頼みなら聞いてくれるでしょ〜、楠木さん?」
その言葉……「楠木さん」というワードに反応したのは、ドア一枚を隔てたたきなだった。その名前を聞いた瞬間更衣室のドアを開けて──────。
「司令と会うのですか?」
下着姿のまま、千束とミカの前に現れた。
「うぉわぁ!? バカ服ぅ!」
そして咄嗟に千束によって閉められるドア。
閉めた後、千束はミカをジト目で見つめて……ミカは顔をドアから逸らして微妙な表情を浮かべていた。
そして数秒で再びドアが開け放たれる。先程までの姿とは打って変わって、きっちりリコリスの紺色の制服を纏っていた。
「私も連れて行ってください」
「おぉ、はっや……」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げるたきなと、顔を見合わせるミカと千束。どうしたものかと少し悩んだが、千束はため息を一つ吐いて。
「分かった、たきな。一緒に行こ?」
「ありがとうございます」
「たきなは硬いなぁ〜……あ、先生」
「どうした?」
「透奈って明日フリー?」
ミカはこれから起こる出来事に同情した。
嘘の予定を伝える事は可能だが、管理表を見れば1発でバレてしまう。伝えたら伝えたで、彼の予定は全部水泡に帰す。
透奈本人がいない所で、透奈は詰んでいた。
「……特に用事はなかったはずだ。だが、プライベートの予定があったらそっちを優先させてあげなさい」
「はーい! ほら、たきな! 透奈も連れてくよ〜!」
そう言って、たきなを引っ張っていく千束をミカは見送った。心の中で透奈の明日を案じながら。
▼
「透奈! 明日、本部に一緒に行こ!」
「嫌だよ」
即答であった。千束の方を一瞥すらせず、明日の仕込みをしながら千束の願いを拒絶した。
「何か用事があるんですか?」
「透奈にあるわけないよ、たきな」
「千束は僕に喧嘩を売っているのかい? ……まあ、ないよ。精々本の買い出しに行こうかと思ってた程度で」
千束の発言は酷いものであり、流石の透奈も若干機嫌が傾いていた。だけどそれも一瞬で、すぐにフラットないつも通りの彼になっていた。
「じゃあ行こうよ〜」
「嫌だよ。行ったら楠木さんにどんな小言言われるか……」
「じゃあ私と一緒に怒られに行こう!」
「それで『分かりました行きましょう』って言うと思うかい?」
たきな達に向いた透奈の顔は呆れを多く含んでいて、千束は彼を恨めしそうに見ている。確かに『怒られに行きましょう』と言って頷く人間なんていないだろう。それも、自分の上官に当たる人に怒られたいなんて絶滅危惧種よりも珍しいはずだ。
「てか、透奈がライセンス更新するときに誘ってくれれば良かったじゃん!」
「行く日の1週間前に話をして、当日の朝電話したよ」
「ぶー」
そんな千束の様子に透奈はため息を一つ吐いて、手元に向いていた視線をもう一度こちらに向けた。
「それで……千束の検査は兎も角、たきなは何で行くんだい?」
「司令にあの処遇について異議を申し立てるつもりです」
その言葉に透奈は少しだけ考える素振りを見せて……肩をすくめた。
「……仕方ないか。分かった、僕も行くよ」
「やった! でも透奈はたきなに甘すぎない〜? もっと千束にも甘くしな〜?」
「行く理由さえ言ってくれればちゃんと考えるよ。形式上は僕もあそこに生死を握られているわけだし……それに、僕もあの銃取引で聞きたいことが幾つか出てきたからさ」
クルミに解析してもらった事である程度情報が出揃ってきた。推察の裏付けが出来た上に、考えなければならない事も出てきた。司令に伝える価値はあるだろう。
それが、本部復帰の材料になるかは兎も角として。
「じゃあ、明日駅集合ね! 遅れないでよ〜」
何にせよ、明日は慌ただしい1日になりそうだった。
漸く主人公設定を一つ出せました。クルミの加入は一個のターニングポイントです。あと、本編6話に当たる箇所と、9話に当たる箇所に一つずつターニングポイントがあって、そこから一気に物語を進めます。
「また明日ね」
その言葉が最期の言葉だったらどれだけ美しいでしょうか。少なくともその美しさと遺された者達の慟哭でとても美味しいご飯ができると思います。
たきなの隣で笑っていて、また明日リコリコで会うはずだった透奈くんが忽然と消えているんです。まるで、蜃気楼のように。
いつまで経っても透奈に電話を掛けても出なくて、家に行ってもすっからかん。DAに行ったのかと本部に電話しても知らんと言われちゃうんですよ。
それが本当に怖くなって、透奈がいた形跡を探っていくんです。なりふり構わずクルミにハッキングを頼んだり、書き込み調査をしたり……大事な人の為なら何処までも本気になれるたきな可愛いね。
そんで、漸く辿り着いた透奈がいるはずの場所には大量の血痕と骨片肉片が残っていて……血溜まりには一緒に買ったお揃いのピンキーリングが落ちている。透奈の小指ごと。
それを認識した瞬間、たきなは「あぁ……」とか「ぅぁ……」とか声にならない声を上げて心の底から慟哭するんだろうなぁ。
曇らせ? 失礼だな、純愛だよ。