夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
スイートピーの花言葉は門出、別離、優しい思い出。
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靴底が床を叩く音。
3名の間に流れた静寂を切り裂きながら現れたのは、赤い髪をボブに整えて、スーツとコートを一部の隙間なく着こなす鷹のような眼光をした女性────楠木司令だった。
「お久しぶりですね、楠木さん」
「そうだな。お前が私が不在の時を狙って本部に来た所為でな」
「さて、何のことでしょう。僕が選んだ日が偶々その日だった可能性もありますよ?」
透奈は肩をすくめ、おどけるように笑う。だが、目元は一切笑っていない。
「減らず口は相変わらずのようだ。余程ライセンスが不要なのか?」
「取り上げられてもやり様はありますよ。まあ、その時は自由に動けるように最低限ラジアータは潰しますが」
「反逆者として銃殺が望みか?」
コートの中からコルトガバメントを取り出し、透奈の額に銃口を押し当てる。既に安全装置は解除されているため、引き金を引けば45口径の弾丸が飛び出し透奈の頭蓋を抉る……そのはずなのに、彼は未だに微笑を浮かべていた。
「そんなおもちゃで殺せるなんて随分思い上がりましたね。かすり傷をつけたいんだったら最低でも戦車砲は欲しいですよ」
理由は、その程度では傷ひとつ負わないから。透奈を人間が携帯できる火器の火力で傷つけることは基本的に不可能だ。アンチマテリアルライフルで漸く傷が付く強度の彼に、ただの45口径の銃で脅すのは滑稽に思える。
だが、その理不尽さを誰よりも分かっているのは他でもない楠木のため。
「化け物め」
「よく言われます」
楠木は舌打ちをしながら銃を下ろす。それに合わせて透奈も笑みを消して楠木から一歩距離を取る。
そして、先ほどまで身体測定を行っていた千束と春川フキが訓練所に訪れた。フキは透奈の顔を見るなり、露骨に顔を顰めて……彼の隣にいるたきなに怪訝そうな顔を向ける。透奈もたきなも、フキのことはあまり気にしていないようだった。たきなは楠木司令を見ていて、透奈はこの空間全体を俯瞰している。
「それで、貴様は何をしにここへ来た」
「僕は補足役ですよ。本題はたきなです」
透奈はそう言ってたきなに視線を送る。その視線に背中を押されて、彼女は意を決して口を開いた。
「司令、私は銃取引の新情報となる写真を獲得し、提出しました! この成果では、まだDAに復帰できませんか?」
凛とした、いつもよりも張った声。その行く末を千束は固唾を飲んで、フキは面倒そうな顔で、サクラはにやにやしながら見守っている。
たきなの進退を懸けた意志の籠った言葉を聞いて────楠木は不愉快そうに、眉を顰めた。
「────復帰?」
オウム返しのように放たれた言葉に、たきなに初めて動揺が生まれる。
「せ、成果を挙げれば私はDAに復帰を──」
「そんなことを言った覚えはない」
たきなが縋っていた一握の希望……それを目の前で無慈悲に切り捨てられたのだ。彼女は固まり、ただ茫然と楠木を見上げている。
その様子があまりにも滑稽だったのか、とうとう後ろから噴き出す音が聞こえた。
「諦めろって言われてるのがまだ分かんないんすかー?」
「やめろ!」
たきなを煽るサクラに対して即座に言葉を変えす千束の顔は、明確な怒りを孕んでいる。いつだって笑っていた彼女が怒りを見せるのは本当に珍しい。
──────それだけ、許せなかったのだ。たきなの望みを踏み躙る行為が。
「おーっ、怖。ところで何すかこの人」
「それが噂の千束だ」
「ほう、なるほど。迫力あるっすね」
この期に及んでまだニヤニヤとした人を喰ったような笑みを浮かべているサクラ。そこに在るのは確固たる自信であり……自らの優位性は決して覆らないという傲慢さであった。
「サクラ、訓練の時間だ。──行くぞ」
そう言って、サクラの手を掴んで射撃訓練所を去っていこうとするフキ……それを止めたのはたきなだった。だが、彼女自身も無意識の行動であったのか、掴んだはいいものの何をしたいのかは分からず気まずい沈黙が流れ────その手をフキは力ずくで振りほどいた。
「ぶん殴られたのにまだ理解してなかったのか? だったら言葉にしてやる」
「……ッ!」
フキは、たきなが最も否定したかったことを口にした。
「おまえはもうDAに必要ないんだよ」
「やめろ、フキッ!」
千束は先ほどよりも怒りを孕んだ表情で、フキの胸倉を掴み上げた。だが、フキはその不敵な表情を決して崩さない。
「まだ分からないか? なら、今から模擬戦でブチのめして分からせてやるよ」
「おーおーおー、良いじゃん! たきな、やろうやろう!」
売り言葉に買い言葉、お互いがお互いを気に食わないという理由で取り付けられた決闘。
その行く先を透奈と楠木は唯、静かに見ている。たきなは黙って、俯いたまま。
「あれ、もしかしてビビってる?」
その言葉にカチンときたのか、千束は勢いよく振り返り自らの相棒へ向く。
「ようし、二対二で勝──」
「ッ!」
「あ、あれ!? たきな!?」
だが、たきなはこの場所の空気に耐えられなくなって、走り去ってしまった。
無理もない話だ。だってたきなは16歳の少女だ。国の機密エージェントとはいえ、その心は10代相応のもの。針のむしろのようなこの場所から逃げ出したくもなるだろう。
「千束、たきなを」
「……透奈は?」
「まだ、聞きたいことが済んでいないからね。ついでにフィールドのセットアップもやっておくよ」
「──わかった。行ってくる」
「あぁ、行ってらっしゃい」
透奈は千束を見送った。別に自分が励ますこともできなくはないが、やはり相棒からの言葉の方がいいだろう。それに、千束は人の心に寄り添う天才だ。だからきっと大丈夫。
「それで、貴様が聞きたいことはなんだ」
「偽装情報、ハッキング……まあ、たきなに無関係ではないですよ。貴方達の怠慢がたきなの責任にされたわけですから。
僕と千束の突入前に起きたハッキング……恐らく技術トラブルか何かに偽装されているとは思いますが、何とかした方がいいと思いますよ。ラジアータは倒すことができる……なんて言っても、10年前のAIを最高性能と妄信しているDAには響かないでしょうが」
「何のことだか……ラジアータは正確だ。その正確さを疑うなら、貴様も本部に来い。貴様の頭脳なら……」
彼はその言葉を鼻で笑った。まるで価値がないと嘲るように。
「
「支配者、か。見方によっては我々は奴隷だ。形のない正義に奉仕し続ける、な……軽蔑するか、私を」
彼は目を丸くした。この心も体も鋼でできているような人が、このようなことを言うとは思わなかったからだ。
「司令部を統括する者として、他の誰よりも責任があるのは貴女ですから。組織の為に一人を切り捨てる決断を……否定はしません。ただ、思うことはある。それだけです。
話はこれで終わりです。お時間いただきありがとうございました」
一礼して、透奈は立ち去った。
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吹き抜けになっている場所でたきなは噴水を眺めながら佇んでいた。その表情はひどく透明で、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
「ここだと思った」
聞き覚えのある声が聞こえて、顔だけ振り返ると。
「リコリスは皆好きだもんね~、ここ」
白金の髪を揺らしながら朗らかに歩く少女……たきなの相棒である千束だった。その姿を認め、数瞬見つめあった後……たきなの視線は再び噴水に向いていた。
「この寮で暮らすことは、DAに拾われた私達皆の憧れ。この制服に袖を通したときも……」
「嬉しかったよね」
その言葉に、たきなは少し驚いて。
再び千束は歩き出す。たきなに近づくように、たきなの心に触れられるように。
「ふふっ、そんな意外そうな顔しないで。私だってそうだよ」
「なら千束さんにも分かるでしょう……ここが、目標だった……!」
眼を伏せ、感情を絞り出すように。
「それを、私は奪われた! ────どうして、こんな……」
怒りであった。怨嗟であった。恨みであった。
なぜ自分が、どうして……そういった思いがたきなの心を埋め尽くしていく。
「たきなを必要としてくれてる人が街には沢山いるよ! ここじゃなくたって……」
「あなたはDAに必要とされているからいいですよね! 私にはっ……私の、居場所は……もうここにはない……」
まるで血を吐くような悲痛な叫びだった。だが、それも最初だけで最後の方は大きな後悔と悲しみで押しつぶされてしまった。
そして、「ごめんなさい」と謝った。千束に当たっても意味がない、まるで癇癪を起した子どものようで情けなさを覚える。
「たきな」
沢山の悲しみを一人で抱えてきた……あの小さな背中に、千束は優しく声をかけた。
「分かっています。全部自分の所為」
その強がりを、優しく溶かしてあげられるように。
「あの時たきなは仲間を救いたかった。それは命令じゃない。自分で決めたことでしょ? それが一番大事。それに、たきなの処遇はそれとは関係ないよ」
千束はくるりとターンして、ベンチに座った。
「あの日、通信障害あったって本当?」
疑問ではなく確認。あの時、本当にあの場でそれが起きたのかを知る為に。
「ええ、数分ですが……技術的トラブルだと」
「ハッキングだよ」
たきなは驚愕した。あのラジアータがハッキングされるなんて、なんの冗談かと思うが……千束の目は真剣そのものだった。
「ラジアータが……?」
「それ、DAの機密性を担っている最強AIだよ? 全てのインフラの優先権を持っているのに、通信障害なんてありえない」
「ハッキング……それで取引時間が」
「でも、そんなことは報告できないから、リコリスの暴走ってことでたきなを────とととどこ行くの!?」
走り出したたきなを慌てて止める千束。そうして振り返ったたきなの顔は決意やらで溢れていて。
「理不尽です。司令に話して────」
「多分、もう透奈が言ってくれているよ」
「透奈さんが……?」
「そう。だけど、透奈本人も望みは薄いって……まあ、多分司令も認められなかったんだと思う。立場的にもね」
千束は立ち上がり、たきなの背中に手を回して……優しく抱きしめた。
「たきな、今は次に進む時。失うことで得られることもあるって」
▼
そうして始まった千束・たきな対フキ・サクラの対戦。どちらが勝つだろうかと観戦しているリコリス達は予想しているが……透奈からすれば酷い出来レースだった。予想するまでもなく、千束が勝つ。この結果は決して覆らない。たとえ、この場にいるリコリス全員と千束が戦っても、何の波乱もなく予定調和のように千束の勝利で終わるだろう。
無論、それはフキ達が弱いわけではない。寧ろ、ファーストリコリスでありどの項目においても高水準の実力を誇っているフキが、セカンドのサクラと組んでもなお負ける……それがおかしいのだ。
ただ、単純明快に千束が規格外。史上最年少でファーストにまで駆け上がった伝説は伊達ではない。間違いなく創設以来最強のエージェントであろう。
試合の火蓋が切って落とされる。
たきなは不在で、千束が2人を捌いている。だが、この程度の数的有利で千束の絶対性は覆らない。銃弾を避け、戦場を舞う千束はまさしく現代の戦女神。
その原因は千束の眼だ。相手の視線の動き、筋肉の動き、呼吸のタイミング……そういったもので千束は相手の行動の先を「見る」事ができる。故に相手の弾はどの距離であろうとも躱され、逆に千束の射撃は回避先を読むことにより確実に当たる。
故に、本気で千束に勝ちたいなら、千束が視認できない距離からの狙撃か回避先をなくす飽和攻撃……それか千束の眼と反射神経を総動員しても動きを捉えさせない速さが必要になる。
フキもサクラもその手段を持っていない。故に、その時点で勝利はない。
順当に真っ向勝負し、打ちのめされ……あぁ、今サクラが撃破された。とうとう人数有利もなくなり、千束と1on1。
長くとも2分以内に決着がつくだろう──────そう思っていた透奈に聞こえたのは、少女の雄叫びだった。
パァン、と乾いた音がして……そのままフキの背後にあった銃を拾い構える。
流麗な黒髪が、よく見えた。
「……あぁ、たきなにはその顔がよく似合うよ」
たきなが、フキの頬を後ろから引っ叩きながら参戦した。
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結局、あの闘いは千束・たきなの勝利で幕を閉じた。
たきなも表情が随分柔らかくなって、憑き物が取れたようだった。フキに一発借りを返せたのも大きいだろう。
そして、今はリコリコへ戻っている最中だ。行きと同じように座席に座り……ちょうど今、千束が飴を口に運んだ。
たきなはそれを横目で見て……たきなの正面に座っている透奈に視線を送った。彼は外を見ていた。窓枠に頬杖をつきながら、流れていく景色を視界に写している。
この2人の暖かさに触れた1日だった。
方向性は違えど、2人ともよく似ている。暖かさも、優しさも。励ますときに唄うように言葉を口にすることも。互いに互いが影響を与え合って、こういう関係になったんだな──────と、たきなは考えて。
あぁ、まだ2人にお礼を言ってなかった。
息を整えて、姿勢を正して、これまで通りから一歩先へ行く決意をして……深呼吸を、一回。
「千束、透奈。ありがとうございます」
その言葉に千束はパッと花が咲いたような笑顔を、透奈は優しい笑みを返した。
「千束や透奈との関係は、リコリコに来てから得られたものです。失ってばかりだと思っていましたが、新しく得られた……大切にしたいものが生まれました。だから、ありがとうございます」
呼び捨ては少し恥ずかしいのか白い肌を紅くするたきながなんとも愛おしくて、千束は隣のたきなに思いっきり抱きついた。
「ちょ、離れてください千束!」
「やだ〜」
「……透奈さん!」
「ちょっと僕には厳しいかな」
向かいの席にいる透奈は苦笑いをして、2人を見た。本当にいいコンビになったと感慨深い思いを抱いて。
「あ、たきな! 今日もボドゲ大会やるんだけど来る?」
昨日は頷けなかった、その誘いに。
「────はい。参加させていただきます」
たきなは笑って頷いた。