夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
ロベリアの花言葉は謙遜、敵意、悪意。
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告、ここ好き等々本当にありがとうございます。私の執筆の活力になっております。
「オフなのに手伝ってもらってすまないな」
「いえ、構いませんよ。今日は千束もたきなも居ませんし……僕は任務まで暇だったので」
お昼時に伴うピーク時を過ぎた事により、若干客足は疎になり始めていた頃だった。
透奈は既に制服に着替えており、行く準備を済ませている。
千束とたきなはショッピングに行っており、楽しそうな写真が時折グループチャットや個人チャットの方に送られてくる。写真に映るたきなは少し表情が硬いものの、休日の外出を楽しんでいるように思える。
「たきなが馴染めて良かったな」
「ええ、そうですね……この頃、よく笑うようになってくれました。嬉しい限りですよ」
「あぁ……昔の透奈によく似た雰囲気の子で心配だったが、杞憂だった」
「昔の僕はもっと可愛げが無かったですよ」
昔の透奈は本当に氷のようだった。表情も声音も何もかも平坦であり、怖いくらいに起伏がなかった。よく笑うようになったのは5年ほど前で、それまでは上手く感情を出力できなかったのだ。
「ホント、昔のコイツは顔しか取り柄なかったからな〜」
「ふふっ、じゃあ今は何かあるんですか? 取り柄」
「昔よりはな。でもまだガキだし成長したまえ若人よ」
バンバン、と透奈の背中を叩いて裏へ行くミズキを見送ろうとして────彼女は顔だけひょっこりと出した。
「今日の任務、気をつけな。千束達には口止めはしているが……アンタ1人に頼むのは妙にきな臭い。危ないと思ったら帰ってこい。アンタの居場所はDAなんかじゃなくて、ここだからな」
その言葉に彼は一瞬だけ驚いた顔をして……それからまた笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
嬉しかったのだ。その言葉が。
ミズキからこんな言葉を聞くとは思わなくて。
「ミズキに言われてしまったが……気を付けなさい。お前を招集しなければならないと判断した『何か』が確実にあるはずだ」
「はい。では、行ってきます」
リコリコのドアを開け放った。
▼
ラジアータの演算通り、該当の駅に武装集団数十名が集合していた。現在は予定通り駅を封鎖し、回送電車でリコリス一個小隊を運送している。
そして透奈は生捕りの実行役兼、個としての暴力を振るう装置という役割を羽織っている。万が一リコリスが作戦続行不能になった場合、彼一人でイレギュラー全てを葬り去るデウスエクスマキナ。
しかし、このままでは彼の役割は機能する事なく順当に終わるだろう。テロリストを掃討し、運良く生き残った1人はDAに拷問をされる。そして銃取引の詳細を知り、黒幕へ王手をかける────そんなシナリオだ。
だが、ミズキが言った言葉や、ミカが仄めかした『何か』が妙に引っかかる。
『総員、戦闘配備。間もなくポイントに到着する。繰り返す。総員、戦闘配備。間もなくポイントに到着する』
司令部からのアナウンス。そのマシンボイスでリコリス全名の気が引き締められ、遮蔽物へ隠れるように移動する。
そして、始まるカウント。誰かの息を呑む音、深呼吸の音が聞こえ──────0になる。
「──────ッ!」
車両先頭が駅のホームに出た瞬間、銃弾の雨が襲い破滅的な音が奏でられる。
ガラスが吹き飛び、フレームが凹み、過剰なまでの破壊は車両をスクラップにしてもなお止まない。
その銃撃は車両が停止するまでの時間続き、車両もホームの壁も既に使い物にならないと判断するには充分すぎるほどの破壊痕が刻まれていた。既にここは硝煙の匂いが辺りに立ち込める戦場と化した。
だが、リコリスは優秀であり──────ファーストアタックでの脱落者は誰1人いない。
『待ち伏せだ。総員、警戒しつつ──────射撃開始』
その号令と共に、リコリス全員が立ち上がり面制圧射撃を開始した。武装は拳銃であり制圧には向かないが、それを数で補うのが本作戦だ。人数にモノを言わせた人海戦術は確かに機能し、次々とターゲットを落としていく。そうして、ホームにいたターゲットの大半を処分し終わったが……。
「1人、柱の奥に逃げた。アレを生捕りにする」
緑色の髪の男が柱の奥に逃げた。あの飽和射撃を掻い潜っている事からもその実力は窺い知れる。少なくともセカンドでは相手にならないだろう。故に透奈が行こうとして──────。
「そうか──────お前らかッ!」
男の狂気も狂喜も感じる声。ぞくりと背筋を這いずる悪寒。直観が赴くままに天井を見上げると、そこにはC4──────!
「総員、伏せろォ!」
青年の絶叫。喉が張り裂けるほど叫んだ声は爆発音と瓦礫の落下音で掻き消された。
▼
「……終わったか」
死屍累々の惨状の中、主犯格となる男──────真島はポツリと呟いた。
「ッてーなぁ……馬鹿みてぇに撃ってきやがって……」
二の腕に出来た浅い傷からは少量の流血。あの飽和攻撃で致命傷を避けた上、傷も最小限に済ませたその力量は凄まじいの一言だ。
真島はポケットから携帯を取り出し、数コール。
『もしもし』
「俺だ。回収を頼む」
『人使い荒いねぇ』
「うるせぇ、七海」
通話を切り、乱暴にポケットに突っ込む。そしてもう一度、ぐるりと辺りを見渡す。
真島の仲間も、リコリスも等しく瓦礫に飲み込まれた。散らばった四肢、抉れた頭部、潰された肉片、飛び出た内臓……血の河が流れている地獄絵図。紅に混じるピンクは脳漿だろう。死臭と血の匂い……生物が発する有機的な匂いのカクテルが硝煙に混じってドブよりも酷い様になっている。
仲間は確かに全滅した。しかし、それ以上に敵を巻き込めたのだ。ならば成果としてはそれなりだろう。
非常用ライトが点灯し、視界が確保される。やはり生存者は真島1人しか見当たらない。それ以外は既に死体か、これから死体になる者だけだ。
──────真島の判断は正しかった。地下鉄の天井崩落によりリコリスの大半は物言わぬ肉塊になり、僅かな生き残りも瓦礫に潰され死への道しかない。
──────だが、ここに例外が存在する。
ガラリ、と瓦礫が崩れる音が聞こえてそちらに目を向けると。
「──────」
灰色の天使が立っていた。
アッシュグレイの髪。過剰なまでに整った顔立ち。芸術品のような線の細い体。そして、絶死を告げる冷たい殺意。
「おいおい、マジかよ──────無傷か、アレで」
真島は震えた。恐怖ではなく、歓喜で。
テロリズムと治安維持で方向性は真逆だが、根本は同じだ。今の世界に、システムにどうしようもない嫌悪感を覚えている──────理解者だ。
透奈も同じだった。目の前の男は同類だと確信した。どうしようもないほど自分に似ていて──────吐き気すら覚えてしまう。
そう──────彼等は一目見て理解した。
二人は初めて出会うより以前からああなる運命だったのだろう。
すれ違っていたわけでもない。彼らは誰よりも互いを深く理解し、相手の事だけを見つめていた。
「貴方が親玉ですね」
「あぁ……だが、お前はトップじゃなさそうだ。このガキどもを率いてバランスを崩しているお山の大将を探してんだ」
「その探し物はここでお終いですね、残念ながら」
透奈は腰を落とし、構える。
「へぇ、じゃあテメェもここで終いにしてやらねぇとバランス悪りぃよなぁ」
真島は銃を構える。
そして──────2人は同時に動き出した。
真島が銃弾を放つ。だが透奈はそれを素手で叩き落とした。そのままの勢いで五指を束ね、手刀を形作る。真島は咄嗟に左腕でガードするが……。
ぐちゅり。
「──────ガァァァァァッ!」
その指が骨に触れられる距離まで肉を貫通した。強烈な異物感と、脳を焼く激痛の信号。骨を他人に触られる、という経験のない痛みに流石の真島も絶叫する。
動きが止まったその一瞬を透奈は見逃さず、脊髄をへし折ろうと左腕を伸ばすが真島もこれは転がるようにして回避。彼等の間に再び3mほどの距離が空く。
真島は左腕を見る。肉が潰され、骨が露出している。神経は逝っていないと思うが……それでも暫くは使い物にならないだろう。肉を貫いた指の指紋すら見えそうな程であり、何故こんなことが出来るのか疑問が尽きない。
だが、恐らく身体スペックの差だろうと当たりをつける。銃弾を叩き落とした事や、瓦礫に埋もれて無傷だった事から耐久値も常人の比ではないだろう。
殺すのは現在の装備では不可能。逃げの一手を取らざるを得ない。だが、布石はすでに打ってある。あとは時間稼ぎをできればいいのだが──────相手がそれを許してくれるかどうかだ。
透奈も真島の評価を上方修正していた。本命の二撃目を回避されたのだ。
恐らく、何らかの感覚器で秀でているものを持っているだろう。仮想敵が千束だった場合、確実に殺し切れた攻撃のため恐らくは目ではない。
考えられるのは五感の内、聴覚か触覚だろう。味覚や嗅覚の線は薄い。もしかしたら異様に勘が鋭いのかもしれない。
だが、次はない。相手の反応速度を上回ればいいだけの事だ。四肢の内、一つを潰したならば使える手段は限られる。相手の手札を見て、その先手を後手から潰せばそれで勝ちだ。
「殺しはしませんが、手足の1、2本は覚悟してください」
「テメェみたいな化け物だったら殺さない手加減の方が難しそうだな」
「えぇ、本当ですよ。なので僕としては大人しく捕まってもらった方が嬉しいのですが」
「ハッ! そいつは出来ねぇ相談だなァ!」
言うや否や、真島は飛び退いた。そうしてすでに近くに来ていた気に食わない協力者の名前を叫ぶ。
「七海ィ!」
「はーい」
その若干気の抜けた声と共に天井が再び爆発した──────否、何かに破壊された。
現れたのは、女。手には馬鹿みたいな……アンチマテリアルライフル並みの口径を保つ銃を携えている。データにない銃のため、恐らくは特注か改造銃だろう。天井を破壊したのもアレのはずだ。
逆光になって顔立ちは見えない。だが、なぜか驚いたような表情をしていて──────。
「──────そっか。君はそこにいるんだ。あぁ……彼にはどこまで見えているのかな」
懐かしいものを見るように、そう呟いた。
「引くぞ、七海」
「分かってるわ」
そう言って七海と呼ばれた女は銃を真上に向け──────トリガーを引いた。冗談のような口径の弾丸が、マシンガン並みの連射速度で飛び出し……残っていた天井を一瞬で瓦礫の山に変えた。
それを見た透奈の反応は早かった。逃げられるくらいならこの場で殺す、と言わんばかりに地面に落ちていた瓦礫を蹴り飛ばし、砕き、即席の散弾銃にする。
一片でも肉体に当たれば骨を粉砕し肉を抉る威力を誇る大小数百の破片は、女の展開した防弾ネットにより防がれた。
リコリスが保有しているソレとよく似ているが、性能のみに焦点を当てている為か防御力は上のようだ。事実、彼の即席散弾銃でゴミ同然に成り果てているがきっちりと使用者は守り切っている。仮にリコリスのものだったら後ろの人間も確実にミンチになっていただろう。
そして攻撃を防がれた透奈と、テロリスト2人を隔てるように瓦礫が降り注ぐ。
「──────また会いましょうね」
その声だけ残して、2人は離脱を始めた。
▼
「逃げられた……」
落とされた瓦礫に苛立ち混じりの拳を打ち付ける。こちらの詰めが甘かったと言わざるを得ない。
ぐるりと辺りを見渡すと、地獄が広がっていた。数十人の死が濃縮された空間は、見る者を発狂させるには充分な熱量を備えていた。
先程まで殺し合いが行われていたこの場所は嫌になるくらい静かだ。誰もいない。透奈以外全員物言わぬ肉塊だ。
作戦失敗の報告をしようと思い、端末を取り出そうとして──────ガラリ、と瓦礫が崩れる音を聞いた。
急いで後の発生源の方に駆け寄ると、瓦礫の下敷きになっていながらも、確かに生命の息吹を感じる者が──────。
「……ァ……ィ……」
生きているだけだった。少女の下半身は瓦礫に潰され、右腕は肘から先がない。左腕は人体の構造上あり得ない所で2か所曲がり、腹部や顔には大量の破片が突き刺さって穴だらけになっている。
どう考えても助からない。世界一の名医と最新の設備がこの場にあっても匙を投げるだろう。
だから、透奈は。
「──────」
銃口を少女に向けた。
これ以上生きて苦しませる訳にはいかない。死ぬ運命が確約されているのに、これ以上痛みを味わう必要はない。
「──────ごめん」
乾いた破裂音が最後に一回響き、今度こそここは静寂になった。
DA側の生存者は透奈のみ、テロリスト側は真島と七海。
今回の任務はDAの、透奈の大敗という形で幕を閉じた。
▼
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 破廉恥ぃぃぃぃ!」
喫茶リコリコは今日も平和だ、と思いながら透奈は現実逃避をする。すでに脳のシャッターは下ろして、営業時間外の看板をかけ終わっている。
「あああああアンタ! とうとうやる事やったわね! 傷心の透奈に漬け込んで篭絡したんでしょ!? あの顔が耽美に歪む所を特等席で見たんでしょ!? あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「違う違う違う違う! 透奈のじゃない!」
千束とミズキが何やら無関係なはずの自分の名前を出して言い合っているが、きっと幻聴だろう。
「……綺麗な空だね」
「透奈、今日はどう見ても曇天です」
透奈のアホみたいな現実逃避の呟きを否定しながら隣に来たのはたきなだった。昨日の一件で千束と更に距離が縮まったのか、纏う雰囲気がより柔らかくなっている。
「……昨日は楽しかった?」
「はい。透奈は……いえ、なんでもないです」
「……ごめん、気を遣わせちゃったね。でも大丈夫だよ」
──────次は殺す。あの場で死んだリコリス達に、自分が殺したリコリスにそう契った。
「そうですか……ところで、アレは……?」
「まあ、いつもの事だと思うよ」
そう言って遠い目をする透奈に、たきなは何も言えなかった。この人も、割と苦労しているんだな……と慰めにもならない感想を抱いて。
「これ、たきなの! たきなのパンツだから!」
そう言って、言い合いの爆心地である千束がたきなを指差し────ミズキの眼がこちらを捉える。
透奈はもう何が起こるかを察知して、体ごと顔を背け外を見る。その透奈の行為に疑問を浮かべるたきなだったが──────。
「……可愛いじゃねぇかよ」
スカートを捲られた。
そしてそれを理解した瞬間、恥ずかしさで顔が赤くなる。
そして実行犯たるミズキは原因の千束の方に戻り、また再び言い合いを始めている。
そして、たきなの隣の青年は変わらず外を見ている。
「……透奈」
「はい」
「分かってました?」
「何となく、何が起きそうなのかは」
この数日間で食傷気味になるほど下着の話を聞いてしまった。
そして二日前に千束がやった信じられない行為と、ミズキと千束の会話内容。
これだけ判断材料があれば、いやでも察しがついてしまう。
「……見ました?」
「見てない。さっきからずっと外を見てる。でも、止めなかった責任は感じてる」
ミズキの蛮行を止めれずたきなの下着を見るくらいなら、最初から止めずに見ない努力をした方がいいだろうという判断だが……先程からずっと顔が赤いたきなを見ていると、罪悪感でゴリゴリと良心が削られてしまう。
「……じゃあ、今度遊びに行きましょう。昨日は千束と2人で行ったので、次は透奈と2人で。それで許します」
「……あぁ。エスコートは任せて」
透奈とたきなは互いにくすりと笑った。
本作品は透奈くんがひたすら曇らされたり尊厳破壊されて、それを見た誰かが曇る循環型社会を目指しております。
七海はオリキャラです。
ミズキさんを曇らせるために毎日7時間寝て考えてましたが、この人の感性驚くほど真面だから普通に親しい人が死ぬだけでかなり曇るのでは?と天啓を得ました。
自分のミスだ、と悔恨する。あの時、読み違えていなければ。いや、もっと前……情報を入手したときに疑いを持っていればこんな事にはならなかった。
現実逃避の様に酒を飲む。もう二瓶ほど開けているが、一向に酔えない。寧ろ飲めば飲むほど直視したくない現実がナイフのように突き刺さる。
──────そんなに飲むと明日に響きますよ。
優しい声が聞こえた気がして振り返ると、そこには誰もいない。あるのは孤独と虚無だ。
故に幻聴だ。あれはストレスで聞こえた幻聴で、実際には誰も言っていない。脳内に記憶された出来事が勝手に再生されて、聴覚に作用しただけだ。
アルコールで忘れよう。溺れる様に窒息しよう。あぁ、それがいいじゃないか。
だって、それを止めてくれる彼はもういないのだから。
そして、溢れる涙と嗚咽。リコリコに行こうが、彼の家に行こうが、どこに行こうが……もうどこにもいない。それがようやく現実感を持って来た。耐えきれないほどの悲しみと共に。27の大人がみっともないが、悲しいことは悲しいのだ。大事な人を失う悲しみは、いつだって痛くて……死んでしまいそうなほど苦しいのだから。
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