夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
フリージアの花言葉はあどけなさ、純愛、親愛の情。
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Freesia
「それでは、今回の依頼内容を説明しよう!」
閉店後の喫茶リコリコは今日も賑やかだった。千束が本当に楽しそうに……満面の笑みを浮かべている。あの顔と、口ぶりからは恐らくは荒事ではないのだろう。
それはとても良い事だ。危険なことなんて無い方が良いに決まっている。そう思いながら、透奈は食器を洗っていた。
「とーうーなー! はーやーくー!」
「はいはい。すぐ行くから待っててね」
「3分経っても来なかったら怒るよー!」
千束の機嫌を損ねないためにも早くいかなければ、と思うが生憎と洗い物の量が多い。確実に3分では片付けられないだろう。またどうやって機嫌を直してもらおうか考えないと……と思っていた所、横からスッと手が出て来た。
「洗い物は私がやっておく。透奈は行ってあげなさい」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」
ミカが代役を申し出て、透奈はその好意に甘えることにした。
今手元で洗っている皿の泡を水流で落とし、汚れがないことを確認してラックに投入。手をハンドソープで洗い、タオルで水気を取りそのまま千束の方へ歩いて行った。
それをミカは見送り、残った洗い物を片付ける。透奈の手際は良いが、それでも人力には限界がある。自動食洗機の購入を真剣に検討しなければ、と思いながら楽しそうな声が響く座敷の方へと視線を送る。
「ミズキさんが説明しないんですか? 私、もう読みましたよ」
「今回やたら張り切ってんのよねー」
座敷ではたきなとミズキが話していた。2人ともテンションがやけに高い千束に若干呆れている。
そして透奈もやって来て、座敷に一番近いテーブル席の椅子に座り千束にアイコンタクトを送る。それを受け取り、千束は楽しそうに声を張り上げて。
「よし! 透奈も来た事で早速……ってコラー! そこのリス! ゲームしてない!?」
「聞いてるよ〜」
座敷で何らかの端末と睨めっこしているクルミに千束は懐疑の心を送ったが、どうやら聞いてはいるようだ。千束の方に視線は向いていないが、耳はちゃんと傾けている。
そんなクルミに若干不満げな顔をしつつ、気を取り直して。
「では、依頼内容の説明に入りまーす!」
▼
依頼人は72歳の日本人男性。
何者かに妻子を殺害された壮絶な過去を持ち、自らの身の安全の為に渡米し、そこを避難先として長らく生活していた。
しかし、筋萎縮性側索硬化症を発症した事で状況は変わる。体中の筋肉が衰弱し、最終的には心筋すら停止する重い病を患い、去年には余命宣告を受けてしまった。
そのため、最期に故郷である日本……それも東京を観光したい。
だが、まだ命を狙われている可能性が否定できない。更に、病の影響で一人では動けない。
そこで、リコリコは観光の補助と並行して彼を守る為の身辺警護を依頼された。
大まかな内容を纏めるとこうだ。
「筋萎縮性側索硬化症ね……」
そこまで聞いて、透奈はポツリと呟いた。
「知ってるの透奈?」
「まあね。ALSって読んだ方が有名かな。筋肉そのものではなく運動ニューロンだけが障害を受ける病で、指定難病に登録されている────ってのが大まかな概要。似たような症状の病気だと
これは筋肉ではなく神経の病だ。脳からの命令を筋肉に伝えるためのニューロンが機能しなくなり、だんだんと筋肉が衰えていく。最終的には呼吸筋すら動かなくなり呼吸不全に陥り死に至る……そんな病。
「へぇ〜何で知ってるの? 勉強した?」
「過去に少し、ね」
少し、というのは語弊がある。
透奈は千束がリコリスを満了し、彼自身も役目を終えた後は医学の道に進む事を検討しているのだ。最終的には人工心臓の設計図を作成する事を目標にして。その人工心臓も基礎理論がほぼ完成している段階まで上り詰めており──────つまり、かなり勉強している。
自分に未来をくれた千束に、未来を返せるように。
「今回の任務は千束好みだね。荒事も予想されるけど、観光案内がメインだし」
透奈の言葉に対して「ふふん!」と笑う千束の脳内には既にどうやって依頼人を楽しませようか、観光プランが幾つか組み立てられているだろう。
「質問です」
「はいたきな!」
まるで教師と生徒のようなやり取りをしつつ、たきなは疑問を口にする。
「なせ狙われるのですか?」
「それがね、さっぱり!」
そして、そのたきなの疑問に答えたのはミズキであり……「不明」という回答を叩きつけた。
「大企業の重役で敵が多すぎるのよ。だから目星とか付けられない……でも、その分報酬はたっぷりだから」
そう。狙われる理由が多すぎて皆目見当もつかない。
大企業の役員を過去に務めたということもあり、その裏には合法非合法を問わず成り上がりのための多大な努力があったことだろう。そして、その努力に轢殺された者も多くいる。その者達の怨嗟は依頼人をずっと追いかけているのだ。勝ち逃げは許さない、と。
透奈も千束の説明を聞きながらプロフィールに目を通したが……候補者が多すぎると匙を投げた。
「ミズキはお金の話だと正直だよね~クルミの時もそうだったし」
「黙れ小娘! 金がなきゃ酒も飲めないのよ!」
27歳アラサー独身女性の悲痛な叫びは、きっと彼女を心から愛してくれる素敵な方が現れるまで止まないだろう。
理知的な眼鏡の美人が、実は酒癖が悪い────なんて肩書は一部の男性に刺さりそうだが、違うのだろうか。それとも、そんな男性であろうとも昼間から一升瓶を空ける人はお断りなのだろうか。
「日本に来てすぐ狙われるとも思えないけどね」
「だね。本気で殺したいなら、アメリカで殺した方がいい」
今回の件に透奈はさっそく不信感を抱いている。
恐らく、アメリカに移住していた間もずっと暗殺の陰はチラついていただろう。そして、暗殺から守るボディーガードも存在していたはずだ。一度雇った者を長く使うタイプか、それとも定期的に入れ替えるタイプか分からないが……それでも来日前の身辺警護は必ずいるはずだ。
それなのにリコリコに身辺警護を依頼した。しかも、観光中はこちら側に一任。違和感を覚えない方がおかしい。
リコリコ側が依頼者と通じている可能性を考えていないのはあまりにも不自然だ。過去に権謀算術を巡らせ、数十年振りの来日の際に暗殺の可能性を考慮する人間にしては……リコリコという不透明なカードに対する警戒心が無さ過ぎる。
この依頼はリコリコメンバーも知らない趣旨が組み込まれている────透奈はそう考えた。
例えばリコリコ────ひいてはDAの実情調査とか。
例えば妻子と同じ日本で死にたいとか。
例えば日本で殺されることが目的とか。
例えばリコリコと何かを敵対、もしくは協力させることが目的とか。
何処で、誰が、どのような糸で繋がっているかあまりにも不明瞭だ。考えなければならない可能性が多すぎる。最悪、予想される暗殺者もあちら側が用意した可能性────酷いマッチポンプの場合だって考えられる。その場合、何のために、という疑問が残るが……。
唯の観光案内で終わってほしいと、透奈は切に祈った。
「行き先はこっちに任せるらしいし、私がばっちりプラン考えるからっ!」
「旅の栞でも作ろうか?」
「いいねぇ! それ採用!」
透奈が1人で考えている間に話は進んでいたらしく、旅の栞を作ることが決定したようだ。
「透奈! 家で一緒に作ろ!」
「はいはい……寝不足にならない範囲でね」
▼
「透奈がここ来るのは久しぶりだね」
「2年振りくらいかな……相変わらず、映画で散乱してるね」
そう言って、透奈はリビングの机に積まれた映画のBlu-rayを指差す。お世辞にも整っているとは言えず、様々なタイトルの映画が机一面に散らばっていた。
「透奈の家もそうでしょー」
「本が多いのは否定しないけど、整理整頓はちゃんとしてるよ」
「えー? ほんとぉ? 透奈の家、行ったことないから分かんないけど」
「合鍵渡してるし、いつ来てもらってもいいんだけどね」
透奈は苦笑いしながら手荷物を置く。1日分の着替えと、ノートPCが入ったバッグだ。
「夕飯はどっちが作ろうか?」
「じゃあ透奈で!」
「分かったよ。冷蔵庫の中の物、適当に使わせてもらうね」
そう言ってキッチンに向かっていく透奈を見送り、千束は『散乱してる』と言われた机を片付ける。『冷蔵庫の中、何があったっけ』と思いながら。
だが、今日のシェフは透奈のため彼の手腕に期待しよう。料理上手な彼ならば大丈夫のはずだ。
──────本当に久しぶりだ。彼がここに来た時から約6年間は監視という名目で共同生活を行い、その後は別々で暮らして。
ここ数年はお互い任務で忙しくて、2人とも1日空いている日なんてあまりなかった。東京の街に遊びに行ったことはあるが、こうやって家で共に時間を過ごすという事はなかった。
キッチンからは良い香りが漂ってくる。何の料理かは分からないが、期待が高まる。
それから30分ほど経った後、料理が完成した。メニューはジェノベーゼと温野菜のサラダだった。サッと有り合わせのもので作ったとは思えないほど美味しかったため、毎日作ってもらおうと千束は真剣に検討した。
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「……髪は自分で乾かしたら?」
「人にやってもらうから意味があるの! 後で透奈もやってあげるよ」
「僕は自分でやるけど」
今は千束が入浴を済ませ、透奈に髪を乾かしてもらっている最中だ。千束が昔みたいにやってと彼にせがみ……了承させた。
同居していた頃は毎日やっていたため、数年のブランクがあってもすぐに思い出した。自分とは違う女性の髪の扱い方を……どうやれば千束が満足するのかを。
それも終わり、透奈が入浴している間に彼の荷物の中から一冊の本を見つけた。お泊まり会の時も持ってくるのかと若干引きながら、ぱらりとページをめくる。内容は頭に入れず、文字を象徴として見て……彼がいない暇を潰す。
25分ほどで彼は出てきた。髪はまだ若干湿っていて、白い肌は少し赤くなっている。仕事着から黒のオープンカラーシャツとそれに対応しているパジャマパンツに変わっていた。ここまでオフな彼を見るのはかなり久し振りだ。
「よし! じゃあ栞作り始めよう!」
千束は『そういえば髪乾かせなかった』と若干後悔しつつ、色々と終えたことで今日の本題を切り出した。
透奈もバッグの中からノートPCを取り出し、パスワードを打ち込んでロック解除。編集ソフトを起動させる。
「さて、どこがいいだろうね」
「雷門とかどうよ!?」
「アリだね。移動手段は……東京水辺ラインとかどうかな?」
「いいね! 取り敢えずドンドン案出していこー!」
そうして、夜が更けていく。
千束はこの時間が……透奈と過ごす時間が好きだった。ずっと前……正確な時期は覚えていないが、5年ほど前からずっと好きだ。彼を独占しているような気がして……それが胸の幸福感に繋がっている。
今から8年前。彼に人工心臓の事を伝えた。
バッテリーが劣化してしまうため、代替手段がないと20までしか生きられない事。だから誰かの時間を奪うことが嫌だという事。全部、話した。
そうしたら、彼は。
『話してくれてありがとう』
『でも、時間を奪うなんて言わないで。僕のこの命は、この時間は君から貰ったものなんだ。君と過ごしたい。君と在りたい。そう思っている僕のことを……他ならぬ君に否定してほしくない。僕の時間は、君の時間なんだから』
──────でも、私は20歳でさよならなんだよ?
『そっか。じゃあ残りの12年で、僕が君の心臓になる。その為の12年にするよ。君から貰った沢山のものを、君に返していく。そして、その果てに』
『君のさよならを、嘘にする』
──────そう、言ってくれたのだ。
感想に書いてくださった記憶喪失で天啓を得ました。
透奈が目を覚ましたって知らせに気持ちが先走りながらタクシーとか使える手段全部使って急いで行った千束を出迎える言葉が「はじめまして……?」って言葉なのめっちゃ良いと思ってます。
初めはそれを透奈が言った言葉だと認識できずフリーズして、それを見た透奈もどうしたらいいか分からず固まるんだ。それで、漸く言葉を飲み込めた誰かが「覚えてないの……?」って言うんですよ。頼むから覚えてるって、悪質なドッキリって言ってくれって。でもそんな希望は他ならぬ透奈くん自身が踏み躙るんですよ。俯きながら、気落ちしながら「はい……」って言って。
そして、その現実に耐えきれなくて逃げ出してくれ。混乱するリコリコメンバーも透奈も全部投げ出して、病室から逃げるんだ。病院の中庭まで走ってきて罪悪感と自己嫌悪で押しつぶされそうになりながら彼とのトーク履歴や写真を見つめて、もう戻らない過去達に謝罪し続けてくれ。
私はそれを見てご飯食べるから。女の子の後悔と涙でご飯が美味しい!
でも、折り合いをつけてもう一回「初めまして」からスタートするんだ。それに驚きながらも同じように返してくれる透奈くんを見て、記憶はなくても彼は彼って事を知ってほしいですね。
やったね千束ちゃん!脳の障害で記憶が1日も保たない健忘症を患ってるから何度でも初めましてができるよ!
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