夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
アンズの花言葉は臆病な愛、疑惑、疑い。
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松下と千束、たきなはひとしきり七夕祭りを楽しみ水上バスで移動していた。
射的はほぼ全ての商品を打ち落としたが、周りの子供達に少しずつ分け与えたり店に返還した。荷物も増える上に、商品が欲しいというより射的をしたいという欲求だったため景品にはあまり興味がなかったのだ。
「松下さん、お祭りは楽しめましたか?」
『ええ。凄く刺激的な観光で胸が弾んでいます……透奈くんはずっと気を配ってくれていたね。あまり楽しめなかったのではないかい?』
「松下さんや千束、たきなが僕の分まで楽しんでくれたので。それに、松下さんが楽しめた、と言ってくださる事が僕の一番の報酬です」
それから彼は少しの間閉口して考えて。
「図々しい事も承知ですが、千束にも『楽しめた』と言ってあげてください。この東京観光に一番熱心に取り組んだのは千束なので……」
『はい。勿論です。お礼の言葉を必ずどこかで言わせて貰います』
無機質ながら感情を読み取れる声音。胸が弾んでいるのも嘘ではないだろう。色々とプランニングした事は決して無駄ではなかった。たとえこの関係が全て嘘でも……それでも、きっと何か残るものはあるはずだ。
『そういえば、2人はどちらに?』
「今は飲み物を買って休憩しています」
『透奈くんはいいのかい?』
「僕は2人が戻ってきたら交代で休憩させて頂くので……」
透奈は『もしかして1人になりたいのか?』と考えたが、流石にそれは無理な相談だ。最低でも1人は松下に付いていなければ護衛の意味がない。リコリコの仕事は観光案内だけではないのだ。
『透奈くん』
「どうかされましたか?」
『君は千束ちゃんについてどう思っているんだい?』
「どう、とは……」
『君と千束ちゃんは随分仲が良さそうだったからね。個人的に、君が千束ちゃんをどう思ってるのか気になったのだよ。答えにくい質問だったかな?』
透奈は松下の補足に「あぁ、そういう事ですか」と納得して。
「……千束は大事な人です。僕の命の恩人で、生きる意味で……生き方を、『人間』を教えてくれた最初の先生です。彼女の為なら命も未来も……僕の全てを捧げたい。でも、救ってくれた彼女の為にも生きていたい。そう思わせてくれた、本当に大切な人です」
世界が移ろっても、変わらず彼女の側で在りたい。彼女と共に笑い、共に泣いていたい。彼女と一緒に生きていたい。
恋ではなく、盲信でもなく……そこには深い親愛があった。
▼
「どうぞ」
「あんがと、たきな」
千束はたきなから手渡された缶ジュースを受け取り、ステイオンタブを開けて中身を口に含ませる。
「たきな、お祭りどうだった? 楽しかった?」
「……そうですね。楽しかったです」
たきながはにかみながら返すと、千束は「やった」と言ってガッツポーズした。
「今朝の話、本当なんですか?」
たきなは千束の胸をじっと見つめていた。見つめている対象はペンダントや胸そのものではなく……その奥。
「今朝……あぁ、人工心臓ね。本当だよ。鼓動なくてびっくりしたけど……凄いのよ〜これ」
命の温かみがないロジックの塊だが、千束は確かにそれで生きている。
千束がそう言うとたきなは彼女の胸に手を伸ばし──────。
「ちょ、ちょいちょいちょい!」
「え? 確かめようと思って」
「いいけど、公衆の面前で乳を触るな!?」
女性同士のスキンシップなら少々過激程度だが、それでも公の場でやられるのは恥ずかしいのだ。千束は両手で胸を隠すようにして、たきなはキョトンとした顔をしている。
世間知らずかつ、天然だ。純情とも言い換えていい。たきなはリコリコで人間の情緒や世界、社会というものを絶賛勉強中なのだ。
──────かつての透奈と同じように。
たきなは人工心臓の件はリコリコに戻ってから確かめようと決め、ふと気になっていたことを尋ねようと思った。
「そういえば、千束は透奈をどう思っているんですか?」
「んふぇ? どうって?」
「好きなんですか?」
「!!??!?? す、すすす、すすっ!!!? 好き!? 何言ってるの!!??」
千束はバグった。
「いえ、だから透奈の事が……」
「いや! 違うの! そういうのじゃないんだよ本当にぃ……うぅ……」
目を開いて、頬が赤くなり、最後に至っては聞き取れない言語を発し始めた。恥ずかしいのか目尻に少し涙を浮かべ、両手をじたばたさせながら肯定とも否定とも取れる感情の大暴走を繰り返し、漸く落ち着いたのか千束は両手をゆっくりと下ろした。
真っ赤な頬は、そのままで。
「そんなに、分かりやすい……?」
「それなりに。多分透奈以外は気づいていますよ」
「うわぁ……うわぁ……そっかぁ……まじかぁ……」
こうしてみると、東京最強のリコリスだなんて信じられない。どう見ても恋する乙女の1人であり、硝煙弾雨とは全く縁がなさそうな少女であった。
「……どんなところを好きになったんですか?」
「……最初は、誰かのために本気なところ。今は……全部……」
たきなは重症だと思った。全部が好き、だなんて恋に盲目になっている動かぬ証拠だ。だけど。
いいなぁ、と思ってしまった。
そこまで他人を愛せた事はない。相手の欠点も何もかもが愛しくて仕方がなくなるような思いを抱いた事がない。だから、羨ましいと思った。そうまで思える千束も、そう思われている透奈も。
いつか自分も、誰かを千束のように深く愛せるようになるのだろうか。
きっと、それは誰にも分からない。始まってもいない恋の行方はどんなものにだって……それこそ、ラジアータにだって予測できない。
「叶うといいですね、その恋。応援しますよ」
「本当に!? たきなありがと〜! 結婚式でブーケあげるね!」
「気が早くないですか? まだ付き合ってすらいませんし」
「そこは……ほら、スピード婚ってのもあるし」
そのスピード、どう考えても法定速度オーバーしてるけど大丈夫だろうか。
「透奈、人気ですからね。早く告白しないと誰かに盗られちゃいますよ」
「うぇ!? それは困るよ! 透奈は誰にも渡さない!」
透奈は別に千束のものでもない。
「たきなは、その……応援してくれてるし、盗らない……よね……?」
「どうでしょう。私が透奈の事を好きになったら、奪っちゃうかもしれませんよ?」
たきなは悪戯っぽく笑った。それは千束の思い人の雰囲気にとてもよく似ていた。
▼
ひとしきり笑談した後、千束とたきなは松下と透奈の元へ戻り、透奈は入れ替わるように休憩へ入った。
恐らく透奈は船のデッキに出て、缶コーヒーでも飲みながら外を眺めているだろう。もしかしたら風に当たりながら本を読んでいるかもしれない。
松下は変わらず外の景色を見つめている。日本における人の営み、その中心地である東京は今日も賑わっている。立ち並ぶ高層ビルには光が灯っており、道路には人々が大勢歩いているだろう。
その中で。
『あれが延空木ですか』
高層ビルよりも更に高く、高く聳え立つ──────空へと延びる木。10年前に折れた旧電波塔に代わり、これから全国に電波を送る役目を担う設備だ。
千束は懐かしく思う。千束の人生の中でも有数のターニングポイントだろう。この事件から非殺傷弾を使い始め、テロリスト鎮圧の功績により東京最強という地位が確立された。
そして、何より──────透奈と出会えたのだ。
生憎とテロリストの爆弾により電波塔は折れてしまったが、今はそれすらも日本の平和のシンボルとなっている。8年連続で世界一の治安を誇っているのだ。名誉の破損、という風に象徴とした方が都合が良かったのだろう。
その裏で血みどろの闘いを繰り広げているリコリスの事は、きっと誰も信じない。隠蔽に隠蔽を重ねて、掃いて捨てるほどいるテロリストを次々と消してこの平和は成り立っている。
──────あれから、10年。
そう思うと急に感慨深くなって、遠くに来たなと思ってしまう。郷愁はなく、ただ歩いてきた道に対する誇りがある。
「11月に完成予定らしいです」
『設計に知り合いが関わっているんです』
「えー! 凄!?」
大企業の重役ともなると人脈も一般人とはかけ離れたものになるのだろうか。
『そう。彼は未来に凄い物を残してる』
「じゃあ、完成したら見に来てくださいね。またご案内しますよ!」
命はいつか終わるもの。だけど、それは先のことであって『今』ではない。余命宣告はあくまで宣告だ。それよりも長く生きれる道だってきっとある。
それは誰より何より千束が一番よく知っていた。
限りある命の、先を見る──────それに、松下は救われただろうか。
直向きに前を見る千束に、松下は車椅子ごと向き直って。
『えぇ。またお願いします──────君は素晴らしいガイドだからね』
その言葉に千束は満面の笑みを浮かべた。
▼
ミカとクルミはドローンのカメラを使用して4名の様子と周囲を俯瞰していた。
「なぁミカ、本当に殺し屋は来ると思うか?」
「分からないな。来るとしたら相当前から準備している手練れだろうが……」
ミカも透奈と同じでこの依頼を疑っていた。透奈ほど深く猜疑心を向けている訳ではないが、それでも違和感やズレを感じている。
モニターに映る映像に不審な影はない。
「あっちには弾が当たらん千束、射撃能力に秀でたたきな、ダメ押しで半分バグみたいな透奈までいる。この3人を掻い潜って殺せる腕があるなら逆に見てみたいくらいだ」
クルミはあの3人の能力を間近で見ている為、よく知っている。あの3人を出し抜いてターゲットを殺せと言われたら確実に匙を投げるだろう。
そして、それは当然彼女たちの教師であるミカも知っている。その為、作戦失敗の可能性はあまり考えていない。
ただ、妙な悪寒がある──────それだけだ。
クルミは「それにしても」と言って話題を切り替える。
「千束の人工心臓、凄まじいな。あれほどの運動をしても耐久しているとは。一度DAの技術部のサーバーでも覗いてみようか」
そんな事をされるとリコリコでも庇いきれない────というより、現在進行形で危ない橋を渡っている為、これ以上何かされると不味いのだ。このリスは表向きには自分が死亡したという事を分かっているのか。知的好奇心の赴くままに生きた結果、市ヶ谷に目を付けられたのだろうに─────と思ったが、ミカは口に出さない事にした。
それに。
「覗いたって無駄だよ。DAのものじゃない」
「ほほう。となると……やっぱこれか。噂のアラン機関」
千束の胸元、そこから覗く少々大ぶりなオウルのネックレス……アラン機関が才能を認めた証を画面いっぱいに写した。
「君に秘密は通じないか」
「つまり、命と引き換えに世界への使命を与えられた……千束の使命とはなんだ?」
そう。アラン機関は才能を援助し、使命を果たさせる事を目的とした組織だ。あの心臓は援助の内容であり、それはつまり使命を果たす事を義務付けられたわけで──────。
「……それは千束が決める事だ」
ミカは短くそう返した。千束の意思を、決定を尊重する親らしい考え。例え愛する人を騙し続けるとしても──────その考えは今日に至るまで決して変わらなかった。
そして、クルミももう一つの本題に入る。この機会──────正確には透奈や千束、たきなが居ない時ではないと話せない内容。
「じゃあ、透奈はどうなんだ?」
「……透奈が?」
意を決して口を開いたクルミとは対照的に、ミカはなぜ今透奈の名前が出てくるのか、と言わんばかりの困惑した顔だった。
「喫茶リコリコの不明点だよ、透奈は。調べたらDAやCOでも特異点やらコードアンノウンやらって呼ばれている。
孤児、と言っても目撃情報くらいは漁れるし監視カメラの映像を遡れば何処かに映っているはずだ。
だけど、透奈にはそれがない。本人が言っていた通り、記憶が欠落している期間の情報が皆無だ。何処のカメラにも、目撃情報もない。引き取った孤児院すらヒットしない。
本当に白峰透奈は存在していたのか?」
そう……結局その疑問に行き着いてしまう。いたのか、いないのか。
「考えすぎかもしれない。だが、千束とたきなの依頼だから手を抜く事はしたくない──────ボクも個人的に興味があるし。透奈本人はアラン機関にいたと言っている。だが、アイツらは生後間もない赤ちゃんの透奈に何の才能を見出して回収したんだ?」
空白期間は0〜5歳。その期間はアラン機関にいたとすると、何の才能を見出されたのか疑問に残る。その段階で発露している天賦の才なんてある訳がないだろう。ならば何かを見込まれたのか、必ずあると知っていたのか……それとも保護せざるを得ない重要な理由があったのか。
「ミカ、透奈の支援内容は知っているか?」
「……いや、知らない」
「だろうな。聞かなかったんじゃない。聞けなかったんだろう。透奈の辛い記憶を掘り起こしてしまうかもしれないからな」
クルミはぐっと伸びをして、それからもう一度口を開く。
「アイツの支援内容は恐らく右眼の義眼だ。着ぐるみの前に身体をチェックするためにスキャンしたら判明した。ただ、眼窩を埋めるためではない……本物の目と同じ動きをする数世代先の技術。人工心臓と出処が同じと考えた方が辻褄が合う」
視神経そのものに作用する義眼なんて考えられないだろう。これがあれば盲目等の課題はコストを度外視すれば解決できたもの同然だ。
恐らく実験段階か、それとも高コスト過ぎて量産等は不可能なのだろう。
謎に包まれた出生、超技術の右義眼、異常な身体能力……白峰透奈の真実につながるものは全て5年の空白に隠されている。
「────白峰透奈は、誰なんだ?」