夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
ハナズオウの花言葉は裏切り、不信、高貴、喜び、目覚め。
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告、ここ好き等々本当にありがとうございます。私の執筆の活力になっております。
観光案内も前半戦が終わり、後半へと突入していた。次なる目的地を目指す4名だったが、それを狙う黒い影を捕捉した。
この真夏において全身黒装束……その上から黒コートを羽織る男はバイクで走行している。
ドローンのカメラには高性能センサー、および学習させた画像解析AIを積んでいる。カメラの映像から被写体の隠れている部分を仮想モデルで構築しクルミの本体PCへと情報を送付。
受け取った情報をクルミは訝しげに眺めつつ。
「さっきから付いてるヤツがいる……この真夏に全身黒装備とかドMかよ」
「……ジン。暗殺者だ。透奈に繋いでくれ」
「まさか本当に来るとはな……」
予定調和の如く、暗殺者は現れた。それもミカが知っている人物。クルミはキナ臭さを憶えながら、透奈へと通信を繋ぐ。
『こちら透奈。何かありました?』
「透奈、暗殺者だ。名前はジン。ミカが知ってるヤツらしい」
『……分かりました。その暗殺者は手練れですか?』
「静かな仕事ぶりから『サイレント・ジン』とも呼ばれている。ベテランの殺し屋だ。15年前まで警備会社で共に裏の仕事を担当していた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前の話だが……実力は本物だ。サイレント……声を聞いたことがない」
間違いなく強敵だろう。音もない静かな殺害は暗殺の本懐だ。それが異名になるほどの相手が、大企業の重役を殺しに来た。
『千束、たきなに共有後、ジンを追います』
「分かった。ドローンをもう一機飛ばして、千束達に張り付かせて新手が出てこないか見ておくよ」
『お願い、クルミ』
通信はそのままに画面に映る透奈は何やら千束とたきなと内緒話を行い、そのまま走って離脱した。
透奈を見送りながら、クルミはもう一機のドローンのセットアップを済ませ偵察に送り出す。
それも終わり、画面に目を落とすと……信じられない光景が映し出された。
透奈が走っている。それ自体は問題ない。だが、その速度が問題であった。
透奈のポイントを示すマーカーがあり得ない速度で高速道路上を移動している。何かのバグかと思ってカメラを確認しても、時速80kmの自動車を走って追い越している光景は現実そのものだった。しかもその表情は余裕そうであり、ギアを上げれば更なる加速が可能である事を容易に想像できる。
「……なあミカ、あれ本当に人間か? 人の形をしたサイボーグって思った方がまだ納得できるぞ」
そのクルミの疑問にミカは答えず、ただ画面を見つめていた。
『こちら透奈。ミズキさん、聞こえてますか?』
『聞こえてる聞こえてる。黒いのは追ってるよ』
『ありがとうございます。でも、ミズキさんを危険に晒す訳にはいかないので離脱して千束達と合流してください。暗殺者は僕が相手します』
『アンタイケメン!』
2人のやり取りを聞き流しながら作業するクルミ。メインモニターに映し出されているジンがこちらを……正確にはドローンのカメラを向いた瞬間。
「バンッ」と音がしてカメラがブラックアウトした。
「2人に悲報だ。ジンに張り付かせていたドローンが破壊された。工事現場付近でロストだ」
クルミは舌打ち交じりで報告する。だが、透奈は。
『大丈夫。
「視えているってお前……1km離れているんだぞ」
クルミが呆れつつも、この存在がバグのような青年ならばもしやと思った。
そして、その予想は的中した。
▼
関係者以外立ち入り禁止の工事現場に来たジンは狙撃の為、最適なポジションを探す。射角、相手からのカウンターを貰わない立ち位置……それらを総合的に判定し、目的の位置へ向かう。
「貴方がサイレントかな」
その足取りを止めたのは、先ほどまで高速道路を生身で疾走し勢いのまま工事現場に飛び込んだ透奈であった。右手にはサプレッサーを取り付けたベレッタM92が握られている。そして、ジンは彼を認識するや否や銃を取り出しノータイムで発砲。それにワンテンポ遅れて透奈も銃撃する。
ジンの弾丸は狙い通り透奈の心臓へと向かうが左手で叩き落とされ、透奈の非殺傷弾はジンから逸れた場所に着弾した。
『自分の腕でこの距離は無理か』と自嘲しながらもその銃口はジンから決して逸らさない。透奈としてはここで足止めさえできればそれでいいのだ。そもそも、彼はここで戦闘行為を行うつもりはない。彼の戦闘は基本的に派手で、大味だ。そして周りの損害も大きくなる。
気にしなくていい場所ならば伸び伸びと戦えるが、ここは住宅街が比較的近いかつ、工事真っ最中の場所だ。変に暴れて工事の方の仕事を増やしたり、万が一にも巻き込むことはできない。
それに加えて、以前の住宅街のような夜ではなく昼間、地下鉄のような閉所ではなく比較的オープンな場所。必然的にかなり人の目や周囲の安全を気にしなければならなくなる。故に彼は最大の武器である身体能力を活かした超高機動・超火力の戦闘が封じられている。
ジンは早々に自分の武器が決定打になりえない事を理解していた。躱されるならばまだやり様があったが、真正面から叩き落されたならばそれは火力不足の証左に他ならない。
目の前にいる相手は拳銃程度の口径では脅威と見做していないのだ。銃弾で斃れない人間なんて冗談のようだが、目の前で起こった以上咀嚼する他あるまい。
相手にするだけ無駄だ、と判断したジンの行動は早かった。
置き土産のように3発銃弾を発射し、そのまま透奈に背を向けて逃走。障害物を巧みに使いながら、透奈側からの射線を切るようにして逃走ルートを選択する。
対する透奈もジンの逃亡は予想していたため、襲い掛かる銃弾を交差させた両腕で防ぎ一歩踏み出す。適当に威嚇射撃を行い、聳える鉄骨を足場にして3次元的な機動力を以って追い縋る。足場になった地面を踏み砕かんばかりの速度ではないが、それでも乗用車を超える速度だ。即座にジンに追いつき、真上を陣取る。
そして鉄骨から飛び出し、その身を空中に晒す。それに気づいたジンが銃撃をするが気にも留めず、透奈は敵だけを見ていた。発射された全ての銃弾をノーガードで受けつつ銃口をジンに向け、トリガーに神経を集中。
彼我の距離は3m。これなら外さない────!
断続的に響く消音された3発の銃声。それに伴い発射された弾丸は狙い通りジンを撃ち抜くルートであったが、咄嗟に黒コートを盾にされたことにより防がれる。
それに透奈は舌打ちを1回。着地して、幾つか障害物を挟んだ先……直線距離50m向こうの敵手を見据える。
クラウチングスタートの要領で地面を蹴る。立ち並ぶ障害物を回避したり、またはハードル走のように飛び越えながら減速を最小限に抑えて────再び有効射程距離に捉えた。
透奈の有効射程距離であるということは、それはつまりジンの有効射程距離でもあるということだ。当然、ジンも全弾撃ちきる勢いで銃撃を行ってくる。
銃声が数発響いた後、ジンの持つ銃のスライドが後方に固定され、ロックがかかる。マガジンの中の弾を全部撃ち切ったのだ。
リロードのため一瞬透奈から目を背けた────その瞬間。
「捉えたぞ────
底冷えする声音はジンの懐から聞こえて。
「────ッ!」
ジンは初めて動揺を見せた。
急いで飛び退こうとするが、決して覆せない身体能力の差がジンの行動に否を突き付ける。
低姿勢から斜め上方向へ繰り出される回し蹴りは後退しきる前のジンの左脇腹に突き刺さり、肋骨を数本へし折りながらボールのように吹き飛ばす。
地面を数回転がり、コンクリート製の壁に叩きつけられたジンは意識が半分飛んでいた。肋骨が折れた上に、勢いよく壁に叩きつけられたからか痺れも止まない。銃も手元から離れ、反撃に出ることもできない。『詰み』と判断するには充分すぎる状況だった。
対する透奈は思ったよりも与えたダメージが少ないことに驚いていた。恐らくあの黒装束には耐衝撃機能が備わっているのだろう。
だが、これで終幕だ。後は暗殺者を縛り上げてクリーナーに引き渡せば、松下に向かう脅威の1つを摘み取ることができる。千束達に合流して観光案内に徹しよう────。
そこまで考えた透奈の視界に映ったのは、1.5km先の
「チッ!」
急いでその場を飛びのくと、僅かコンマ01秒後に発射された銃弾は地面を大きく抉った。
「こちら透奈! ジンだけじゃない! もう1人いる!」
『違う!
クルミとの会話に気を取られ、発射された2発目の狙撃を回避しきることができなかった。0.50BMG弾が透奈の右頬を僅かに切り裂く。舞い散る赤い血と、焦げ付いた臭い。
この狙撃によって通信機器も破壊されてしまった。もうクルミ達による情報支援は得られない。更に、全く同じタイミングで透奈用に回していたドローンが破壊される。透奈は完全にリコリコから切り離され孤立した。
久方ぶりの痛みに顔を顰めて、
そして3度発射される銃弾。先ほどまでの2射とは異なる方向から来たため、これが恐らく3人目によるものだろう。
だが、何度も同じ手は通用しない。明らかに人間に向けて撃つことを想定していない口径の銃弾を正面に捉えて────。
「ハァッ!」
その刹那、激突する銃弾と右拳。埒外の運動エネルギーを秘めた両者だったが、この戦いを制したのは透奈であった。
全力で振るえば掠っただけでも人間を肉片にできる透奈の拳は、ライフル弾を真正面から粉砕したのだ。
残心し、周囲の状況を見る。まだ動けないジン、そして1.5km離れた場所に狙撃手が2人。
どちらの射手を仕留めに行こうか考えて──────。
だが、透奈の思惑は叶わない。
今までは布石であったのだ。
透奈は先程の3射目を、クルミが伝えた3人目の暗殺者によるものだと思っていた。少し前、対物ライフル並みの口径の銃を片手で掃射していた人物を見たためだろう。それと同じ要領で、こちらに向かいながら射線を通して狙撃した────そう考えていた。
だが、クルミが言ったのは全く異なる人物であった。先ほどの狙撃はクルミのカウント外にいた人物によるもので────本当の3人目は既に透奈のすぐ近く、100m圏内に来ていた。音を消し、気配を消し──────まるで、死神のように。
そのすれ違いが命取りになる。
カチャリ、と3人目の暗殺者である女が銃を構える。その音に反応して透奈も咄嗟に振り返り銃を構えて────驚愕で目を見開いた。
その女が持っていた銃がマシンガン並みの連射力で対物ライフル並みの銃弾を放つ、透奈が地下鉄で見たものであるから────
固まる透奈に向けて女はトリガーを引く。巻き起こる破壊と、響き渡る爆音。嵐のような暴力は透奈が飛び退く数瞬までの間に数多の銃創を作ったが、致命傷に至っていない。
透奈は空中にいる自分に再び照準を合わせる、その瞬間を狙おうとしたが────女が左手で小型のリモコンを操作したその刹那。
「……ァ、ガッ……」
何処からか発射された2発の弾丸が透奈の右脇腹と左上腕を撃ち抜いた。
それは目の前の女や、ジンによるものではない。女が来る前……透奈が3度狙撃された、2方向から発射されたもの────でもない。
それらとは全く異なる方向から狙撃された。1、2発目は
つまり暗殺者は6人────ではない。透奈はこの正確無比な狙撃のタネを見抜いていた。そして、その真実は信じられないと断言するに足るものであった。
空中から地面に叩き落された透奈は立ち上がろうとするが、血を流しすぎた所為か上手く立ち上がることができない。跪くような姿勢が限度だ。目の前の女を疑問と困惑が入り混じった視線で睨みつける。
「────お前は、誰だ」
その問いに女は答えず、透明な笑みを浮かべながら手元のリモコンを操作した。
透奈も咄嗟にリモコンを銃で撃ち抜き破壊したが、女は既にコマンドを送り終わっている。
また狙撃される、と諦観交じりで身構えた透奈を襲ったのは────猛スピードで突っ込んでくる無人の鉄球クレーン車だった。
咄嗟に避けようとしたが、傷だらけかつ血を流しすぎた体は上手く動かず跳ね飛ばされ────鉄骨の山に叩きつけられた。
「……ッ!」
ミシリと背骨が軋む音と、肋骨が折れる感覚。右腕も脱臼した。口から血が出た事から、内臓にもダメージが行っているだろう。
透奈を轢いたため前方が大きくひしゃげたクレーン車だったが、止まらず加速を続け透奈が叩きつけられた場所に突っ込むように車体が制御される。
透奈は流血で悪くなった視界いっぱいにクレーン車を映した。
爆音とともに崩れる鉄骨の山と、その後ろのコンクリート製の建物。それらは透奈とクレーン車を巻き込んで巨大な瓦礫の山を形成する。
すべての音が止んだ後に残ったのは女とジンだけだ。透奈は総重量数十トンの瓦礫の下敷きになっている。
その光景を見届けた後、女はちらりとジンを見る。
「ほら、行ったら? 暗殺まだ終わってないでしょ」
「……」
「協力者の話は聞いてるでしょう? 白峰透奈の足止め、私はきっちり果たしたから……貴方は自分の役目を果たして。心配しないで、邪魔はしないよ。私はここでフェードアウトするからさ」
女の言葉を信用したのか否かは不明だが、ジンは鎮痛剤の服用により少し軽くなった体で歩いて行った。
それを女は見送り、工事現場を後にする。
後に残されたのは透奈が埋もれている瓦礫の山だけだった。