夕暮れの彼岸花   作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

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 シャガの花言葉は反抗、友人が多い。

 感想、評価、お気に入り登録、誤字報告、ここ好き等々本当にありがとうございます。私の執筆の活力になっております。


Iris japonica

 

 白峰透奈、通信途絶および反応消失(ロスト)

 

 リコリコの戦力の一角を削がれた、と言ってしまえばそれだけだ。だが、その喪失は言葉以上の重さを伴い千束の、たきなの肩に圧し掛かった。

 

 手足の末端が凍えるほど冷たくなって、脳裏に血塗れの彼が浮かんで締め付けられるように苦しくなる。

 

「嘘、透奈が……助けに、行かないとッ!」

 

 弾かれたように俯いた顔を上げて駈け出そうとした千束の手を掴んで止めたのは、たきなだった。

 

「千束、冷静になってください。透奈はきっと無事です」

「……」

 

 たきなの言葉で沸騰しかけた頭が冷静になったのか、張り詰めた雰囲気を解いて「分かったよ」と頷いた。

 

『反応がロストしたのは工事現場内だ。手持ちのドローンを飛ばして確認しているが……視認できる場所に透奈はいない。あと、透奈を狙撃したと思われるポイントにはなんか変な機械を取り付けられた対物ライフルしかなかった。射手は影も形もない。しかも、このポイントだとそれこそ工事現場くらいしか……』

 

 クルミは訝しげに呟く。

 千束とたきなを不安にさせないために情報を絞って……どう考えても場違いな瓦礫の山を省いて、現状を伝える。戦闘の余波か、それとも違うのか。

 情報が断絶していて詳しい事は不明だが、透奈が瓦礫の山に埋もれている可能性は充分考えられる。

 

「暗殺者の目的は透奈を私達から引き離して撃破することだったんではないですか?」

『透奈は誘い込まれた、ってことか。ああクソ、それだったら対物ライフルもあの位置取りも納得できるな……』

 

 たきなの答えにクルミは納得したように頷く。

 

 それだとしたら辻褄が合うのだ。ジンが所定ポイントまで誘い込み、女と合流し狙撃と共に透奈をこの依頼から排除する……そこまでが一連のシナリオだったのだ。

 

 それはつまり、ジンともう1人が透奈を共に最大の脅威だと認めてその排除を最優先事項にして行動したということであり……彼を排除できた今、本格的に仕掛けてくるだろう。

 

『最大限警戒をしておけ。相手は複数、しかも策次第で透奈を落とせるレベルだ。狙撃の可能性も考慮して依頼人を屋内に避難させたほういがいいだろう。何か建物はあるか?』

「美術館」

『ならそこに入れ……まずいな、ミズキとの通信が途絶した』

 

 その報告に千束は息を呑む。大切な人が2人も敵にやられてしまった。心を目の荒いやすりで無造作に撫でられるような、掠れ、枯れていく感覚が千束を襲う。透奈だけでも限界だったのに加えてミズキまでいなくなってしまい、千束の心は平常時からかけ離れたメンタルになってしまった。

 

「ミズキとも……」

 

 ポツリと譫言のように呟く千束に、たきなとクルミの胸が締め付けられる。

 

『気を引き締めろ。前を向け。二人ともまだ死んだわけじゃない。ミズキを襲ったのはジンだ。こいつが最初に仕掛けてくる』

 

 だが、感傷に浸っている場合ではないのだ。任務は終わっておらず、脅威は健在。ならば千束とたきなにはリコリスとして、松下の安全を預かる者としてやるべきことが残っている。

 

「透奈はジンにやられたんですか?」

『いや、寧ろあと一歩まで追いつめていたよ。透奈を下したのは別人だ。そいつは全力で捜索している。ジンは現在単独だよ』

 

 たきなの質問にクルミは持ちうる全ての情報を答えた。その言葉をたきなはじっくりと咀嚼して。

 

「わかりました、私が出ます」

「ちょ、たきな!?」

 

 言うや否や、たきなは千束の静止をすり抜けて駆け出して行った。市街地戦を想定してきっちり抑制器(サプレッサー)を付けているため明らかにやる気だ。

 

 たきなも表情に出さないだけで2人がやられたことに怒り心頭になっており、グリップを握る手にいつもより力が籠っている。

 

『どうかしましたか?』

「えっと、お手洗いに行ったみたいです!」

 

 松下の疑問に、千束は若干上ずった声で答える。彼女は自分の演技力に不甲斐なさを覚えつつ、それでも必死に暗殺者の来訪を悟らせないように出来の悪い嘘を重ねていく。

 

 透奈は無事なのか。対物ライフルなんて人間に向けるものではない。それで狙撃された……否が応でも最悪の光景を幻視してしまう。大丈夫だと信じたいが、10年前のように血まみれの彼が力なく横たわっていたら……果たして冷静でいられるだろうか。

 

 ミズキも心配だ。透奈と違って彼女の身体能力等は平凡、万が一というのがあり得るだろう。暗殺者と真っ向勝負できるほど、ミズキは武闘派ではないのだ。

 

 そして、単身で暗殺者を追うたきなも。相手は凄腕の暗殺者だ。何度も殺しを成功させているため、油断ならない強敵だ。

 

 本当なら千束も加勢に行きたいが、松下がいるためそれは叶わない。ミズキに松下を預けて2人で暗殺者を仕留めるプランは既に崩壊している。

 

 千束に許された行為は、この場で3人の無事と安全を祈ることだけであった。

 

 

 ▼

 

 

「1.5km先からの狙撃、それを最低でも2連続で成功させる。ミカならこれをどう見る?」

「間違いなく神業だな」

「だろうな……この写真を見てくれ」

 

 そう言ってクルミがミカに見せたのは、透奈を狙撃したと思われるバレットM82だった。だが、ただのバレットではない。何らかの機械が取り付けられており1つのモジュールと化している。

 

「あの工場から1.5km内にこれと同じモジュールが4つ。4か所からあの工事現場を狙撃できるようになってる。これ、多分射手はいないぞ。あの女が全部遠隔操作している。だから暗殺者は2人だ」

「馬鹿な」

 

 狙撃というのは想像以上に難しい。それはミカもよく分かっている。だからこそ信じられなかった。

 

 狙撃をロジックに落とし込んだ女の能力を。1.5km向こうの4丁の銃を遠隔で操作し……正確無比に撃ち抜いたその事実が。

 

「ボクも信じがたいけど、状況証拠がそう言っている。透奈は4つの対物ライフルとジン、女に狙われていたんだよ。多分、相手側も相当分の悪い賭けだっただろうな」

 

 そして何より……規格外の狙撃能力を持つ女と凄腕の殺し屋が組んでなお、分の悪い賭けにしかならなかった透奈は何なのか。

 

「……その女の顔は分かるか?」

「フードを被っていたから確認できなかった、すまない」

「そうか……」

「あとは女がどこにいるかだが……見当たらないんだよ」

 

 ミカは暫く考え込むような仕草をして。

 

「……恐らく透奈を倒すまで協力していただけだろう。ジンは積極的に他人と組む人柄ではないからな」

「そうか。なら透奈を倒したことで女は離脱していると考えてよさそうだ。あとはジンをどう退けるか……」

 

 リコリコ屈指の単体戦力と狙撃の化け物が舞台から降りて、残る役者は暗殺者とリコリス2名。

 

 さて、どうなるかとクルミはモニターを眺めた。

 

 

 ▼

 

 

 数トンの瓦礫の山を押しのけたのは、濃紺のブレザーに包まれた血塗れの白い細腕だった。地獄から這い出るように瓦礫の山から脱出したのは流血に塗れた灰色……白峰透奈。

 

 仕事着は銃弾によって切り裂かれ、血が滲み、紺色から変色しているが、その下の素肌の部分には傷一つ見当たらない。思いっきり対戦車ライフルで撃ち抜かれた右脇腹と左上腕も既に再生が終わっている。

 

 ボロボロになった仕事着以外に戦闘があった形跡が見当たらない。流し過ぎた血も、何もがが元通り。痛みはまだ引いていないが、それも戦闘行動に支障が出る範囲ではない。

 

 時刻としては彼が瓦礫に埋もれてから20分ほど経った後だ。その短時間で、全ての傷を復元しほぼ万全と呼べる状態に再生した。

 

 透奈自身ですらどうかと思う肉体のスペックに若干呆れつつ。

 

「やられた」

 

 ポツリと呟いた。

 

 相手は対透奈のみを念頭に置いて策を練った。とっておきの秘密を見せて透奈を動揺させ隙を生んだ。彼の感情を、思考を、行動を詠み切り的確な攻撃を行った。それでもなお賭けの部分があった。その賭けに相手が成功した、ただそれだけの事。

 

 仕方がない敗北であったが──────あぁ、それでも。負けは負けだ。

 

 相手の策を見破れずまんまと渦中に陥り、暗殺者2人を逃したのだ。無能と罵られて然るべき振る舞いだろう。

 

 厳然な実力差で相手を叩き潰す個の暴力が、己の本懐だろうに……策や相性という小手先でひっくり返されてしまった。

 

 だが、次はない。タネも仕掛けも全て判明した。複数方向からの対戦車ライフルによる狙撃も、リモコンによる物体の遠隔操作も、あの女のスペックも把握済みだ。

 

 初見でないなら幾らでも対処の仕方がある。1度目は殆ど顔合わせだった。2度目は敗北した。3度目は……全力で捩じ伏せる。

 

 透奈は通信機でクルミに連絡をしようとしたが、右耳のインカムがないことに気づく。そういえば狙撃で破壊されたなと思い、懐からスマホを取り出した。画面は見るに堪えないほどの惨状であったが、幸いなことに中の機能は生きているようだ。

 

 クルミの連絡先をタップし、数コール後に回線が開通した。

 

「こちら透奈。今から戦線に復帰します。状況はどうなってます?」

『お、やっぱ生きてた。良かった良かった。今はたきながジンと交戦していて、千束はそれの加勢へ向かってる。ミズキは東京駅にいる依頼人を迎えに行ってるんだが……』

「ミズキさんの方に合流して安全を確保後たきな達に加勢するよ。戦闘はどこで行われてる?」

『東京駅の裏手、改築工事中のスペースだ』

「了解」

 

 透奈は通話を終了させて、空を見上げる。

 

 心の中で「工事される方々、ごめんなさい」と謝罪する。もう既に謝って済む範囲の破壊を超えているが、そこから更に破壊痕を広げるのだ。謝罪しないわけにはいかないだろう。

 

 そもそも、自分がちゃんとしていれば鉄球クレーン車程度は止められたのだ。これらの破壊は全て自分の油断と怠慢が生んだ結果と言って差し支えない。

 

 地面を踏みしめる足にぐっと力を籠める。最初の着地点はここから400m離れたビルの最上階……そこを目掛けて透奈は両脚を解放した。

 

 爆音と共に砕け散る地面が空中に舞い、弾丸のような速さで透奈は地上から飛び立った。斜方投射のような軌道で空中にその身を晒し、減速も交えながらきっちりと目標地点に軽やかに着地。

 

 高さ50mから地上を、ビル群を見渡し東京駅の位置を確認。そしてどのビルを使って向かうかを考えて……助走のため一度ギリギリの場所まで後退する。

 

 最初はゆっくり、徐々にギアを上げ落下防止柵付近では音速に迫る速度になり──────柵を飛び越えて。

 

「──────!」

 

 空中で柵を蹴りぬいた。「バゴンッ!」と柵が吹き飛ぶ音が聞こえるより先に彼はもう一度空中にいた。その速度はマッハ3を僅かに超え、辺りにソニックブームをまき散らす。

 

 地上ではなし得ない高速移動も、空中ならば周囲を気にせず行える。この利点を今活かさないでどうするのか……そう言わんばかりに伸び伸びと透奈は出鱈目な速さで動いていた。ビルからビルへ飛び移り、最高速度かつ最短ルートで東京駅を目指して誰もいない空中を駆ける。

 

 駅まであと3kmの地点で地上に着地し、そこからは周囲に被害を与えない乗用車並みの速度で目標地点まで疾走する。

 

 その道すがら、前方に見知った姿を見た。

 

「はぁ……はぁ……ぜぇ……げほっ……」

 

 1人で走っているミズキだった。もう体力が限界なのか速度もかなり遅く息も上がっている。

 

 なぜ1人なのか、という疑問はあるが後でいいだろう。取り敢えずミズキの安全を確保しなければいけない。

 

 透奈は普通の人間が出せる速度まで一気に減速し、そのままミズキに接近。流れるような動作で横抱き──所謂お姫様抱っこ──をして、落とした速度を僅かに上げる。

 

「んぁ!? と、透奈!? 無事なの!?」

「僕は無事です! それより、依頼人は!?」

「見届ける義務があるとか言ってどっか行ったわよ!」

 

 透奈は舌打ちを一回する。

 どっか行った、とミズキは言ったが恐らくたきなとジンが現在交戦している場所だろう。何を見届けるつもりかは知らないが……依頼人、暗殺者、千束とたきながいる以上向かわなければならない。

 

「ミズキさん、舌噛まないようにしてください。飛ばします」

「え、ちょ、てかアンタ全身血まみれ……」

「もう傷は全部塞がってるので大丈夫です」

 

 言うや否や、先程まで落としていた速度を一気に上げる。

 

「ちょ! 早い! 早いって! アホか!?」

 

 生身で自動車並みの速度を体感しているミズキの感想は至極真っ当なのだが、透奈はそれを意に介さず戦場へと向かう。

 

 透奈はミズキを駅構内に置いておく事も考えたが、結局自分の周りが一番安全だと判断して連れて行くことに決めたのだ。

 

 そのまま立ち入り禁止区域前まで走り抜け、バリケードとブルーシートで覆われた場所を人外の跳躍力によって飛び越えて不法侵入する。

 

 千束、たきな、暗殺者ジン、松下。それに加えて透奈とミズキ。役者は全て一箇所に集まった。

 

 仕込まれた舞台は、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。

 

 

 

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