夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
パフィオペディラムの花言葉は思慮深さ、優雅な装い。
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Paphiopedilum
「銃の違法取引……」
『あぁ。数は千丁だ』
「戦争でも始める気ですか……DAも血眼になってでも止める訳です」
妙だと思った。千丁もの銃は単一のルートで入手することが難しい。必ず複数のバイヤーやルートを通過する必要がある。そういったものを事前に把握し、闇の中で処理するのがリコリスやリリベルの仕事だ。そして、それを捉えるための技術や人員も充実している。
それなのに取引をする直前になるまで足取りが掴めなかった。なんらかの情報操作をされたか、内通者がいると考えたほうがいい。だとすれば違法取引の情報さえブラフの可能性がある。取引の時間がそもそも異なっているか、取引そのものがないか。
時間が異なっているとしたら、これから行く現場にはそもそも銃取引の詳細を知っている者がいない可能性が高い。単純にその取引がここであると思わせるための捨て駒だ。本命はもう終わったか、これからか。
銃取引がなかった場合の方が問題だ。嫌でも注目を集める千丁という数を使ってまで隠したかった本命が必ず何処かに存在するはず。その場合の本命は千丁の銃に匹敵或いは凌駕するもの……ダーティボム等の簡易的なNBC兵器も視野に入ってくる。
だが、どちらにせよDAの情報支援は期待できない。ブラフは本命を演じれないと困るため、恐らく彼方も何枚か手札を切ってくるはず。その中の手札の一つ……というより開示されているカードに情報操作がある。相手からすれば見られているカードであり、ここでもう一度使っても痛くも痒くもないだろう。
「千束は?」
『同様の説明をした。現在君のハウスに向かっている。千束と合流後、バイクを使って現場まで行ってくれ』
後手に回りすぎている。こちらに話が回ってきたのも、恐らく現場のリコリスで解決しうる範囲を超えたからだろう。限りなく最悪の状況だ。この状態からはどうやっても取引の阻止は難しい。精々その取引に引き寄せられた無知のテロリストの数を減らせる程度で、根本解決には遠い。
「了解」
『あぁ、武運を』
通信が切断される。その頃には彼もパジャマから戦闘服に着替え終わっていた。男子高校生のブレザーをベースにした、濃紺の服。
ベレッタM92と、サバイバルナイフ、替えのマガジン2つを通学用のハンドバッグに入れて今一度確認。
「どうか、流血が少ないように」
ポツリと一言呟き、バイクのキーを持って玄関を開ける。その先にいたのは、10年前の命の恩人。何があっても守りたい、自分に人間を教えてくれた最初の教師。白金のボブカットを赤いリボンで結んだアシンメトリーな少女……錦木千束が立っていた。
「透奈遅い! 早く行くよー!」
「はいはい、おはよう千束」
透奈は千束の横を通り過ぎ、バイクのエンジンをかける。千束は既にヘルメットを被る準備をしていて、これならすぐに出れそうだ。
「行くよ千束。しっかり捕まってて」
「おけい! ……毎回思うけど、透奈もヘルメット被るべきだよ? 普通に危ないし」
「視界が狭まって聴覚と嗅覚も妨げられるから余り使いたくないんだよね。どんなときでも五感は十全に使えるようにしたい」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
エンジンをかけ、都会を駆け抜ける。高速で通り過ぎる風景の中に違和感がないかを調べながら考えるのはこれから行く現場の事。思考を深く、鋭くしているとその無言を不思議に思ったのか千束が声を掛けた。
「どしたの透奈? 考え事?」
「……まあ、ね。今ミカさんとミズキさんとの通信はしてる?」
「え、してないけど……した方がいい内容だったりする?」
「いや、しなくていいよ。下手に先入観を持ってしまうと見えるものも見えなくなるからね……あと、ミカさんは辿り着いている可能性が高いから二重にいう必要はない。加えて、ミズキさんにはフラットな視座を持ち続けてもらった方が万が一に対応しやすい」
「ふーん……じゃあ透奈の相棒たる千束が聞いてしんぜよう! ささ、申せ申せ〜」
「君のそういう所、本当凄いと思うよ……結論から言うと、この任務は恐らくどうやっても失敗する可能性が高い。初めから詰みだったんだ」
「……え!? ちょちょ、初めから詰みってどゆこと!?」
予想外過ぎる言葉に流石の千束も大きく動揺した。その驚きに彼は目もくれず、さらに速度を上げて言葉を続ける。
「千の銃が取引される寸前まで尻尾さえ掴まれなかったのはおかしい。だとしたら、情報操作をされて偽の取引を掴まされているって考えた方が自然だと思わない? ラジアータがハイスペックなAIでも、機械である以上エントロピーを超越できない。弱点は必ずある。そこを突かれて、何らかの書き換えをされて……あの場には存在しない取引を『在る』と思わされている可能性がある」
「げぇ。だとしたら現場に行っても……」
「銃の所在なんて何も知らないテロリストがいるだけ、だね。だから本当なら本命を叩きたい所だけど、在るかわからない幻影を追う訳にはいかないから……まずはその幻影が現実か否かを判別する作業をしないと」
「テロリストが知ってたらそれで良し、知らなかったら……どうなんの透奈?」
その言葉に彼は少しだけ悩んで。
「控えめに言って今世紀最大のDAの失態だね。セキュリティの大幅な見直しと、千丁の銃の所在を追うために見境なくリコリスとリリベルが駆り出される……さ、そろそろ着くよ。ミカさんとの通信を繋いで」
「あいあいさ!」
さて、どう転ぶか。
「先生! 状況は!?」
『ネガティブ。現場のリコリスを人質に取られた。階級はセカンド。単独での解決は困難だろう』
「ミカさんのポイントから狙撃はできますか?」
『厳しいな。相手の位置的に狙撃も警戒している』
「場所は何階です?」
『6階だな。エレベーターは使えない。非常階段が一箇所あるくらいだな』
狙撃不可、侵入ポイントは一箇所のみ。だとすれば相手はその一箇所の侵入経路を警戒するだろう。難易度は限りなく高い。普通に考えれば足を踏み入れた瞬間即蜂の巣だ。
だが、ここにいるのは普通から外れた者達。この程度のハードルは無いに等しい。
「了解です。では千束は非常階段から、僕は側面をぶち抜いて侵入します。タイミングは千束に譲渡。合わせるよ」
「わかったよ! 多分透奈の方が早いから少し待たせるかも!」
『相変わらず豪快な侵入方法をするな君は。こちらは状況のモニタリングをしておく』
千束は現場になっているビルへ駆け出し、透奈はそのビルの隣のビルへ走った。彼はビルの外壁の凹凸を足場にしながら駆け上がっていて、1秒もかからずに屋上へ辿り着いていた。
相変わらず馬鹿げた身体能力だと千束は心から思う。何度も模擬戦をしているが、身体能力でゴリ押しをされると手も足も出なくなる。初速でマッハに近い速さで突っ込んでくる脳筋相手にどうしろと言うのか。動きが分かっても反射が追いつかず一瞬でチェックメイト。真っ向からよーいどんでは普通に死ねる。
だが、銃の扱いはまだまだであり、その点に於いては透奈自身も一生勝てないと自覚している。そのかわり近接戦が馬鹿みたいに強いが。
「透奈! こっちは突入できるよ!」
『了解。カウントを』
透奈はビルの縁で右足の靴裏を手すりに当て、初速度を与える準備をする。恐らく真正面からあの壁をぶち抜いて入るつもりだ。
「カウント。3……2……」
『待て、様子が変だ。2人とも突入待──────』
ぷつりとミカとの通信が途絶した、その次の瞬間。
「千束っ!」
向かい側のビルの手すりを蹴り抜き、神速で非常階段目掛けて突っ込んできた透奈が千束を抱きしめた……その瞬間、フロアの中からけたましい銃声が響いた。千束とフロアを隔てていたドアが一瞬で鉄屑になったのを透奈は内心で冷や汗を流しながら見送り、そのまま道路に着地した。
絶えず響く銃声と破壊音、鼻腔を擽る火薬の匂い。機銃と思われる何かの掃射が終了したのは30秒後だった。
「千束、怪我はない?」
「え、うん……透奈がアホみたいな速さで突っ込んできてびっくりしたけど。庇ってくれてありがとうね、透奈」
「いいよ。この程度なんて事ない……あと、痛い所とかもない? 衝撃とかは千束に行かないようにしたとはいえ、音速超えてたし」
「全っ然! さすが私の相棒だよ〜! しっかし、誰かさんも派手にやったねぇ……」
誰が、どんな目的で機銃を掃射したのか。テロリストか、別働隊か、中にいたリコリスか。どちらにせよ碌な手がかりは残っていないだろう。状況は最悪だけど……隣にいる千束が無事なら、それだけで良かった。少なくとも透奈はそう思っている。
『2人とも無事か!?』
「こちら透奈。千束、透奈両名無事です」
『良かった……状況は終了した。千束を連れて離脱しろ。機銃を掃射したのは現場にいたセカンドリコリス。人質は無事だが、テロリストは全員ミンチだ』
「状況終了、了解。これより帰投します……人質を狙わなかった射撃センスを誉めるべきか、現状唯一の情報源だったテロリストの殺害を責めるべきか……」
今、彼が考えているのは最悪のシナリオだ。
機銃の掃射で殺されたのは情報源たるテロリストで、彼らの死を以てこの件はこれ以上の追及が途端に難しくなった。そうなって得をするのはこれの黒幕だ。機銃を掃射したのも口封じのためという可能性もある。仮にそうだとしたら、システム側にも実動側にも敵を孕んでいる事になる。流石にそこまで掌握されているなら勝ち目はほぼない。
いると仮定した場合、実動側の内通者は誰か。
機銃を掃射したリコリスが一番怪しいが、恐らくそうではない。あからさま過ぎて、疑ってくださいと言ってるようなものだ。その上、実行は可能だか、状況を意図的に作れない。
人質になったリコリスか。これも除外。意図的に人質になる事はできるが、残ったリコリスが確実にテロリストを殺すとは限らない。ましてや今回の任務は殺害じゃなくて捕縛だ。任務の達成を考えた場合、従順なリコリスが違反をするとは考えにくい。状況が作れても、肝心な実行は不可能な上不確定要素が多すぎる。
ならば現場の指揮官及びその他のリコリスか。これは無理だ。現場指揮官程度の権限レベルで状況を作るリコリスと、実行するリコリスの2名を動かせない。それ以下の権限レベルのその他リコリスも除外だ。
ならば必然的にDA本部の方に内通者がいると考えた方がいいが……派遣するリコリスを選別できる立場となると本部でも相当立場が上だ。上層部の顔ぶれは数年変わっていない。だから恐らく此方の線も薄い……はず。
結局希望的観測だ。情報がなさ過ぎて全ての事象が仮定の域をでない。
「ミカさん、今夜時間ありますか? 今回の件で少しお話ししたいです。全て推測の域で何一つ確定情報はありませんが、そこからでも絞り込む事はできるので」
『あぁ、勿論。透奈の考察を聞かせてほしい』
「あー! 2人で内緒話しようとしてる! はいはい! 千束も加わりまーす!」
「千束は飽きて30分で寝るからね……大した話じゃないよ。この取引の狙いとかでミカさんの意見も聞きたいだけ。僕の考察は大体千束に話したし、その焼き直しみたいなものだよ」
恐らくミカさんも大体同じ考えのはずだ、と言ってバイクのエンジンをかける。
「無駄足だったね〜」
「特殊弾が節約できたし、まあいいんじゃないかな? 無駄遣いしたらミズキさんに怒られちゃうし」
「そうだけどね〜……あ、まだシフトまで時間あるしこのまま何処か遊びに行こ? 私カワウソカフェ行きたい!」
「僕の代わりにミズキさんに怒られてくれるならいいよ」
「え〜ケチ〜」
「じゃあ今度オフの日に一緒に行こうか」
「やった! 透奈の奢りね!」
いつも通りの軽口を言い合いながら、2人は居場所へ帰っていく。街と人に寄り添う、喫茶リコリコへ。
千束、ぶっちゃけめっちゃ可愛いですよね。あんな子が同級生とか近所に居たら絶対好きになる。それで告白したら、「あはは……ごめんね、なんか勘違いさせちゃって」ってフラれるんだ俺は詳しいんだ。
千束はずっと置いていく立場だと思ってるのが可愛いんですよ。自分が一番最初に死ぬ、だから相手の時間を貰いたくない。健気ですね。可愛いですね。そんな子の大切な人である透奈くんを目の前で射殺したいです。千束が殺さなかった所為で透奈くんは死んだんだよって言えば、きっとこの世のどんな名画よりも綺麗な涙で、千束ちゃんは盲目になっちゃうんだろうなぁ。
透奈くんが死んだ後はどうなるんでしょうか。変わらず不殺を貫くんでしょうか。それとも敵は徹底的に殺人するのでしょうか。どっちも千束らしくて大変素晴らしい、一粒で2度美味しいですね。
後はアニメのエピソードが終わった後、迎えられる筈がなかった誕生日を祝った帰り道に透奈くん失ってほしいですね。誕生日プレゼントでもらった、これからも大地を君らしく駆けてほしいと言う願いが込められた真っ白なスニーカーを最初に汚すのは大切な人の真っ赤な血……カタルシスで絶頂してしまいそうです。忘れられない誕生日になって良かったね千束。