夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
イカリソウの花言葉は君を離さない、旅立ち。
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サプレッサーによって抑制された銃声と、銃弾が鉄筋を跳ねる音が反響する。
たきなはジンと接敵し、交戦し……そして現在は着々と詰みへと向かっている。凄腕の暗殺者、サイレントの異名は伊達ではない。能力毎に見ればたきなが勝っている点も幾らかあるが、総合値はジンの方が上だ。
更に、経験値という点でもジンは重ねた年齢の分だけ優れており、セカンドリコリスと言えど16歳の少女であるたきなでは分が悪いと言わざるを得なかった。
反撃の糸口を探そうにも位置取りの関係で有効打を与えられない。幸いな事に相手の射線も障害物によって遮られているが……これではジリ貧だ。
そこまで考えた所で、銃声が止んだ。
弾切れではなく、ポジション変更。回り込んで撃ち抜いてくるつもりだろう。右か、左か。それは不明だがたきなもここを移動せざるを得なくなった。銃を固く握りしめて、姿勢を低く障害物の間をすり抜けるように駆ける。
そしてまた別のポジションに移った後、たきなの背筋に冷たいものが走った。
「ッ!」
その直感が赴くままに振り向きながら銃を構える。その銃口の先にはジンが立っていて……彼は既にトリガーを引いていた。ワンテンポ遅れてたきなも発砲するがその弾は防弾チョッキに防がれ、先んじて発射されていたジンの弾は。
「……不味い」
たきなには当たらなかったものの、握った銃に直撃した。フレームが割れ、バレルが破損し、銃弾を発射する事はできなくなった。唯一の攻撃手段……それが破壊された事によりチェックメイトが足音を鳴らして近づいてくる。
壊れた銃を適当にジンに向けて投げつけ、即座に逃げる。その僅か0.3秒後に銃弾が地面を削る音が聞こえて、たきなは息を呑んだ。
対するジンは油断せず着実に仕留めに行こうとリロードを挟み、逃げそうな位置に辺りをつける。替えの武器を持っていないとは断定できないため、先程と同じように慎重に足を進める。
たきなもこのままでは不味いため、何か武器になりそうな……最悪気を引ける物なら何でもいいと思いながら、障害物を盾にして隠れる。
一箇所に長時間留まれないためこまめに場所を変更しながら逆転の糸口を探っていくが……そんな追いかけっこにジンは付き合ってくれなかった。
銃撃等もなく逃げの一手に徹していることから替えの攻撃手段がないと判断し、慎重さを残しながら大胆な行動を開始する。
組み上げられた鉄骨を利用して上を取り、撃ち下ろす形で射線を通そうとして……物陰に隠れたたきなを視認して、銃口を向けた。
たきなはそれを見て反撃に出ようとするが銃はない。隠れようにも間に合わない。外してくれる事を祈るしかないがそれも難しいだろう。
発射される3発の銃弾が、たきなの運命に『死』を突きつけた。
──────だが、その死は覆される。
たきなとジンの間……射線に割り込んできたのは赤く濡れた灰色であった。発射された3発の銃弾は全て叩き落とされ、たきなには一切の傷を負わせず終わる。
「取り敢えず、間に合ったかな」
とても安心したように、透奈は呟いた。透奈の30m後ろにはミズキもいて、体力を振り絞ってこちらに向かって来ている。
「と、透奈……生きて……いや、今撃たれて……」
「僕は無事。たきなは怪我ないかな?」
無傷の少女が、全身ボロボロの少年に心配される奇妙な構図が出来上がった。
それに相対するジンは信じられないものを見るような目で透奈を見ていた。0.50BMGの銃弾の雨に晒され、2回撃ち抜かれ、時速100kmの鉄球クレーン車に追突され、ダメ押しに総重量数十トンの瓦礫の山に埋められたのだ。
どれか1つでも人を殺すのには余りある暴力であるが、それを全て一身に受けて五体満足で生存している……正しく、化け物。
だが、動揺も一瞬だ。即座に冷静さを取り戻し、状況を見る。人数的には不利だが、戦闘をできるのはたった1人だ。その1人を釘付けにすればそれだけで任務達成に近づく。
だが、その戦闘可能な人物である透奈には銃が通用しないことは分かっている。故に彼に誰かを守らせる事で身動きを取れなくしようと、隣に居るたきなに銃口を向けて──────ジンの足元から血を模した赤い粒子が舞った。
見慣れた非殺傷弾は彼女の象徴。千束がジンの近くまで接近していた。
想定外の加勢に即座に反応したジンは千束に銃を向けて引き金を引くが……その弾たちは一切当たらない。相手の視線、筋肉の動き、銃口の向きから狙いを正確に見切る千束には……視認できる距離からの殺意は無意味なのだ。
千束は接近しながら銃弾をばら撒き、弾切れになった瞬間流れるようにリロード。その間にも進む足に乱れはない。千束はジンだけを見つめていた。
リロードが完了して、千束は更に加速。一気にジンの懐まで潜り込むとその銃口で思いっきり腹を殴りつける。17歳の女の子とは思えない力の打撃にジンから僅かに苦悶の声が出るが……千束の攻撃はまだ終了していない。
銃口を腹に密着させたままトリガーを引く。当たると痛いどころでは済まない非殺傷弾は全てジンに叩き込まれ、その衝撃によって吹き飛ばされて手すりに直撃した。
「ぐ、ぅ……」
ジンは力無く項垂れた。
超至近距離から非殺傷弾を全て叩き込まれたのだ。更に、それより前に透奈によって肋骨を砕かれている。無理もないだろう。寧ろよく保った方だ。
ジンを撃破した事により一つ問題は片付いた、と肩の力を抜いた千束の目に飛び込んできた光景はたきなと、何故いるか分からないミズキ。
そして。
「透奈……?」
「心配かけてごめん。でも、無事だから」
いつも通りの笑顔で和かに接する透奈がいた。透奈の姿を認めた瞬間、視界が少し滲んで脚に力が入らなくなってその場にへたり込みそうになって──────。
「……大丈夫?」
崩れ落ちた千束をそっと透奈が支えた。その体温は彼が生きている証であり、安らぎを覚えた千束は背中に手を回す。
「……心配、したんだよ。私だけじゃなくてたきなもミズキも皆」
「……ごめん」
悔いるように、噛み締めるように透奈は言った。心配をかけたのは事実であり、負けたのは真実だ。
それより、なにより。千束に悲しい顔をさせてしまった。これはその罰だろう。
「この血は……?」
「僕の血だけど、傷は全部塞がってるよ」
言うや否や、千束は透奈のブレザーを思いっきり捲った。男性にしては細い体や乾いた血が付着した白い素肌が日の元に晒される。
「流石に恥ずかしいんだけど」
「黙って透奈」
有無を言わさないその迫力に透奈は閉口し、千束のされるがままになっている。
対する千束は透奈の体をじっくり見つめて本当に傷がないのか具に確認していく。確かに透奈の言った通りで生傷は見受けられない。血も乾いて肌に張り付いたもので、現在も流血している箇所はなかった。
千束も満足し、そろそろ服を下ろしてあげようと思ったが──────一点、気になる箇所を見つけてしまった。
右脇腹だけ少し色が違う。付着している血の量もそこだけ多かったのも気になる。これは何なのかと思い、そそっと指を這わせると、透奈の体が僅かに反応した。
千束の目線が鋭くなる。
「……痛いんだ」
「……傷は塞がってるよ」
少し目を背けながら、苦し紛れに聞いてもない事を並べる透奈に、千束の機嫌が更に悪くなる。
「痛いんだよね?」
「……」
「痛いんでしょ、透奈」
「……まだ、少し」
その視線に耐えられず、透奈は肯定した。
千束が指摘した右脇腹と隠れている左上腕の2箇所は、0.50BMG弾で撃ち抜かれた場所であり他よりも圧倒的に傷が深いのだ。
これまでの時間で内部は修復が終わっているが、表面はまだであり……それが古傷のようになっている。
「……嘘をついたんだ、私に」
「……」
「いい? 透奈。痛みは耐えるものじゃないんだよ。訴えるものなの。痛いなら痛いって、辛いなら辛いって、そう言ってよ……」
「……うん」
「よろしい。でも嘘ついた罪は重いから、リコリコに戻ったら身包み全部剥いで全員でチェックするからね」
とんでもない事を言われたが、透奈は罰として受け入れた。
蟠りが溶けて、お互いの状況を報告するため口を開こうとして──────。
『殺すんだ!』
マシンボイスによって千束と透奈の口は閉ざされる。
聞こえた方向を見ると、そこにいたのは車椅子で物陰から進み出てくる依頼人……松下であった。
▼
『ソイツは、ジンは私の家族を殺した男だ。殺してくれ。あの時、私の手でやるべきだった────家族を殺された20年前に』
松下は懇願する。もう引き金を引く力すらない自分に代わって殺してくれと、千束に頼み込んだ。
『君が殺してくれ。君は────アランチルドレンの筈だ!』
「松下さん」
千束はとても穏やかに、諭すように名前を呼んだ。
『………………』
「私はね、人の命は奪いたくないんだ」
『……は?』
「私はリコリスだけど、誰かを救ける仕事がしたい……昔、これをくれた人みたいにね」
千束がペンダントを見せる。
その瞬間、声が明らかに揺れた。
『何を言って……千束、それでは君を……アラン機関が、その命を』
その言葉に気圧された千束は一歩後ろに下がったが、松下は離れる事を良しとせず詰め寄ろうとして────その間に透奈が割り込んだ。
「いいですよ。殺してあげます。貴方の殺意でジンを殺します。これが望みでしょう?」
透奈は懐から愛銃を取り出し、非殺傷弾から実弾のマガジンに切り替える。その作業はほんの数秒で終わり、人を殺さない銃から人を殺せる銃に変貌した。
『……私は千束に……』
「誰が殺すか、がそんなに重要ですか? 貴方は随分千束に執着しているように思える……お前は誰だ」
透奈はベレッタを松下に突き付ける。
「貴方が本当に『松下』なら……そうですね。結婚式の日取りや呼んだ人、新婚旅行の旅行先、娘の生まれた場所、妻や娘のパーソナリティ、最初に任された仕事、同僚や同期の名前、妻との思い出の場所を答えてみてください」
『………………』
「それに、貴方は驚くほどフラットだ。妻子を殺した怨敵を前にしてもバイタルに乱れがない。呼吸も心拍も平常時と何ら変わりない……あぁ、今確認できました。20年前、ジンはミカさんとツーマンセルで仕事をしていたようです。少なくとも、貴方の妻子を殺す暇はなさそうですね?」
松下は何も答えず、千束達も固唾を飲んで行く末を見守っている。
「千束にジンを殺させる舞台を整える為の依頼だったんだろうけど……肝心な所で詰めが甘い。筋書きの作り方が雑だ。20年前妻子を殺された大企業の重役なら、それ相応のストーリーを用意すべきですよ。加えて、千束に殺させたい動悸も不明瞭……これでは疑ってくださいと言ってるようなものだ。もう少しミステリー小説でも読んでおくべきでしたね」
透奈はそう言ってベレッタを下ろし、松下の方へと歩み寄った。そのまま真正面で膝立ちになり、ゴーグルに手を掛ける。
『何をするんだ君』
「貴方の正体を暴きます」
ゴーグルを剥ぎ取った顔は────とても穏やかな寝顔。
目すら開いていない。ずっと、眠っている。
「これが松下を騙る誰かの正体だ。ゴーグルは視覚補助ではなくカメラで、マイクを使って遠方から僕達と会話をしていたんだ。この体も何処かで調達してきたもので、初めから松下なんて人物はいなかった。
今回の依頼は全部仕組まれていたんだよ……千束に執着する誰かに、ね。クルミ、調べられそう?」
『無理だな……電源を落とされている』
透奈は舌打ちを一回する。もうここには抜け殻しかいない。
こんな回りくどい事をやってまで千束に殺しをさせたい人物なんて思い当たらないが、何となく何処かで聞いたことがある声だと感じたのだ。声紋ではなく話し方やトーン、強弱の付け方といった部分で似たような人物を……どこかで聞いたことがある。
だが、悠長に推理をする余裕はない。サイレンが聞こえてきたため、此方にもそろそろ警察が到着するだろう。
「ここを離れよう。このままだと色々と面倒な事になる」
▼
その後諸々の手続き等やクリーナーへの依頼を済ませて、漸くリコリコに帰れるようになったのは空に茜が差す時間帯であった。
千束達はミズキの車に乗り込むと、どうやら後部座席には先客がいて─────。
先程まで殺し合った相手、サイレント・ジンが座っていた。
「……肋骨とか大丈夫ですか?」
「……あぁ」
肋骨を蹴り砕いた透奈と蹴り砕かれたジンの会話は10秒程度で終わり、透奈も「大丈夫ならいいかな」と興味を無くしている。
ジンはぐるっと車内を見渡して、一言。
「……ミカ。お前の部下か。良い腕だ」
その言葉にミカは少しだけ顔を緩めた。我が子達を褒められるのはやはり嬉しいのだろう。そして再び顔を引き締める。ミカには聞かなければならない事があるのだ。
「そっちの依頼人は誰だ?」
「三週間前、女が直接訪ねて来た、現金先払いでだ。依頼者のプライバシーは聞かない主義だ」
「では僕からも……あの女は誰ですか?」
そして透奈もそれに割り込んだ。
あの依頼最大の謎であるあの女の正体をジンに問いかけるために。だが、あまりジンも知らないようで。
「依頼人から貸し出された人材だ。白峰透奈の足止めだけを行う為のな」
「何か分かることはありますか? 些細な事でも構いません」
「ないな。会話も数回やった程度だ」
「……そうですか」
そう言って透奈は肩を落とす。元よりそう簡単に手がかりを掴めないと思っていたが、こうも八方塞がりだと気が滅入ってしまう。
「……二十年前、松下の家族を殺したのか?」
「その頃はお前といたろ。……ミカ、足はどうした」
ミカとジンは積もる話もあるのか、色々と話し始めた。仕事のことや今のこと、どんな歩みでここまで来たのか……そんな話だ。
それをバックミュージックに透奈は考える。あの女のことを。
確信はない。確証もない。顔はフードで隠れてた。何も分かることはない。
だが、一瞬だけ見えたのだ。フードのその奥が。
あれは──────。
▼
リコリコに戻った後は本当に騒がしかった。
透奈の傷を確かめるため服を全て剥ぎ取ろうとした千束を必死にミカが宥めたり、代わりにミカが軽く診察をすることになる等の珍事が起きた。
因みに傷は一切残っていなかった。攻撃を受けてからかなり時間が経っていたためすでに修復が完了していたのだ。
そしてクリーナーからの連絡で松下は存在しない事が確定した。あの肉体の所有者は先々週に病棟から消えていた薬物中毒の末期患者だったようだ。
もう自分では話す事も動くこともできないため、傀儡に抜擢されたのだろう。千束に執着する誰かに。
その後解散し、透奈も帰宅をしようとしたが千束に有無を言わさず連行され、現在は1号のセーフハウスのリビングルームのソファに腰をかけている。
「……頭痛くない?」
「ううん、大丈夫。透奈が近くにいるの、すごく安心するんだ」
「そっか」
千束は透奈の膝を枕にしながら映画を見ていた。彼の体温や香りを側で感じられるのがこの姿勢の特権だ。一度はこの暖かさが無くなってしまいそうになった……そう考えるだけで泣きそうになってしまう。
「透奈」
「なに?」
「いなくならないで。絶対。今日みたいに、何も言わずに、消えないで……」
「……あぁ、約束するよ。何があっても必ず君の元へと帰ってくる」
その言葉に千束はとても幸せそうな顔を浮かべた。