夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
アザミの花言葉は独立、報復、厳格、触れないで。
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Cirsium
梅雨も明けて、いよいよ夏本番の時期。
透奈はDA本部……楠木からの電話の対応をしていた。内容はあまり穏やかではない。
今月に入ってから4名、リコリスが殺害された。全員単独任務中に殺されたようで、検死鑑定によると自動車に撥ねられてから大量の銃弾で射殺されたらしい。
恐らく大勢による犯行であり、大量の銃弾は見せしめの意図も含んでいるだろう……というのがDA側の見解だ。
『お前はこの件をどう見る?』
「随分徹底的なのでリコリスを殺す以外の目的……恐らくDAを引き摺り出す事が最終目標でしょう」
敵はリコリスが何によって管理されているのか知った上で、回避するのではなく真っ向勝負を選んでいる。目的はDAと考えるのが妥当だ。問題はDAをどうしたいのか、が不明瞭な所にある。
リコリスを狙う危ない橋を渡ってまでDAを引き摺り出したい理由は何なのか。
それが透奈もひいてはDAも掴みかねていた。
理由がわからない、目的がわからない。何を基準に選り分けているか不明。だから、有効的な対策を練れない。
『お前もそう思うか……敵に思い当たる節は』
「……千束が殺さなかった人達を疑ってるんですか?」
『可能性としては充分考えられる』
「そういう事をやりそうな者は全員僕が千束達に秘密裏で殺しています。出所した人達も定期的にレポートが届きますが、怪しい箇所や偽造は見当たりませんでしたよ。後で3ヶ月分圧縮してお送りしましょうか?」
少し悪戯っぽく透奈は言った。
『いらん。お前は私を過労で殺すつもりか』
「冗談ですよ……それ以外ですと、地下鉄の件ですね。僕が出せる候補としてはこれ以外無いです」
『そうか。千束達にはミカ経由で伝えられているはずだが、お前からも言っておけ。気をつけろとな』
ミカ経由で伝えなかったのは透奈の考察がDA側の見解と一致するかを確かめたかったのだろう。楠木は彼の戦闘能力よりも、その深遠なる洞察力を買っている。
腕っ節が強いリコリスなら多数だが、頭が切れる人材は貴重なのだ。それも物事を俯瞰的にも当事者的にも見れ、それらを総合的に評価したうえで多数の可能性を示せる人材となると中々替えが効かない。
楠木としては執行官としてではなく指揮官、あるいは作戦立案者……若しくはラジアータ補佐として働かせたかったのだが……その単体戦闘能力を高く評価したDAの総意が首輪をつけて管理する選択をした、という裏事情がある。
「分かりました……気をつけろって言葉、貴方から直接言った方が喜びますよ」
『私も忙しいのでな。切るぞ』
楠木からの回線が切れて、透奈はぐっと伸びをする。頭脳労働は別段苦ではなく、寧ろ戦闘行為よりも好きではあるが……飼い主に当たる人間と会話するのは若干疲れるのだ。それも指先一つで自分の首を飛ばせる人間となると尚更。
……地下鉄のあの男。強いことは強いが、透奈が殺せない相手ではない。仮に戦えば順当に彼が勝つ。慢心ではなく、そういうものなのだ。あの男には全てを単騎で捩じ伏せるスペックがない。
だが、人を使い、地形を使い、情報を使い、最後の最後まで切り札を隠し通されたら……どうなるか分からない。
透奈は最強であっても無敵ではない。対戦車ライフルならば撃ち抜けるし、それ以上の火力の物なら重傷を負う。耐久力や治癒能力は人並外れているが、殺せる方法はあるのだ。
故に、透奈の中であの男は要注意人物になっている。そして、あの男もきっと自分を警戒しているだろうと確信している。そこに複雑なロジックはない。ただ、同類であるから分かるのだ。
そして、もう一人……あの女だ。恐るべき狙撃能力を用いて自分に傷を負わせた人間。あの女は対透奈で最適解を選び続けた。
1.5km先からの先制攻撃、4方位からの狙撃、決して無視できない火力による足止め、質量攻撃、そして最後に時間稼ぎ目的の生き埋め。
透奈の特徴を把握しきっているとしか言えない作戦だった。場合によってはあの男よりも警戒しなければならない。多方向からの同時狙撃や遠隔操作もタネは割れているため、既に脅威ではない。だが、あの女の手札があれだけとは限らないのだ。
そして、それよりも問題なのは。
「あの男と共にいた筈の女が、なぜ松下の件で姿を見せたんだ……?」
最大の疑問点がそこだ。あの女の所属はどこなのか……それが全ての鍵になりうるだろう。
「ジンはあの女のことを依頼人から貸し出された人物と言っていた。あの男が千束に拘る理由はない。仮に千束を脅威と見做して殺すことはあっても、殺させようとは思わないはずだ。そんなに殺したいなら彼は自分で殺す。だったら、今回の件に彼は関与していないと考えるのが妥当……それなのに、彼女はあの場にいた」
「彼が素直に自分の部下を貸すとは思えない。なら、貸さなけらばならない状況条件があったはず。金や地位に執着はしない。もっと別の物……いや」
「そもそも、彼女は彼の部下ではないのか……?」
それが、透奈が行き着いた答えだった。
「松下の黒幕が彼女の本当の所属場所だとしたら辻褄が合う。彼女は彼に、何らかの取引の末貸し出されたのか。後は、取引内容……シンプルにDA関係かテロそのもの……或いは千束。
それを対価に黒幕は女という人材を……いや、それ以外にも彼をリーダーとする集団に渡したはずだ。彼等には目的があっても手段が……」
透奈は唯一、手段になり得そうなものを知っていた。新しい仲間がここに来る要因になった、記憶に新しい事件。
「銃取引」
それが最後のピースだった。
「黒幕が彼に何らかの依頼をし、彼がそれを了承。それを達成する手段として1000丁の銃と人材である女を貸出し取引が成立する。彼らはDAを狙い行動を開始して、現在に至る。
そして黒幕側は独自で行動する。松下の件はその一つ。もしかしたらクルミの件も関連しているかもしれない。
彼等に武器を流した人物、クルミを殺そうとした人物、松下を騙っていた人物、彼女の雇い主が全て同一人物だとしたら……松下との会話が手掛かりか。後でクルミに音声データが残ってるか聞かないと」
透奈は独りぼっちで真実に近づき始めていた。
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「ミカさん、クルミはいますか?」
「あぁ、奥にいるよ……楠木からの電話はあったか?」
「えぇ、こちらの見解を聞かれました。特に命令はなかったですが、恐らく僕にも独自で探ってほしいんでしょうね。僕はフットワークが軽いですし、襲われても大事には至り難いですし」
透奈は苦笑いしながら更衣室に入っていく。彼はミカが知らない情報も聞かされている為、会話する際は何処まで話していいのかを考えなければならないのだが……まあ良いかと思い気にせず会話する。
「探るのか?」
「やってみますが、敵が何を基準に襲うリコリスを決定しているか分からない以上は期待できません。DAもリコリスに単独行動を避ける旨を通達してるとは思うので、相手も慎重になるでしょう」
「クルミが情報収集している。ある程度集まるまで透奈も迂闊に動かない方がいい」
仕事着を脱ぎ、リコリコの制服に袖を通す。
「その方が良さそうですね。それまでは僕も単独行動は避けようと思います……ここに泊まれますか?」
「……いや、その必要はないぞ」
「? そうですか……」
必要がない、という言葉が少し引っかかったが気にしないことにした。ミカにも何か策があるのだろう。
着替えも終わった為ドアを開けて外に出る。ミカやクルミ以外はまだ誰も来ていないようで……それは透奈にとってはちょうど良かった。
「ではクルミに会ってきます」
彼は居候の元へと足を運んで……ミカはそれを何も言えずに見ていた。
何かを抱え込んでいる顔だと親の勘が叫んでいる。踏み込んで良いものか、それともそっとしておいた方が良いのか。
透奈のことだ。きっと安全面等を考慮して非確定事象を伝えたくないのだろう。信用も信頼もしている。何よりも大切に思っている。だから、話せない……彼はそういう人だから。
孤独に、誰にも何も言わずに、ずっと何かと戦っている。
ミカはそれが苦しかった。
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松下との会話データは残っていた。常時回線を繋げっぱなしだった事もあり、会話や受け答えが全部丸っとクルミのPCに保存されていたのだ。
「ありがとう、クルミ」
「礼には及ばないさ」
こちらに目を向けず画面を見つめているクルミは情報収集をしている。
「意外、と思ったか?」
「全然。クルミが優しい人だって事はよく知ってるつもりだよ」
ウォールナットではなく、クルミのパーソナリティに触れてきた透奈からしてみれば全然あり得る話だった。居候の礼とか、匿ってくれている恩とかそういうのではなく……クルミが自分の為にも、誰かの為に頑張れる人だと知っているから。
「そうか。で、用件はそれだけじゃないだろ?」
「見抜かれてたんだ。そっちの方を優先してほしいから言わないつもりだったけど……」
確かに松下との会話データ以外にも一件用事がある。だがこれは調べ物であり、そうそう簡単に見つからないものであると彼自身もよく知っている為言わないつもりだったのだ。
その依頼はアラン機関の人員調査。実態が不明瞭な機関にメスを入れる行為は言うまでもなく危険だ。本当にどんな手段を取ってくるから分からない。
「仕事が一つ増えたところで変わらん」
「……いや、いいよ。これは僕がやるべきだからさ」
だから、伝えなかった。
クルミはもう透奈の中で大事な人になっているから。そんな人を危険に晒したくはない。
「……そうか」
「深く聞かないでくれてありがとう……義眼の件も、ね」
その言葉にクルミは勢いよく顔を上げるが、既に透奈は店内の方に足を進めていた。少し騒がしくなった事から千束やたきなも来ているのだろう。
「気づかれてたんだな」
ポツリとクルミは呟いた。
▼
日が暮れて少し時間が経った頃、リコリコの仕事が終わった千束とたきなはとあるマンションに来ていた。
特に変わったところはない10階建のマンションであり、帰宅ラッシュの時間のためかスーツ姿の人がちらほらと入っている。
「千束、本当にいいんですか?」
「透奈だし絶対大丈夫! えっと、部屋番号は……」
そう言ってボストンバックを揺らしながら、スマホの写真から彼の住所を探していく。
襲撃を警戒したたきながまず千束のセーフハウスを訪れたのが始まりだった。それから千束が『どうせだったら透奈も加えた方がいいよね?』と言った事で、透奈の自宅に押しかける形になった。
ちらり、とたきなは千束の方を見る。その顔はとても楽しそうだ。どうやら彼女も透奈の家には行った事がないらしく、初の来訪だと言っていた。
そんな彼女は部屋番号を入力し終わっており、呼び出しのボタンを押して彼のインターホンを鳴らしていた。
10秒ほどで回線が繋がって。
『……千束? たきなまで……』
「あ、透奈? ちょっと部屋入れてくれない?」
『いいけど……』
彼がそう言うとエントランスのドアが開く。
「ありがと!」
『部屋前まで来たらインターホン鳴らしてね』
プツリ、と回線が切れる。
千束が先行し、その後にたきなが続く形で入っていきエレベーターに乗って目的の階まで上がっていく。
エレベーターのドアが開き、彼が住む号室が何処にあるか確認しつつ歩いていき……。
「チャイム、鳴らさないんですか?」
「なんか変に緊張しちゃって……」
あんなに意気揚々と歩いていたのに、目的地を目の前にして尻込みをしてしまう千束であった。たきなは『何なんだこの人』と言わんばかりの目で見つめている。
このままでは埒が明かないと判断したたきなはインターホンを鳴らした。
「ちょっとたきな!?」
「このままだと進みそうになかったので」
「うぅ、前髪とか変じゃないかな……」
「いつも通りですよ」
そしてガチャリとドアが開いて、中から出てきた部屋の主人たる彼は一言だけ。
「ドアの前で何やってるの……?」
至極真っ当なことを言った。
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彼の部屋は清潔感を保たれ、綺麗であった。千束は『本で埋もれているよきっと』と言っていたが全然そんな事はなく、寧ろ千束の部屋よりも整理整頓が行き届いている。
透奈はキッチンの方で飲み物を入れている。香り的にコーヒーではなく紅茶だろう。
千束はサメのクッションを抱きしめながら物珍しそうに部屋の中をキョロキョロ見渡している。
たきなはソファに座っているが何処か落ち着かない様子であった。歳が近い異性の部屋なんて初めてなのだから仕方ないだろう。
下に敷いてあるラグの肌触りが心地よい。質の良いものを使っているのだろう。このソファだってそうだ。
壁に掛けてある絵や観葉植物、シェルフ、壁に埋め込まれている大きな水槽……インテリアコーディネートにはかなり気を使っているのだろう。全体的な色味も白で統一されていて、空気清浄機や羽なしの扇風機も白色だ。
そんな白い部屋の主人はガラスのローテーブルに3人分の紅茶とティーフードのマカロンを置いて、スツールに座った。
右手でティーカップを、左手でソーサーを持って一言。
「取り敢えず、僕の部屋にようこそ。歓迎するよ」
そう言って、彼はふわりと笑った。