夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
キブシの花言葉は出会い、待ち合わせ。
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告、ここ好き等々本当にありがとうございます。私の執筆の活力になっております。
「大体の事情は分かったよ。可能な限りスリーマンセルで動いて、単独で襲撃される可能性を減らす」
「そうそう!」
「日中はリコリコでほぼ一緒だからいいとして、最も無防備な睡眠中にも対応するために一か所に集まっておいた方がいい」
「その通りです」
「だから暫くは共に生活を行う……理に適ってるけど、いきなり押しかけられると流石にびっくりするよ。ベッドとか1つしかないし、冷蔵庫の中に備蓄があるわけじゃないし」
透奈はティーカップを口を近づけ、アールグレイを口に含ませる。彼の目は若干呆れを孕んでいる。夕食時にノーアポで押しかけられれば誰だってこんな反応をするだろう。寧ろこの程度で済んでいるだけ温情だ。
たきなは彼を物珍しそうに眺めていた。リコリコの制服と仕事着以外の彼を初めて見たのだ。
彼の服装は白の長袖シャツと黒のスラックス……部屋着にしては少しかっちりとし過ぎている気もするが、不思議と合っているように思える。
「透奈はこの件で直接司令から話をされていると店長から聞いています」
「今朝電話が来て話を聞いたよ……とは言っても開示されている情報はたきな達と変わらない。僕の見解を求められたけど、DA側の結論と一致するか確かめたかっただけ。僕だけに開示されてる情報はないよ」
彼は『もう少し詳しく教えて欲しかったけどね』と言って、ぐっと伸びをする。パキパキと骨が鳴る音が3人の空間に響いた。
「そうなんだ。あと、透奈って何処で寝てるの?」
「あの部屋だよ」
彼はそう言って、ソファの後ろ側にあるドアを指差す。扉は半開きになっていて、中のオレンジ色の照明が僅かにリビングに漏れていた。
千束はその部屋へと歩いて行き、半開きになったドアを全て開けると。
「うわぁ……」
ドン引きした声が漏れた。
その部屋の壁は本棚で埋まっていた。高さは天井まであり、大小様々な本がぎっしりと詰まっている。申し訳程度に書斎机とロッキングチェアが置いてあるが……よく見ると机の上は本の山ができている。
一応ドアの稼働スペースはきちんと確保されているため彼にもまだその辺りの理性は残っているようだが、机と椅子を除くと部屋の9割が本なのは馬鹿であろう。
「え? ここで寝てるの? 寝る場所どこ?」
「ロッキングチェア」
「どうせ本読んでる途中に寝落ちしてるんでしょ」
「…………」
図星なのか、透奈は黙って明後日の方向を向いている。
方やソファで映画を見ながら寝落ち、方やロッキングチェアで本を読みながら寝落ち……どちらが不健康かはさておき、似た者同士なのは間違いない。
夫婦漫才に近いものを見せられているたきなは完全に蚊帳の外であり、彼らの騒がしい言い合い──主に騒がしいのは千束──から意識を外し、テレビの映像を見る。
それから暫くすると彼は立ち上がった。財布とエコバックを持って。
「何処か行くんですか?」
「買い物。たきなも夕飯はまだだろう?」
「はい。千束の準備が終わってすぐ来たので……一緒に行きます」
「じゃあ私も行く!」
買い物へ行く準備を始める2人を見ながら透奈は『今日も日本は平和だな』と心から思った。
▼
3人の共同生活が始まって数日が経った。
家事は3人でローテーションを組んで1人に負担が集中し過ぎないように分散されている。当初、千束が平等なジャンケンを提案したものの、透奈によって却下された。
今では不満等もなく、楽しく共同生活を送っている。今まで謎に包まれていたお互いの私生活が段々と詳らかになり、それに伴って絆も深まっていく。その過程が、たきなにとっては新鮮で嬉しかった。
今日の料理当番はたきなだ。
そのため、彼女は閉店作業をしながらメニューを考えている。冷蔵庫の中身や直近で食べたものを思い出し、被りがないように、それでいて栄養を考えて品を脳内でリストアップ。
「……海老を使わせてもらいましょう」
「え、何の話ー?」
横から声が掛かって振り返ると、そこに居たのは千束であった。だが、その格好はたきなが知っているいつも通りとは異なっていて。
「……なんですか、それ」
千束は赤い制服の上からポンチョのようなようなものを被っていた。スカートまできっちり隠れるような丈感であり、レインコートに近いフォルムをしている。
「これ? クルミは制服でリコリスを識別されてるんじゃないか、って」
「なるほど。その雨具のようなものでリコリスの制服を隠すんですね」
「その通り!」
──────もしこの場に透奈が居れば、異なる結論を出していたのかもしれない。
リコリス全体の共通点として真っ先に挙げられるのは制服であり、それを隠すのは確かに正しい。
だが彼は『本当に制服で判別しているのか、もっと別の判断材料があるのではないか』と……そう言っていただろう。
単独任務中のリコリスはこの4名だけではなく他にも多数いただろう。それなのに、何故この4名が襲われたのか。その襲撃内容も大勢で多数の銃火器を使ってのものであり、計画的と言わざるを得ない。
故に単独任務中に襲われた4名にリコリスである事以外の共通項があるのではないか……もっと言えば、この4名が単独になる所を見計らって襲撃をかけたのではないのか。
彼はそこまで考えていた。その考察を予め伝えておけば、あるいはこの場で言えば状況は変わっていたのかもしれない。
だが、彼はここにいない。私服姿で別件の配達に行っている最中だ。
千束は誰にも引き止められる事なくリコリコを出て行く。たきなはそれを見送り、自分のすべき事を済ませようとして──────。
「あああああああああ!!?」
普段クールなクルミからは想像もつかない声が聞こえてきた。声が聞こえた方にたきなは向かうと、そこには外に出ている千束と透奈以外のメンバーがいて、全員険しい面持ちをしていた。
たきなも来て、全員揃ったことを確認するとミズキがクルミを指差して。
「コイツがあの銃取引でDAをハッキングしたヤツなんだと!!!」
「い、依頼人に近づくには仕方なかったんだ!」
「アンタがテロリストに武器を横流ししたのね!」
「それは違うッ! ……指定の時刻にDAのセキュリティを攻撃するってだけだったんだ」
「ほほぅ。そぉですか、それでテロリストは千丁も銃を抱き込んで、たきなはクビになり────」
「やめろ、ミズキ!!」
ヒートアップした言い合いをミカが一喝して宥める。ミズキも言い過ぎたと思ったのか口を閉じて、クルミを静かに見つめていた。
「おい、千束は何処だ!?」
クルミは千束の所在を、重要事項のように叫んだ。
「先程組事務所へ配達に行きましたが」
「…………流出した写真がいくつある。そのうちの一つが……」
クルミが手元のタブレットの画面を全員に見えるように掲げた。
そこに──────千束の横顔が映っている。そして、隣の写真にはリコリスが4人……全員襲われた者だった。
瞬間、リコリコ一同の顔から血の気が引いた。
「これは、いかんな……」
「ッ…………!」
ここまで来ると嫌でもわかってしまう。次狙われるのは千束だ。
「クルミは透奈を呼べ! ミズキは車の用意を! たきなは着替えて準備を!」
▼
千束は夜道を歩いていると、道路の真ん中に立っている人影を見た。身長は165cm程であろうか。女性にしては少々高めであった。右手にはアタッシュケースのようなものを持っている。
月明かりが逆光になって顔は分からない。だが千束は良くないものを感じていた。
「良い夜だね」
目の前の女性はそう言って、千束に話しかけた。綺麗な声だった。落ち着いていて、甘さが残る大人っぽい声。この女から意識を晒せない。まるでセイレーンのようだった。
「え? あ、そ、そうですね……良い夜、です」
「うん。月も綺麗で、星も見える……花みたいな君の命日に相応しいよね」
怖気が走るほど冷たい声が聞こえて反射的に銃を手に取る──────その前に。
「──────ッ!」
千束の後方から乗用車が突っ込んできた。回避は不能。防御もできない。なす術もなく千束は車に激突されて、女の方に吹き飛ばされる。
女は銃を構え、地面に転がっている千束の眉間に照準を合わせる。普通の拳銃であるが……人一人を殺すには充分な殺意だった。
千束は途轍もないほど焦っていた。追突された影響で体から痺れと痛みが止まない。その上、女との会話に気を取られて受け身も上手く取れなかった。
状況は絶望的だ。いつもだったら回避できる距離の銃撃も、上手く体が動かない今は脅威になり得る。
せめてもの反抗で、自分に殺意を向ける女を睨みつけようとして──────絶句した。
腰ほどまであるアッシュグレイの髪は月光で透明感を保ちつつキラキラ輝き、星空を体現するような深い青の瞳は千束をしっかり見つめている。
スッと通った涼やかな鼻梁と、淡いピンクの唇、長いまつ毛。
細くしなやかな四肢と、黄金比を表す肉体美。プロポーションも抜群で、見る人全員が羨むであろう。
総じて過剰なまでに整った美貌であった。芸術品と言い換えてもいいだろう。
或いは──────灰色の天使。
「……は……え……」
白峰透奈を女性にしたような……そんな人物が立っていた。
「おい、殺せよ七海」
「うーん、殺してもいいけど……別に私はこの子に恨みとかあるわけじゃないからなんか気が引けちゃうんだよね。透奈に良くしてくれてる子だし。あ、でも真島がやるなら止めないよ」
七海と呼ばれた女は指で髪を弄びながら、何ともやる気のない事を言った。その言葉に苛立ちを隠さず、アロハシャツにロングコートという訳の分からない着こなしをした緑髪の男──この男が恐らく真島だろう──が前に出てきた。
真島は地面に倒れ伏した千束の腹を踏みつけて──────その胸にフクロウのチャームを見つけた。
「ハハッ! オマエ、アランのリコリスか!? 面白えなぁ、オイ」
それに続いてゾロゾロと集団が千束の側まで歩いてきて、囲むように配置された。全員手には銃を持っている。
千束は更に焦る。やる気がない七海と銃を持った真島だけなら何とかなる可能性があったが……これは無理だ。この人数に囲まれて、地面に転がった状態で生き残れるビジョンが見えなかった。
これで終わりかと諦めて──────七海は千束にしか聞こえない声量で呟いた。
「彼、ちゃんと間に合ったよ」
その刹那、サプレッサーによって消音された銃声が響いた。着弾した箇所には赤い粒子が舞い散り、殺意なき暴力を示す。
だが、その銃を握る人の顔は絶対零度の殺意が灯っている。
「その足を退けろ」
──────白峰透奈が救援に駆けつけた。
「あぁ、お前か……地下鉄以来だな」
「あの場で殺さなかった僕が馬鹿だった……もう次はない。ここで殺す」
「平和の砦とは思えねぇ言葉だな。俺らの目的とか聞かなくていいのか?」
真島は千束から足を退けるが、その照準は彼女に合わせたまま。彼は透奈にこの程度の口径の銃を向けても意味がない事を知っているのだ。それだったら脅しの餌になる方に向ける……そんな意図だ。
「興味はありますが、お前を殺した後でゆっくりと黒幕も含めて調べさせて貰いますよ」
透奈の言った黒幕というワードに真島がピクリと反応して────彼の評価を更に上方修正した。
「お前の言った通りだ、七海。コイツはやっぱ面白え」
「でしょ?」
七海はアタッシュケースからいつもの愛銃を取り出し、透奈へ向ける。
「久しぶりだね、透奈。私のこと分かるかな?」
「えぇ。地下鉄で真島の脱出に加担し、工場で僕を対物ライフルで撃ち抜いた人ですよね?」
「あと生き埋めにしたのもね」
「自分で罪状を追加しないでください」
その言葉を言い終えた直後、透奈は千束にアイコンタクトを送って。
「──────ッ!」
彼の意図を受け取った千束は最速で銃を取り出し発泡。ノールックで撃ったためクリーンヒットとはいかなかったが、その銃弾は真島の右足を掠めた。
その瞬間、透奈は七海を無視して走り抜けて千束を抱き抱える。ワンテンポ遅れて七海も振り返り照準を合わせようとするが、味方が多くいる場所にこんな火力を撃ち込めないと思ったため判断が僅かに遅れる。
その遅れを突いて即座に駆け出す。真島の味方やワゴン車を飛び越えて道路に着地。なりふり構わない逃亡は成功した──────と思われたが。
「七海。足を潰せ」
「はーい……」
その号令と共に七海は
そして、その弾丸たちは。
「……ッ!」
「透奈!」
数秒で1km駆け抜けた透奈の両脚を正確に撃ち抜いた。風穴が空いて血が溢れるが、そんな事を気にしていられる状況ではない。
「合流地点までなら保つ……!」
彼は抑えていたスピードを更に上げて一気に離脱し──────七海の有効射程距離から離れた。
「とりあえず両足。ドローンは展開済みだから追えるよ」
そう言って七海は携帯端末を真島に投げ渡す。画面には千束を抱きかかえる透奈が全力疾走している画像が映っている。
「あの傷じゃ遠くまでは行けねぇ。車を出せ。追いかけるぞ」
真島はペロリ、と乾いた唇を舐めて。
「さあ、