夕暮れの彼岸花   作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

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 キンセンカの花言葉は絶望、悲観、悲しみ。

 感想、評価、お気に入り登録、誤字報告、ここ好き等々本当にありがとうございます。私の執筆の活力になっております。


Calendula officinalis

 

 夜の街を透奈は千束を抱えて駆ける。流れる血がタイムリミットを明確に示し、神経を焼く激痛が意識をゴリゴリと削るが……透奈は理屈もクソもない気合いで耐えている。

 

 更に、一瞬でも立ち止まれば多方向からの狙撃によって蜂の巣にされるだろうという直感があったため、速度を緩めることも息を整える事もせず全速力で走り続けている。

 

 その血が滲む努力の甲斐もあって合流ポイントの臨海公園まで目と鼻の先……となった所で彼は多数の車のライトを認識した。先頭にはバイクがいて、跨っているのは──────七海。

 

「クルミ」

 

 透奈はリコリコの頼れるハッカーの名を呼んだ。

 

『あぁ、大方の事情は把握している。アイツらとは戦闘になりそうだが……こっちの最優先は逃走だ』

「分かってるよ……最低でもあっちは対戦車ライフル並の火力を持っている。万一の時、そいつの相手は僕がするけど……他は任せてもいい? たきな」

『はい。任せてください』

「ありがとう。じゃあ、またポイントで」

 

 通信を切り、急いで向かおうとして──────冷たい汗が背中を伝った。

 

 直感の赴くまま後ろを振り返り、右足を全力で振りかぶると何かが衝突した。金属の焦げる香りがして、合金製の靴底が僅かに凹み──────透奈は蹴り上げて軌道を逸らした。

 

 ──────狙われたのだ。七海に。

 

「あの人ヤバすぎでしょ……どんな腕してるの……」

「本当に同じ人間か疑わしくなるよッ!」

 

 続く2射目は回避に専念する。周囲の被害を考えると勿論迎撃した方がいいが、千束を背負っている今はそんな悠長な事を言ってられない。

 

 それよりも早く相手の射程距離外に出なければ──────! 

 

 法定速度を生身で超過し道路を走り抜ける透奈であったが、敵も追うばかりではない。

 

 七海が展開したドローンは狙撃専用のものだ。そのため、クルミのドローンよりも総合性能は劣るが、ただ一点「視る」事に於いては凌駕するスペックを持っている。

 

 故に、大体の位置が分かっているなら……進行方向から逆算して目的地の算出も、待ち伏せもお手のものだ。

 

「──────へぇ」

 

 透奈達の真正面から猛スピードで2トントラックが突っ込んできた。千束もいるため防御はできない。残された手段は迎撃か、回避。

 

 迎撃は可能だ。だが、その場合は足を止めなければならないため確実に撃ち抜かれてしまう。ならば残された道は回避のみ。

 

「少し飛ばすよ、しっかり捕まってて」

 

 脚力を解放。舗装された地面に蜘蛛の巣状の亀裂が入り、透奈が飛び上がった瞬間に抉れてコンクリートの破片を撒き散らす。

 

 そして千束もただ抱えられるだけではない。空中に身を晒すその直前に銃を引き抜き、運転席にいる人間に向かってトリガーを引く。

 

 射出された弾丸はフロントガラスを砕き、運転手に命中。激痛によってハンドル操作が狂い、横転する。

 

 横転したトラックの後ろに着地し、そのまま疾走する。後方からの攻撃はトラックが壁になってくれるため気にしなくてもいいだろう。

 

 合流地点の臨海公園が見えて来た。更に速度を上げて、急ぐ。

 

「千束、アシストありがとう」

「いいってことだぜ相棒! それより、目的地は?」

「目の前の臨海公園でミズキさん達が車で待機中のはずだけど……どう?」

 

 そう言って透奈はインカムの向こう側……透奈にはもう視認できる距離にいるクルミに問いかける。

 

『着いてるが、ぞろぞろと呼んでない客が向かって来てる。ポイント変更……も難しそうだな。最低でもスナイパーは潰しておきたい』

「了解」

『後どれくらいだ?』

「0.4秒」

 

 直後、ミズキの車の隣に白金と灰が舞い降りた。

 

 

 ▼

 

 

 ミズキは透奈の撃ち抜かれた両脚の手当て……とは言っても、内部は殆ど治癒が完了していたため包帯だけ巻いた簡素なもの……をして、脱走を開始する。

 

「真島もヤバいが、七海が脅威だな。何処からか何台のライフルに狙われてるか分かったものじゃない。

 透奈は撃ち抜かれても死なないが、ボク達は即死だ。だから、ここを狙えそうな場所を全部ドローンで見て回ったが……あのモジュールは無かった」

「なら問題なさそうだ。僕が囮をやって彼女を釘付けにする。あと真島も足止めしたいけど……」

 

 かなり欲張りな事を言いつつ、ベレッタの調子を確認している透奈に対して──────たきなは誰もが気になっている事を透奈に問いかけた。

 

「あの、透奈と七海はどんな関係なんですか……?」

 

 その問いに対して透奈は。

 

「……分からない。少なくとも僕の関係者であることは分かるけど……それ以外は何も」

「……そうですか」

 

 彼の解答を受け取ったたきなは銃の最終調整をして──────。

 

「気になるなら本人に聞けばいいと思うよ? ここにいるし」

 

 ドアを一枚挟んだ向こう側、たきなの隣に灰色の女神が立っていて──────それを認識した直後。

 

「僕の間合いだ」

 

 一瞬で車外に飛び出た透奈に七海は殴り飛ばされた。彼女は咄嗟に銃でガードしたものの一瞬でスクラップになり、右腕は粉砕骨折。途轍もない勢いで近くの樹木の幹に叩きつけられた。

 

「ゲホッ……酷いなぁ、透奈」

「殺し合いに酷いも何もありませんよ……まあ気になっていた事を聞きますか。貴女は誰ですか?」

 

 その言葉に七海はとても綺麗な笑みを浮かべて。

 

「七海。君のお姉ちゃん」

 

 そう言った。

 

 だが、そんな七海とは対照的に透奈は冷たい表情を貼り付けたままであった。

 

「…………」

「もう少し驚いてくれると思ったけど、案外淡白だね」

「僕だって人の子だ。父母に相当する人物がいて、生まれた。なら兄姉弟妹がいても不思議じゃない……けど、貴女は姉を名乗る不審者です」

 

 通信機越しのその言葉にミズキは笑いかけたが咄嗟に気を引き締める。冷徹に言い切った透奈に対して、その物言いに若干ショックを受けている七海の絵面がちょっと面白かったのだ。

 

「うーん、じゃあこれなら信じてくれるかな」

「──────は?」

 

 取り出されたモノを見て、彼は心の底からそう思った。

 

「分からない?」

 

 分かりたくない。

 

「分かるでしょう?」

 

 何故だ。

 

「だってこれは」

 

 それは。

 

「君の右目だもんね」

 

 ホルマリン漬けにされた小さな立方体の容器には、青い右眼が入っていた。

 

「…………」

 

 透奈の体に異変が起こる。

 あの目を、七海を見ていると頭が痛む。まるで脳の内側から世界を削られているような、形容し難いほどの激痛。耳鳴りも酷い。ガラスを引っ掻くような甲高い音が響いて、前後も左右も何も分からなくなり……思わずその場で蹲った。

 

「君の右目を抉ったのは私。アラン機関にいた頃だから覚えていないのも無理ないけどね」

 

 だけど、七海の声だけは嫌に鮮明で。

 

 七海は透奈の頬に手を添える。慈愛と慈悲が篭った温かい手で……心底不気味だった。

 

「頭が、痛い……僕は、なぜ……いや、違う……僕は……」

「忘れてる事、全部思い出そう? 痛かった事、辛かった事……君に巣食う運命も何もかも。全て詳らかにして……私と────」

「透奈から離れろッ!」

 

 いつの間にやら車から飛び出していたところ千束が赫怒の表情で叫んだ。ミズキやクルミが車内で何やら言っているが、もう彼女の耳には届いていない。

 

 この女が透奈を苦しめている。

 この女が透奈を傷つけている。

 この女が透奈を泣かせている。

 

 その事実だけで、千束の腑は煮え繰り返りそうだった。

 

「──────君は嫌いじゃないよ。透奈に良くしてくれてる子だし。でも、邪魔するなら……」

「私はお前が嫌いだッ! 透奈が幸せになるにはお前が邪魔だッ! お前はここにいちゃいけない……!」

 

 その言葉に七海も反応し、懐から銃を引き抜く。

 

「それはこっちも同じだ。彼の真実を何も知らないのに、理解者面なんて笑わせるよ……」

「お前こそ、透奈がリコリコでどんな風に笑っているか知らない癖に……!」

 

 売り言葉に買い言葉。千束は明確な怒りを乗せて、七海は冷たい表情でお互いに銃口を向ける。

 

 相互理解? 不可能だ。互いに互いが認められない、生理的嫌悪に近いものを感じている。殺意がある以上、これから先起こるのは殺し合いだけだ。

 

 だが、ヒートアップしている彼女達は頭から抜け落ちている人達がいて──────。

 

「へぇ」

 

 銃声が一回、七海に向かって弾丸が放たれる。射手はたきなであり、その弾道は七海の心臓を撃ち抜くコースだった。

 

 たきなもまた怒っていた。冷静になろうと努めていることは分かるが、それでも節々から明確な怒気と殺意を感じられる。躊躇いもなく心臓を狙った事からも、その激情は推して知るべきだろう。

 

 その弾は難なく躱されるが、彼女の狙いは殺すことではなく──────。

 

「透奈ッ!」

 

 千束が透奈を連れて此方に戻るために、一瞬意識を外す事が目的だったのだ。

 

 だが。

 

「浅慮だね、考えが読めるよ」

 

 当然相手もその意図は分かっている。たきなの射撃警戒に脳内のリソースを僅かに割きつつ、千束の行動を潰すために銃を向け発砲。

 

「当たんないよ」

「知ってる」

 

 即座に銃を捨て、懐から大ぶりなサバイバルナイフを取り出す。銀が閃き、千束の首を切り落とそうと刃が迫るが、間に潜り込ませた銃によって防がれる。

 

「やるね、流石は東京最強」

「お前に褒められても嬉しくない」

 

 ナイフと銃で鍔迫り合いの最中でも、たきなの射撃は飛んでくる。七海はそれを器用に躱して、涼やかな目で千束を見て……その奥に燃える憎悪と殺意に歓喜した。

 

 ──────あぁ、彼をこんなにも。

 

 そう思った瞬間、七海の意識は消し飛んだ。

 

「……千束、逃げるよ」

 

 透奈が七海の頭蓋を蹴り砕いた。1撃目を食らった時点で殆ど気力だけで耐えているようなものであったが、無慈悲な2撃目で完全に沈黙させられた。何が起きたのか、という疑問すら抱けないような速度で攻撃し、脅威を潰した透奈の顔は酷く辛そうで痛そうで……何より、悲しそうだった。

 

 別に七海に対して突然親愛の情を抱いたわけではない。そもそも、彼の中ではまだ彼女は姉でない。彼女は自分に2度勝った相手で、恐ろしい敵だ。

 

 彼は唯、千束にあんな顔をさせてしまった事を──────心の底から悔やんでいた。

 

 だが、そんな悔やみも一瞬だ。即座に思考を切り替えて、自分のすべきことを選び取る。

 

「ミズキさん、僕は車外で並走します」

「……はぁ!? アンタ……」

 

 死ぬつもりなのか、という言葉を透奈は静かに「いえ」と遮った。

 

「露払いですよ。銃弾程度なら車の装甲で防げますが、それ以上となると厳しいでしょう?」

 

 七海は最大の脅威であったが、唯一ではないのだ。彼女を下すのに時間を掛けすぎてしまったため、1分足らずで武装集団がやって来るだろう。彼らが高火力の武器を持っていないとは考えにくい。特に真島は透奈の肉体スペックをよく知っているため……確実に何かを持っている。

 

「大丈夫です。基本並走をして、無視できないのがいたら囮になってから直接叩く……それだけですから」

 

 

 ▼

 

 

 透奈の予想は的中し、高火力持ちの相手はきちんと現れた。だが、七海レベルの使い手ではない雑兵程度なら何人いても勝つことは不可能だ。

 

 16名を叩き潰し、透奈も適当に相手を撒きながら戻ろうと思ったところで──────。

 

「このままお前達だけ無傷で帰ろうってのは、バランスが悪くねえか」

「バランス……ああ、それが貴方の原点(オリジン)ですか」

 

 お互いに銃口を突き付ける。一歩も引かない、引かせない。

 

「そうだ。犯罪者の存在すら許さない社会は不健全じゃねえか? 完璧に殺菌された環境で育った人間が、ある意味最も弱い存在であるのと同じようにな」

「日本に住まう人間に、犯罪という免疫細胞を植え付ける……まあ、言わんとすることは分かりますよ。この社会に疑問を持った事がないなんて口が裂けても言えませんし」

「やっぱりお前には見どころがある。お前はシステムの一部でありながら反逆者に近い。お前もこっち側に来ねえか?」

 

 その提案を、透奈は鼻で笑った。

 

「生憎だけど審判やレフェリーに興味はないんだ。バランサーの仲間を探しているなら他を当たってほしいな……それに、貴方の正義気取りの行動が単純に気に食わない」

「正義は議論のタネになるが、力は非常にはっきりしている。そのため人は正義に力を与えることができなかった……知っているか、お前?」

「パスカルを引用する人間に碌な人はいないですね。余程言葉遊びが好きなのか……」

 

 透奈の挑発に、真島は犬歯をむき出しにして獰猛に笑った。

 

「ハッ! 確かに、お前がパスカルを引用したら問答無用でぶっ殺してたぜ。語り明かすのも悪くはないが……」

 

 互いのトリガーを引く指に力が籠る。

 

「貴方がテロリストでなければ、紅茶とマドレーヌでも出してあげたかったのですが……」

「そいつは長い語り合いになりそうだなァ!」

 

 似た者同士の殺し合いが、始まった。

 

 

 ▼

 

 

 透奈と真島の殺し合いは壮絶の一言に尽きた。極限の単独個体の暴力に、優れた才能を持つ天才が持ちうる全ての武器を動員し食い下がる。

 

 手榴弾、戦車砲、RPG……他にも多数。人間を100回殺しても尚余りある火力を生身の人間に向けて、それでも殺せない怪物に真島はどんな感想を抱いたんだろうか。

 

 結局、真島は透奈に負けた。打つ手がなくなり、じわじわと追いつめられて……非殺傷弾を1マガジン分全て叩き込まれ気絶した。

 

 負けた理由としては1on1で戦ったことや、高火力兵装が足りなかったこと、時間を掛けすぎてしまったことが挙げられる。対透奈の想定が甘かったのだ。

 

「…………」

 

 地面に倒れ伏した真島を撃ち殺そうと、透奈はマガジンを実弾の物へ切り替えようとして──────瞬間、爆発的な音と光が視覚と聴覚を焼いた。

 

 閃光弾(フラッシュバン)。透奈の常人よりも優れた五感を逆手に取り、破壊しに来たのだ。

 

 だが、透奈も五感の内2つを潰されたくらいでは怯まない。リロードを即座に完了させてトリガーを引く、スライドが後ろに下がり固定されるまで撃った頃には光も音も消えていて……。

 

「逃げられた、か」

 

 真島の姿もそこにはなかった。

 





 申し訳ございませんが、此処で一旦更新を停止させていただきます。恐らく12月から再開できると思われますので、暫しお待ち頂けますと幸いです。

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