夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
オーニソガラムの花言葉は、純粋、無垢、才能、清らかさ。
午前2時、月の香で目を覚ました透奈は夜空を仰いだ。月光に照らされるアッシュグレイは透明感に満ちていて、星空を映したような蒼の瞳には眠気を僅かに孕んでいる。
昨日の夜、千束と通話していた所までは覚えている。その後の記憶が不鮮明で……あぁ、途中で寝落ちしたんだなと直ぐ納得した。ベッドの上に鎮座しているスマートフォンは既にスリープしており、ロック画面を開くと……。
「切ってないんだ」
現在進行形で通話をしていることが分かる無機質な黒い画面の中心に千束のアイコンがあった。耳を澄ませばスピーカーから布が擦れるような音や、千束の寝息が時折聞こえてくる。
「おやすみ、千束。良い夢を」
終了ボタンをタップし、千束との繋がりを切断する。
もう一度寝るには眼が冴えてしまったが、夜明けにはまだ遠い。やるべき事も特になく、ただ朝までの時間を無為に過ごす気分にはどうにもなれなかった。
「まだ読んでない本はあるけど、そろそろストックが切れそうだしまた買い出しに行かないと……あぁ、そうだ」
夜明けまで読書に耽るかと考えていた彼の方針を変えたのは最近の出来事だった。記憶に新しい銃取引……それの情報収集に行こうと思い立った。もしかしたらブラックマーケットに銃やその情報が出回っているかもしれない……線は薄いがやらないよりはマシだろう。この程度の事くらいはラジアータを使えば直ぐに情報が集まるが、一度敵の手に落ちたと思われる物を使う気にはなれない。情報収集は自分の足で行った方が確実だ。
スプレーで髪色をアッシュグレイから黒へ変化させウィッグを被り、虹彩偽装用のコンタクトを装着。手袋をして指紋も残さない様に。身に付けているものは全て途中で捨てるため、適当なものでいいだろう。
帰り用の服一式と靴、現金は駅のロッカーへ予め入れておく。それを回収し、ネカフェに行ってシャワーを浴びて着替え、行きに着ていた服を公共のゴミ箱に捨てればある程度は撒くことができる。警戒し過ぎかもしれないが、ただでさえ恨みを買う職業と戦い方、方針の為このくらいが丁度いい。
さあ、情報収集を始めよう。
▼
「本部から左遷、ですか……」
「あぁ。機銃を掃射した例のセカンドリコリスだ」
「……なるほど」
結局何の情報も得られなかった透奈は腹いせに24時間営業の書店で一冊の本を買ってリコリコに来た。そんな彼に告げられたのは『問題児が増えるよ』という通達。頭が痛くなりそうだった。
「楠木直々の申し出だ。流石に断ると此方の立場が不味い」
「そうですか……まあ、お店が賑やかになるのは良いですね」
「君がそう言ってくれて助かる。例の子が千束の正式な相棒になるから、透奈は暫くフリーで動いてもらう事になる。あと、今日配属のはずだから、そろそろ来ると思うんだが……」
「了解です。まあやる事は変わらないので問題ありません。しかし、随分急ですね。あの件で起きたイレギュラーの責任を全部擦りつけられた……のかな」
「いや……急なのは単純に千束が伝えるのを忘れているだけだと思うぞ。通達が来たその日に千束に伝えて、透奈に伝える事を頼んだからな」
「えぇ……」
現在買い出しに行っている看板娘に軽く引きつつ、全く的外れな考察を披露してしまったことを恥じる。こういう先入観が視界を狭めるんだな、と彼は自戒した。
カラン、と客の入店を告げるベルが鳴る。ドアの向こう側にいたのは10代後半の黒髪の少女であり……見慣れた形の、しかし見慣れない色の制服を身につけていた。紺色の制服はセカンドリコリスの証。ミカが先ほど言っていたことから判断すると、彼女が配属されるリコリスだろう。
「今日から此方に配属となりました、井ノ上たきなです」
「白峰透奈です。よろしくね、井ノ上さん」
「楠木さんからお話を伺っています。協力者の中でも屈指の問題児で扱い難いことこの上ないじゃじゃ馬と……」
「嫌われてるなぁ……まあ良いんだけど。あと、君の相棒になる子……錦木千束は今席を外しているんだ。多分、5分もせず帰ってくるから少し待ってて」
そう言って、彼は裏に入っていき……なにやら電話をしているようだ。その彼から視線を外し、所在が無さげな視線がミカとミズキの方を向いた。
「あぁ、私はミカ。自己紹介が遅れてすまないね。千束からは先生と呼ばれている、元DAの教官だ。君も好きなように呼んでくれて構わない」
「アタシは中原ミズキ。DAの元情報部。よろしくね〜」
ミカは柔和な笑みで、ミズキはカウンターからひらひらと手を振ってたきなを歓迎した。
「元教官に、元情報部?」
「そうそう。嫌気がさして逃げてきたのよ。孤児に衣食住を与えて、その代わりに命を要求するキモい集団にね〜」
まだ昼前だというのに酒を飲みながら答えるミズキにたきなはダメ大人の波動をひしひしと感じつつ……元気な声が店外から聞こえてくるのを感知した。
「千束でーす! 戻りました! 今日から配属の子……あ、いたいた!」
千束は玄関ドアを開け放ち店内を見渡した後、見慣れぬ顔をロックオン。満面の笑みと大型犬の様な人懐っこさでたきなに接近した。
「千束、その子が今日から相棒だ」
「うんうん! よろしくね、相棒! 千束ですっ!」
「初めまして……井ノ上たきな、です……」
「たきな! 初めましてよね?」
「は、はい……去年、京都から転属したばかりなので……」
「おおっ! 転属組! 優秀なのね! 年は?」
「16歳です」
「じゃあ私が1つお姉ちゃんか〜。でも、『さん』はいらないからね! ち・さ・と、でオッケー♪」
「は、はぁ……」
千束のハイテンションを前にたきなは助けて欲しそうに透奈を見るが、彼らは肩をすくめて苦笑いしている。
『がんばって』と言外に応援されている様な気がした。
そして、その話題は直近の事件へと移り変わり。
「アレ、凄かったね〜。その傷は名誉の負傷?」
「っ……いえ……」
ライラックの瞳が悲しそうに、痛ましそうに揺れた。
▼
「殴らなくたっていいでしょ!」
千束が電話越しに相手……機銃掃射の件で現場指揮官を任されていた春川フキと言い合いを始めた。殴る必要はなかった、作戦が台無しになっただの……既に意味がないifを考えて。
その怒声をバックミュージックにミカはコーヒーを淹れてたきなに渡した。
「想像と違ったか?」
「いえ、そんな事は……」
妙に申し訳なさそうに話すたきなの沈んだ顔がコーヒーの水面に映る。暖かく、気高い香りはささくれ立った心の隙間にじわりと染み込み、何処と無く安心感を覚える。
たきなは流し目で透奈の方を見ると、本を読んでいた。『非現実の王国で』というタイトルの本。
一枚の絵のような青年をぼうっと見ていると、その視線に気付いたのかたきなを見て……その悪魔的な美貌が蠱惑に歪んだ。唯のにこやかな笑みのはずなのに何かいけないものを見ているような気がして、くらりと頭が熱くなり……。
「司令司令ってちょっとは自分で考えなさいよ!」
千束の怒号により現実に引き戻された。ハッとすると透奈の貌はたきなを既に見ておらず、怒りを全身で体現してるような少女に向いていた。あの微笑みも苦笑いに変わって。
『うっせーアホ!』と捨て台詞を吐いて受話器を叩きつけた千束は、向ける場所を失った怒りの矛先を透奈に向けた。
「透奈はどう思うよ!」
その言葉に彼は「そうだね」とワンテンポ置いて。
「組織からすれば君は間違った行動をして処罰の対象になったけど、僕個人としては君を評価するよ。君の決断でリコリス一名の命が奪われなかったのは事実だ」
「……ありがとう、ございます……?」
組織の善悪と個人の善悪は違う、という予防線を貼った賞賛の言葉。あの状況でやれる事を実行したその行動力は讃えられるべきだと彼は言った。その言葉に驚きと、少し居心地の良さを感じてしまったたきなは取り敢えずお礼を述べて……だが、その褒め言葉に最も驚いたのは褒められた本人たるたきなではなく、蚊帳の外にいたミカだった。
「意外だな。透奈ならマックス・ウェーバー辺りを引用してこき下ろすと思っていたんだが……」
「『権力と支配』、ですね。リコリス、ひいてはDAをシステムと見做すならそれでも良いですが……今回はデカルトです。彼女の意思を僕は尊重しますよ」
「『情熱論』だな」
「えぇ。『決断ができない人間は、欲望が大きすぎるか悟性が足りないのだ』……井ノ上さんに送る言葉に相応しいのは、その英断への賞賛。あの場で井ノ上さんは悟性を持ち、実行に移した……『決断ができる人間』です。あれに否と言えるのは、あの時井ノ上さんの解とは異なるものを実際に出せた人だけです」
「つまり、誰も責める権利はない、か」
「そういうことです」
パタン、と呼んでいた本を閉じる。
「その言葉フキにも言ってやりなよ! 母性がどうのってやつ!」
「悟性だよ千束」
「そうそれ!」
「まあ言っても良いけど、フキさんには現時点でかなり嫌われてるからなぁ……これ以上関係性に亀裂を入れたくないよ」
千束の言葉に肩をすくめる彼と、何処か不満げな表情の千束。たきなは『なんだかよく分からない場所だな』と思いながらコーヒーを飲む。
「よし早速仕事に行こうたきな!」
「はい」
「あ、先生のコーヒー飲んでからでいいよ! 凄く美味しいから! 私着替えてくるね……」
ひらひらと手を振りながら裏へ去っていく千束を立ったまま見送って。座ろうとしたその次の瞬間。
「たきな!」
「はい」
とても大事な事を言い忘れていたと、急いで戻ってきた千束は満面の笑みで『それ』を告げた。
「リコリコへようこそ〜」
嵐のような人だな、とたきなは自身の中の錦木千束のイメージをアップデートした。自分には意図を測りかねる行動が多すぎて、どう対応していいか分からなかった。
ここにいれば、何か分かるのだろうか。
▼
千束とたきなが出て行った後の店内で透奈はコーヒーを淹れていた。それをミカはじっと見ていて……その視線はバリスタとしてのものだった。
完成した3杯のコーヒーを飲んだミカ、ミズキ、透奈は思い思いの感想を口にした。
「まだ、ミカさんは遠いなぁ」
「いや、そんな事はないと思うぞ。あと数年もすれば私よりも上手くなる」
「ん、普通に美味しい。なかなか良いんじゃない?」
「そうだと良いけど……」
彼がここに来た最初期は本当に酷かった。コーヒーはおろか満足な食べれる物すら作れず、食事というものを忘却していたのだ。人間の三大欲求に真っ向から喧嘩を売っているような彼を矯正するのには、それはそれは多大な労力が必要になった。リコリコで付きっきりで作法と料理を教え、監視という名目で共同生活をしていた千束のセーフハウスでそれを振る舞う……そんな反復作業を繰り返すと、1年弱で料理男子になっていた。
出来るようになるのが余りにも早すぎる、という疑問は抱かないようにして。
「ねぇ、アンタはたきなをどう思う?」
「若干頭が固そうな……リコリスのテンプレートみたいな子なので、千束に合わせるのは苦労しそうだなぁ、と」
「あぁ、そうじゃなくて。スパイ説、疑ってたでしょアンタ」
その言葉に彼は目を丸くして。
「流石元情報部。表には出さないように努めたつもりだったけど……筒抜けだったんだ」
「まーね。千束は飲んだくれとか酔っ払いとか思ってるかもだけど、これでも情報のスペシャリストだし。アタシとミカ以外は気付いてないから演技は上手かったんじゃない?」
「だといいんだけど……一応、僕の所感からはスパイの線は薄そうかな。あの真っ直ぐ過ぎる性格ではスパイ活動は難しい。性格や言動、発言の連続性も保っていたので、この可能性は排除して良いと思います」
彼はあの子を信じることにした。
かつて千束やミカ、ミズキが透奈を信じてくれたように。
「二人を任せたぞ、透奈」
「はい、任されました」
透奈は誰かのために微笑んだ。
ミカ「本を読んだらどうだろうか?(ファウストポイー)
透奈「ありがとう!大切にするよ……(恍惚)」
たきな、可愛いね。たきなの長い髪で窒息したいって思ったのは私だけではないと思うんです。人間らしさを手に入れてからのたきなはマジで可愛い。本当好き。愛してる。アラン機関に支援されるべき可愛さだと私は思うよ。
そんなたきなから千束を奪いたいのですが、千束を奪うと私の中の光のオタクが死んでしまうので代わりにオリ主くんを殺すね。
喫茶リコリコ、いつもの風景。だけど、本を片手に笑う青年はどこにも居ない。何処となく悪い予感を覚えてリコリコを飛び出すんですよ。ドアの向こう側には沈んだ顔の千束が居て、「透奈は敵になったの」って告げるんですよ。その直後の表情を切り取って額縁に入れて飾りたい。
んで透奈討伐作戦が開始して、彼に一眼会いたくて、でもフィナーレは千束に譲るんです。きっと千束も会いたいはずだから、千束なら不殺を徹底してくれるからって身を引くんです。
作戦終了後、死体になった透奈くんを俯いたままお姫様抱っこする千束にたきなはどんな感情を抱くんでしょうか。どうしてって叫ぶんでしょうか。無表情で千束に銃の照準を合わせるのでしょうか。それとも悲しいのは同じだからと寄り添うのでしょうか。
個人的には寄り添って欲しいですけど、二人の殺意の応酬も見てみたいですね。お互いの弱点も特徴も全部わかってる唯一無二の相棒に、本来向けたくなかった銃口を向ける……。たとえ透奈が生きていたら必ず悲しむであろうとお互い思っていても、譲れないものの為に戦うんです。世界一美しい名画ですね。ルーブル美術館に寄贈しましょう。二人が殺し合っても、もうあの本好きの青年は帰ってこないんだよ。健気だね。可愛いね。
評価へのリンク
感想へのリンク