夕暮れの彼岸花   作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

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ムスカリの花言葉は失望、失意、有用、有益、寛大な愛。

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Muscari

 

 

 保育園、日本語学校、極道の組……それらを回って、たきなは何を感じたのだろうか。個人のために力を振るうのが錦木千束、ひいては喫茶リコリコのポリシーであり、法や正義、治安ではなく一人に照準を合わせた行動をする。それに戸惑っているのだろう。

 

 実際、公園のベンチに座るたきなの顔は物憂げで、暗く沈んでいる。彼女の目的はあくまでDAの本部に戻ることであり、こうやって地域の人に密着して善行を積むことではない。一刻も早く成果を上げ、凱旋を果たす……それがバディの所為で果たせないとなれば思うこともあるだろう。しかも、そのバディが東京一ともなれば尚更だ。

 

「千束さんはどうしてDAにいないんですか?」

「うーん……問題児、だからかな」

 

 トマトジュースを飲みながら隣で脱力する千束に何とも言えない気持ちを抱く。そして、白峰透奈と錦木千束が『問題児』という共通ワードで結ばれていて……それが良いペアに繋がっているのだろうなと感じた。多分、彼が振り回される側だろうが。

 

「そうなんですね。千束さんも問題児なんですか……」

「ん? 『も』って何? 私以外に問題児っているの?」

「楠木司令が白峰さんをそう呼んでいました」

「あぁ、透奈ね……まあ、問題児呼ばわりもわかるよ、うんうん」

 

 腕を組んで首を縦に振る。その感情は納得と、ほんの少しの罪悪感。その罪悪感の正体をたきなは知らない。

 

「実際話してみたら随分知性的でした。問題児、と呼ばれるほどの素行の悪さは見受けられませんでしたが……別の側面があるんですか?」

 

 ミカと透奈の会話。本を、思想家を引用しながら思考を編んでいき言葉を音楽のように綴る彼に問題児という言葉はあまり似つかわしくない。それゆえに出た疑問だったが、千束はどこか言いにくいそうに、歯切れ悪く……言葉を選別して。

 

「いや〜。たきなが感じた透奈の印象が全てだと思うよ。でも、存在そのものがDAにとっては厄介だから嫌われてるんだ」

「存在そのもの……? 敵なんですか? 彼が」

「ううん、敵じゃないよ。あ、詳しく知りたかったら透奈に聞いてみなよ! 多分話してくれるよ〜」

 

 何処まで話していいのか悩んだ千束は透奈に全てをぶん投げた。別に口止めされてるわけでもないが、本人の居ない所で喋るのもどうかと思った。ただそれだけだ。あと、たきなと透奈の会話のきっかけにならばいいな、という意図も含まれている。

 その意図を汲んだのかは分からないが。

 

「……機会があれば聞いてみます」

 

 たきなの言葉を引き出すことに成功した。それを受けて千束は満面の笑みを返して。

 

「うんうん! 透奈、話すと結構面白いんだよ! 頭いいし! ……あ、そうだ!」

 

 何かを思い出したかのように千束は手を「ぱん!」と叩いて。

 

「? なんでしょう?」

「銃取引の話、ちょっと聞かせて?」

 

 

 ▼

 

 

「へぇ〜……じゃあ銃は本当になかったんだ」

「はい。何処にも」

「うへぇ、じゃあ本当に透奈の考察が現実味帯びてきたじゃん……」

「白峰さんが?」

 

 また、彼の名前。あの灰色の天使のような青年。

 

「透奈が『この取引は本当にあそこであるのか』みたいな話を前にしてくれたんだ〜。そこで出てきたのが銃取引はあったけど時間軸か場所がずれてるか、銃取引がそもそもなかったのではって考察。詳しくは聞いてないけど、透奈と先生はもっと色んなパターンで考えてるって」

 

「頭いい人は考えることが違うね」といってベンチで脱力する千束は、たきなから見ても彼女が言った『頭のいい人』に入るとは思わなかった。酷く失礼な事を考えてる気がするが、千束という少女があまりにも真っ直ぐすぎるため余計にそう感じてしまうのだろう。

 

「そうなんですね」

「そう! でもそこまで考えたけど、結局は情報を絞り込むことができなかったから、優秀なハッカーがほしいってぼやいてたんだよね〜」

 

 たきなはミカと透奈に若干同情した。この分だと恐らくリコリコの頭脳労働はほぼ彼ら二人に集中してるだろう。

 たきなの沈んだ顔を千束は隣から覗き込む。いつもの様に活発で明るい看板娘の眼ではなく、ファーストリコリスとしての眼で。

 

「たきなは銃取引を追ってるの?」

「はい。この取引を解決すれば、私はDA本部に戻れるはずです。その為の、左遷……なのですから……」

 

 その言葉を聞いて、千束は「そっか」と返した。優しく寄り添う様な声音は初めて聴くもので、この人にはこんな側面もあるんだなと思った。何となく、喫茶リコリコがあの雰囲気である理由を掴めた。千束が核になっているのだ。

 少し湿っぽい空気が流れて、それを吹き飛ばす様に千束は「よしっ!」と言って立ち上がった。

 

「じゃあ行こう! 次は警察署!」

 

 

 ▼

 

 

 茜差すリコリコで透奈は手持ち無沙汰だった。客もおらず、やる事もなく、精々本を読む程度しかない。さて、どうしたものかと思っていたら携帯が鳴った。

 発信者は……リコリスとして外に出ている千束。すぐに通話ボタンを押し、裏に入る。

 

『もしもし〜透奈〜?』

「千束、何かあったの? トラブルとか」

『いんや、トラブルとかではないけどちょいヤバめな案件。ストーカー被害に遭ってる女の人の話を聞いたたんだけど』

「あぁ、阿部さんからの依頼ね。ストーカーは実害が出るまでは動けないし」

 

 申し訳なさそうに依頼する常連さんの顔が透奈の脳裏に浮かんだ。

 

『そうそう。んで、検証のために色々写真とか見せてもらったんだけどその中の一枚に銃取引現場が写ってたんだ』

「……凄まじい運だね。じゃあストーカーってのも銃取引の関係者って疑った方が良さそうかな」

 

 超のつくほど幸運だ。取引済みで、商人の情報も何もなかった所に湧いて出てきた黒幕へ辿り着く為の手掛かり。いつ、どんな所で情報が映るかは分からないなと思いながら……依頼者には少し怖い思いをさせてしまうと申し訳なさを感じる。恐らくリコリスとしての本領が現れる依頼になり……銃撃戦が予想される。

 

『そそ。だから取り敢えずこの人は一晩護衛しようと思うんだ。一回替えの服を撮りに戻るからその間はたきなに任せるけど……』

「分かった。じゃあミカさんとミズキさん、DA側への根回しはこっちでやっておくよ。写真のデータって貰える?」

『もち!』

「ありがとう。じゃあ、二人とも気をつけて」

 

 通話を切ると、ミカが優しい声音で呟いた。

 

「何かあったのか?」

「ストーカーを受けてた女性が持っている写真の1つに、銃取引の現場が写ってました」

「それはまた……一切手がかりがなくてほぼ詰みだったのが、一瞬で進展したな」

「本当に、あの運の良さに感謝ですよ」

 

 苦笑いをしながら千束とたきなを褒め称える透奈。ただ、幸運を喜んでいられない。無辜の民を危険に晒してしまっているのだ。その失態はこれからの働きで取り返そう。

 

「写真データは貰ったんだろう? こっちでミズキと楠木に渡しておく。透奈は千束に付いて行ってくれ。安全性を考えればお前がいたほうがいい」

「わかりました。では、準備だけして千束と合流します」

 

 愛銃たるベレッタM92に抑制器を付けて、非殺傷弾の替えマガジンを2つ……そして万が一どうにもならなかった場合に備えて、実弾のマガジンを一つ。

 

 千束には悪いと思っているが……この世には更生できる者と更生できない者がいて、できなかったものは悪に生きるしかないのだ。

 殺意に善はない。握った銃に正義はない。事象の解決手段として暴力を選んだ時点で、その選択には知性と他人に対する敬意がない。そんな事は分かっているし、それによって千束が悲しむ事も……あぁ、死にたくなるほど分かっている。

 

 ()()()()()

 

 自分だけなら死んでもよかった。この命をくれてやってもよかった。だけど、こんな腐った自分にも千束やミカ、ミズキ、そして新しい仲間であるたきなが……大切だと心の底から思える人達がいる。悪鬼、外道、その通り───だから怨んでくれていい。 死ねば必ず無間地獄に墜ちるからと、最低の言い訳を紡ぎながら。

 

 千束達が笑って毎日を生きていくために。

 人々が殺意の影に怯える事がないように。

 千束の不殺が曇る事がないように。

 後に続く悲劇の連鎖を断ち切るために。

 大切な人達を守れるように。

 

 もうどうしようもない行き止まりにいる人達を摘み取るのだ。

 

 

 ▼

 

 

 透奈が現場に着いたときの状況は最悪の一言に尽きる。

 銃痕が至る所に見受けられ、特に標的になったであろう白のワゴン車はスクラップ一歩手前。火薬の匂いが漂い、さらには護衛対象のはずの女性も見当たらない。

 護衛任務としては間違ってもあり得ないような状況が作られていた。

 

 それには流石の千束も頭を抱えていた。命大事に、と念押ししたのにも関わらずこうなったのだ。

 だが、一概にたきなの事を責められないのも事実だ。要人警護なんて任務はリコリスに存在しない。殺すか壊すかの2択しか存在しなかったのに、いきなり湧いて出てきた選択肢に戸惑った結果だろう。

 

「護衛任務が救出任務に変わったけど……どうする?」

「どうするって、そりゃ助けるでしょ!?」

「そうじゃなくて、井ノ上さん。あの人達を殺しかねないよ」

「それは困るなぁ!?」

「じゃあ取り敢えず井ノ上さんはここで見学。千束がどんな風に戦うのか見ていてよ。多分学び取れるものがあるはずだからさ……あ、あとタイヤをパンクさせたのはいい判断だよ」

 

 スライドを引き、セーフティを外し、いつでも引き金を引ける状態へ。これよりここは戦場だ。殺し合いに情は不要、冷たく合理的に行動するロジックの塊と成れ。

 

「千束、行けるよね」

「当然! カウントは任せたよ、相棒!」

「カウント。3、2、1、GO!」

 

 民家の塀からコンマ1秒もズレる事なく二人は同時に飛び出し、千束は様子を見に近くまで歩いてきた射手へ照準を合わせ、透奈はワゴン車と反対方向の虚空へと照準。

 同タイミングでトリガー。発射された2発の銃弾の片方は銃を構えようとした人の右腕を、もう片方は展開していたドローンを破壊した。

 ある程度サプレッサーで消されているとはいえ響く銃声と機械の破壊音は誘拐犯達の気を僅かな時間だけ引いた。

 

 ──────その僅かな時間が、命取りだった。

 

 その間に2名は接近。ワゴン車の左右を挟み込む形で包囲した。透奈の方が救助対象に近いためその役割は彼に譲り、千束は近くにいたツナギの男に攻撃を開始する。

 絶死の距離から放たれた弾丸は首を傾けるだけで空を切り、後ろの塀に無意味な痕跡を残す。それに気を悪くした千束はドア越しに非殺傷弾を叩き込み、ダウン。

 透奈も既に完了しているようで、ずだ袋に入れられた救助対象の確保に成功している。道路と熱烈なキスをしているのは先程まで対象にナイフを突きつけていた者であり、ナイフも銃器も粉々に砕かれて地面に残骸として転がっている。

 

 これで一件落着。そう思った、刹那。

 

「ひ、ひいっ!」

 

 逃げ出す誘拐犯が1人。恐らくトランクに入っていた者だろう。圧倒的な個の暴力を前に何もかもをかなぐり捨てて逃走したが──────。

 

「逃がさないよ」

 

 冷たい声音と共に、闇に溶け込む濃紺のブレザーが翻る。先程まで白のワゴンの隣に立っていた透奈は既に逃走者の真正面へと立っていた。

 神速と呼ぶに相応しい、人間離れした瞬発力。深淵のような深い蒼が誘拐犯を覗き込み……その冷たさに心底凍えた。同じ人間を見るとは思えない、まるで這い蹲る虫ケラを見るような瞳に恐怖し、スローモーションな世界の中で、致死の凶器である透奈の掌底打ちを象った右腕だけが嫌なほどはっきり見えた。

 恐怖で半分以上意識が飛んでいた誘拐犯に透奈は全く慈悲も手加減もなく、予定通り顎を砕くように手加減した掌を打ち込んだ。ゴシャ、と湿っぽくて鈍い音。誘拐犯の最後の1人は顎を砕かれた激痛と脳震盪の二重攻撃によって一瞬で意識が消し飛び、地面に倒れ伏した。

 

 残心もなく、気絶した事を確認した透奈はスタスタと千束の方へ歩いていく。その眼はいつもの本好きな青年のものであり、虫ケラを見ていたような冷たさもない。

 

「状況終了、でいいかな? 千束」

「いいんじゃない? 多分全員ぶっ飛ばしたし!」

 

 底冷えするような声が嘘のように、春のような、歌うような声と口調で話す透奈と、それに答える千束。凄まじい個体としての暴力を振るったのがこの2人の少年少女であるとは誰も思わないだろう。

 事実、唯一意識がある運転席の男は信じられないものを見たように震えている。彼らにとっては悪夢以外の何物でもないだろう。市街地で容赦なく銃撃する者、至近距離で銃弾を避ける天才、同じ人間か疑わしい怪物の3人がたった一人の人間を攫おうとしただけで同時に現れたのだ。

 

 戦意も喪失し、逃げる気力すらない運転席の男を……正確にはその傷を見た千束は彼に近づいた。恐らく治療するつもりなんだろうなと透奈は考え、千束に任せた。2人で治療なんて非効率的だ。

 

 それよりも、今は。

 

「どうして非殺傷弾を使っているんですか?」

 

 この不満気な表情の後輩を宥める事が先だと彼は判断した。

 

「『命大事に』。井ノ上さんも、千束から聞いただろう?」

「敵もなんですか?」

「そう。敵もだよ」

「理解ができません。犯罪者は処罰するべきです」

 

 リコリスとしてはたきなの方が圧倒的に正しい。透奈にだって完全な不殺は不可能であると考えているし、実際にそうだった。千束が殺さなかった人を、誰にも知られずに殺してきた。その過去がたきなの発言を肯定すべきだと言っている。

 

 だけど。

 

「今はわからなくていいよ。でも、千束といたらきっと分かるようになる。誰かのために人殺しになれる、優しい君なら……ね」

 

 千束から教えられたこれを守っていかなければならない。それが千束に救われた自分ができる、唯一のことだから。

 

 





 本日の後書き性癖発表はお休みさせていただきます。
 と、思いましたがやっぱりやります。2日連続でたきなです。

 たきなは恐らく、透奈くんの事は尊敬しても好きにはならないと思うのです。身近にいる歳の近い異性ですけど、それよりも千束の相棒であり最強の一角であるというイメージの方が近いので、好きになったり恋愛関係に発展する気はあんまりしないなーと。

 ですが一緒になってお仕事をしたり、オフの日に遊びに行ったりでなんだかんだ絆されちゃうんです。仕事もできて、対応力もあって、包容力もあり、ちゃんと自分を気にかけてくれるので。そして、何があっても絶対に味方をしてくれるし、全てを投げ捨ててでも助けに来てくれる。

 だから悪い人ではないんだなって思って、そこから段々一緒に過ごす時間が楽しくなるんです。気を使わなかったファッションを勉強したり、ヘアアイロンを買ってみたり、彼によく見られようと努力をするんです。なんか可愛くなったね、って言われて年相応な表情を浮かべるたきな、見たくないですか?僕は見たいです。

 あー!そんなたきなに透奈くん撃ち殺させてー!

 百発百中の銃撃戦の天才が涙と震えでぐっちゃぐちゃになって照準がブレブレの所みてぇー!どうして、どうして、って半狂乱になりながらそれでも銃を下げれない自分の立場に絶望して、君の愛で終わりたかったって言われて覚悟を決めるんですよ。不殺を教えてくれた大切な人の1人を、自らの手で断罪して殺すんです。とても美しい愛ですね。

 そんでもって、白峰透奈討伐の成果でDA本部への帰還が叶うんです。念願叶って良かったね。その喜びを共に分かち合いたかった人はたきなが殺したけど。

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