夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
たきな一人称です。時系列的には1話と2話の間くらいとなります。
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。この栄養素のお陰で毎日生きています。
私は楠木司令に言われた事を思い返していた。
『白峰透奈と錦木千束は立場上敵対関係にある。千束は白峰が何か危険な行動をした場合、自己判断で射殺する許可が降りている。そして、白峰は千束及びその他メンバーがDA本部の意に反する行動をした場合に、支部メンバー全員を殺害し、自殺する命令が下されている』
『これが千束が支部で活動する、そして白峰を現地協力者として活動させる条件だ。それだけ千束と白峰はDAにとって危険であり同時に有用な駒なのだ』
『喫茶リコリコ所属錦木千束専用執行官……それが白峰透奈の肩書きだ。お前もよく見ておけ。最強のリコリスを殺せると判断された……常識外の化け物を』
そんな風に刷り込まれたから、最初に挨拶をしてくれた人が白峰透奈であると分からなかった。もっと恐ろしく、威厳に満ちた人だと思っていたが……随分と親しみやすい人であった。そして、その相棒である千束さんも。
最強を殺せると言われた理由も分かった。白峰さんは単純明快にスペックで叩き潰す。故に小細工や技術を弄する技巧派を真っ向から捻じ伏せれるのだ。
斯く言う私も、誘拐犯を捕らえる時に見せたあの動き……何をどうしたら後手が先手を追い抜く不条理が起こせるのか分からなかった。
じっと見ていても、白峰さんの姿がブレて、逃げようとした誘拐犯の前に現れたようにしか見えなかった。
勝てるのか、と聞かれたら否と返すだろう。あんなものを見て勝てると返せるほど自分に自信はない。銃を構える前に踏み潰されて終了だ。あんなのに勝てるのは、それこそ行動を読む千束さんくらいしかいない。
錦木千束専用執行官、と仰々しい名前を付けられるのも納得が行く実力だった。お互いがお互いにしか殺せない、ある意味で最も対等な関係だった。
私は、最近はそんな彼とどう接すればいいか決めかねている。千束さんはグイグイ来てくれたから分かりやすかったが、白峰さんはあまり関わってこない。多分私が距離を置いているのを察して、一歩身を引いてくれているのだろう。
彼と話す内容は何があるだろうか。よく本を読んでいるから、本の内容であればいいだろうか。だが、私に本の知識はあまりない。著名な作家や作品程度なら知っているが、そこに何が書かれているかやその奥に隠れた思想までは掴めていない。それこそ彼がやったような……本の引用で会話を成立させるような真似はできない。
だけど、2人でリコリコにいる時間はどうしても発生する。それこそ、今と同じように。
お客さんも少なく、やる事もない。カウンターで2人きり。彼は例に漏れず本を読んでいる。『失われた時を求めて』という本だ。この本は流石にタイトルだけは知っている。世界一難解な長編小説だ。そして、有名なのが……。
「白峰さんは、マドレーヌを食べるんですか?」
私のその問いに彼は少し驚いて……そしてふわりと笑った。何度も見たけど、まだ慣れない蠱惑的な笑み。
「食べるよ。甘いものはそれなりに。でも紅茶に浸しては食べないかな」
パタンと本を閉じて、こちらを見る。本当に綺麗な人だ。改めてそう思う。男とか女とかを論じるのがナンセンスに感じるほどで、雪月花のような……そんな人だ。
「あぁ、あとずっと言い忘れてたけど、透奈でいいよ」
そう言って、また笑った。春の陽のような顔だった。
「分かりました。では透奈さんと。あと、私もたきなで問題ないです」
「じゃあ、たきな、と……『さん』が取れるのを楽しみにしてるよ」
そんな事を言うあの人がなんだか可笑しくて、千束さんと似たもの同士なんだろうなと感じる。人との距離の詰め方は全然違うが、その奥にある温かさは同じだ。2人とも誰かに寄り添える優しさを持っている。
「千束さんと付き合いが長いんですか?」
「10年くらいかな。割と長い方だと思うよ」
割とどころではない。この人だってどう見ても20は超えていない。つまり、今までの人生の半分以上を共に過ごしてきた事になる。あれだけコンビネーションが抜群だったのもそこに理由があるのだろう。
それに、10年という年月は私たちリコリスにとっては重要な数字だ。そして、おそらく千束さんにとってもこの数字は特別な意味を持つ。
「10年ですと、丁度旧電波塔の前後くらいからですか?」
「そうだよ。千束と一緒になったのは、その後からかな」
「なるほど」
「……昔話、気になる?」
その言葉に顔を開けると、悪戯っぽい表情をした透奈さんが見えた。
気にならない、と言えば嘘になる。平成最後の事件の詳細を知りたくない人間なんてあまりいないだろう。
だけど、それは果たして本当に聞いていいものかと思ってしまう。どう考えても機密だ。それを部外者の自分に教えるなんて……。
「別に気にしなくていいよ。僕も千束も口止めはされていない」
それが後押しになって。
「……お願いします」
東京最強達の過去に触れることにした。
▼
「まず前提として、僕は最初からリコリスに、ひいては千束と関わっていた訳ではないんだ」
意外だけど、同時に納得した。男性のこの人がリコリスに入れるわけがない。
「では、リリベルだったんですか?」
「リリベルでもなかったかな。僕は基本的に民間軍事会社を根無し草みたいに転々としてたんだ。一つの依頼を終えたら別の会社へ、って感じでね。大体それを5歳から7歳までやってたんだ」
どう考えても違法だ。そんな子供を雇う方も、雇われる方もおかしい。だけど透奈さんはさほど重要じゃなさそうな口調で話していて。
「そこで、とある依頼が舞い込んできたんだ。それが……」
「旧電波塔事件に連なるもの、ですね」
その通り、と言って彼は長い脚を組み替えた。
「依頼内容は旧電波塔に侵入したテロリストの抹消。そして、電波塔に侵入したものは誰一人として生かして返すな、とね」
「誰一人として?」
「そう。例外なく皆殺しにしろってのが、僕に与えられたオーダーだった。だから、テロリストを制圧するために来るリコリス・リリベルも僕のターゲットだったんだ」
リコリスも、とうわ言のように漏れてしまった。
「僕も最初はそれに疑問を持たなかった。『望まれた事を、望まれたように』。あの時、僕は自分を道具と定義していたからね。全員物言わぬ屍に変えるつもりだったんだ」
実際に可能だったし、と彼は付け加えて。どこか物憂げで、遠くを見つめる彼は嘘を言っているようには見えなくて……あの言葉は本当だと本能で判断した。
「それで、実際に訪れたら……そこにいたのはテロリストとリコリスとリリベル。僕はそこで、リコリスとリリベルが10代の少年少女って事を初めて知ったんだ。
僕だってその時は幼年だったけど、雇っていたのは暗部だ。違法行為なんて然程珍しくない。だけど、国家に属する治安維持部隊がティーンで構成されてるとは思わなかったんだ。
僕は心の底から嫌悪感を覚えた。国が主導してこんな醜い事をやっているとは思わなかった。だから、リコリスとリリベルは殺さないようにした。誰かの安全のために戦っている彼らをこんな所で死なせるために僕はここに来たわけじゃないからね。まあ立派な命令違反だけど、今までずっと道具だったし最期くらいは反抗してやろうって。丁度、リコリスの中で不殺を貫く人がいるって噂も聞いてたし……僕も真似してやろうと思ったんだ。
僕もすぐに現場に参戦して、取り敢えずテロリストに標的を定めた。一番危険だし、排除したほうがいいと思ってね。まあリコリスやリリベル達に後ろから銃撃されたけど、なんとかテロリストを掃討したんだ。
危険は無くなった。未知は僕以外消えた。あとは僕がその場から逃走すれば無駄な血は流れなく済む……そう、思っていたんだけどさ」
もう、話の結末が読めてしまった。嫌になるくらいにはっきりと。
「リコリスとリリベルが殺し合いを始めたんだ。お互いに、銃口を向けてね。初めは冗談だと思ったよ。でも、悪夢よりも現実でさ……それからはもう必死だったよ。こんな事をするために此処に来た訳じゃないだろって……その場にいたリコリスとリリベルを全員叩き潰したんだ」
「……全員ですか?」
耳がおかしくなったのかと思った。電波塔事件にはかなりの数のリコリスが投入されたと聞いている。それにファーストリコリスだって必ず複数名いるはずだ。リリベルの事情には明るくないが、大体同じような投入数だろう。
それを単騎で全滅。
「楠木司令が危険と言った意味がよく分かります。確かにDAからしたらこんな不条理な人は、見過ごせません」
「不条理、か……まあ確かにそうかもね。よく化物って言われたよ」
何かを悔いるように、嘆くように、彼は言った。だけどいつもの表情がそれを覆い隠して。
「いつまで経っても作戦成功の連絡が来ないリコリス側は奥の手を投入したんだ。歴代最年少にして最強のファーストリコリス、千束をね。
その時僕は全身に銃撃を受けて半分死体、対する千束は万全。流石に勝てなくてね……。
まあ、千束には勝てなかったけど、僕の目的自体は果たされたんだ。テロリストは掃討され、リリベル側は撤退していたし、リコリス側も回収が完了していた。
だから僕もここから退けばそれでいいって思ってたけど、電波塔に仕掛けられてた爆弾が爆破されて……電波塔が折れたんだ。
僕も千束も崩落に巻き込まれて終了ってのが、旧電波塔事件の……僕視点の概要」
何か質問はあるかな、と言って話を止める彼。遠く懐かしい日々に、思いを馳せて。
話を聞いた中でも疑問点はあまり無い。だけど、最後の一文。そこには謎が──────。
「千束さんも崩落に巻き込まれたんですよね? 透奈さんが無事なのは分かります。あの身体能力ですし、耐久力も凄まじいのは納得します。ですが、千束さんは……」
そう、無理だ。標高何メートルの場所で戦っていたのかは分からないが、展望台だとしたら350m。そんな高さで崩落に巻き込まれて生きていられると思わない。
誰か協力者がいないと脱出は──────。
「透奈さんですか?」
ハッとした。協力しそうな人間が、目の前にいた。彼は目を閉じて、口を噤んでいて……ゆっくりと、語り始めた。
「……千束には秘密だよ。その考察の通り、僕は千束を抱えて脱出したんだ。まあ多分千束は覚えてないだろうけど、さ。
リコリスの回収班に近い場所に千束を寝かせて、後は僕も逃げるだけって所だったんだけど……血を流しすぎてね。唯一残ってた治療キットを騙し騙し使いながら都内を転々としていたんだけど、限界が訪れて……」
「その時に助けたのが千束さんですか」
彼は『その通り』と言って目を開けて天井を見上げた。
私はその関係性を美しいと思った。バディを組む前から助けて、助けられての関係であり……それが今は東京最強の名を冠している。
「根無草のように転々としていたけど、ここにはずっと……もう10年もいる。多分ここがなくなるまで居続けると思う。それだけ居心地が良くてさ……でも、永遠なんてどこにもない。時間はどこまでも続いていく。いつか春が終わって夏が訪れ、秋を迎えて冬を越え……そうしてまた春が来る。そうやって四季は移ろって、変わっていく。そして、ここもきっと変わっていくんだ」
だけど、と彼は言葉を続けて。
「変わっちゃいけないもの、変えてはならないもの、忘れてはいけないものを見つけなきゃいけないんだ。たきなはそういうもの、見つけたかい?」
「いえ……透奈さんは、見つけたんですか?」
そうやって問うと、あの人はとても楽しそうに、まるで歌うような口調で。
「内緒だよ」
と笑った。