夕暮れの彼岸花 作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの
トリテレイアの花言葉は守護、淡い恋、受け入れる愛。
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Triteleia
朝露に濡れる早朝。ブレザーを纏い、指定された車に向かった透奈を出迎えたのはテーマパークにありそうな巨大な着ぐるみだった。
「何……この……なに……?」
自分の目がおかしくなったのかと擦っても、その光景は現実に鎮座していて……依頼内容がテーマパークのキャストだったかと確認しても、海外逃亡の手助けと書いてあった。
これが海外逃亡の手助けになるのか? この犬なのか熊なのかよく分からない着ぐるみで何ができるのか? もしかして逃亡の主流は着ぐるみなのか?
そんな事を考えて脳がフリーズしていたが、いつまでも動かない彼をミズキが不信がって。
「アンタ、何してんの?」
「いや、え……? これが依頼……?」
頼むから否と言ってくれと、懇願に近い疑問をミズキに投げたが。
「そうよ」
無情にも肯定が帰ってきてしまった。
「……海外ってテーマパークの暗喩だったりします?」
「いんや、違うけど。アンタはこれ着てウォールナット役やるのよ」
「囮にしては目立ち過ぎじゃないですか? 人間の中に着ぐるみが混じってたら嫌でも注目浴びちゃいますし……あぁ、そういう事ですか」
「そそ。察しが良くて助かるよ〜ホント。姿がバレてない事を利用して、追撃者達にはこの着ぐるみをウォールナットと思ってもらうのよ」
納得がいき、着ぐるみを手に取る。思えばテーマパークなんて行ったことがない。それなのにこんな物を着るなんて人生は何があるかわからないな……と思ったが。
「これ、やけに重くないですか?」
そう、重いのだ。この手の知識には乏しいが、それでも重すぎると感じてしまうほどには重量があった。確実に布以外にも何かが使用されているだろう。
「まあ血糊が入ってるからね〜。あと、頭にはウォールナットの声を出すためのスピーカーが入ってるからそっちも重いよ」
「血糊? このウォールナットを撃たせるんですか?」
「そう。撃ち殺させれば追跡は撒けるっしょ。死んだ奴を追おうとする変わり者なんていないだろうし」
理屈は理解できる。確かに死亡と誤認させてしまえば、その時点で生前の追跡は切れる。だが。
「千束とたきなの前で死なせるつもりですか。それは流石に可哀想です。折角の任務が初めから失敗することが決まっていたなんて……」
そう。そんな事をすれば千束とたきなはきっと悲しむ。それが彼には認められなかった。いくらシナリオ通りとはいえ、人の死に様を見せつけたくはないのだ。
「作戦よ。2人には終わった後アタシからネタバラシするつもり」
「……………………」
長い沈黙のあと、「はぁ」と息を吐く音がして。
「怒られても知りませんからね」
渋々、透奈は着ぐるみを着た。
▼
千束はミカから非殺傷弾を受け取り、準備を進める。喫茶リコリコの看板娘ではなく、歴戦のエージェントとしての顔。すでにスタンバイが完了しているたきなは千束と、ミカの指示を待っている。
「千束、急いで準備なさい」
「はいはい……んで、今回はどれくらい急ぎ?」
「可能な限り、だ。現在は武装集団に追われている」
「それは大変。たきな、内容聞いてる?」
「はい。一通りは……千束さん、あの紙袋は……?」
たきなは鎮座している紙袋を指差した。割と中身がぎっしりと詰まっているのか、紙袋は綺麗な直方体の形を保って立っている。それを見て千束は「あぁ」と思い出したようで。
「それ、おすすめの作品! 任務終わったら持って帰って! あと見たら感想ちょうだい!」
中身は千束がたきなのために厳選に厳選を重ねた映画のBlu-rayだ。ある程度は絞り込んだが、それでも20本くらいの数はある。かなり内容としては濃いだろう。
「んで、透奈は? どこいったの透奈は?」
店内のどこを見渡しても、千束の頼れる元相棒にしてリコリコ支部頭脳担当が見当たらなかった。
「透奈はミズキと一緒に逃走ルートを確保している。合流は作戦終了後だ」
「透奈は兎も角、ミズキは珍しいね」
「報酬前払い、相場の3倍だ」
「道理で」
現金なミズキらしい、と思いながら千束は準備を進める。
「危機的状況でなりふり構っていられないのだろう。敵は5から10、プロ寄りのアマ、ライフル装備だ。気をつけなさい」
「了解! たきな、行こ!」
「はい」
日本有数のウィザード級ハッカー、ウォールナットの国外逃亡幇助の任務が開始された。
▼
たきなは駅弁を食べる千束に逃走経路の説明をしていた。だが……。
「──概要は以上です。羽田でゲートを潜ってからはミズキさんと透奈さんに交代して……千束さん、聞いてますか?」
煮卵を頬張る目の前の彼女がまともに話を聞いてるとは思えなかった。
ごくんと飲み込み、口元をウェットテッシュで拭いてから千束は口を開き。
「聞いてるよ。にしても、依頼人は凄腕のハッカーなんだよね? どんな人かな?」
「分かりませんね。何も知らされていませんし、プライバシーという事で口止めされているんでしょうか」
「かもね〜。やっぱハッカーだから眼鏡で小柄で痩せてる猫背の男かな〜……キーボードを凄い勢いでカタカタ、ターンッて感じの」
「……ステレオタイプなイメージですね。映画の見過ぎですよ」
そう言って、たきなはバッグから何かを取り出した。
「ん? なにそれ?」
「お弁当です。透奈さんから。2つテーブルの上に置いてあったんですけど、知らなかったんですか?」
千束は知る由もなかったが、午前5時に呼び出された透奈は2人のためにお弁当を作っていた。長い任務になる事は知っていたため、なるべく栄養価の高く、それでいてバランスも損なわないように考えられていたメニューだった。あと、これから失敗する任務に対する謝罪の気持ちも添えられている。
だがその千束分のお弁当は、千束が置いてしまった紙袋の影になってしまって見えなかったのだ。
恐らく、机の上に寂しく鎮座しているお弁当をミカが冷蔵庫に入れているだろう。タッパーに詰め替えて。
仕事以外で殆ど料理を作らないため、半ば都市伝説のようになっている彼の料理を食べれなかったこと。
折角作ってくれたお弁当を置いてきてしまった罪悪感。
そして最後に駅弁が美味しかったことを思い出して。
「……え、駅弁はこういう時じゃないと食べれないから……」
変なダメージを受ける千束を尻目に、たきなはお弁当を一口食べて。
「透奈さん、料理も上手なんですね。すごく美味しいです」
「追い討ちしないでよ!?」
たきなは千束を容赦なく死体蹴りした。
お世辞ではなく、とても美味しい。バランスも何もかも考えられていて、理想的な食事を体現していた。傷みやすい食材や
「透奈のお弁当……! 置いてきちゃってごめん……!」
透奈さんじゃなくてお弁当に謝るんですね、とは流石にたきなも言わなかった。余計収集がつかなくなることが容易に想像できたからだ。触らぬ千束に祟りなし、というヤツだ。
「大丈夫ですよ。きっと店長が冷蔵庫で保管してくれています。多分タッパーに詰め替えられていますけど」
「お弁当はお弁当箱で食べるから意味があるんだよ!」
遠くでミカがくしゃみをしている後が聞こえたのは、きっと2人の気のせいだろう。
「それにしても、透奈さんは料理も美味しいんですね。あの人って何か苦手なものとかあるんですか?」
「辛い物とか苦手だし、炭酸も飲めないし。あとはなんだろ……銃は私より下手ってだけだし……あんまないね。教えれば割となんでもできると思うよ?」
「辛い物と炭酸が苦手って……なんだか意外ですね」
苦手や不得手という単語からはかけ離れた位置にいそうな人であったが、案外そうでもないのかもしれない。まるで子供みたいな苦手なものだった。
「だよねだよね! あの『毎日3食花を食んでます』、みたいな顔してるのに可愛い所あるなーって思ってたんだ!」
花を食むのは極端だが、確かに透奈が毎食紅茶とマドレーヌを嗜んでいても疑問に思わなかっただろう。優雅なあの人らしい、なんて思って納得してしまうような気さえしてしまった。
ふと周りを見ると、親子連れや制服姿の学生が疎にいる。何処かに遊びに行くのだろうか。
たきな自身は自分を不幸だと思った事はないが、それでも少しばかり学生というものに興味はある。高等教育の知識は身につけているが、学校というものは別に学ぶためだけの場ではない。そういった学問以外の事に興味がないと言えば嘘になる。
いつか、自分も行ける日が来るのだろうか。
駅のアナウンスが、下車予定駅の名前を呼んだ。
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一方、透奈は駐車中の車の中で着ぐるみを着て、その中で本を読んでいた。
『落ち着いているな、君』
ウォールナットの声が指向性スピーカーから響く。確かにこれから千束達と合流し、カーチェイスが繰り広げられるのに……呑気に本を読んでいる彼は落ち着いている。バイタルだって正常数値から外れていないだろう。
「これから予定通りに撃たれに行くのに……そういうことかい。ウォールナット」
『あぁ、君の各データは驚くほど正常値だ。その眼にも心にも、曇りは全く見当たらない。慣れなのかい?』
「分からないな。でも、僕はどんな時もクリアホワイトだった。人を傷つける時も、人に傷つけられる時も。自分も他人も心の底ではどうでもいいって思ってるんだよ。これから殺す相手に同情しない、これから死ぬ自分にも同情しない……環境がどうのってわけじゃなくて、生まれた時から
『冷酷だな。他人に対してそう思える奴はいるが、自分には嘘をつけない。お前は本当に自分のことすらも代替可能なパーツとして見做している』
ウォールナットは彼に言語化しにくい異常性を感じていた。冷たく、暖かく、柔らかく、硬く、鋭く、鈍く。相反する概念が矛盾も崩壊もせず内在し、それでいて全体の印象は優しげに統一されている。
彼が言っていた通り、これでは先天的な──────。
「代替できないものなんてない。どんな関係にも、どんな才能にもスペアがある。本当に唯一無二なものなんてどこにもない。仮に僕がここで今死んでもすぐにスペアが出てくる。君の代理人として、僕が死を演じるのと同じように」
『そう言われると痛いな……おや、そろそろ時間じゃないのか』
時計を見ると、千束とたきなが下車する時刻を少しばかり過ぎていた。
それを見て彼は本を閉じてブレザーのポケットに入れ、着ぐるみに腕を通す。相変わらず動きにくく、温度と湿度で更に不快になる。
──────2度と着ぐるみなんて着ない、と彼は決意を新たにした。
『では、コールサインまで待機だ』
「了解……そういえば、君はウィリアム・ギブスンを読むかい?」
『読まないが……どうかしたか?』
「いや、凄腕のハッカーだからどうかなと思って。気にしないで」
▼
千束とたきなは指定の駅で降車し、街を歩いていた。たきなは迷いなく、千束は辺りをキョロキョロと見渡しながら。クリアリング……にしては動きが露骨すぎる。恐らく単純に目的地が分かっていないのだろう。
「それで、そのハッカーさんを連れてどうやって羽田まで行くの?」
「ほんっとに何も聞いてないじゃないですか……」
「あはは〜……ごめんごめん。もう一回だけ、聞かせて!」
呆れを多く孕んだ視線を千束に投げかけると、千束は手を合わせて頭を下げた。その後、「はあ」と呆れ半分疲れ半分のため息を吐いて。
「店長が駐車場に車を用意してくれています」
「えぇ! マジ!? はいはいはい! 千束が運転しまーす!」
「私が運転します」
主に事故りそうだから、という理由で。こんな破天荒な人にハンドルを任せると命が幾つあっても足りなさそうだ。
「んぇ〜、何でよぉ、たきな運転できんのかよぉ」
「できなきゃリコリスになれないでしょ……」
軽口を叩き合いながら、2人は向かう。千束とたきなの間にあった壁はもう殆ど機能を無くしており、今ではもう対等なバディになっている。
その代わり、千束に対する尊敬も急下落しているが。
「あそこですね」
たきなは立ち止まり、進行方向へ視線を投げる。その場所は何の変哲もないただの駐車場であった。
千束はその方向に視線を向けて、『どの車かな〜』と物色して……。
「お?」
それを発見して目を驚愕で見開いた。
目を引く真紅のカラー、流線形のボディライン。住宅街に似つかわしくない、異彩を放つ車はまさに速度の機能美。乗用車では敵わない圧倒的な最高速度を叩き出す事ができるそれは……。
「スーパーカーじゃん! すっげー! え!? これ運転できるの!?」
「目立ちますね……」
千束はそのヒロイックな車に興奮し、たきなは目立ちすぎると少し頭が痛くなった。
千束のテンションは振り切れており、凄まじい勢いで運転欲が高まっていく。
「ねぇたきな、やっぱりこの車私が……」
運転したい。そう言い切る前に遮ったのは異音だった。これもまた住宅街に似つかわしくない音であり、それに伴う振動で地面が僅かに揺れている。
そして、その正体は……車であった。
「ぅえ?」
大胆に公園の敷地内から飛び出し、車道に現れた車は紛れもない乗用車。街中でも溶け込める特徴のない車は、見事なドライビングテクニックで千束とたきなの前で停車し、後部ドアを開け放った。
『ウォール』
「──ナット」
コールサインが完了する。前半部分は着ぐるみからの機械音声、後半はたきなの口から。
『早く乗れ。追手が来ている』
「え、今のコールサインだったの!? カッコ悪! てかスーパーカーは!?」
「早く乗ってください」
どう考えても千束が正しい側の意見の筈だが、この場においては少数派だった。
怪文書のお時間です。
ミカさん、本当に好きなんですよね。7話から一気に好きになって、13話で一番好きなキャラになりました。因みに二番目に好きなキャラは真島さんです。男しかいねえ。
ミカさんは愛する娘と愛した男の間で揺れて、娘の未来を選んだわけですけど、そこに第3の選択肢である息子こと透奈くんがいたらどうなるんでしょうね。
1人の側に着くということは、2人を捨てるという事。全員助かるハッピーエンドなんてものはどこにも無くて、現実にはビターエンドしかない。運命の三叉路の先にはたった1人しかいなくて、残り2人は殺すしかない。そんな残酷な選択を、ミカさんは果たしてできるのでしょうか。
愛する男、愛する男との娘、娘と同じように愛情込めて育てた息子。そのうち2人を殺さなきゃいけないんですよ。きっと悩んで悩んで、死にそうになるくらい悩んで、自分は死んでいいからどうかって神に縋るんです。
それを見てしまった透奈くんはきっと、選択肢を減らすんです。そのためには何ができますか? そう、自殺です。自分を助けられる道を自分で消すのです。ミカさんに自分を切り捨てさせる悲しみを背負わせたくない、という一心で自殺をするんです。
『親不孝者と笑ってください。だけど、泣きながら僕を切り捨てる貴方を見たくなかったのです。貴方にはいつでも優しい笑顔を浮かべてほしい。貴方の息子で在れたこと、至上の幸せでした。貴方の息子で、本当によかったです。だから、どうか。貴方も幸せであってください。お体に気をつけて。どうか、お元気で』
感謝の言葉を綴るたびに思い出と共に涙が溢れて何度も遺書を駄目にしながら、それでも貰った幸せに、その幸せを作ってくれたミカに言葉を送るんです。最初に、母の日に送った手紙とカーネーションと同じように。あの時もこんな感じで書くたびに感謝と涙が溢れてたなぁ、と思って。あの人の前ではずっと子供だった事を知るんです。それを心の底から幸せと感じて、何度生まれ変わってもあの人の子供になりたいと思って死ぬんです。
んで、その遺書を見てミカも覚悟を決めるってわけ。美しいね。恋愛感情もいいけど家族愛でしか摂取できない栄養素だってある。その後、喫茶リコリコの至る所に透奈の写真が飾られるんです。日常の写真や不意打ちシャッターだったり、本当に色んな側面の写真が飾られるんです。
それで、『この写真の人、どんな方なんですか』って新規のお客さんに聞かれたらこう答えるんですよ。
『可愛いだろう。目に入れても痛くない自慢の息子だ』って。
生きている間にもう一度お前を抱っこしてやりたかった、という後悔をミカはずっと抱えて生きていくんです。彼の幸せと思い出が詰まった喫茶リコリコと共に。
死んでもなお思い出に傷跡を残すなんて……かー!見んね霧子!卑しか男ばい!
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