夕暮れの彼岸花   作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

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 シクラメンの花言葉は遠慮、内気、はにかみ。

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Cyclamen

 

 ウォールナットが運転している車の中に乗り込んだ2人。千束はあの赤いスーパーカーに未練を募っていた。

 

「なんで守られる側が颯爽と車で現れるの〜……あぁ、スーパーカー……」

 

 最もである。守られる側は普通なら大人しくしておくべきだが、そもそも作戦として着ぐるみのウォールナットは最後に射殺されることが確定しているため……そもそも千束やたきなに明かされていない裏の部分も含めて、作戦内容自体が普通ではないのだ。

 

 内容が普通でないなら、守られる側にも常識は通用しない。そんな、当たり前の話であった。

 

「目立つし、こっちの方がいいですよ」

 

 たきなは思ったよりも適応していた。先入観があまりない上に、事前に大まかなシナリオを話されているのだ。

 

『予定と違ってすまない。ウォールナットだ』

「はい、千束ですぅー。彼女はたきな」

 

 スーパーカーを見て目を輝かせていたあの頃は何処へやら。テンションはタダ下がりであり、いつも元気にする自己紹介をとても雑に、一行で終わらせてしまった。

 

 だけど、すぐに切り替えて。

 

「なんか、イメージしてたハッカーさんとは違いますねー」

『底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも? だとしたら映画の見過ぎだ』

「だとしても着ぐるみはないでしょ」

 

 至極当然な意見である。何なら、その着ぐるみの中にいる透奈もそう思っている。着ぐるみはおかしい、と。だがその意見は『作戦』の一言で押し退けられてしまった。

 

『ハッカーは顔を隠した方が長生きできるってだけさ。JKの殺し屋の方が異常だよ、リコリス』

 

 その通りだ、と透奈は肯定した。彼自身、このリコリス……ひいてはDAやCOの尖兵として未成年の少年少女を使っている事実に思う所はある。

 

 社会の、国の闇を見続ける機関や人物は必要だ。それは彼も否定しない。この世は理想論や綺麗事だけで廻るような場所ではないのだ。

 

 だが、何も、その役目を少年少女にやらせる必要はないはずだ。次の世代を笑って生きる子供たちを、暗殺の道具として使い捨てるなんて……そんな真似は間違っていると断言できる。

 

 しかも、そんな少年少女が守っているのが世界一の治安というハリボテなのが……あぁ、心底気に食わない。

 

 だが、彼がそう叫んでも……リコリスでもリリベルでもない、個人に対する処刑装置である彼には発言権も人権も剥奪されている。なにを言っても、ただ虚しく闇に吼えているだけ。

 

 何度も変えようとして、変えられなかった世界の不条理だ。

 

「クマのハッカーよりは合理的ですよ」

「たきな、イヌだよ」

『リスだ』

 

 透奈は『ウォールナットだからリスなんだ。安直だね』と着ぐるみの中で声に出さず思った。

 

 たきなや千束もリスだと言われた着ぐるみを訝しげに見て……『いやリスじゃないだろ』と思ったのか思案顔だ。だが、ウォールナット……胡桃からの連想でリスに行きつけば一応納得していた。

 

『どう合理的なんだ?』

「つまり、日本で一番警戒されない姿だって事ですよ、これ」

『JKの制服は都会の迷彩服というわけか』

 

 確かに、制服を着た高校生の少女がそのバッグの中に銃と弾丸を隠し持っているとは考えられないだろう。警戒もされずターゲットに近づき、人知れず危険を排除する殺し屋にして掃除屋……反吐が出るほど合理的だ。

 

 生き方は生まれに規定されたりしない。生き方は自分の心が赴くままに決めればいい。血統も才能も環境も関係ない。やりたいと思ったこと、したいと思ったことをやればいい。そこを縛る権利は誰にも……それこそ神にすらない。

 

 だから、疑問に思ってほしい。常に問い続けてほしい。自分と世界の在り方を。

 

 透奈が仄暗い考えに及んでいる間に、すでに別の話題にすり替わっていて。

 

「この大きいの、なんです?」

 

 助手席に鎮座している鞄を指してたきなは問うた。形的にはジュラルミンケースが近いだろうか。だが、鉄板のようなものが全体を覆っており、明らかに補強されていることが見て取れる。

 

 この装甲を一撃で貫こうとすれば対物ライフルが必要なのではないかと思うほどだ。拳銃の口径では、マガジンを撃ち尽くしたとしても穴を開けられるか怪しいだろう。

 

 たかが荷物ごときにそこまで厳重にする必要はあまりない。その荷物に余程大切で代替できないものが入っている場合や……()()()()()()()()()()()()()()

 

『僕の全て。国外逃亡にも、身軽な方がいいだろう?』

「いや、あんたの姿が身軽じゃないですけどね」

 

 ご尤もです、と透奈は着ぐるみの中で思う。

 

 ハンドルも握り難い、アクセルもブレーキも踏みづらい。視界も悪く、音も聞こえづらい。そして暑いし、湿度も篭りやすい。既に彼は発汗していて、長めの前髪が額に張り付いて酷く邪魔だ。もう2度と着ぐるみは着ないと、改めてそう思った。

 

 同時に、こんなものを着てパフォーマンス等をしているテーマパークのキャストを心の底から尊敬した。

 

「でもいいなぁー。私も海外行ってみたい」

『一緒に行くかい?』

「私達、戸籍がないからパスポート取れないんですよ」

 

 何でもないことのように、そう言った。戸籍がないこと、パスポートがないこと。それは孤児だからであり、社会で彼女達というエージェントを運用するには戸籍なんてものは邪魔でしかないからだ。

 

 その上、リコリスに海外任務はない。基本的に国内の危険因子を排斥するための存在だからだ。海外にまで及ぶ任務を斡旋する組織となると、同門だとCO率いるリリベルや影武者部隊の花葵だろうか。

 

「あ、でも透奈は海外行ったことあるよ。COの作戦に呼び出されて。確か3年くらい前だったかな〜?」

「透奈さんが?」

 

 たきなが意外そうに聞いた。確かにリコリスではなく、現地協力者であるため千束達よりは融通は効くかもしれないが……それでも彼を使う理由が分からなかった。

 

 ファーストリリベルでも解決できない、個としての暴力を求められる何かがあったのだろうか。そうでもなければ、形式上はDAに帰属している彼なんてCOは使いたくないだろう。

 

「そそ。パスポートないけど特例で。お土産のラデュレのマカロン、美味しかったな〜」

『フランスか。あと、透奈とは誰かな』

「私達の現地協力者です。現在は逃走ルート確保の為、別働隊として動いています」

「そうそう! あと……私だけの、執行官なんだ。透奈は」

 

 千束の声音は暗かった。そして、それを聞いてウォールナットはそれ以上の追求を止めた。あんな底冷えするような声を聞いて首をつっこめる度胸は持ってないのだ。

 

「来てませんね」

 

 たきなはそう言って、きょろきょろと辺りを見る。怪しいものはない。周りには車も疎でとても静かだった。嫌なほど。

 

「そうねー。追手が来てる様子はないけど……このまま羽田へ?」

「いえ、車を変えるように言われています」

 

 そう言ってたきなは後部座席から身を乗り出し、運転しているウォールナットにスマホのマップ画面を見せる。

 

「ウォールナットさん、ここへ向かってください」

『分かった』

 

 画面を見て、短く返す。右車線にあるインターチェンジの方へ向かおうとハンドルを傾けるが──車は直進を続けた。

 

「あれ、高速乗るのでは?」

『どうした?』

「いやそれはこっちのセリフだけど……」

 

 ぞくり、と嫌な予感がウォールナットと透奈の背筋を襲う。着ぐるみがハンドルやアクセルから手を離しても車は直進を続けている。しかも、速度をなお上げて。

 

 これは──────。

 

『……車を乗っ取られたか……』

「うぇえぇ!? ちょっとちょっと!?」

 

 車のシステムに侵入された。恐らく内部のどんな操作も受け付けないだろう。目立たないために乗用車を使ったのが仇となった。防弾とスモークは施されているが、対電子戦用のチューニングまではされていないのだ。スマートフォンを普通に使えているのがその証拠で、ここは電子的には無防備であり……それを相手は突いてきた。

 

 こんな事になるなら目立つのは覚悟で要人警護専用のベンツがリムジンでも引っ張って来ればよかったと、透奈は後悔した。

 

「どこ向かってるの……!?」

『加速している。このまま海に突っ込むつもりだ』

 

 ノイズ混じりのカーナビを見てウォールナットは判断する。先にあるのは海で、恐らくこの車を棺桶に見立てて水葬するつもりだと。

 

 カーナビの画面が、コミカルなロボットに侵食された。

 

「回線の切断を……!」

『いや、制御を取り戻してもすぐにロボ太に上書きされるだろう』

 

 ロボットだからロボ太。ハッカーには安直なネーミングセンスを持つ人間しかいないのだろうか。

 

「えぇー!? じゃあどうすれば……!?」

『こちらの作業完了と同時に、ネットを物理的に切れればいいんだが……』

「えぇ、ルータどこよ?」

『知らん。僕の車じゃない』

 

 随分投げやりだが、知らないものは知らないのだ。そもそも車の中に自分から侵入用のドアを設置するわけがない。

 

 だから、恐らく車外の何処か。可能性として考えられるのは────。

 

「千束さん、あれ」

 

 そう言ってたきなが指したのは車の後ろで付かず離れずを徹底しているドローンだった。あれを足掛かりにハッキングを仕掛けているのだろう。

 

「あぁ、あいつか」

 

 千束もそれを見て、渋い顔をした。この距離、この速さ、相手の速度……普通に考えたらまず銃弾なんて当たらない。難易度が高すぎる。

 

 ウォールナットは制御を取り戻すためにカウンターハックを試みる。ウィザード級という称号は伊達でなく、見る見る内に制御を取り戻すために必要なパーツが揃い──────。

 

『あとはあのドローンを破壊するだけだ。頼めるか』

「いやあ、アレは自身ないよ。そっちはたきなに」

「わかりました」

 

 千束、たきな両名が射撃の準備を開始する。遊底(スライド)を引き、安全装置(セーフティ)を外し────完了する。

 

「ハッカーさん、いつでも行けるよー! カウントお願い!」

『了解。カウント』

 

 車内が張り詰めた空気で満ちる。ここから先はミスが許されない。

 

3(Three)

 

 千束が窓に照準を向け、発砲。砕け散る窓ガラスと破壊音。少女一人が外に身を乗り出せるほどの風穴が空いた。

 

2(Two)

 

 射撃が完了した千束とたきながスイッチ。その身を外に晒し、飛翔するドローンへ銃口を向ける。

 

1(One)

 

 車のタイヤが段差に引っ掛かり、その車体が跳ね上がった。宙を舞う鋼鉄の塊の中で、たきなだけは冷静にドローンを見ていた。

 

『GO』

 

 体勢は不安定かつ空中、相手は空中浮遊する物体、距離もある程度離れている。

 圧倒的に不利な条件の、その中で。

 

「────!」

 

 その程度か、と言わんばかりに発砲。3発の銃弾が発射された。

 それらは全て吸い込まれるようにドローンに命中(ヒット)。鉛玉を叩き込まれたことによりドローンは破壊され、それと同時に車体の制御権がドライバーに戻る。

 

『衝撃に備えろ』

 

 空中で回転していた車体が地面に着地。それを確認するまでもなく、透奈は全力でハンドルを切りながらブレーキを踏み込んだ。

 作動するアンチロック・ブレーキ・システム(ABS)と揺れる車体。

 

 その果ては──────。

 

『……なんとか無事だ。そちらは?』

「私もたきなも無事~……」

 

 全員、何とか無事であった。車はぎりぎり海に落ちない程度に停止したが、左車輪が地面に着いていない。少しでもバランスが傾けば海に真っ逆さまだろう。

 

「うぇ、これどうしよ……皆、せーので降りる?」

『……いや、体格の関係上私が降りた瞬間に車体が傾くはずだ。止めておこう』

「じゃあどうするんですか?」

 

 透奈はウォールナットにアイコンタクトを送る。着ぐるみのため伝わるか不安だったが。

 

『……こちらに案がある』

 

 伝わった。透奈は『ちゃんと話を合わせてくださいね』と思いながらドアを開けて。

 

 右半身を車外に曝け出す。右手で開け放ったドア上の上側を持ち……()()()()()()()()()()()()()()。それにより車体が若干ひしゃげるが、ドアの下部20cm程がアンカーのようにコンクリートに突き刺さった。海側に傾いていた車が平衡状態になる。

 

『車体はこちらで支える。スーツケースを頼む』

「おぉう、馬鹿力……ハッカーってこんな肉体派なの?」

『ある程度鍛えておかないと、いざという時に動けないのさ』

 

 千束が車外に脱出。それによりまた車体が傾くが、車内に残っている左足で車を内部から踏みつける事で強引に平衡にする。その余りの非常識さに瞠目したたきなが慌ててスーツケースを持ち、車外に脱出。

 

 それを確認した透奈は支えるのを止めて車外に出る。透奈の暴力により半壊した車は海に落ち、大きな波紋と水飛沫を上げて海底へと沈んでいった。

 

「ハッカーって凄いんですね……」

「たきな、多分コイツがおかしいだけ」

『確かにここまでなのは少数派だろうな』

 

 なんとか上手くいったが、綱渡りすぎて着ぐるみの中の透奈は冷や汗を流していた。一歩でも間違えれば全員海の中で水死体になっていたのだ。彼は暫く車に乗りたくなくなった。

 

「ん……あ、あれ。敵か」

 

 千束の視線の先には白のワゴンを囲んでいる人影がいて、此方を見下ろしている。どう考えても友好的ではなく、銃も確認できる。あの人物達が追撃者(チェイサー)だろう。

 

 千束達が無事に切り抜けたのを確認して……車に乗り込み、走っていった。恐らくもう一度襲われるだろう。

 

『とりあえず場所を変えよう。ここは危険だ』

 

 ウォールナットの提案に、2人は頷いた。

 





 千束、好きだ。結婚してくれ。

 18歳になってリコリスを満了した千束に、もう銃を持たなくていい、人を傷つける道具を持たなくていいって伝えるんですよ。それに千束は喜ぶのかはわかりません。リコリスの仕事に、人を守るあの仕事に誇りを持っていましたから。もうあの赤い制服に袖と通さないと考えると少し寂しい気がしますが、新しい人生のスタートと思っていつも通り明るく行くんでしょうね。

 大学に通って青春を楽しんだり、友達と恋バナをしたり。その過程でいつも千束の隣にいる透奈の話になるんですよ。恋人なのか、付き合っているのか、彼氏なのか、みたいな。そこで初めて千束が彼を異性として意識するのもよし、もっと前……リコリスとして活動していたときから意識していても美味しいですね。

 そんな千束に、未来ができた彼女に、「ごめん。僕、もうすぐ死ぬんだ」って言ってほしいですね。きっと素晴らしい顔をしてくれると思うのです。

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