夕暮れの彼岸花   作:女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

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 菊の花言葉は誠実、真実

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Chrysanthemum morifolium

 作戦失敗から数時間後、たきなと千束は派遣された緊急車両に乗っていた。2人の間に会話はない。たきなは外を眺めながらこの作戦が成功するif(もしも)を考え……千束は着ぐるみに包まれた遺体を見ながら発散しようがない悲しみを噛み締めていた。

 

 自分の信条がウォールナットを殺してしまったのだろうか、と千束は思う。死人がでない方法はなかったのだろうか。あの場でもっと早く手当てを済ませていればウォールナットを止められていたのではないか。いや、もっと前……たきなが来る前に待ち伏せしている敵を倒せれば──────。

 

 また失敗したと、たきなは後悔する。自分が先行していれば、クリアリングしていれば……もっとウォールナットに気を配って、動きを止められていればこんな事にはならなかったはずだ。今回の失敗も、自分が未熟だったからと──────。

 

「……すみません」

「たきなの所為じゃないよ」

 

 たきなの謝罪に千束は即座にフォローする。

 そう。今回は誰のせいでもない。強いて言うならば、一度無策に顔を出して死にかけたのにも関わらず二度目をやったウォールナットが愚かだっただけだ。

 

 だが、実はそこまでが作戦であり。

 

『そろそろ頃合いじゃないか』

「え?」

「へっ?」

 

 死んだはずのウォールナットの機械音声が響いて、千束の隣に鎮座していた着ぐるみが動き出す。そうして血塗れの体がもぞもぞと動き、頭部のパーツを慎重に外すと、そこにいたのは──────。

 

「…………」

 

 何とも言えないアンニュイな表情の白峰透奈だった。

 

 指揮官側の作戦は間違いなく成功した。透奈も見事にハッカーを演じ切り、敵の目も味方の目も欺いた。

 だけど、その作戦は2人の心情を考慮していないため、この場で正体をバラすのは酷く億劫だった。

 

 そのままの流れで他のパーツも脱ぎ捨ていつもの仕事服に戻ったら、丁度たきなが再起動した。とても驚いた顔をして透奈を見つめている。

 

「えっ……と……透奈、さんですよね……?」

「まあ……そうだね……ごめん」

 

 透奈はとても申し訳なさそうに顔を背けた。こんな純粋な少女を騙してしまったのかと思うと、途轍もないほど良心が痛んでしまう。

 

 さて、あと1人にも謝らなければ……そう思って千束に視線を送って、その瞬間後悔した。

 

 彼女はほぼ半泣きだった。そして、とても悲しんでいて……怒っている。

 

「透奈」

「……うん」

「方針、分かってるよね?」

「『命大事に』」

「なら、なんで?」

 

 イノセントなルベライトと狂気に魅入られそうな深い星空が交錯する。千束も透奈も、互いに目を背けない。真っ直ぐ相手を見つめている。

 

「……言い訳はしない。最終的に実行したのは僕だ。僕は2人の心より、ウォールナットの命を優先した」

「ふーん……これ考えたのは透奈なの?」

「いや、私とミズキだ。透奈は寧ろ最後まで反対していたよ。だから、あまり責めないでやってくれ」

 

 運転席から救急隊員……に変装したミカが顔を覗かせた。

 

「え、先生!?」

「そうそう。まあ今回に関してはアタシらとウォールナットが黒幕よ」

「ミズキも!?」

 

 この緊急車両に搭乗している人間が身内で固められていたことに千束とたきなは瞠目していた。

 だけど、その驚きもすぐに潜めて、また透奈を見た。

 

「……透奈」

「罵倒も全部、甘んじて受け入れるよ。それが僕が頷いた代償だ」

 

 最後まで反対していようが、頷いた時点で肯定なのだ。そして、己は実行者。作戦を実際に、その場で遂行した。その罪はこの場の誰よりも重い。

 

 だからこの場で撃たれても文句は言えない──────そう思っていた彼を襲ったのは随分小さな衝撃だった。

 

 千束は透奈に抱きついたのだ。それに少し驚いた顔をしながらも直ぐに優しい笑みを浮かべ、透奈はそっと千束の背に手を回した。

 

 千束の鼻腔を、彼の香り……ホワイトリリーの優しい香りが擽る。何度も触れてきた、彼の香りだった。

 

「怪我は?」

「ないよ。千束は?」

「ない。てか、見てたでしょ?」

「万が一があるんだよ。千束が怪我をするのは嫌だ」

 

 その言葉に千束は顔を綻ばせた。彼が自分を思ってくれている事を喜び……そう思える事自体にも嬉しくなる。でも、少しだけ意地悪したくなって。

 

「ふーん、じゃあ私が悲しむのは嫌じゃないんだ?」

「勿論嫌だけど……あぁ、今日はもう説得力なんてないよね。でも……」

「分かってるよ。透奈が考えてくれている事は、ちゃんとね。でも相談してくれてもよかったんじゃないのかなぁ〜?」

「千束は嘘をつかないから何処かでボロが出そうって」

「え〜!? そんな事ないって〜!」

「僕はそれを美徳だと思うよ。嘘吐きよりはずっと良い。千束のそういう所は好きだよ」

「……そ、そうかな……? まあ、透奈がそう言うなら……」

 

 チョロい。たきなはそう思った。

 一瞬で絆されている彼女が本当に最強……あそこであんな動きを見せていた少女なのかと疑わしくなる。

 そして彼は彼で誑し込んでいるのかと疑わしくなるが……あの人はあの人で、そういう仄暗い部分はなさそうだ。つまりは素でアレを言っている。

 

「おいガキンチョ共、イチャついてんじゃねーぞおい。アタシへの当てつけか?」

「イチャついてなんかないですぅ〜! 私と透奈を僻まないで貰ってくれる相手を見つけな〜?」

「作戦も終わったばかりなんですから喧嘩しないでくださいよ……そろそろ出てきてもいいんじゃないですか? ウォールナット」

「そうだな」

 

 千束とたきなが……着ぐるみよりも重要そうに守らされたキャリーケースから声が響いた。2人とも「え?」と思い荷物に目を向けると、厳重にロックされた口が開かれており……。

 

「そこまで怒るとは思わなかった。白峰透奈を囮に使ったことは謝罪する。すまなかった」

 

 中から出てきたのは小学生で通用しそうな少女だった。

 

「改めて、君たちが守ってくれたウォールナットだ」

 

 

 ▼

 

 

 

 作戦が終了し、ネタばらしも終えて、喫茶リコリコに全員戻ってきた。

 

 千束の機嫌は悪かった。座敷の座布団に座り、カウンターにいる透奈から顔を背けて……「私、怒っています!」と全身で訴えていた。

 透奈はそんな千束をどう宥めようかとあれこれ探しているが、良い手は見つかっていないようだ。

 

 そんな2人を見て、ミカは苦笑した。あの頃に比べて成長したかと思えば、そうでない子どもっぽい部分もあって……こういう喧嘩はいつ以来かと懐かしくなる。

 

 早く仲直りのきっかけが見つかってほしいものだ、と思いながらお茶菓子を手際よく作り……隣の透奈はコーヒーをドリップしていた。

 

「ああなった千束は頑固だぞ」

「嫌って位分かってます……今回、悪いのは僕ですからね。何とか機嫌を直してもらえるように頑張ります」

「そうか……あぁ、そういえば」

 

 ミカは忘れていたことを思い出した。

 これによって仲直りが遠のきそうだが、伝えないわけにはいかないのだ。

 

「? なんですか?」

「お前が作った弁当だが、千束は忘れていったぞ。中身はタッパーに入れかえて、容器は洗っておいた」

「……わかりました。いつもありがとうございます」

「気にするな。私と透奈は家族だからな」

「……はい」

 

 透奈はとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

 お茶菓子もコーヒーも完成し、今回の功労者……千束とたきなに持っていく。

 

「いい加減、機嫌を直したらどうだ?」

「やっぱり事前に教えてくれてもよかったんじゃないですか?」

「アンタ、芝居下手じゃん」

 

 ミカとミズキがお茶菓子とコーヒーで千束を宥めに行っているのを見て、透奈は少し申し訳なさを感じる。あの役目は自分がやるべきだったのに、と。

 

 だが、そんな感情はおくびにも出さず。いつも通りの微笑を携えて、たきなにお茶菓子とコーヒーを持っていった。

 

「はい、お茶菓子とコーヒー。今回は騙すような真似をしてごめんね。埋め合わせはちゃんとするよ」

「いえ……作戦なら、仕方ないです」

「作戦でも、だよ。これからも一緒に仕事をするたきなを欺いたんだ。謝罪と埋め合わせくらいはさせてほしいな」

 

 律儀な人だなと思った。だが、謝罪はすでに貰っていて、埋め合わせといってもしてもらいたいことは特に……あ、一つだけあった。

 

「じゃあ、またお弁当作ってください。すごく美味しかったので。あ、勿論負担にならない範囲で大丈夫ですから」

 

 たきなの言葉に透奈は微笑みながら。

 

「勿論。欲しいときは言ってね」

 

 唄うように、彼はそう言った。

 

 その後、彼はたきなから視線を外し若干ヒートアップしている千束とミズキの言い合いに目を遣った。そんな彼に釣られて、たきなもまた彼方に目を向ける。

 

「だからアンタには自然なリアクションして貰う必要があったんだよ────ほら、こんな風に」

 

 そう言ってミズキが見せたのは、任務失敗で若干情けない顔になっている千束とたきなの写真であり……それを取り上げようと千束はミズキと格闘していた。

 

「ふふっ」

 

 それがなんとも可笑しくて、たきなから自然に笑みが零れた。何もかもがDA本部では考えられなかった非日常であり、今では日常の象徴になったもの。それに居心地の良さを感じている。自分も絆されているな、と改めて実感する。

 

 そこまで考えてからふとカウンターを見ると、いつの間にか視線をたきなに移していた透奈がいて……とても優しい笑顔を浮かべていた。多分、自分が笑う瞬間を見られた。そう考えるとなぜか恥ずかしくなって顔を背けてしまい……。

 

「やっぱり、たきなは笑っていた方が素敵だよ」

「……知りませんっ」

 

 ……本当に、この人は。よくこんな歯の浮くような言葉が出てくるものだ。聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。たきなの心情を知らず、彼は変わらず微笑みかけている。吸い込まれそうな瞳と、蠱惑的な笑みだった。

 

 そんな彼を見ていると何かが駄目になるような気がして、なにか別の話題はないかと模索する。任務のこと、喫茶店のこと、彼のこと……は駄目だ。あとは……あぁ。

 

 ずっと言わなければならないことがあった。今回の任務で限界を明確に感じた……ここのルール。それを問わなければならない。

 

「……やっぱり『命大事に』って方針、無理がありませんか?」

 

 たきなは少し赤くなった頬を隠すように、話を変えた。

 

 そして、その声は先ほどまで赤面していた少女から発せられたとは思えないほど冷たく、よく通る声だった。たきなの正面にいた透奈だけでなく座敷の方にいるミカ達も耳を傾けている。

 

「脱出時、ツーマンセルを徹底していれば今回のような事は起きなかったと思います」

「だけど、それをされるとアタシ達が困った。ウォールナットは市ヶ谷にも目を付けられている。偽装死が一番だ」

「目の前で人が死ぬのを放っておけないよ」

 

 とても当たり前なことのように千束は言った。だが、それはあくまで千束視点の話。DAで戦ってきたたきなにとっては、それは異常そのものであった。

 

「私達リコリスは殺人が許可されています! 敵の心配なんてっ」

「あの人達も今回敵だっただけだよ。誰も死ななかったなら、それで良かったんだ」

 

 これがリコリコの方針だ。勿論、こんな甘い考えが通用する社会ではない。だが、それでも。命は大事だと叫ぶ少女は間違っていないのだ。

 

「そういう話じゃ、ないと思います……!」

 

 更に言葉を続けようとするたきな。どう見ても納得がいってない様で、その顔は不満そうだった。

 

「こら。2人ともやめなさい。千束も、たきなも」

「むむっ」

「……」

「私達も騙す様な作戦を立ててすまなかった」

「僕からももう一度謝るよ。2人ともごめんね」

 

 そうやって謝る2人を見ると熱くなった脳がクールダウンしていく。まるで癇癪を起こした子どもみたいだったと、たきなは少し情けなく思った。

 

「……いえ。こちらこそ、熱くなってしまいました」

「仕方ないよ。側から見れば非合理的甚だしいからね」

「あ、透奈! 埋め合わせしてよね! 私を悲しませた罪は重いぞぅ!」

「分かってるよ」

 

 

 ▼

 

 

 波乱もあったものの、千束とたきなが機嫌を直した事により何とか収まりがついた。

 

 千束は今、たきなについて行っている。恐らく座敷用の座布団を取りにいったのだろう。

 

 そして、そこには。

 

「何かいたよー!?」

 

 店の裏側から千束の声が響く。

 見たのだろう。市ヶ谷に目を付けられたウィザード級ハッカー、ウォールナットが座敷童のように居座っているのを。

 

 透奈は騒がしい裏側から意識を外し、来店したお客様を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ」

「あぁ、ありがとう。透奈くん」

 

 上等なスーツに身を包む、とても身なりが整っている男性……たきなが、一番最初に接客した方だ。

 

「最近、よく来てくれるな」

「キミのコーヒーは美味しいからね」

 

 旧知の仲らしい2人の間に流れる空気は何処となく、とろりとしたものを多く含んでおり──────透奈はこの空気を察知すると即座に裏に捌ける。

 2人きりで話したい事、積もる話もあるだろうという透奈なりの気遣いだった。

 

 だが、今回は少し捌けるのが遅れてしまった様で。

 

「ミカ──────ここで千束ちゃんや透奈くんと、どんな仕事をしているんだい?」





 千束〜!大事な人の手足がもがれた時の悲痛な表情見せてくれ〜!

 たきなに惚気てうざがられてくれ。でもその幸せな表情を見て「仕方ないな」って感じて大人しく2人の生活を聞くんだ。嬉しかったこと、楽しかったこと、デートがどうのとか、リコリスとして働いていた時では考えられなかった話題を沢山出すんだ。

 寿命も気にしなくよくなって、透奈くんの憂いも全部なくなって幸せ絶頂期。同棲も始めて、本だらけの部屋で生活する彼に苦笑いを浮かべる千束が見える見える。

 人生でやりたい事リストがいつの間にか2人でやりたいリストに置き換わっていく過程、素晴らしくないですか?そのリストを見てミカは多分泣きます。娘が息子に貰われて幸せの絶頂期を更新し続けているんですよ。息子と娘って字面やばいな。

 そうしてやりたい事リストの中に、20歳になったら透奈とお酒を飲むってのが書かれてるんですよね。妄想ですが。

 んで、それを叶えるためにリコリコを一夜だけのバーみたいにして、従業員全員で千束にサプライズをするんですよ。勿論、千束透奈家からのエスコート役は透奈です。最愛の人の記念日ですから、死ぬほど気合入れています。

 それから誕生日会開始。ミカも透奈も泣きながら祝うんです。特に千束に対する付き合いが長くて思い入れがある2人ですからね。
それで、誕生日会の終盤で透奈は財布から大事そうに紙切れ一枚を取り出すんです。取り出したのは10歳の時にくれた「千束フリーパス券」、所謂何でもやる券の千束版ですね。それを見てミカは懐かしんで、自分も持ってると言って見せるんですよ。んで、それを千束は顔真っ赤にしながら取り返そうとするはず。可愛いね。

 20歳まで生きられなかった筈の自分がこんな幸せでいられる事に感謝して、一瞬を噛み締めるんです。マジで千束いい子すぎる。こんな子を曇らせたくねぇな。幸せになってくれ。

 だけど幸せは長く続かない。透奈くんの抹殺命令が出されるからね。

 『あの才能マジでやばいからぶっ殺した方がいいよお前ら。日本普通に火の海に変えれるし、その技術手放してないからやるつもりじゃね?』って感じの情報流されて、DAとCOの連合軍が組まれて容赦なく殺しに行くんですよ。

 それを察知した透奈は千束に告げるんです。「DAを裏切る」って。それを聞いた千束は「え」とか「は」とか言って視線を左右に動かすんだ。

 「冗談……だよ、ね」って懇願混じりで聞いても透奈は首を横に振るんだ。それに足元が崩れ去るような衝撃を受けて、千束は暫く何も喋れないと思う。でも千束は強い子だから、覚悟を決めるんだ。『DAを裏切る』ってのは自分を戦いから遠ざける為の嘘だってのもちゃんと気づいてる。えらい。

 最後まで一緒にいたいっていう千束の願いを透奈は踏み躙るんですよね。過去に千束がくれた「千束フリーパス券」を使って。

 透奈はそれを千束に握らせて、「生きて」って言うんだ。多分その時の絶望は計り知れないと思うんだ。今、この時にそれを使うのかと叫びたくなって。どんな願いを持ってるか知ってる上でそれを望むのかと。

 一緒に来いって言ってほしかった、背中は任せると言ってほしかった。透奈の相棒はそんなことすら任せられないほど弱くなったのかって……でもそんな自分をとても悲しそうに見下ろす透奈に何も言えなくなるんだ。

 んで、透奈くんぶっ殺作戦当日。千束はやけに広くなった部屋で、透奈が使っていたベッドに寝転びながら今までの写真を見返しているんだ。
何故見送ってしまったのかと自問自答して、その度に死にたくなって……千束フリーパス券と透奈が脳にちらついてほしいですね。

 そこで、千束さんの後悔が零れるんです。時を同じくして、射殺寸前の透奈のくんも同じ後悔をポツリと言うはず。

「もう一度、君と水族館に行きたかった」

 って。いやー美しい愛ですね。その愛した人、散々痛めつけられた挙句死体も暴虐の限りを尽くされているんですけどね。

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