東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
2000UA突破!
本当にありがとうございます!
今回は交流戦を控えた拓海たちやスピードスターズに焦点を当てた話になります。
バトルはまだまだお預けです。
まだもうちょっとだけ続くんじゃよ。
リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。
翌日、群馬県渋川市のとある商店街。
この日は授業が早く終わったため拓海とイツキは2人でゆっくりと歩きながら帰っていた。
そして差し迫りつつある期末テストの話題を早々に終えて、この前に秋名の峠で遭遇した出来事についての話題に切り替わる。
イツキ「なぁなぁ拓海ぃ!この前のアレ、覚えてるだろ?」
拓海「アレって……この前峠に行った時の事か……」
特にウキウキであったのはイツキだ。
自分の憧れた走り屋の先輩にその走り屋たちの世界に連れて行ってもらい、峠で横乗りまでさせて貰ったかと思えばその直後、群馬の走り屋では知らぬ者はいないという赤城レッドサンズが、さらにその次には見たことも無い美少女揃いの謎の走り屋集団のチーム・ファンタジアが立て続けに襲来。
話し合いの結果、来週土曜の夜にギャラリーを大勢集めて交流会をスピードスターズとレッドサンズとファンタジアの3チーム合同で開催する事が決まった。
さらに池谷先輩からあわや峠の駐車場に置き去りにされそうになったかと思えば、今度はその美少女走り屋チームのメンバーから下のバス停まで送り届けるまでだが横乗りのお誘いときたものであるから、その時点で既にイツキは心の中で感動の涙を流していたのであった。
結局あのあとスケートリンク前ストレート直前のコーナーで気絶してしまったイツキはバス停ではなく、そのすぐ側にある麓の24時間営業のコンビニまで連れて行って貰い、時間にして数分ほどではあるものの元気になるまで鈴仙が介抱してくれたという役得な経験をしていた。
お詫びにコンソメ味のポテチとペットボトルのスポーツ飲料まで奢ってもらったのだから帰ってからしばらくは「我が世の春ですよー」と言わんばかりの有頂天っぷりであり夜も眠れないほどだった。
その一方で拓海はというと、特に感慨にふける様なこともなくいつも通りにぼけっと過ごしていた……という訳ではない。
拓海も拓海でヤマメのFDに乗って駆け下りた時の不思議な感覚をいまだに抱えてそれについて考え込むことが多くなっていた。
拓海はこれまで他人の運転する車でダウンヒルを体験したことはほぼ無い。
これまで何度か父の運転するハチロクで秋名の道を走った時以来の事だった。
そんな折にひょんなことから乗ることになった2台の走り屋の車。
一方はお粗末すぎてまるでお話にならない、やたらと滑ってばかりでガタガタ揺れる上にちっとも前に進まない下手くそ過ぎるシルビア。
もう一方はその前者のシルビアを含めて何台もごぼう抜きにして、しかも自分と同じような走り方(ドリフト)を駆使する、めちゃくちゃ上手いFDと呼ばれた空でも飛びそうな羽をつけた派手な車。
奇しくもこの2台の対比が拓海の中での『走り』というものに対する意識を変えるきっかけになろうとしていた。
先述の2台のうち、前者の車はいつどこにすっ飛んで行くか分からずただ怖いだけだったが、後者の車は初対面の他人が乗るよく知らない車であるにも関わらず何故か、どういう訳だか少し心の中で楽しいと感じてしまった自分がいた事に気がついてしまったのだ。
これまで拓海にとって車とは、ただ豆腐の配達のためだけに存在するのみで楽しいなどという感情を抱いた事はなかった。
むしろどこか辛いこと、面倒くさいものという感覚すらあった。
その筈なのに……である。
拓海はあの日に起きたその不思議な体験に対して、未だに心の整理というのがついていなかったのだ。
イツキ「土曜日の夜……拓海ん家のハチロク借りられないか?今度の交流会、俺たちもギャラリーに行こうぜ!あの赤城最速レッドサンズの高橋兄弟の走りだって見れるしぃ……何よりファンタジアのあの子たちともう一度会えるんだぜ!くぅ〜〜〜!今から楽しみで楽しみでたまんないぜ!……拓海ぃ、お前だって覚えてるんだろ?あの走り屋の女の子の横乗りした時の……あ、でも池谷先輩のS13でギャーギャー騒いでたくらいだからなぁ……俺でもキツかったあの子たちの隣じゃあもしかして失神とかしちゃったり……?」
拓海「いや、そんなことねぇよ。……むしろ先輩の車よりも乗り心地良かったし、全然気持ち悪くならなかったっていうか……」
むしろ失神していたのはイツキの方なのだがその辺のことは綺麗さっぱり棚に上げている。
思い出しただけで口元が綻び、すぐに調子付いて言わなくてもいいことまで口を滑らせてしまう典型的なお調子者のイツキに対し、拓海の返答は案外そっけないものであった。
イツキ「またまた強がっちゃってさぁ!別にいいんだぞ拓海ぃ!俺とお前の仲なんだからさ!」
拓海「いや、マジでなんともなかったって。あの子の運転、すげぇ上手かったしさ。……やっぱりそういう感じ、お前に言ってもきっと分かってくれねぇよ」
イツキ「はぁ……?何言ってんだよ、また……」
池谷先輩の隣でげっそりしていた拓海とのやりとりでも似たようなことがあったと思い少しむくれた表情をするイツキ。
ただしそれもすぐに引っ込めて本来の話題へと回帰する。
イツキ「で、どうなんだ?お前も行くだろ?今度の土曜日!……お前ん家のハチロク、出せそうなのか?」
拓海「いや、まぁ……行くことに関しちゃ別にいいんだけど、あの車は親父のだし……勝手に持ち出せないんだ。一度聞いてみねぇと分かんねぇよ」
イツキ「それじゃあ、帰ったらすぐ聞いて電話してくれよ?約束だかんな」
拓海はヤマメとの出会いを経て少しだけ、ほんの少しだけ走りに対する興味や関心が湧いてきたという自覚はあるために友人であるイツキからの誘いであることを考えても、拓海としても観戦に行くことに対して特に否はなかった。
普段からお世話になっている職場の先輩の晴れ舞台であるし、もしかしたら自分を乗せて下まで送り届けてくれた彼女がタイムアタックとやらに出走するかもしれないなんていうことを考えているうちに、拓海自身も先輩や彼女の応援くらいなら行ってもいいかと考えるようになっていたのだ。
イツキ「そうだ拓海。今日は早く終わったし、バイト行く前にちょっとそこのゲーセンでセガラリーやってこうぜ!」
イツキに誘われるままにゲーセンへと入る拓海。
行きつけとも言えるほどの頻度で通い詰めている2人からすれば、このゲーセン特有のガヤガヤとした騒がしさにも既に慣れたもので、2人は迷うことなくセガラリーの筐体へと足を運ぶ。
この時間帯は人も少なくスイスイと歩を進める。
筐体の少し手前、他のゲーム機の死角となる曲がり角で偶然同じ学校の生徒と鉢合わせとなってしまい、お互い少しギョッとするも、軽く会釈するのみですれ違う。
たどりついた拓海とイツキが目にしたのは直前までプレイヤーがいたであろう無人のセガラリーと、そこに表示されていた走り終えた後のリザルト画面だった。
車種はランチアデルタ。
今までさほど車に対して熱心に興味を向けては来なかった拓海であっても、このセガラリーを通して名前と見た目くらいなら知っている数少ない外国車の中の一台だった。
タイムはそれなりにやりこんでいる拓海から見てもかなり良い。
もしかしてさっきの生徒なのかと思い一度拓海は振り返るも、当然もうそこには誰もいなかった。
● ● ● ●
それから約1時間後。
ところ変わり、市内のガソリンスタンドではさっそく拓海とイツキの2人が池谷たちと共に働いていた。
とは言え、この時間帯はここのスタンドに立ち寄る車はそう多くは無いため、誰もいなければ必然的に彼らの雑談時間と化してしまう。
イツキ「先輩先輩。今度の土曜日、タイムアタックがどうとか言ってましたよね?やっぱり先輩がチームを代表して走るんですか?」
自らの愛車であるS13のタイヤを見つめて何かを考え込んでいた池谷に、イツキが声をかける。
池谷「あぁ、当然だ。リーダー名乗ってんのに肝心な時にチーム背負って走れないんじゃあ、走り屋失格だろ。レッドサンズ戦での下りは俺が、上りは健二が、ファンタジア戦での下りは滋が、上りは四郎が担当することにしたよ。一応助っ人も探していたりはするんだけどな。目星も付いてるし……。そうなったらその助っ人にレッドサンズ戦の下りを任せて俺は上りを走る。そうなった場合、健二はファンタジア戦の下りの担当にするって、もう決めてあるんだ」
イツキ「助っ人……?今の秋名に先輩たち以上に速い走り屋なんかいるんすか?そんなのに頼らなくたって、きっと先輩が本気出したら大丈夫っすよ!」
池谷「ありがとう、イツキ。でも俺たちは今のままじゃダメなんだ。今回の交流戦、正直言ってかなり厳しい戦いになる。だからこうやってタイヤやブレーキのチューンをして少しでもタイムを稼ごうと努力はしてるんだけどな……。それだけやっても俺たちの不利は変わらないんだ。助っ人を連れてこようってのも藁にもすがる思いでやってるんだよ……。アイツら、1人の例外もなくめちゃくちゃ上手いんだ。今までのやり方で走ってたんじゃ絶対に勝てない。初日に散々やられまくったおかげで、目覚めたんだよ……現実に」
いつになく神妙な面持ちの池谷に対して、流石のイツキも何も言えなくなってしまう。
自分の憧れの走り屋チームである秋名スピードスターズが数日後の交流戦を前にして相当追い込まれている事が、イツキにも分かるほどにその言葉の一つ一つから滲み出ていたからだった。
その池谷の見つめる先にあるシルビアの足は、確かに以前のものとは違った装いをしていた。
タイヤは国産トップレベルのドライグリップを誇る高額な国産スポーツタイヤのダンロップフォーミュラに、ブレーキパッドは高橋啓介の使用しているブランドと同じエンドレスになっている。
どちらも近所の店舗に運良く在庫があったため即断即決で購入を決めたのだ。
普段は安物のアジアンタイヤや中古タイヤに純正ブレーキでやりくりしている中で、前々から考えていたとは言え新品の国産ハイグリップの導入に有名ブランドのスポーツブレーキパッドの装着はかなり財布に堪えたはずである。
今日は仕事が終われば1日タイヤの慣らしとブレーキのあたり付けのために、ハードに走りこむことはせず地味な練習に終始するとの事だった。
それをした上でなお助っ人に頼らざるを得ないとなると、彼らの立たされているその苦境の程というのは想像するだけでも恐ろしいものがあった。
そんな時だった。
一台のスポーツカーがスタンドに入って来たのが彼らの目に止まる。
それはリアフェンダーにレッドサンズのステッカーを貼り付けた、純正色塗装のハイマウントリアスポイラーを装備した目立つ黄色のFD3S型RX-7……高橋啓介だった。
高橋啓介は給油装置の真横に車を付けると窓を開けた。
ハイオク満タンの注文だけすると、スタンドの奥に止めてあるS13に視線を飛ばした。
啓介「スピードスターズのリーダーが働いてるガソスタってのはここだったか。……いきなりで悪いが、秋名山のバカっ速いハチロクについて聞きてぇ。話の出どころはここの店長だって昨日お前んところのメンバーから話を聞いてな。ガソリン注ぐついでに寄ってみたって訳だ。出来ればそいつに直接繋ぎを取りてぇ」
池谷「いや、そうは言われましても、困りますよお客さん。そんな眉唾みたいな話……」
啓介「眉唾なんかじゃねぇよ。……俺は確かに見たんだ。俺とファンタジアのセリカとのバトルに乱入して来て、俺らをまとめてブチ抜きやがったハチロクを!」
池谷「え……」
啓介「何とぼけてんだ、あんだけヤバい車を地元が知らねぇ筈がねぇ。パッと見ただのハチロクでも、ありゃあ中身はカリッカリにチューンされたバケモンだぜ」
池谷「何を言ってるんだ……」
啓介「何だよ……あくまでバックレるつもりか。お前以外のメンバーにも黙って……秘密兵器のつもりだかなんだか知らねぇが、そっちがその気ならこっちも望むところだ。もしかしたら昨日話した他のメンバーからお前も話聞いてるかと思ったら、ここにまで伝わってねぇみたいだからな……例のハチロクへの伝言をお前にも伝えとく。……本番当日に秋名山で待つ。もう一度俺と戦え!一度目の負けは俺の油断とコースへの熟練度の差だが、次はねぇってな!俺は絶対に諦めねぇ!同じ相手に二度は負けねぇ!……きちんと伝えとけよ。あのお化けみてぇなパンダトレノにな!」
高橋啓介のその言葉に池谷は驚きのあまりに口を詰まらせる。
しかしその当人はその伝言だけ伝えると窓を閉めてとっとと出ていってしまった。
その場には呆気に取られた池谷たちだけが取り残された。
池谷(パンダトレノ……今パンダトレノって言ったのか?それに高橋啓介とそれとタメ張るレベルのファンタジアのセリカが負けたぁ……!?マジで知らないぞそんなハチロク……いや、まさか拓海の家の豆腐屋にあった車は間違いなくパンダトレノだった。店長が話していたそのハチロクのドライバーは豆腐屋の親父だって……まさか拓海の親父、マジで伝説の走り屋だってのかぁ!?)
心のどこかで半ば眉唾扱いしていた話が、高橋啓介自身が「バトル中に乱入されて負けた」と言った事で現実味を帯びてきた。
店長の話していた、かつて秋名最速の伝説を打ち立てた走り屋、豆腐屋のハチロク。
この人が出て来てくれれば、もしかしたら秋名の走り屋が下に見られる事もなくなるんじゃないか……。
そう考えずにはいられなかった。
池谷(今日の朝は本人が強く否定してたし、俺だって半分眉唾だと思ってたからはぐらかされて厚揚げだけ買って引き返しちまったが、明日また出直そう。その時にしっかり話通して出てもらえる様に説得してみるんだ!)
● ● ● ●
翌日、藤原豆腐店。
池谷「ごめんください!」
池谷が店に入るとそこには仏頂面の中年男性がいた。
池谷の後輩である拓海の父、藤原文太だった。
文太「あんたか、今日はなんだ?」
池谷「厚揚げください!……美味しいですよ、ここの厚揚げは」
文太「そうかい。……あいよ」
文太がビニール袋に入れた厚揚げを手渡すと、池谷が本題を切り出した。
池谷「あの、あなたが秋名最速って噂のハチロクですよね?昨日も言いましたけど、ある人からお話を伺って……」
文太「昨日も言っただろう。人違いだ」
池谷「いえ、この辺でハチロクのパンダトレノに乗ってる豆腐屋の親父さんは貴方だけですよ」
文太「はぁ……。で、なんの用だ(あのバカ、余計なことを若い奴に吹き込みやがって……。面倒なことになっちまったじゃねぇか……。まさかこんなのが土曜まで続くなんて勘弁してくれよ……)」
文太がようやく話だけを聞く気になったので、池谷はポツポツと事情を話し始める。
この前の土曜日に赤城最速のレッドサンズと県外レディースのチームファンタジアが来て来週土曜の夜8時から12時まで大規模な交流会を開くことになったこと。
相手側の2チームとの実力が隔絶しすぎていて地元なのにまるで勝負にならないこと。
ギャラリーが大勢いる中で全戦全敗はなんとしてでも避けたいこと。
そのためにも自分の今までのドラテクをもう一度見つめ直したり、他所のチームの走り屋からきっかけ程度のアドバイスを貰ったり、予算の許す範囲でチューンをしたり、単純にチームで走り込みを行う時間を増やしたりなど、今出来る最大限の試行錯誤をしていても相当厳しい状況にあること。
そこで行われるタイムアタックバトルに出来れば高橋兄弟への対抗馬として出て欲しいこと。
それを一つずつ、順を追って話していく。
文太「……なるほどなぁ。県外の奴らはよく分からねぇが、そういや赤城の走り屋は俺が走ってた頃からやたらにレベルが高くて上手い奴らが多かったなぁ。……まぁ、あんたの気持ちは分からないでもねぇが、悪いが断らせて貰うぜ」
池谷「……何でですか?」
文太「そう言うのはお前ら若いもん同士でどうにかしなきゃいけねぇ問題だ。今更俺みてぇなオヤジが出張ったところで場違いってもんだろう。ガキの喧嘩に大人が首突っ込んでどうすんだ」
しかし池谷の説得も虚しく文太はそれを突っぱねてしまう。
ならばせめて走りはせずとも協力だけでもして貰おうと食い下がろうとする。
池谷「ならせめてアドバイスだけでも頂けませんか?秋名最速の伝説の走り屋と言われたあなたから助言を受けられれば、俺たちだけでもきっと……」
文太「悪いがそれも無理な話だ。他人から話聞いただけで解決するほどドラテクってのは甘くねぇ。誰かから教えて貰おうがその手の本を読もうが結局は受け手であるお前たちが自分の中にそれを落とし込んで自分だけのモノに出来なきゃ意味がねぇ。お前のドラテクはお前だけのもんだ。……そもそも、誰かの受け売りだけでどうにでもなる程度のものなら最初から俺もお前も苦労なんかしねぇよ。そしてその自分の中で自分だけのドラテクを作り上げるっつーのが一番大変なわけだ。そのためには寝る間も惜しんでそれこそ朝から晩までとことん考え抜いてとことん走り込まなきゃダメだ。余程の才能でもねぇ限り、走りってのは数日そこらで身につくもんじゃねぇ。少なくとも俺はそうだった。ましてや赤城や県外の強豪らしいチーム相手にやり合おうってんなら尚更だ」
池谷「…………」
文太「どうすれば車を思う通りに動かせるのか……そこを徹底して突き詰めるために俺が現役で走り屋してた頃はそれこそ夢の中でさえ秋名の山を走り込んで腕磨いてたぜ。文字通り寝ても覚めても飯食ってても何してても車、車、車……頭ん中は車のことばかりだ。……何か一つでも思いつくことがあれば夜中だろうが何だろうが家飛び出して峠に試しに行ってたさ。例えそれがどんだけ素っ頓狂でセオリーから外れた事でもな。それでも10個思いついたうちの9個はほぼ使い物になりゃあしねぇ……。ドラテクってのはそう言うもんだ。いくつもの失敗があって、何度も無駄足踏んで遠回りして、些細なことで何日も何日も悩んで、その繰り返しだ。残り1週間もねぇのに劇的に変わるなんて思わねぇ事だな」
文太がそこまで言い切ると、池谷は何も言えなくなってしまう。
その場に一瞬の静寂が訪れた。
文太「帰んな……力になれなくて悪かったな……」
池谷「俺は諦めませんよ藤原さん……また来ます。……俺は秋名の山に育ててもらった走り屋だから、何も知らないよその奴らに、俺たちだけならまだしも秋名の走り屋全体のレベルが低く見られるのがどうしても我慢ならないだけなんです。秋名にだって本当に腕の良い走り屋はいるんだって事を見せつけてやりたいだけなんです。……悔しいけど、それは俺には出来ない。……でも、貴方にならそれが出来る。あの赤城最速、高橋兄弟のFDをバトル相手のセリカごと纏めてぶっ千切って一度負かしてるんですから。……その高橋兄弟のFD乗りも、貴方との再戦を望んでいるんです」
それを最後に、池谷は愛車のシルビアに乗って走り去っていく。
文太は黙ってそれを見送ってから店に戻った。
文太(やれやれ、本当に俺じゃないんだけどな……。確か池谷だっけか……まぁ、悪い奴ではねぇんだろうな)
● ● ● ●
その日の夜、閉店間際のガソリンスタンドに一台の旧型トレノが入って来た。
店長の立花祐一は一目見るまでもなく文太の運転するハチロクであることを察していた。
文太「いつも通り、ハイオク満タンだ」
祐一「おいおい、もう閉店だぞ」
文太「良いじゃねぇか、堅っ苦しいこと言うなよ。せっかく来てやったってのによ……」
祐一「それにしても毎回毎回ハチロクの癖にハイオクたぁ生意気な奴だ……」
むすっとした顔でハチロクにハイオクを注いでいく祐一。
そこに文太が今日あった話を切り出し問い詰める。
文太「ところで、池谷とか言う若い奴に余計なこと吹き込んだの、オメェだろ。昨日今日と立て続けに来てて困ってんだよなぁ。赤城の走り屋とのバトルで助っ人に来いとかさぁ……」
祐一「さ、さぁ……何のことやら」
あからさまにギクリと肩を跳ねさせ動揺する祐一。
祐一は元々から嘘をつくのが下手な性格であったし、尚且つそれが旧知の仲である文太が相手であれば尚更だった。
文太「オメェ以外に誰がいるんだ馬鹿野郎。とにかく、俺は出るつもりはねぇからな。お前からもあいつに伝えとけ」
祐一「なんだ。出れば良いじゃないか。久しぶりに走ってみたらどうだ」
文太「あの池谷って奴にも言ったがな、俺はガキの喧嘩に首突っ込むつもりはねぇ。こっちまでガキみてぇで大人気ねぇだろ。なんとかしてやりてぇって気持ちもまぁ、ない訳じゃないがダメなもんはダメだ」
祐一「中身は今でもガキのくせに(本当は首突っ込みたくてウズウズしてるんだろうなコイツ)」
文太「うるせぇ」
祐一「まぁ、お前が出たくねぇのは分かった。昔から頑固で俺が何言ったところで曲がらないのも相変わらずだからな。……だが、ガキの喧嘩にお前が出るのを大人気ないと思うなら、ガキの方を出せば良いだろう」
文太「拓海に出ろってか」
祐一「そうだ。中1の頃から拓海に豆腐の配達させてたおかげで、今では相当な腕があるんだろう?」
文太「まぁな。今なら秋名の下りを走らせりゃあ誰にも負けない程度にはなってるかもな。……ま、俺には負けるがな」
祐一「またそうやってすぐに負けん気を出す……」
文太「ま、とにかくそう言うわけだ。……もうぼちぼち帰るとするか」
文太はそう言うと黙ってハチロクに乗り込み帰っていく。
遠ざかる4AGの音を聞きながら祐一もまた閉店の準備に戻るのだった。
その様子を、店舗の片隅にある給油装置の影から一匹のネズミが覗いていた。
暗がりから向けられる小さな2つの瞳に、誰も気付くことはなかった。
● ● ● ●
ところ変わって藤原豆腐店。
父がハチロクにガソリンを注いで帰って来たのを確認すると、拓海は土曜の夜にイツキから走り屋の交流会のギャラリーに、日曜日に茂木から海へのデートに誘われていたため、その日に車を使わせてもらえないかを目的をぼかした上で父の文太に尋ねていた。
拓海「なぁ、親父」
文太「なんだ?」
拓海「土曜日の夜と日曜日、車出していいか?」
文太「土曜日は良いが、日曜日はダメだ」
拓海「なんでだよ。豆腐の配達はきちんとやるからさぁ……」
文太「そう言う話じゃねぇんだ。日曜日はちょうど商工会の寄り合いがあるんだよ。それに行くのに車使うから日曜だけはダメだ」
最も肝心な日曜日に車を出せないと知って焦る拓海。
当日使えるかも分からないのに茂木の誘いにOKを出してしまった拓海が悪いのだが、それとこれとは話が別。
拓海としては当日車を出せないとなると全てが台無しになってしまうためにとにかくゴネるしか無かった。
拓海「どうしてもダメか?」
文太「ダメだ」
拓海「こうなったら当日無理やり持ってくからな」
文太「だからダメだっつってんだろ。もう車のキー首から下げとくか」
拓海「汚ねぇぞ親父!もう約束しちまったんだからどうしても車が必要なんだよ」
文太「汚ねぇのはどっちだ馬鹿。どうしてそんなに日曜日に拘るんだ?まさかデートの約束でもしたか?」
文太が何気なくはなったその一言に拓海がびくりと跳ねる。
文太(ははーん、さては図星だな?一丁前に色気付きやがって生意気な奴め)
ついさっき会ってきた友人の反応を思い出しながら文太は考える。
「日曜日に車使わせるのを条件に、土曜の交流会にコイツ行かせてみるのも面白いかも知れんな。走り屋と付き合いあるみたいだからどうせ土曜の夜に車借りるのもそれ絡みだろうし」と。
「赤城最速やら県外の女走り屋やらを配達帰りに千切ったのは確実に配達帰りのコイツだし、そんなにバトルがしたいならさせてやりゃいいか」と。
「池谷とやらに余計なこと言って迷惑被った事に対する補填も兼ねて日曜は祐一呼びつけて足にするついでに酒かタバコをたかるか」と。
文太「仕方がねぇ、そこまで言うなら日曜日も車を貸してやる」
拓海「本当かバカ親父!いいとこあるぜ!」
文太「バカは余計だバカ。……ただし条件がある」
拓海「……な、何すりゃ良いんだ?」
文太「一応確認しとくが、今度の土曜日に車借りるのは山の交流会絡みだな?」
拓海「あ、あぁ。……そうだけど」
山で交流会があることとイツキに誘われてギャラリーに行くことは黙っていたはずだけどと一瞬困惑し訝しむ拓海。
しかし拓海が固まっている間に文太は言葉を続けた。
それによって拓海の疑問も自然に氷解することとなる。
文太「昨日今日と立て続けに店に来た池谷とか言う奴が言っていた、その交流会のバトルにお前も出ろ。そして赤城最速とか吹かしてるガキをもう一度千切ってこい。向こうもそれがお望みみたいだしな」
拓海「なんだぁ、そりゃあ……」
文太「そうすりゃあ日曜日に車貸してやる。……しかもガソリン満タンのおまけ付きでだ」
拓海(ガソリン満タン……!)
走り屋相手にバトルして勝てというよく分からない条件が父の口から出て来た時は首を傾げそうになったが、直後のガソリン満タンというワードに心を突き動かされた。
こう言ってはなんだが、拓海は大病院を営む地域屈指の名家に数えられる高橋家や、八雲家にスカーレット家という権力者や名門の後ろ盾があるファンタジアの走り屋とは違うため、そこまで懐事情にゆとりのある人間ではない。
特別燃費のいい車とは言えないハチロクで毎日豆腐の配達をする以上それなりにお金はかかる。
それをバイトで穴埋めしている現状で拓海が自由に使えるお金はそう多くはなく、ある程度妥協した生活というのを余儀なくされていた。
しかしその懐を圧迫しているガソリン代を、一度だけとは言え満タンで父が出してくれると言うのはかなり魅力的な提案ではあった。
しかし多少の心境の変化はあったとは言え、拓海にとっては車の運転というのはそれほど楽しいことではなく、それを競ったり見せあったりする集まりに友人と観戦に行くならまだしも、出場して勝ってこいと言うのは実際に出来るかどうかというのは別として、拓海にとってはなかなかに精神的ハードルの高いことの様に思えた。
だがその一方で、走り慣れた道で以前一度追い越したかも知れないスポーツカーをもう一度追い抜くだけで、翌日の日曜に車を借りる権利とそこそこな金額になるガソリン満タンがセットになって付いてくると思えば、それはそれで魅力的であるかも知れないとも考えていた。
拓海「うーん……ちょっと考えさせてくれ。明日までには決めとくからさ」
文太「おう、いくらでも考えろ」
悩ましそうに頭を抱える拓海を見る文太の口元は、少しだけ楽しそうだった。
● ● ● ●
拓海「楽しい……のか?……車って」
早朝の配達に備えて寝るため、ベッドに寝そべる拓海。
1人考えるのは初めて走り屋という人たちと触れ合ったあの日の事だった。
消灯して暗闇の支配する部屋の中、彼の独り言に答える者はいなかった。
次回、レッドサンズとファンタジア側の動きを少しだけ書きます。
ちょっとだけ原作とは違って来た拓海くんの方も次回また絡みがあります。
その後は時間が少し飛んで交流戦前夜の話です。
今回は採用確定リクエストキャラがちらりと出て来ました。
今色々と補完する設定を練ったりどの部分を変えるのか変えないのか考えたりしていますので今しばらくお待ちください。
交流会本番のバトルパートは後少しだけ待ってください。
できるかどうかの保証は出来ませんが、可能であれば今年中にもう2話ほど更新したいなと思っています。
2022 / 12 / 19 19時28分 一部表現の訂正
2023 / 1 / 18 10時48分 一部表現の訂正