東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜   作:D-Ⅸ

12 / 42
予約投稿という機能を使って少し遊んでみました。
こちらはレッドサンズとファンタジア側の動向+αになります。

リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。


第10話 迫る交流戦、それぞれの動き(後編)

ハチロクに関する噂でレッドサンズとファンタジアが意見を交換したその日、赤城山の麓にある大きな一軒家。

表札には高橋の文字があった。

その邸宅の一室で髙橋涼介は帰宅するや否やひたすらデスクトップパソコンに向かいあっていた。

周囲にはカタカタというタイピングの音が響いている。

 

啓介「入るぜ、アニキ」

 

そこに弟の啓介が入ってきた。

涼介が話をしたいからと呼んでいたのだ。

 

涼介「啓介、お前が遭遇したという例のハチロクについて、もう一度詳しく話してくれないか?そのハチロクの速さについて、何か理論的に説明できることが一つだけでもあれば良いんだが……。そのハチロクの走りが、俺が今書いている論文のヒントになるかも知れないと思ってな」

 

啓介「いや、マジで勘弁してくれよアニキ……。俺はそういう事はからっきしで、さっぱり分からねぇんだよ。……俺はアニキとは違って相手の車のゼロ発進加速を見ただけでパワーをほぼドンピシャで言い当てられたり、何本か左右のコーナリングを見ただけで相手のドライバーの癖とか腕を見抜ける様な、魔法使いみたいな目は持ってねぇ。……俺は『人間シャシダイナモ』とか言われてる様なアニキほど、賢くねぇんだよ。俺に言わせりゃアニキだってあのハチロクとは別な意味でバケモンみたいだぜ」

 

涼介「いつも言っているだろう。……ドラテクで一番重要なのは頭だってな。俺からすれば、何も考えずに俺とタメ張れる速さで走れるお前の方がよっぽどだ。……俺の理論に啓介の才能が加われば理想的と言えるんだが。……まぁいい。今度の交流戦、ファンタジアの件もあるし俺も気合を入れていく必要があるな」

 

啓介「まさか、アニキも走るのか?」

 

涼介「それはまだ分からない。スピードスターズには二軍で十分対応可能だがファンタジアには全力で当たる必要があるのは確かだ。FCのセッティングはまた一から練り直す必要があるかも知れない(例のチームの中には明らかに今の啓介では手も足も出ない様な奴が、俺が直に走りを見れたやつだけカウントしても複数いた。相当な実力者揃いというのは間違いないらしい。それと本番で当たれば確実に俺たちの戦歴に黒星が付くな。今回か、また次の機会か……ぶつかる機会はそう遠くはないはずだ。……俺も今後のことを少し考えておくか。いずれにせよ、今後の計画の修正とシミュレーションの再構築は必要だな)」

 

ここ最近、高橋兄弟の前に立ち塞がる相手は手応えのない相手ばかりだった。

勝負というにはあまりにも生ぬるいものであったそれらをきっかけに、高橋兄弟は「誰と戦ったところで勝ちは目に見えているから」と、赤城でのバトルを封印してしまう始末だった。

 

しかしここに来て、2人を取り巻く環境はガラリと変わった。

突如として現れた圧倒的な速さの正体不明のハチロクと、例のレディース走り屋集団『チームファンタジア』の存在だった。

彼女たちはとある車好きの富豪が金を使って集めた全国女子選抜チームだと謳っていたが、涼介の目から見てもその実力は粒揃いと言ってよかった。

 

涼介「そう言えば、芳樹が面白いことを言っていたな。……どうやらファンタジアの参謀役の1人らしいインプレッサ乗りとその派閥の四駆乗りのメンバーがスピードスターズに肩入れしてる様だと。お互い不完全燃焼に終わったとは言え、お前と互角の走りをしていたらしいあのセリカの師匠ポジションの女との事だ。……まぁ、スピードスターズは現状だとあまりにも弱すぎて張り合いがないからな。ライバルを育てようという試みも悪くはないか。……後から聞いてみれば、その内容もなかなかに面白いものだったぞ。……今度啓介も話を聞いてみたらどうだ?もしかしたら何か為になる知識が得られるかもな」

 

啓介「んなもんどうでもいいよ別に……知識お化けはアニキ1人いればそれで十分だぜ。……そもそも、よその走り屋からのアドバイスなんか俺には必要ねぇだろ。一番やりそうなあの黒いFDの女走り屋だって、俺の前を走った事は一度もねぇ。少なくとも、今の群馬に俺とアニキ以上の走り屋なんかいないんだ。あのハチロクだって、今度は絶対に俺が勝つんだからな」

 

涼介「全く、そういうところさえ無ければな……」

 

啓介「何か言ったか?アニキ」

 

涼介「いや、なんでもないさ(……俺の読みでは、啓介が例のハチロク以外でも意識しているあの黒いFDも、啓介よりも遅いから前を走ったことがないのではなく自分の速さを偽って手の内を本番まで見せないためにあえてそうしているんだろう。全く抜け目がない奴だ……。とにかく、あのチームには警戒すべき相手が多すぎる)」

 

やはりある程度わかっていたことではあったものの、涼介は今の啓介の中に渦巻く慢心に不安を抱く。

啓介はここのところ敗北どころか苦戦すら経験していない。

向かうところ敵無し。常勝無敗。

それが現状での満足という成長への足かせに繋がってしまい、今のままでいいという停滞を招いている。

 

今回の交流戦を企画した理由も、レッドサンズと高橋兄弟の名を関東の峠にコースレコードとして刻みつける関東最速プロジェクトの達成以外にも、その過程で啓介に外部からの刺激を与えて成長を促し、自身を覆う殻を破って自分から巣立ってくれることを期待してのことだったのだが、それもこの調子では望み薄であった。

ハチロクに敗れたことでさえ、走り込みで乗り手も車も消耗していたこととハチロクという車種に対する油断があったこと、秋名の峠に対する経験値不足が主原因と考えていて、自身の技量不足という視点は残念ながら抜け落ちている。

 

涼介「……とにかく、そのハチロクに俺も興味が出てきた。いずれ後を追って分析する機会を作ってみたいもんだな」

 

涼介はそう言うと、再びパソコンに向き合い何かを打っていく。

そして、その機会と言うのは彼の思う通りにそう遠くないうちに、しかし彼の想像とは少し違う形で訪れる事となるのだった。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

翌朝。

ところ変わり、渋川市内にある某安アパート。

八雲家が外の世界に所有する会社の名義で買い取ったもので、簡単な改装や補修をしてファンタジアのメンバーが宿泊できる様にしていた。

ここは隣に小さな空き地を挟んで寂れた自動車修理工場が建っており、走り屋チームが拠点とするにはちょうど良い立地であった。

隣の工場は幻想郷のチューニングショップでありチームとは協力関係にある山河わぁくすの所有となっている。

間に挟まれる空き地も買い取り、生い茂っていた草を刈り取って簡単に地面を均して簡易駐車場としているため、かなり恵まれた環境での活動が可能であった。

群馬を活動拠点として採用した理由も、偶然見つけたこの場所の利便性を考慮してのことだった。

 

一時的な遠征とは言えターゲットとなる場所も多岐に渡り、(メンバーの一部が常に幻想郷にいる様にローテーションを組んでいる以上、そこまで極端な悪影響はないものの)かなりの長期間の滞在となる。

そのためある程度腰を据えて活動できるセーフハウスの様な場所が必要があった事もあり、ここまで大掛かりな準備を行うこととなってしまったが、これでもあの手この手で安く仕上げている方ではあった。

 

そんなアパートの一室では数人の幹部メンバーが朝から卓を囲んで話し合っていた。

各々の側にはお茶の入ったコップが、中央にはお茶菓子として外の世界のお菓子が積んであるため絵面だけを見れば女子会か何かの様に思えただろう。

しかし話す内容は至って真面目でお茶会と言うよりは密会とでも言うべきものであった。

 

藍「……既に聞いているものとは思うが、高橋兄弟以外に本番に向け注意すべき存在、秋名山に現れたと言う謎のハチロクに関してだ。まぁ、ちょっとしたイレギュラーという奴だ。……なぜあんな高橋涼介クラスの奴が事前の調査では引っかからなかったのかは気になるが、しかし幸いなことに正体については案外簡単に判明したんだろう?」

 

白蓮「えぇ、ナズーリンが近隣での情報収集目的で放った数匹の妖怪ネズミのうちの一匹が近場のガソリンスタンドで情報を拾ってきました。例のハチロクはこれまた近所の豆腐屋を営んでいる親子らしくて、聞くところによると息子も相当な腕だという話ですよ」

 

今回の密会で中心的な役割を果たしている八雲藍が問いかけると、その後に続いて白蓮が答えた。

思いのほか早くに有力情報が手に入ったのは良かったが、かと言ってこちらからの何らかの積極的なアクションを取るかどうかはこの段階では決めかねていた。

 

慧音「あぁ、親子のどちらかは分からないがはたてと高橋啓介を仕留めたほどだ。まだまだ未知数なところは多いが、相当な実力の持ち主だろう。それに可能性としては低いが、万が一という事もある。……もし本番でスピードスターズの助っ人として、高橋啓介ではなくこちらにぶつけられた場合を想定して、出走メンバーの人選は良く考えた方が良いかもしれないな」

 

藍「とは言え、何か対策を講じるとしても、ここにいる面々が相手の走りを見てない以上はどうにもな。目撃者の二人を信頼していないわけではないが、双方で意見が割れてしまった以上は証言だけでは判断材料として少し弱いか」

 

このハチロクに対してどういう立場をチームとして取るのか、今後を見据えてどうすべきかと言うところになるが、藍からすれば情報の出揃わない現状では慎重に、少なくとも大胆な動きは控えるべきだと考えていた。

既にスピードスターズのリーダーである池谷が件の豆腐屋に通っては父親の方をタイムアタックに参加する様に説得をしているらしく、本番にどちらかが姿を見せる可能性は高かった。

また、レッドサンズの高橋啓介もスピードスターズのメンバーにハチロクに対する再戦の申し込みを伝言という形で頼んでいるため、それが上手く伝わればなおさら近いうちに表舞台に出てくるのは確実視されていた。

であればわざわざこちらから何か積極的なアプローチを取る必要性は特に感じなかったのだ。

 

ちなみにこのハチロクの噂ははたての口からファンタジアのチーム内にも既にある程度は浸透していて、興味を持っている代表メンバーもちらほらと居た。

本人たちのやる気も加味して、当日の対ファンタジア戦でハチロクが出てきた場合の担当は彼女たちの中から選出する事にはなるだろうが、相手の手の内が分からないうちに先走って色々決めてしまうのは得策ではない。

いくらこの場に頭脳派の面々が集まっているとは言え、不明点や不確定要素が多い以上は現状取れる選択肢はそう多くは無かった。

 

白蓮「なら、当面の間は様子見という事で良いのかしらね」

 

藍「まぁ端的に言えばそういう事だな。他のチームの様にバトルを申し込んだりスカウトしたりと言った積極的な行動を起こすというのは控えた方が良いだろう。会って話すくらいならば良いかもしれないが。今回はあくまで正体が判明しただけであって、相手の手札まで暴いた訳ではない。安易なバトルは禁物だ。……もちろん、チームとしていずれは勝ちたい相手ではあるものの、しばらくは相手の情報を拾い続けることに注力し、ここぞという時まで待ちに徹するべきだと考える」

 

白蓮「他の2チームが積極的に例のハチロクに対して動いているのを尻目に一歩引いた立場から虎視眈々と機を伺う……積極性はありませんが、しかし手堅いやり方であるとも言えますね」

 

藍「そうだ。……もしスピードスターズが上手くそのハチロクを交流会に引き摺り出して、高橋啓介がそのハチロクとの再戦を果たしてくれれば、勝敗に関わらず様々な情報が一挙に手に入るだろう。対ハチロクにおいてはあえて先手はレッドサンズに譲り、こちらはその情報を元に策を練ってからバトルをする。これが一番確実だろう」

 

慧音「ふむ……要するに、両チームの動きを利用してハチロクの脅威度と動向を探ろうという腹か。高橋啓介とのバトルを見てハチロクの手の内を把握した後に対策を練るのなら、勝率はぐんと上がるな」

 

藍「あぁ、勝ちたいと思うのであればこそ、ある程度慎重を期してかかった方がいい。未知の相手であれば尚更だ」

 

慧音「多少の強硬策も許されるのなら、いくらでもやりようはあるんでしょうけど、私たちにそれは出来せんからね。……もちろん、私個人としてもそうした手段を問わないような勝ち方は望みません。であればこそ、慎重策を取り準備を重ねてからというのも悪くはないでしょう」

 

白蓮の言う通り、手段を問わずにやろうと思えばそのハチロクに勝つ事は現状でも理論上は可能ではあるだろうと考えられた。

しかしこのチームの結成に際して設けられたルールというか制約がある以上は、それに則ったやり方で戦う必要があったのだ。

 

「美しく戦うべし」というのはそのうちの一つである。

と言ってもこれは簡単な話で、相手を物理的に潰してでも勝とうとするなとか、マシンを故意的にクラッシュさせるなとか、バトル中に能力を使うなとか、イカサマや八百長はするなとかの最低限のスポーツマンシップやマナーの尊守を義務付ける様な内容で、要はある程度のフェアプレーを心がけよと言うことだった。

もちろん、相手の方がむしろ「そういう奴ら」であればその限りではないのだが。

 

彼女たちは皆、そのハチロクを地元の秋名から引き剥がして地の利を潰した上で、パワーのある上によく曲がる様な性能的に遥か格上の車に乗るメンバーが戦うか、あるいは藍のシビックRや慧音のGDBが戦うかすれば楽に勝てるだろうと言う確信があったが、そんな大人気ない勝ち方をしても結局意味がないと言う点もまた、彼女たちは各々共有していた。

 

例えばの話、例のローパワーNAと推測されるハチロクの走り屋を直線や高速セクション主体の富士スピードウェイにまで引き摺り出してきてハイパワーターボの車でぶっちぎって勝ったとして、それは本当の意味で勝ったと言えるだろうか。

この問いにプライドのある走り屋であれば誰しも否と答えるはずである。

峠なら峠で、首都高なら首都高で、サーキットならサーキットで。

バトルというのはあえて堂々と相手の土俵に上がり込んで持てる全てをぶつけて勝ってこそと言えた。

 

藍「……それにな、高橋啓介本人が強く再戦を望んでいるのに、肝心の本番でこちらが下手な横槍を入れるのも野暮な話だ。もっと言えば、レッドサンズに加えてこちらまでスピードスターズを放置して露骨にそのハチロクへの執着や対抗心を見せれば、最悪の場合はせっかくこの交流会に賛同してくれたスピードスターズの顔を潰す事にもなりかねない」

 

白蓮「確かに……他の参加2チームやギャラリーの興味関心や注目が、自分たちが招いたとは言えたった一人の助っ人に全て掻っ攫われて、自分たちは蚊帳の外という訳ですからね。きっと、内心面白くは思ってはいないかもしれません」

 

慧音「本番では、ある程度スピードスターズの顔も立ててやらねばならないのは、私としても納得のできる話だ。何せタイムアタックの前座にあたる隊列走行が、初日にいたメンバーを中心として早くから立案された経緯も殆どそのためと言っていい」

 

藍「そう言う事だ。……もちろん、私としても他のチームを当て馬がわりにして美味しいところだけを掻っ攫うなんて無粋な事はしないさ。利用する形となったレッドサンズにもスピードスターズにもそれに見合った利益や見返りが出る様に動くことも考えている」

 

慧音「なるほど、分かった。……だが、一応私としてはメンバーのうちの誰かを本人と接触させてみて一度探りを入れるのも、情報収集という点ではありだと考えているがどうだろう?……相手が豆腐屋なら、誰かに豆腐を買わせに行けばいいだろう。何も不自然なことはないはずだ。そのついで程度でもそのハチロクを近くで観察できる機会があれば儲け物だな」

 

白蓮「それなら、例え短い時間の接触でも、車やその操縦技術の秘密の様な深いところは分からずとも、外装のようなさらりと分かる程の簡単な仕様や、乗り手本人がどういう人物か程度なら多少把握する事は可能ですからね」

 

藍「そうだな。その程度であれば良いだろう」

 

慧音「なら後で私の方から一人見繕って、夕飯の買い出しにでも出しておこう」

 

藍「それと、一つだけいいか?」

 

白蓮「……?どうかしましたか?」

 

藍「豆腐屋に行くなら是非とも油揚げを買って来るように頼んで欲しい」

 

慧音「はぁ……分かった。それも伝えておくよ……。まぁ……一応こんな感じで以上かな」

 

最後に空気が弛緩したところで、ハチロクの件に関しての話題を一度切り上げる。

それからは先ほどとは打って変わって、外の世界の空気はどうだとか、ナンパが酷いだとかといった他愛のない会話が続いていく。

半刻もしないうちに茶菓子が無くなり、後片付けをして自然解散となった。

 

白蓮は隣接する工場でマシンのセッティングを行っている他のメンバー(どうやらシルビア組が足の減衰やアライメントを本番に向け各々調整しているらしい)の手伝いに、藍は慧音から協力の承諾を取った上でレッドサンズの髙橋涼介に『ある提案』を持ちかけるためにその場を離れ、そして慧音は目星をつけて居たあるメンバーに午後の買い出しの依頼をしたあと、寺子屋の仕事ともう一つの野暮用のために愛車のGDB-Fを他のメンバーに預けて一度スキマを通って幻想郷へと帰って行った。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

その日の午後、少し日の傾きだした頃の藤原豆腐店。

父が近場の店までちょっとした用事で自転車に乗って出掛けていて、店を留守にしている間の店番を任されていた拓海の前に予想外の来客が現れる事になる。

 

店に近づく特徴的な車の音に気がついた拓海は、読んでいた漫画を閉じて傍に置くと店の入り口に目を向ける。

なおも近づくそれは店の前に差し掛かると路肩に寄せて停車した。

拓海にとって見覚えのあるその黒いスポーツカーは確かにあの日の晩に見た、とある少女のものだった。

 

ヤマメ「ごめんくださーい!……って、あれ!?拓海くん!」

 

車から出てきたヤマメが店の戸を潜ると、中にいた拓海に驚き声をあげる。

慧音からこの店に豆腐を買いに行く様にお使いを頼まれただけのヤマメにとってもこの店に拓海がいる事は予想外だった。

しかしそれと同時に心の中で納得した。

店の看板と彼の姓が藤原姓である事から考えれば、それは当たり前のことではあった。

 

ヤマメ「君、この店の子だったんだ!?」

 

拓海「ま、まぁそうだけど。……ところで、ヤマメちゃん……で良かったよな?どうしてここに?」

 

ヤマメ「私はちょっとしたお使いかな?私たちのチームはこの近くの安アパートを丸々借りてそこに泊まってるんだけど、慧音……今日の夕食当番のメンバーから豆腐が足りないから買ってきてくれないかって頼まれちゃってさ、ここの豆腐店を指定されたんだけどまさか拓海くんの店だったなんてね(多分何か理由があって私をここに寄越したんだよね、慧音は。……豆腐の買い出しを口実に。店の隣にあるハチロク絡みかな?)」

 

ヤマメはここまで来た理由を拓海に話しながらも頭を回して考える。

わざわざここを指定してヤマメを送り込んだという事は慧音はここに拓海かその父がいることを事前に知っていた事は確実だった。

そしてはたてが話していたハチロクの話と、ここのガレージにある側面に藤原とうふ店と書かれたハチロク。

そして自分が横に乗せた時にドリフトさせてもまるで動じなかった藤原拓海の姿。

ヤマメの中でそれらのパズルのピースがカチリと嵌る。

そして「ある考え」に至ったのだった。

 

拓海「……そうだったんだ。それで……」

 

ヤマメ「あ、そうだったね。私たちってチームで泊まってるからかなりの大所帯でさ、買い出しに頼まれてた豆腐の量もそれなりに多いんだけど大丈夫かな?」

 

拓海「量にもよるかな。多分大丈夫だと思うけど」

 

ヤマメ「じゃあ今から言うからそれ用意してもらえる?……絹が8丁に木綿が5丁、油揚げと厚揚げが10枚ずつ、おからを300gね。……そうだ。豆腐を用意してもらってる間に外のハチロクちょっとだけ見てて良いかな?変に触ったりしないからさ。やっぱり車が趣味だから気になっちゃってね」

 

拓海「えっと……まぁ、大丈夫だと思うけど」

 

ヤマメ「ありがとう。拓海くん……あ、先にこれお代ね。大した時間はかけないから、すぐに戻るわ」

 

拓海が大丈夫だと伝えるや否や、ヤマメは出口に向かいガレージへと消えていった。

渡された金額は彼女が注文した分の代金ぴったりの額だった。

思いのほか頭の回転が速いらしい彼女にちょっとした驚きを感じながらも拓海は言われた通りの豆腐を用意していく。

それから数分ほど、ちょうど拓海が彼女の伝えた分量の商品をプラスチック容器にパック詰めしたり袋に入れたりし終えた頃にヤマメが戻ってくる。

 

ヤマメ「改めてありがとう、拓海くん。それじゃあ……」

 

拓海「……ちょっと、いいかな」

 

ヤマメ「ん?どうしたの?」

 

それなりの量となった豆腐をビニール袋に小分けにしてヤマメに手渡す。

一つ二つ渡すと彼女はそれを左腕に通してぶら下げて行く。

そんなに豆腐を腕からぶら下げて重くないのかと思ったが彼女の顔を見れば至って平気そうな顔をしていた。

 

そこで、拓海は少し気になっていた事を切り出した。

 

拓海「今度の土曜日、交流会ってのがあるんだったよな」

 

ヤマメ「……?そうだけど」

 

拓海「その……ヤマメちゃんもさ、走ったりするのかなって。……その日、友達に誘われてギャラリーに行く事になったから」

 

緊張からか顔を赤らめて話す拓海が、今度の土曜日に山に行く事を伝える。

 

ヤマメ「そうだよ。私は一応チームの代表メンバーって事になってるからさ、タイムアタックの方でも選ばれるかも。もちろんその前のフリー走行でも何本か走るつもりだけどね。……拓海くんが来てくれるなら、尚更頑張んなくちゃ」

 

拓海はもしかしたらスピードスターズの助っ人としてバトルに出るかも知れないとは言えなかったが、そんな事を知ってか知らずか、ヤマメは少しだけ嬉しそうに口元を緩めながらそう答えた。

 

荷物の量が量のため、拓海は一応出口まで見送りに出る。

ヤマメは油揚げや厚揚げの入ったビニール袋を右手で持ちながらも器用にFDのドアハンドルを引っ張って助手席のドアを開けるとそこにはクーラーボックスが二つ鎮座していた。

一つは座面の上に、もう一つはフロアに。

 

ヤマメは夏場に買い物をするとき、氷や保冷剤入りのクーラーボックスを隣に置いて買い物をしていた。

彼女の車には軽量化のためエアコンがついていないため、冬はともかく夏に食料品の買い物をするときはこうせざるを得ないのだ。

加熱済みの食品ならまだしも、生モノを保冷剤も無しに車内に置いておけば帰るまでの間に腐ってしまう。

 

そのクーラーボックスに慣れた手つきで豆腐と油揚げ、おからなどを詰めていき、詰め終わると蓋を閉じて金属製の留め金を左右ともパチンとはめる。

ふぅ、と一息つくと助手席のドアを閉めて拓海の方を振り返る。

 

ヤマメ「じゃあ、交流会当日の秋名山で待ってるわ。……私たちもギャラリーを退屈させない様に頑張るからね」

 

拓海「あぁ……。ところでさ、走るのって……楽しいのかな?」

 

ヤマメ「うん。……すっごく楽しいよ。拓海くんも、そういう場所に来ることがあるなら、きっと分かる日が来ると思う」

 

拓海からの問いかけに一瞬首を傾げそうになるが、率直に楽しいと答えるヤマメ。

拓海はどう返していいのか分からないまま、黙り込んでしまう。

ヤマメは運転席側に回ってドアを開けた。

 

ヤマメ「それじゃあまたね、拓海くん。土曜の夜に会いましょう」

 

そのまま車に乗り込むと、エンジンをかけて走り去っていった。

拓海にはただ彼女の車が曲がり角へと消えて行くまで見送ることしかできなかった。

彼女のFDが完全に視界から消えると踵を返して店の中へと戻ろうとしたが、ふと止めてあったハチロクに目が止まる。

 

店に戻る前に何となくそのボンネットに手を置いてみたが、今の拓海には乾いた金属の感触しか分からなかった。

 

 

 

 

 

ヤマメ「やっぱり……はたてが言ってた例のハチロクのドライバーって、拓海くんなのかな……?」

 

一人呟くヤマメの言葉は、ただ車内に響く13Bのエンジン音にかき消されていった。

 




次回、前日の話を挟んでから本番へと移ります。
多くの二次創作作品でもさらっと流される交流戦前の1週間、ここまで書いたの自分だけでは……?

ちなみにですが、早いとこ皆を走らせたいのは作者も同じです。
あと、流石に10万字以上書いていると序盤のあたりとの微妙な齟齬がでてきてないか気になってきます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。