東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜   作:D-Ⅸ

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前回少し触れた本作における拓海くんの扱いですが、一応今のところは原作をノーマルモードとして、原作よりも拓海くんに優しい「拓海くんイージーモード」と原作よりも厳しい「拓海くんハードモード」の2ルートを考えてます。

リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。


第16話 伝説の夜、三つ巴のタイムアタック(中編2)

 

ギャラリー1「思ったよりも粘ってるぞ!?やるじゃないかハチロク!」

 

ギャラリー2「ロータリーもいいが、4AGとEJ20もいい音させるぜ!」

 

秋名山で行われた交流会。

レッドサンズ対スピードスターズのバトルに助っ人として身を投じることとなり、現在はスケートリンク前ストレートを駆け抜ける拓海は、普段の静まり返った様子から一変した夜の峠を目の当たりにしていた。

峠の各所に人がごった返していて、前を走るRX-7や自分のトレノが通過するたびに手を振り、声を上げ、見送ってくる。

 

拓海(なんか……不思議な感じ。いつもと同じ道のはずなのに、全然違うところを走ってるみたいだ。俺なんか、ちょっと場違いかなって思うけど……でも、悪くはないのかな。こう言うのも)

 

この時、拓海の脳裏にはあの時交わしたヤマメとの会話が思い起こされた。

 

 

 

拓海『あぁ……。ところでさ、走るのって……楽しいのかな?』

 

ヤマメ『うん。……すっごく楽しいよ。拓海くんも、そういう場所に来ることがあるなら、きっと分かる日が来ると思う』

 

 

 

豆腐の配達の時とは違う。

目の前には競うべき相手がいて、コースの端にはそれを見守り応援する人たちがいる。

きっと、彼女みたいな走り屋と呼ばれる様な人たちは、こう言う世界の中で生きて来たんだ。

そして、きっと自分にもそう言う世界があることを、知って欲しかったんだ。

 

拓海には今まで、車なんていつもの気だるい豆腐の配達の道具でしか無いと思っていた。

車の運転なんて好きでもなんでも無いと思っていた。

そして実際にそうだった。

 

ついこの前までは。

 

だけど今は違うと、拓海ははっきりと感じていた。

拓海は自分の心の奥底に不思議な高揚感が湧き上がりつつあることを自覚しつつあった。

それがいつもの孤独や退屈とは無縁の、様変わりした峠の空気に当てられてしまったせいなのか、それとも今まで気づかないフリをして蓋をしていただけの自分の本心が顔を覗かせているのかまではまだ分からない。

 

拓海(カーブで追いつけても、この長い直線じゃガッツリ離されるな。……あのバカ親父、やっぱ抜かさないと勝ったとは認めてくれねぇだろうなぁ……)

 

拓海「仕方ねぇ……。アレ、やるか(この先にある連続カーブ、あそこで仕掛ける)」

 

自分の気持ちに整理をつけるのは後でいい。

頭を切り替え目の前のバトルに意識を戻す拓海。

RX-7のテールライトが遠ざかり一足先にブレーキランプを点灯させカーブの先へと消えていく。

 

しかし、それを見送る拓海の表情に焦りはなかった。

 

 

 

スケートリンク前ストレートの終点、ギャラリーたちはダウンヒルで戦う走り屋たちのブレーキング勝負を目当てにここに集まっていた。

ロータリーサウンドとスキール音を響かせてまずは啓介が突っ込んでくる。

後ろにはヘッドライトが2台分、少しだけ離れた位置から続いている。

 

ギャラリー3「良いぞ!啓介がリードだ!ブレーキングドリフトもうめぇ!」

 

ギャラリー4「でもおかしいぞ!ストレート終点なのにそこまで差が開いてねぇ!馬力を考えりゃあ本当ならもうこの時点でぶっちぎりでもおかしくねぇのに!」

 

ギャラリー5「後ろの2台も来るぞ!」

 

ギャラリー4「まずい!ハチロクがオーバースピード!」

 

ギャラリー3「こっちに突っ込んでくるぞ!……うわぁ!」

 

ギャラリーたちが思わず叫び声を上げる中で2台はガードレールのスレスレまでコーナーを使いきり曲がっていった。

 

ギャラリー5「ま、曲げた……?あのハチロク、あんなスピードで突っ込んできたってのに……曲げやがったのか!?」

 

ギャラリー4「あのハチロク、とんでもねぇ突っ込み重視のカミカゼ走法だ!峠を攻める恐怖ってもんがねぇのかよ!あんな無茶な走り方、命がいくつあって足りないぞ!」

 

ギャラリー5「すげぇ!何であれで曲げられるんだ!どうなってんだぁ!?あいつヤベェぞ!」

 

ギャラリー3「お前ら、次のコーナーに消えてく3台見たか?あのハチロク、FDとの車間ガッツリ詰めてたぜ……もうストレートで稼いだマージン、ほぼ残ってねぇよ」

 

ギャラリー5「なぁ……俺、普段首都高走ってんだけどさ……山っていつもこんな感じなのか……?こんな脳みそ震える様なドリフト、初めて見たぜ。マジでウルトラかっけぇ!痺れたぁ……」

 

ギャラリー3「いや、こんなに熱い走りはなかなか観れるもんじゃねぇ。運がいいぜ、お前……」

 

ギャラリー4「これはひょっとしたら……あるんじゃねぇのか?……大逆転が。……俺たち、もしかしたら歴史的なバトルの目撃者になれるかも知れねぇぞ」

 

 

 

拓海のハチロクはギャラリーたちに絶大なインパクトを与えながら秋名のダウンヒルを駆け抜ける。

そしてその衝撃は後を追う慧音と涼介にも少なくない影響を与えていた。

 

涼介「こうして近くで見てみると、その走りの完成度の高さがよく分かる。まるで芸術だな。このほぼカウンターステアを当てない全開の四輪ドリフト。これがどれほど凄いことか、分かるか」

 

慧音「彼はあのハチロクという車を、些細なミス1つで全てが破綻するような限界領域においても、まるで自分の手足の様にコントロールしている。それも、上りよりもはるかに難易度が高いと言われるダウンヒルで。……はっきり言って並大抵の走り屋では、こんな芸当はまず不可能だ」

 

涼介「そうだ。俺でさえダウンヒルでFCをここまでの精度で、しかも最初から最後まで一切のミスもなく継続的にコントロール出来るかと言われれば……正直あまり自信はない。……全く、鳥肌もんだぜ」

 

慧音「私たちのチームの中でもここまでのことが出来るやつは多くない。……本当に素晴らしい腕をしている。テクニックだけで言えばすでに日本でも指折りの領域にあるだろう」

 

涼介(しかし……そうやってハチロクのことを手放しに賞賛しておきながら、自分でそのハチロクのラインをトレースしてその走りをモノにしようとしているお前も大概恐ろしい奴だ、上白沢。……秋名のハチロクに、このファンタジアのインプレッサ。俺たちの越えるべき壁は高いか……。だがそれでいい。それでこそ燃えるってもんだ。1人の走り屋として、久々に熱くなれそうなライバルが出来てむしろ嬉しいくらいだ)

 

慧音(さて、ここまでの実力者が秋名にいたとは予想外だったが、だからこそ面白い。さて、このハチロクをどうやって攻略させようか。今後が楽しみだ。……それにこのハチロクの走りをあの子にも見せてやりたいな。同じハチロク乗りとしてどう思うか……。そう言えば確か、あの子は今度秋名のホテルに自分の商品を配達に行くとか言ってたっけな。その時にでも、この映像を見せてあげようかな)

 

今後に起こりうるこの秋名のハチロクとチームメンバーたちの化学反応を想像しながらも、しっかりと前を見据えてハチロクを追いかける彼女とインプレッサ。

ヘアピンを1つ、一度中高速セクションを挟みながらもう一つと抜けていく。

 

そしていよいよ、このバトルの勝敗を決する連続ヘアピンが目前にまで迫っていた。

 

 

 

コースも後半となる中で、依然として煽られっぱなしの啓介は苛立ちを募らせていた。

 

啓介「チッ!振り切れねぇ!今日に限ってFDがやけにノロマに感じるぜ!(クソッタレが!セカンダリータービン止まってんじゃねぇのか!)」

 

啓介はこの年式の前期FDにありがちな過給機系トラブルを疑い、視線をブースト計に持っていくがその値は至って正常なものであった。

しかし今度は視線をバックミラーに送れば、先ほどよりもさらに差を詰めてコーナー終盤で殆ど互角に近い立ち上がりを見せ背後に張り付くハチロクのライトが見える。

この先に訪れるのは秋名で最も高難度な区間であり同時に名物とされる見せ場の連続ヘアピン。

 

それを前に、啓介は自身の背中を湿らせる冷や汗と妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 

 

それが起きたのは秋名の連続ヘアピンだった。

まずは第1ヘアピンを抜けて立ち上がり、両者ともにアウトに振る。

この時点でハチロクは完全にFDを射程圏内に捉えて煽っている。

続けて第2ヘアピン。

短いストレートで僅かに啓介が差を付けたところで、やはり突っ込みでハチロクがそのリードを帳消しにしてしまう。

立ち上がりで啓介のFDが次のヘアピンに備えてアウトに振るが、しかしハチロクは次のコーナーでインを刺すつもりかイン側を維持していた。

 

 

 

そして第3ヘアピン、ついに拓海が仕掛ける。

 

啓介がブレーキングに入るが拓海は減速せずそのままインをすり抜けほぼ横並びとなる。

それに驚愕する啓介とギャラリーたち。

 

ギャラリー6「な!?あのハチロク減速しねぇ!」

 

ギャラリー7「攻め込みすぎてブレーキぶっ壊れたかぁ!?」

 

啓介(ヘアピンなのに減速しねぇ!今度は何のつもりだ!)

 

そして2台がヘアピンへと突入する。

ハチロクにインを取られたためにアウト側に膨らんだラインを取る啓介の真横をオーバースピードの筈の拓海のハチロクがガリッという音を小さく立てながらすり抜け前に出る。

 

涼介「何っ!」

 

慧音「あれは……ッ!」

 

啓介「な、何だそりゃあ!?」

 

突然の事に狼狽える啓介。

そして2台の後を追うインプレッサの車内で、涼介と慧音がその生半可ではないスーパーテクニックに舌を巻く。

 

涼介「はは……やられたな、啓介。……このバトル、俺たちの負けだ」

 

慧音「本当に凄まじい奴だ。……アウトに振らずインに残った時点でそんな予感はしていたが、まさか本当にやってみせるとはな。……まさに彼の走りは、君の言う通り芸術的だ。ここまで高次元の走りはそうそうお目にかかれるものじゃない」

 

慧音は今度は啓介の後ろについて第4ヘアピンに突っ込んでいく。

立ち上がりでFDの前から覗くハチロクのテールランプは離れつつあった。

 

 

 

スタート地点にもその衝撃的なオーバーテイクの瞬間は伝わり大きなインパクトを与えた。

 

マーシャル1《あああぁぁぁぁぁぁ!!》

 

史浩「お、おいどうした!?何があった!……つーかいきなり叫ぶなよ!うるさいだろ!」

 

マーシャル1《ぬ……抜かれたぁ……》

 

史浩「……え?」

 

マーシャル1《け、啓介が……抜かれちまった。……あっけなく、インからスパーンと……》

 

イツキ「えぇーーー!」

 

池谷「拓海……」

 

ケンタ「んな……嘘だろ!?」

 

史浩「そんなバカな……いくら何でも、こんな狭い道で抜くのは無理があるだろ。……一体何が起きたんだ。もうちょっと詳しく説明してくれ!」

 

マーシャル1《それが、見てた俺たちも何が何だか分からねぇんだ。誰がどう見てもわかる様なオーバースピードで突っ込んできたと思ったら、そのままインベタをなぞる様な苦しいラインをオンザレール的に走ってそのまま行っちまった……。明らかにタイヤのグリップの限界を超えてる無茶な速度とラインで曲がっていきやがったんだ。そうとしか言えないんだよ!意味が分かんねぇ!あんなの人間技じゃねぇ!》

 

まるで超常現象じみたその話に誰もが言葉を失う。

 

しかし、そのトリックを一発で見抜いた人間がギャラリーたちの中で1人だけ存在していた。

彼はその奇跡のオーバーテイクが起きた現場、第3ヘアピンにいた。

レッドサンズと同じ群馬の走り屋として妙義山で一大勢力を築いた妙義ナイトキッズ、そのリーダーである中里毅だ。

 

中里(俺には分かったぜ。……あのハチロクが何をしたのか。バカバカしい事だが、あんなのは誰にも真似出来ねぇ。しかも絶妙な条件が整った、ほぼ秋名専用の地元スペシャルみたいなもんだ)

 

中里(この世の中にはとんでもねぇ奴らがいる。あのハチロクもその1人だったってわけだ。……このとんでもなく上手い秋名のダウンヒルスペシャリスト、奴を仕留めるのはこの俺だ。……素直に認めるのは悔しいが、俺にはあいつほどのテクニックは無い。同格の車同士のバトルになれば正直分が悪いだろう。……だが、俺にはコイツがいる)

 

彼は静かに自身の愛車に向き直った。

光沢を放つ黒のボディには『GT-R』のバッチが付いている。

 

中里(R32GT-R……かつてサーキットでマツダもトヨタも、並いるライバルをみんな蹴散らして最強伝説をぶち上げたコイツにかかれば、いくらドライバーが上手かろうとハチロクなんて旧式車なんぞ目じゃないぜ)

 

ナイトキッズの走り屋1「中里さん?もう帰るんですか?あと2本、下りのバトルが残ってますけど」

 

そんなことを考えていると、同じチームのメンバーから声をかけられる。

踵を返して車に向き直った事が、どうやら帰ろうとしている様に見えてしまったらしいかった。

 

中里「いや、少し考え事をしていただけだ。まだ帰るつもりはない。これほどのバトルが観れるとは思えないが、残り2本もきっちり見届けてから帰る」

 

それだけ言うと、中里は愛車に背を預けつつまた思索を巡らせる。

ハチロクのこと、今日現れたそれ以外の走り屋のこと。

しばらくしてからもたらされる高橋啓介敗北の一報に騒然となる他のギャラリーたちの声を聞き流しながらに思う。

 

中里(……これだから峠はやめられねぇ。楽しみがまた増えた。……それにしても、今日はここに来て良かったぜ。このハチロク以外にも色々見れたしな。群馬の峠は、これからもっと楽しく、面白くなる)

 

これから訪れるだろう数々のバトルに思いを馳せる中里は、自身の心の奥底で闘争心が疼くのを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

峠を下り切って駐車場に入った拓海を待っていたのは熱狂する大勢のギャラリーたちだった。

 

ギャラリー8「マジかよお前!本当に高橋啓介に勝っちまったのか!?」

 

秋名の走り屋1「すげぇ、マジすげぇよ!とんでもねぇジャイアントキリングだ!」

 

秋名の走り屋2「お前本当に最高だよ!池谷の奴、とんでもねぇ奴を掘り当てやがったもんだぜ!」

 

ギャラリー9「マジですげぇぜ秋名のエース!お前ほんとにカッケェよ!」

 

車を降りるなり拓海はすぐに興奮の絶頂にあるギャラリーたちに囲まれてしまう。

特に地元秋名の人からはまるで胴上げでもされるんじゃないかと思う様な勢いで詰め寄られ誉めそやされる。

ただいつも通りに峠を下って車一台を抜いただけなのに、あっという間に一躍人気者となったことに少しのむず痒さを感じるとともに戸惑いを隠せなくなるのだった。

 

 

 

そして、拓海に遅れること7秒。

ようやくゴールした啓介とその後に続く撮影車のインプレッサが入るとさらにギャラリーの騒ぎは大きくなる。

どんな走りだったのか、一体あの時何が起きたのか、彼ら彼女らの興味は尽きる事はなかった。

 

それと同時に撮影車の運転席に慧音が座っていたこともちょっとした驚きを与えていた。

髙橋涼介が撮影車に乗り込んで走っている事自体は事前に行われた無線連絡によって知っていたがそのドライバーがまさかの涼介ではなく女の方であったとは思わなかったのである。

 

そしてそんな彼女が涼介と共に拓海に向かって歩くとその進路上にいたギャラリーたちが少しずつはけていき、そこへ至るまでの道が出来上がる。

この場にいる全ての人の予想を大きく裏切っての大逆転勝利。

それを間近で見たであろう2人が何を口にするのか、ギャラリーたちは固唾を飲んで見守った。

 

慧音「拓海くん、まずはおめでとう……と言わせてもらおうかな。倍以上のパワー差を覆しての大逆転勝利……いいものを見させてもらったよ」

 

まずは慧音が拓海の勝利を祝い褒め称える。

 

この空気感の中で、敗北したレッドサンズ側の涼介に第一声を委ねてしまうのは、彼にとっても彼の弟の啓介にとっても少し重いだろうと気を利かせたのだ。

 

涼介「これだけ突き放した上でのゴールなのだからもはや言い訳を挟む余地もない。見事だ」

 

涼介もそれに続いてハチロクの走りを認める言葉を口にするが、これに対して負けた啓介は少しばつの悪そうな表情をする。

絶対に勝つと意気込んでいたバトルで、しかも後ろで兄が見ていると言うのに負けてしまった事は啓介にとっては屈辱そのものだった。

だがここで下手に噛みついて場の空気をさらに悪くしたところで、何一つ良いことなどないと理性の部分では分かっていたため、啓介はこらえるしかなかった。

 

啓介「あぁ、大したもんだぜ。こんだけやられちゃあ俺だって文句の一つも言えねぇよ」

 

バトルの相手とそれを見届けた2人の言葉が出揃うと、再び周囲は『秋名のハチロク』の勝利を讃える歓声で包まれる。

 

ギャラリー9「すげぇ!今夜は伝説になるぞ!」

 

秋名の走り屋3「夢じゃねぇんだよな……秋名の走り屋があのレッドサンズに勝つなんて……!」

 

こうして秋名の峠に歴史的な1ページが刻まれた。

赤城レッドサンズ、妙義ナイトキッズの二大巨塔とされていた群馬の峠の勢力図の中に『秋名のハチロク』と秋名スピードスターズが名乗りを上げた瞬間だった。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

 

 

それからしばらく時間が過ぎ、伝説的なバトルの主役たちはスタート地点の駐車場に戻ってきていた。

啓介はともかくとして、初めての本格的な峠のバトルにしてこのお祭り騒ぎのど真ん中に飛び込んでしまったせいで、拓海は相当に参っていた。

下でも上でも駐車場に入った途端からギャラリーに囲まれてやんややんやと騒がれたり質問攻めにされたりしたせいで精神的に消耗してしまっていたのだ。

 

あまりの大騒ぎっぷりに、最終的にはスタート地点のそばに場所を確保してそこに止めさせて、くたびれた拓海を見かねたスピードスターズやファンタジアのメンバーが周囲を張ることでギャラリーをシャットアウト。

拓海本人も車の中に引き篭もる事でどうにかしているのが現状である。

 

現在はインターバルを挟んでスピードスターズの健二とナズーリンのバトルが始まった頃、啓介はまた次のファンタジア戦に備えて少し離れた位置でジャッキアップを行い、マシンのクーリングとタイヤの交換、ブレーキや足周りの再点検も済ませていた。

 

そしてそれを見るスピードスターズとファンタジアのメンバーたち。

未だにどこかオロオロしてるイツキたちとは違い、ファンタジアの面々はいかにも余裕そうな態度を一貫してとっていた。

 

イツキ「な、何かすげぇことやってるぞ……レッドサンズ」

 

四郎「今度はタイヤ丸ごと交換してるよ。しかもBBSにポテンザ組んでる。あれタイヤもホイールもめちゃくちゃ高いんだよなぁ……」

 

池谷「あぁ、俺が買ったタイヤやホイールよりもなお高い。あのサイズを新品で買うってなったら俺の稼ぎじゃ難しいぜ。そんなもんをポンと出せるなんてさすがは大病院の院長の息子ってところか……」

 

隆春「走りの上手さはガスとタイヤをどれだけ無駄に使ったかで決まるって言葉もあるくらいだしなぁ……。俺たちみたいにケチケチしなくてもいいってのは素直に羨ましいぜ」

 

滋「なんかさ……レッドサンズ、拓海の時よりもガチになってねぇか?」

 

妹紅「そりゃあそうだ。レッドサンズ、上りでアリスに負けて下りで拓海に負けて、今日はあまり良いとこないからな。最後のFD対決くらいは勝っておきたいんだろう」

 

椛「特に啓介個人としては、相手が同じFDだからこそってのもあるよね。群馬最速ロータリー使いとしてのプライドだってかかってるし」

 

慧音「それでいて既に下りを一本落としてるからね。しかもよりにもよって、本人的には万全の準備をして、確実に勝てて当たり前と考えていたバトルで負けている。……これが今、とにかく響いてる。拓海に勝てていれば一応は一勝一敗として何とか体裁だけは取り繕えるが連敗すればそれすら出来ない文字通りの完敗だ」

 

藍「ハチロクに対するリベンジにも失敗して、同じFD同士のバトルにも負けたとあっては高橋啓介のプライドはズタズタだろう(そして、兄の涼介はそれをあえて望んでいる節がある。……今後を見据えて弟の伸びた鼻をこの機会に折らせておくつもりだろうな)」

 

早苗「あとさ、やっぱり走り屋って上りのタイムよりも下りのタイムを重要視する傾向があるでしょう?」

 

守「それは……まぁ、確かに。ミスをしてもある程度リカバリー出来る上りとは違って下りはミスを取り繕うことすら難易度高いもんな」

 

早苗「うん。だからこそ下りで上手くて速い拓海くんみたいな人が尊敬されるわけ」

 

椛「だからレッドサンズは上りでは一軍と二軍から1人ずつメンバーを引っ張ってきて下りは高橋啓介を二度走らせるって言うちょっと変則的なやり方を取ってきた訳だし、私たちだって上りは2人とも予備メンバーを、下りは絶対にバトルに勝てる様に準エース級のメンバーをそれぞれ2人ずつ選出して走らせることにしたんだよ」

 

イツキ「そうだよな。……走り屋にとって下りの勝ちは上りの勝ちよりもずっと重いから……」

 

翔一「そうだ。自分達から仕掛けた遠征で肝心な下りを2戦とも落としたとあれば、高橋啓介だけじゃなくてレッドサンズの自体の評判も落ちちまう」

 

池谷「個人的にもチーム的にも、あいつらは相当な窮地に立たされてるんだな(助っ人の拓海頼りとは言え、何とかダウンヒルで一矢報いて一勝をもぎ取った俺たちの方が、状況的にはまだ救いがあると言えばその通りなんだがな……しかし、ここで健二にも勝って次の高橋啓介にも勝ったとくれば、この交流会はファンタジアの一人勝ちじゃないか)」

 

藍「その通りだ。高橋啓介個人としても、レッドサンズのナンバー2としても、ヤマメとのバトルは何が何でも絶対に落とせない状況となってしまったわけだが……」

 

妹紅「そうだな。……だがはっきり言って高橋啓介はヤマメとは最悪の相性だよ」

 

四郎「え?それって……」

 

慧音「私が見た限り、高橋啓介はその時その時の感情がそのまま走りに出てしまうタイプだな。だから拓海に抜かれた後なんかは後ろで見てても分かるくらいには焦りがそのまま操作に反映されていた。ムキになって相手を追いかけて、無茶をした挙句にミスを重ねていく。そしてみるみるうちに突き放されて結果は7秒差の大敗。そう言う点を見れば彼はまだまだ未熟者だ。……そして、そう言う御し易い走り屋を掌の上で転がし手玉に取って遊ぶのがヤマメなんだ。まぁ、詳しい事はバトルが始まってから教えてあげよう」

 

あの高橋啓介を未熟と言い切った慧音の言葉もそうだが、そのヤマメの勝利を疑わない彼女たちの態度に、スピードスターズの面々は内心で戦々恐々としていた。

ただの根拠のない自信とは違う、確信めいた何かが彼女たちの中にはあるのだ言うのがヒシヒシと伝わってきていた。

 

 

 

マーシャル2《おぉ!……こちらスケートリンク前ストレート終点!ファンタジアのロードスターがコーナー手前のブレーキング勝負でスピードスターズの180SXをあっさり仕留めちまった!ブレーキングドリフトも上手いぞ!良いラインに乗せてった!》

 

ギャラリー10「ファンタジアのロドがスピードスターズの180SXを抜いたらしい!これで勝てば3連勝だぞ!」

 

ギャラリー11「おっしゃあ!ナズちゃんやるぜぇ!」

 

ギャラリー12「よし!俺はあの子に1万賭けたんだ!このまま逃げ切れ!」

 

ギャラリー11「俺もだ!多少パワーは劣っても、やっぱり車も乗り手も軽い方がパワーウェイトレシオで有利だからな。特にあの子は他の女の子達と違って胸が」

 

ギャラリー13「お、おいお前それ以上は」

 

史浩の握るトランシーバーから、ナズーリンが鮮やかなオーバーテイクを決めて健二を抜き去った事が伝えられ、周囲は再び歓声に包まれる。

 

池谷(健二……やっぱり厳しかったか……)

 

しかしその中から漏れ聞こえる「カチ……カチ……」というFDのタイヤナットを増し締めするトルクレンチの音が、池谷には健二の敗北と次のバトルが迫ることを示す秒針の音のようにも聞こえていた。

 

 

 

この交流会も残すところあと一戦。

もう一つの衝撃は、間も無く訪れることとなる。

 




健二「拓海のあのバトルの後で走らされた俺の気持ち考えて?しかも尺の都合でカットってさぁ……」
作者「正直すまんかった。でも拓海に負けた後の啓介の調子を戻させて次のバトルに挑ませるためには時間が必要だったから……せや、もう一本のバトルをここに挟んだろと思って。マシンも熱々でタイヤも消耗してるのに間髪入れずに次を走らせるのもこっちはこっちで啓介が可哀想だったし、何よりフェアじゃないでしょ」
健二「ぐぬぬ……」


それはそれとして、運転が上手すぎたためか不幸にも黒塗りの高級スポーツカー2台に目をつけられてしまう拓海くんであった。
「既にこの時点で拓海くんハードモードに入ってね?ついでに啓介にも厳しくね?」と言われれば反論も出来んぞこれ……。

追加
2月某日、遊びに行ったイニD聖地の某峠でランチアデルタを発見したのでちょっと見させてもらいました。
グレードはHF インテグラーレ エボルツィオーネでボディは赤。

ただ一言……めっちゃ良かった。
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