東方頭文字D 〜 Lunatic Stage 〜 作:D-Ⅸ
ありがとうございます!
さて、第一章ももうそろそろ終わりになります。
ここまで熱を入れて書いた作品、初めてかもしれません。
リクエスト(キャラ、車両、エピソード等問わず)はまだまだ募集中です。
感想や評価、または誤字誤植の指摘等もよろしくお願いします。
慧音「啓介くん、君に見せたいものがある。悪いが後で少し付き合ってくれないか?」
涼介「啓介、俺からも話がある。上白沢と一緒にある場所を見てもらいたい。ギャラリーがはけてからの方が都合がいいからしばらく後で構わない」
二度の敗北により珍しく沈んでいた啓介を待っていたのは、二つのチームの頭脳からの招集だった。
自身の兄とファンタジアの教官役らしい女から揃って呼び出しを喰らう羽目になった啓介は内心穏やかとは言えなかったが渋々応じる事としたのだった。
しかし、兄である涼介はともかくとして、なぜあのインプレッサの女が一緒なんだと思いかけるも、そう言えば自身とハチロクのバトルを涼介と共に観察していたのが彼女であったことを思い出す。
そこまで思い当たると、話の内容というのもハチロクの件に関してだろうと察する事ができた。
そうしてかれこれ数時間後……。
「あの時はもっと詰められた」「あれは正直失敗だった」「あそこは相手に気を使わせてしまった」「あそこでミスをしなければまだ行けた」などと、各々の参加チーム間での反省会やら何やらをしているうちに、一部のメンバーやギャラリーたちもその大半が1人、また1人と帰っていく。
そして深夜。
峠も先の熱狂はどこはやらと閑散として来た頃合い。
啓介は涼介を伴って慧音のインプレッサの後席に乗りとある場所までやってきていた。
それは啓介自身に新たに刻まれた苦々しい思い出の場所、秋名の連続ヘアピンの3番目、第3ヘアピンだ。
慧音「今日のハチロクとの戦いの際、この第3ヘアピンで何が起きたのか……分かるか?まずは啓介くん、君の考えを聞きたい」
啓介「は?……そんなの分かんねぇよ。いきなりだったし、アイツの走りは俺の理解を超えていた。何が何だか……」
涼介「それじゃあダメだ、啓介。……まず少しずつでいい、とにかく自分で考える癖をつけるんだ」
啓介「そうは言ってもなぁ、アニキ……。急にインベタにねじ込まれて、無茶苦茶なラインとスピードでぶち抜かれたんだ。インベタの苦しいラインを通ったハチロクが、アウト側を走っていてコーナーのRをより広く利用できていた俺のFDよりも速く曲がれるなんて事は絶対にありえない筈なんだ。どう考えてもまともな理屈じゃ説明できないぜ。アニキたちも見てたんだろ?……アイツ、もしかしたら本当の幽霊かもしれねぇ」
涼介「いや、幽霊や怪物の類いなんかでは断じてないさ。アレは理屈としては単純な、ある特殊なテクニックによるものだ」
しかし、涼介にそれをキッパリと否定されたことにより頭に疑問符を浮かべる啓介。
どう考えても理屈に合わないはずのアレがただのドラテクの一環と言われても、今の啓介には全くピンと来なかった。
そこに慧音がさらに付け加える。
慧音「仕方がない……。啓介くん、君がなぜ負けたのか教えてやろう。それはな……これだ。」
彼女が靴のつま先であるものをコツコツと叩く。
それはコーナー端に設けられた側溝だった。
啓介「……?」
だが啓介は未だに何が何やらわからない様でキョトンとしている。
どうやら理解できていないらしいことを察した慧音はそこに補足する様に続けて話す。
慧音「分からないか?……溝だ。あのハチロクはこのイン側の排水用の溝にわざとタイヤを落としたんだ」
高さにして5センチも無さそうなそれには、確かにハチロクがつけたと思われるタイヤ痕がその淵に付いていた。
啓介「な……!?そんなところにタイヤ引っ掛けたってのかよ!」
啓介はそれを聞くや否や、何が起きていたのか、何をされたのかをようやく理解して驚愕の表情を顔に浮かべていた。
慧音「そうだ。こうした溝落としと呼ばれる技法にはいくつか意味があるんだが、今回はこの数センチ程度の側溝にタイヤのサイドを引っ掛けて遠心力に対抗させ、本来の限界以上のコーナリングフォースを強引に引き出した……と言ったところだろう」
涼介「そういう事だ。バカバカしいまでに単純明快な思いつきだ……が、いきなりやろうとしても成功しないだろうな」
慧音「あぁ、危険すぎる。……こんな事は何度もできないはずだ。タイヤのサイドウォールに対するダメージが尋常ではない上、バーストのリスクもある。あとはアライメントにも狂いが出るかもしれない。最悪、タイロッドなどの足回りの各部を痛めてしまい高額修理となる可能性だって無いわけではない。……何より、些細なミス一つで廃車クラスの事故に繋がるし、とにかくリスクやデメリットが大きすぎるんだ。こんなのは博打みたいなものだよ」
涼介「……だが恐らくはこんな事でも出来る様になるために、アイツはこの峠を走り込んでるんだ。恐ろしいが、同時に面白いとも思うな。まさかこんな奴がこの秋名にいるだなんて思いもしなかったぜ」
2人のこのやり取りの中で、啓介は圧倒されてしまい黙り込むしかなかった。
涼介「啓介……。車は究極的には物理法則、物理現象の塊だ。車はどんなに頑張ったところで、物理の通りにしか動かない。一見して説明がつかない様に思える事でも、それが現実である以上はそうなるだけの理由が必ずあるものなんだ。『なぜか分からないけどそうなった』とか『やってみたら何とかなった』とかそういう漠然とした理解のままでは、いつまで経っても上手くはならない。……こればっかりは口を酸っぱくして言い続けているが、速さのためにドラテクを追求する上で一番大事なのは、何よりも頭なんだ。それだけは覚えておけ、啓介。……それじゃあ、そろそろ戻ろうか」
慧音「そうだな。いつまでも道路を封鎖しておくわけにも行かないか」
啓介にそれだけ伝えると、涼介は慧音のインプレッサに乗り込んだ。
慧音もそれに賛同し運転席へと戻る……かの様な素振りを一度見せるも、何か思い立った様に啓介へと向き直った。
慧音「啓介くん、もう少しだけでいいから、君のお兄さん……涼介くんの話に真面目に耳を傾けてやってほしい。いつかうちのヤマメやあのハチロクに対してリベンジしようと言うのなら……もっと上手く、もっと速く、より高みを志すつもりなら……知識だけは疎かにするんじゃない。きっと、彼と彼の教えてくれる知識は君の強い味方になってくれるはずだ」
普段の啓介なら、兄である涼介以外からこんな事を言われても余計なお世話の一言で切り捨て、反発するところだっただろう。
でも今の啓介は違った。
ライバルに二度も抜かされ、ムキになって追い回して、それでも勝てなくて、散々に悔しがって、そして一周回って冷静になっていた。
そんな時だったからこそ、その2人の言葉は啓介の中にストンと入り込んでいった。
啓介(もっと……もっと速くなりてぇ。……俺も、きっと変われるのか?あいつらみたいに)
啓介の脳裏に浮かぶのはあの秋名の地元チームの面々だった。
初日に会った時は覇気というものを一切感じない、テクニックもお粗末なその辺の取るに足らない木っ端走り屋同然だった彼ら。
それが今日に至るまで、会うたびにその面構えが変わっていった。
レッドサンズやファンタジアと積極的に交流を持ち、毎日のように練習を重ねてその腕も少しずつ、ほんの少しずつだが上げていった。
最終的に、彼らのリーダーはその才能を開花させてレッドサンズの二軍メンバーを相手に、勝てはしないまでもそれなりにいい勝負をするまでに至った。
「同じ相手に二度は負けない」と豪語しておきながら本番で7秒差というぐうの音も出ないほどの大敗を喫した自分と、初日の大敗をきっかけに奮起して本番でどうにか地元の意地を見せた彼ら。
啓介は、急に自分が情けなく感じてしまっていた。
上の駐車場まで戻ると、時間も遅いために今日のところはもう解散となった。
前方をゆったりと流して下る兄の車を視界に収めながら、啓介は思う。
啓介(今日のことは絶対に忘れねぇ。……あのハチロクにも、あのFDにも、いつか絶対にリベンジしてみせる。この俺が負けたまま逃げるなんてあり得ねぇ。そんなのは俺のプライドが許さねぇ。……そのためにも、まずはアニキに色々聞いて腕磨いておくか)
深夜の峠に控えめなロータリーサウンドを鳴らしてゆっくりと去っていく高橋兄弟を見送りながら、慧音も帰り支度をする。
参加者もギャラリーも、もう残っている走り屋は殆どいない。
残っているのは遠距離から来てここで仮眠をとってから帰るというタイプの人たちなので軒並み愛車の中で眠りこけていた。
そんな静まり返った峠の片隅で、ほぼほぼ満タンになりかけているゴミ箱に飲み干したジュースの缶を捩じ込みながら考える。
慧音(よりにもよって今後チームのメンバーに再戦を申し込むことは確実で、一つの壁になるかもしれない啓介くんにアドバイスなんて、少し私らしくないことをしてしまったかな)
だが一時の気の迷いか、どうにもあの時の啓介の姿が竹林の中で孤独に暮らしていた頃の、まだ心がささくれ立っていたどこかの誰かさんに重なって見えたような気がした。
だから、ついついお節介で余計なことを口走ってしまったのだろうか。
慧音(もしもあの子が……あの子達が、お互いに高め合えるような関係になってくれれば、この外の世界への遠征にも大きな意味を持たせられるかもしれないな……)
そんな考えごとも、GDBのドアを開け、シートに腰を下ろし、車のエンジンを立ち上げればすぐに霧散してしまう。
麓の宿舎に戻るため、周囲の車のオーナーを起こさないように慧音もエンジンを無駄に回し切ることなくゆっくりと駐車場を出て峠へと消えていった。
● ● ● ●
秋名山で行われた交流会のタイムアタックで、スピードスターズのハチロクとファンタジアのFDがレッドサンズの高橋啓介を撃破した。
この群馬の絶対王者と目されていたレッドサンズの大敗は県内のみならず関東中の峠に衝撃をもって受け入れられる事となった。
この妙義山でもナイトキッズのメンバーたちが現地にいたメンバーたちも交えて先日の交流会について言葉を交わしていた。
ナイトキッズの走り屋1(弘道)「昨日の交流会、マジで面白かったぜ。走る前にタイヤ変えたりやたらと張り切ってた割には肝心のダウンヒルで高橋啓介2連敗だからな。赤城の奴らの慌てっぷりときたら傑作だったぜ」
昨日のあの場の様子を語るのはリーダー中里の後輩で中堅メンバーとして知られる安井弘道だった。
ナイトキッズの走り屋2(正一)「全くいい気味だ。胸がスカッとしたぜ。しかも女にまで負けるなんてマジで情けねぇよなぁ。……レッドサンズと高橋兄弟の最速伝説ももう終わりだ。これであいつらはしばらくデカい顔できねぇだろうな」
それに同調するのは弘道とは昔馴染みであり慎吾とも仲のいい藤巻正一だ。
彼も当日あの場所で高橋啓介の敗北を目の当たりにしていた1人であり、自身が待機していた後半第6ヘアピンアウト側で、高橋啓介に先行した状態で飛び出してくるハチロクの姿を確かに見届けていた。
ナイトキッズの走り屋3(章夫)「いくらドライバーが凄いらしいとは言え、たかがハチロクみてぇなオンボロの旧型車に、カリカリに弄ったFDで挑んで負けちまうなんてなぁ。赤城最速が聞いて呆れるぜ!そんな面白そうなもんが見られるなら俺も行っとくんだった」
そこにすかさず続けたのは平章夫。
彼は赤城レッドサンズのライバルとして扱われているナイトキッズのメンバーの中でも特にレッドサンズに対しては対抗心を燃やしていた。
そのためレッドサンズが秋名で他の2チームにボコボコにされたと言う(やや誇張された)噂話を小耳に挟んでからは分かりやすく喜びの感情を発露させている。
ナイトキッズの走り屋4(高田)「あとさぁ、駐車場に行けば走り屋の車がよりどりみどりでさ、しかもファンタジアとかいう女だけの走り屋チームの車が超カッケーんだよ!しかもあのレッドサンズ相手に一戦も落とさず完封勝ちときたもんだ」
章夫「マジかよ。写真とか撮ってるか?」
高田「そりゃあもちろん。ほら、ちょっと待ってろ……」
こうして盛り上がるメンバーたちをよそに、中里は愛車の脇でタバコを吸いながら1人考え込んでいた。
もちろんあの交流戦の時に見たものについてだった。
中里(あの日の交流会……。今思い出しただけでも震えるぜ。来て早々にヘアピンに陣取って、走ってくるマシンを見ていたらあんな奴らが出てきやがったんだからな。県外ナンバーの多い派手な車のレディース軍団……『チーム・ファンタジア』か)
思い起こすのは交流会が始まる直前、中里を含むナイトキッズのメンバーが連続ヘアピンのギャラリーに仲間入りしてすぐのことだった。
レッドサンズの車の話題で盛り上がるギャラリーたちの喧騒を塗り替える様にけたたましいサウンドを響かせ登ってきた彼女たち。
走り屋としてそれなりに長いキャリアを積み上げてきた中里も聞いたことのないその走り屋たちは、中里の目には眩しいほどの凄まじいオーラを放ちながら秋名の峠を登っていったのだ。
レッドサンズですら髙橋涼介が唯一輝きを放つ鮮明なオーラを持っていて、高橋啓介がギリギリうっすら見える程度という中で、全体の半数以上が明らかなオーラ持ちというその光景に、中里は圧倒されるしかなかった。
中里(あの中には例のハチロクや髙橋涼介に引けを取らないレベルでヤバい奴が何人かいた。……バチバチと痺れる様な赤いオーラのS15、星の様な弾けるオーラを撒き散らして走る黒いR34、青緑の静かながら力強いオーラを迸らせるGDB、黄金の炎みたいなオーラを纏ったEK9シビック……。コイツらは特にヤバい。オーラの強さはあの髙橋涼介に並ぶほどだった。恐らくあいつらには慎吾でも勝てねぇ……。他にも黒いFDや赤いランエボを含めて少なくとも高橋啓介以上の奴がゴロゴロと……。あのクラスが複数人いるチームなのか……ファンタジアとか言う連中は)
秋名のダウンヒルエース、そして謎のレディースチーム。
中里率いるナイトキッズの前に立ちはだかる数多の強豪たちの姿と、そんな強敵たちとの血湧き肉躍るようなバトルを想像する。
正直に言えば今の自分とGT-Rでも厳しい戦いになると言わざるを得ない様な難敵、強敵ばかりだが、それだからこそ中里は心が躍った。
中里もまた、GT-Rに乗り換えて以降レッドサンズ以外に良さそうなライバルが存在しないために近頃は退屈さを覚えていたところだった。
そんなところにあのハチロクとファンタジアの登場である。
中里(次の相手は、そうだな……。まず秋名のハチロク、アイツからだ。その次にあの黒いFDだ。高橋啓介に勝った2人を俺が倒せばレッドサンズもファンタジアも黙ってないだろう。……だがそれで良い。髙橋涼介やファンタジアのエースたちを俺の前まで引き摺り出すにはそのくらいがちょうど良い。その過程でスピードスターズやファンタジア、レッドサンズの他のメンバーが俺の前に立ち塞がろうもんなら、それこそ喜んで相手してやるだけだ。……群馬最速はこの俺と、R32 GT-Rだ)
全身が熱くなる様な本気のバトルを求めていた中里にとって、自分の挑むべきライバルとして相応しい相手が新たにこれだけ現れたことは何よりも喜ばしいことだった。
中里(そうと決まれば明日から早速動く。まずはスピードスターズに繋ぎを取ってバトルを申し込む。……聞いた話じゃスピードスターズのメンバーが根城にしてるガソリンスタンドがあるらしい……そこを探すか。もし見つからなきゃあ、そん時は山に直接乗り込むとするか)
レッドサンズを撃破した拓海たちに狙いを定めた次の挑戦者は、虎視眈々とその機を伺っていた。
● ● ● ●
翌日の夕方、赤城山の麓にある高橋邸。
啓介「アニキ、入るぜ」
そこでは髙橋涼介がパソコンに向かい合って難しい顔をしたまま唸っていた。
そこに弟の啓介が入ってくる。
啓介「また例の論文か?」
啓介は涼介がライフワークとしている公道最速理論に関するあれこれでまた何か考えているのかと思いながら軽く声をかけるも、その返答は啓介の予想とは少し違うものだった。
涼介「いや、それについてももちろん色々と書き足したいことや修正したいことはあるが、今回はそうじゃない。……彼女たち、ファンタジアのメンバーの素性について簡単に調べている」
啓介「はぁ?何でまたアイツらのことなんか……」
涼介「啓介、おかしいとは思わなかったか?秋名の峠に現れる前の彼女たちについて、誰一人として知る者がいない事を……。あれだけの実力を持っていながら、その姿を誰も見ていないなんてことは通常あり得ない筈なんだ。だからまずは走り屋たちが使うマイナーな匿名掲示板で該当する車種やドライバーの目撃情報を探したり、ネット記事などにヒットするものがないかどうかを調べているんだ。…………一応、この短時間でもいくつか成果は出たが、それでもこの程度だ」
そうして涼介が啓介の前に提示したのはネット記事や個人ブログ、掲示板のスレッドのスクリーンショットをプリントアウトしたものを、ホチキスで止めた簡易資料の様なものだった。
1枚目は『貿易会社 八雲商会』と言う会社のサイトに記載された社長姉妹である八雲紫と八雲藍の紹介ページ。
輸入車販売や海外製パーツの輸入などを行っているらしい。
2枚目は『巨大森林火災をトヨタスープラで強引に突破か。逃げ遅れた老夫婦を女性が救出』と言う米国カリフォルニア州の地方紙の小さな記事で、そこに登場するスープラオーナーの女性の名前がアリス・マーガトロイドとなっている。
3枚目はブンブン丸モータージャーナルという自動車系ブログで、創設者である射命丸文の下の共同運営者の名前欄に姫海棠はたての名前がある。
最初の記事は数ヶ月前のもので、最新の記事は昨日の交流戦の概要に関する記事で日時は本日正午ごろとなっている。
比較的新しいサイトのようだ。
4枚目は『白玉楼』という名の京都と奈良の間にある山奥の旅館のホームページ、その旅館の支配人の名前にやはり西行寺幽々子の名前がある。
さらにホームページの片隅にはその宿に泊まったVIPの1人として八雲紫と八雲藍の名前があった。
5枚目はその旅館のすぐそばに建っているらしい剣術道場に関する個人ブロガーの記事で、魂魄妖夢自身の名前は出てこなかったものの魂魄家という変わった名前の一族が営んでいるとの記載がある。
6枚目は長野の山奥で別荘の管理人をしつつ麓に小さな花畑が持っている風見幽香という女性のインタビュー記事。
背景には青空駐車の黄色いフェアレディZが見切れた状態で映り込んでいる。
7枚目は諏訪湖のほとりにある小さな神社の美少女巫女を取り上げた地方紙の記事の写真で、この記事に書かれている巫女の名前が東風谷早苗。
8枚目は走りやすそうな峠道を探していたら結果的に地図マニアになったという元走り屋のブログで、幕末ごろから明治期初頭にかけて記された地図に関する記事の中に博麗神社の記載があった。
場所は旧国名の表記だがおおよそ長野県のあたりだと思われる。
9枚目は車好きの尼さんを取り上げた自動車系ブログの記事で、写真にはR32とR33のGT-RにランエボⅤとNBロードスターの姿があった。
特にR33とロードスターは微妙に仕様は違う様だが、概ねあの交流戦の時の車両と酷似している。
さらにはそのブロガーの取材を受けた尼僧のお弟子さんの名前には雲居一輪の名前がある。
10枚目は今日の日付が見えるインターネット掲示板のスクリーンショットを関係する部分だけ切り貼りして印刷したものだ。
先日の交流戦の一件は北関東の走り屋たちに衝撃を与えていて、そこに現れた美少女走り屋集団の正体について、涼介がわざわざ尋ねるまでもなくその話題で持ちきりだったらしい。
一応、いわゆる学校裏サイトのような表向きには秘匿されたアンダーグラウンドな場であるが故に、そこまで人口の多いスレッドでは無いものの数多くの憶測や仮説がそこでは唱えられていた。
しかしながら、あの場にいたギャラリーたちもちらほらといるらしいこの掲示板の住人たちを持ってしても、あの『チーム・ファンタジア』と名乗るレディース軍団の正体については分からずじまいであったようだ。
ネットを活用するような、一般的に走り屋の中でもインテリ系とか情報通とかに分類されるタイプの彼らですらもお手上げ状態となるともうどうしようもないとすら言えた。
このように、彼女たちが実在の人物であると言うところまではある程度把握するに至った涼介だったが、未だにどこか腑に落ちないところがあったが、実際に話してみても素行に問題のある人もいなければ現に実害などは啓介が負けたこと以外は特に無い。
それすらも増長していた啓介に、上には上があることを教えてくれたことを考えればかえって良かったとさえ考えている節が涼介にはあったし、涼介本人もそれを自覚していた。
むしろ彼女たちの走りには涼介をして参考になる部分はそれなりに見て取れたしメンバーたちにとってもいい刺激になっている側面はある。
そして秋名のスピードスターズに対しても悪く無い影響を与えているとの事で、現状ではどこの誰だか良く分からないということ以外は別段何か懸案になることもない。
ましてや現時点ではどれだけ調べてもそれが解決するわけでも無さそうなため、涼介はあえて話題を切り替える。
涼介「現時点ではこんな感じだな。何もヒットしなかったメンバーもいるが、一般人もいるだろうしそれは折り込み済みだ。……今のところ分かる範囲では、特に不審な経歴のメンバーはいなさそうだが。ちなみに、これは後で他のメンバーにも希望する者には共有するつもりだ。……この動画と一緒にな」
それは一枚のディスクだった。
真っ白な表面には当日の日付と『AKINA / FD3S VS AE86』と言う簡単なタイトルが記されていた。
今朝にファンタジアの幹部から涼介に電話があり「昨日のバトルの録画映像を提供する」と言うので適当な時間に近場のカフェを待ち合わせに指定して、涼介が受け取って来たのだ。
涼介「今夜、早速メンバーを集められるだけ集めて上映会をしよう。このバトルの映像には、それだけのことをする価値がある。……啓介、お前がなぜ負けたのか改めて第三者の視点から見てみろ。お前を負かしたあのハチロクの走りがどれだけ凄いものなのか、きっと分かるはずだ」
● ● ● ●
そしてその日の夜。
高橋家ではテレビのある客間を一つ貸し切ってそこにレッドサンズのメンバーが大勢詰めかけ、一つの映像を食い入るように見つめていた。
この場に居るのは一軍の杉本兄妹に須崎、新田に加えて、ケンタ、史浩、佐々木、竹原、村田にメカニックの松本だ。
殆どフルメンバーである。
そんな彼らの視線の向かう先には例の映像が映し出されていた。
そして、その映像は走り出した直後から驚きの連続だった。
かなりの速さで攻めているはずの啓介すら上回るほどのコーナリングスピードで攻め込みながら追いかける撮影者のGDBとハチロクの2台。
その光景にレッドサンズの面々は目を丸くしていた。
ロケットスタートを完璧に決めたFDに置いて行かれたハチロクとそのハチロクに合わせて速度をセーブしていたGDBがとてつもない勢いでコーナーを詰めていく様は圧巻と言う他なかった。
地元でかなりの研鑽を積んで相当な技術と経験があるであろうハチロクはもちろん、そのハチロクを相手に重い四駆をしかも初見で追従させているカメラカーのGDBとそのドライバーに対してもレッドサンズの面々は驚愕することとなった。
須崎「速すぎねぇか……?コイツら……」
新田「あぁ、何キロ出てんだ……」
村田「コーナーのRを最大限に使い切り最小限の減速で抜けていく突っ込み重視のコーナリング……。涼介の言う通りだ。……このハチロク、やべぇ」
芳樹「コーナーへの突っ込みがハチロクの方が圧倒的に速いから、たとえパワーに優れていても啓介は立ち上がりで踏んでも振り切れないのか。軽さとダウンヒルの下り勾配が味方してるとはいえ、200馬力近いパワーの差を突っ込み一つで覆すコーナリング……。恐ろしいなんてもんじゃないな」
涼介「それに、クロスされたギヤ比の関係で、セカンドの立ち上がりだけならハチロクとFDは、ハチロクがやや劣る程度でほぼ互角となっている。たとえサードではFDが優位になってもそれも長くは続かない」
尚子「……なるほどね。スケートリンク前ストレートを含む一部の区間を除けば秋名のストレートはそれほど長くはないし、さらにタイトなコーナーと短いストレートの組み合わせの多い秋名では3速を全開にして加速できる区間が短いから思うようにマージンを稼げないのね」
涼介「そうだ。それに、この秋名のコーナーに対して啓介のFDは若干ギヤ比が合っていなかったところがあるが、一方でハチロクはクロスミッションの2速が秋名のタイトなコーナーにピタリと噛み合う。まさしく、あのハチロクは秋名のために練られたようなマシンだと言っていいだろう」
片やその軽量コンパクトなボディを自由自在にひらりひらりと舞わせるように、片やデフの効きをドライバー自らコントロールできる高性能な四駆システムを最大限に活かしきって、瞬く間に啓介との間を詰め切ってしまう。
佐々木「マジで追いついた……」
スケートリンク前ストレートで再度差が開くも、それすらあっという間に元通りとなってしまうのだから、これをやられた啓介としてはたまったものではなかった。
涼介「もうそろそろだ。目を離すなよ」
涼介の言葉にレッドサンズのメンバーが固唾を飲んで見守る。
画面の中ではすでにバトル中の両者が問題の連続ヘアピンへと差し掛かろうとしていた。
そして……。
涼介「ここだ」
第3ヘアピンでインベタに車体を捩じ込んでタイヤを溝に落とし、そのままインベタをなぞるようなラインでコーナーを抜けて啓介を抜き去ったハチロクの姿が映し出された。
その尋常ならざる常識はずれの走りとそれを本番で一発成功させる超人的なテクニックを前に、流石のレッドサンズのメンバーもただただ言葉を失うばかりだった。
啓介「…………」
ケンタ「な、なにぃ……!?」
史浩「マジか……」
尚子「そりゃあ負けるわ……。こんな事されたら」
新田「こりゃ完敗だな。このハチロクとんでもねぇよ」
数秒間固まった後にようやく再起動したメンバーたちが口々につぶやいた。
啓介が最後のヘアピンを抜ける頃には、すでにハチロクのテールランプは遙か彼方に消えていた。
また、こうして追走するカメラカーからの映像という形でこのバトルが記録された事は、後の走り屋たちに少なくない影響を与えることとなるのだった。
● ● ● ●
所変わって、群馬県某所のとあるアパートの管理人室にて。
そこで2人の女性が話し合っていた。
チームの発起人にしてリーダーを務める八雲紫と、外の世界ではその妹という扱いになっている式神の八雲藍だ。
藍「……メンバーたちも外の世界に慣れてきましたし、初戦のスピードスターズ戦やレッドサンズ戦で幸先よく連勝できたので士気も高いです。出だしは上々と言っても良いかと」
紫「そうね。想定外のこともあったけれど、思いの外上手く行ったわね」
藍「はい。……次に、こちらは想定通り、事前に作成して流しておいた私たちのカバーストーリーやニセの経歴を一部の人たちが早速掴んでくれたようです。結成前の段階で数人のメンバーを偵察と称して極短期間、外の世界に派遣してあえて目撃されるように立ち回らせ、こちらにおける活動実績を作った事も効いています。急にこれだけの人数の走り屋が、一つのところから生えて来ては怪しまれますからね。……とは言え、アリスのあれはほぼ事故ですが」
紫「……それじゃあ私たちも次の段階に進みましょうか。まずは群馬の上毛三山を制するところから……。次は妙義に行くわ。妙義の次は赤城……そして最後に秋名の再攻略。もちろん目的はあのイレギュラー、秋名のハチロクよ」
藍「はい。承知いたしました、紫様。……それで、そのハチロクとのバトルですが、やはり私が出た方が良いでしょうか?強化途中の特待生を含む予備メンバーではおおよそ手に負えませんし、一部の代表メンバーでも厳しいものがあります。もし勝つ事のみを考えるのであれば、私や慧音が出るのが最も勝てる確率が高く、手っ取り早いと考えられますが」
紫「えぇ、でもそれには及ばないわ。それはあくまで最終手段。メンバーの育成と対策の構築によって勝つ事を優先しなさい。もちろん戦うのは秋名の峠でね。……実際に映像を確認したから分かるけど、確かにあのハチロクは私たちからしてもとんでもない難敵になるわ。でも霊夢や魔理沙はもちろん、ヤマメや妹紅たちでも充分に勝ち目はあるはずよ。あなたももう少し仲間を信じなさい」
藍「はい。ではそのように。他の幹部にも伝えておきます」
紫「……あと、あなたならすでに気づいているでしょうけど、あのハチロクにはエンジンやマシンの基本設計の古さによる非力さや剛性不足以外にも、乗り手の方にだってある欠点があるわ。そこを突けば、あのハチロクも案外脆いはずよ」
藍「無論です。必ずや、勝たせて見せましょう」
紫「えぇ、期待しているわ。藍」
藍「……それでは、失礼致します」
藍の退室を見届けた紫はオフィスチェアをくるりと翻して自らのデスクに向き直る。
紫(さて、次は裏の目的の方の進捗も確認しなくちゃね。レミリアや文たちがこっちの世界でも上手くやれているといいのだけれど……)
幻想郷の住人たちが外の世界に出てくるにはそれ相応の理由があります。
理由が理由なので若干バトル漫画的要素が絡みますが、ただしあくまで本作においてはおまけみたいなもんなので……。
あと、今更ながら拓海くんは現時点ですら原作よりも不利なバトルを強いられるフラグが立っています。
・アンケート選択肢の補足
『拓海くんイージーモード』
バトルにおける拓海くんの出番が減ります。
原作における拓海くんのバトルの一部をオリキャラ、リクエストを含むゲストキャラ、東方キャラのいずれかが代わりに受ける形となるため拓海くんが楽を出来る一方でバトルによって得られる経験値は原作と比較してやや減ります。
『拓海くんハードモード』
バトルにおける拓海くんの出番が増えます。
難敵とのバトルや不利な条件でのバトル、峠以外のフィールドでのバトルも発生し得るため正直言ってなかなかの茨の道になります。
しかしながら、その困難な道のりも結果的には拓海くんの知識や経験値等にはプラスに働くので拓海くんが原作よりも強くなる可能性もあります。